日曜日、見事グラウンドを手に入れた三船ドルフィンズはそのグラウンドでいつも通り練習をしていた。そんな中、監督が今日来ているメンバーを確認するべく点呼をする。
「今日来てないのは吾郎くん、清水ちゃん、亮太くんの三人か……。最初の二人はともかく、亮太くんのことで何か聞いている人はいるかね」
監督は集まっているメンバーに問いかける。すると、沢村と小森が静かに手を上げた。
「あ~、なんか用事が出来たらしくて、いけないみたいです」
「僕も同じように聞いています」
「そうか……。じゃあ、守備の練習から始めるから、それぞれ位置に着いてくれ」
監督が指示を出すと、皆がそれぞれの位置に着くべく、動き出す。
そして沢村と小森は移動中、静かに話しながら向かった。
「亮太くん大丈夫かな?」
「あの空気だったからな……。もしかしたら、向こうの選手と戦ってたりして」
「あはは……まさか」
「まっ、さすがのあいつでも、そんな事はしないよな」
「そうだよ、たぶん」
「「……」」
小森と沢村は静かにお互いの顔を見ると、少しして誤魔化すように笑い出した。
俺は海堂高校の二軍のエースと向かい合うと、バットを構える。最初の投球練習を見る限り、右投げで変化球を使っていなかったが、あの海堂の二軍のエースが変化球を持っていないわけはないだろう。そして球の速さは大体、130から140くらいか。
俺は一人考えながらバットの素振りを終えると、勝負開始の合図が響いた。
「プレイボール!」
とりあえず、初球は粘ってあいつの変化球を出させてやる。
俺はバットを構え、集中力を上げる。そしてピッチャーが振りかぶって投げた。投げたボールは一直線のストレート……しかも、速い!
俺は数秒降り遅れて、空振りしてしまう。
ちっ……。
「ストライク!」
審判の声が響いた。
俺はバットを握り直し、再びバットを構えると次の球について考える。球速はさっきの予想通りだ。もし変化球を持ってるのなら、たぶん次の球で使ってくるだろう。
そして、相手のピッチャーの第二球。相手のピッチャーの投げた球は先程の一直線の球とは違い外角に向かう、それも速い。……スライダーだ。俺はこの球を強引に当てにいき、球は真横に飛んでいった。
審判の声が再び響く。
「ファール」
俺は改めて海堂高校二軍エースの球を受けて実感した。
……重い。
こないだ戦った大人のピッチャーとは違い、謂わば現役の球だ。球の速さは同じくらいでも、球の重さや切れが違う。
俺はもう一度、相手の球を思い浮かべて軽くバットで素振りをする。
……よし、感じは掴んだ。
俺はこの後も打球をどこにどうやって飛ばすか頭を使ってイメージしながら、自前のしつこさで相手のボールに喰らい付いていった。
『変な子』
それが私が最初に彼に会った時の感想だ。
彼は名も知らない不良に囲まれた私を救い、私は只の子供がテレビのヒーロー番組にでも見て助けたのかと思って、アイスを奢った。
その後、適当にあしらって帰ろうとしたところに彼は私に向かって……。
『じゃあ、名門海堂の二軍監督に聞きます。あなたにとって、野球で最も大事なものってなんですか?』
彼はこの質問と共に、なにか分かったような視線を向けてくる。私は何も分かってない癖にそんな視線を私に向ける彼に不快な気持ちを抱いた。
その後、話を続けていると彼は最後に、海堂高校の見学を申し込む。なにか企んでいることは私にも分かっていたけど、私はこの機会に彼を見極めようと思い、彼の海堂高校の見学を許可を出した。
待ち合わせの午後二時に正門に向かう。今日は二軍の練習はなく、一軍に上がるピッチャーはキャッチャーと共に自主練をしているだけだ。私が正門に着いて暫く待つと、彼がやって来た。
そして後は彼と話ながら、私は海堂高校の施設を案内しながら見て回る。さらに、これは会った時から感じていたが案内の中で私は彼の小学生離れした発言と反応にとても驚いた。
そして暫く見て回ると二軍のエースがピッチングをしている施設に着く。そして彼は兄さんのことを誰から聞いたと言い、さらに私に一言告げる。
『なぁ、あんたはそれでいいのか?』
私を見透かしたような言葉。この時、ふと兄さんの顔が頭の中を過ったような気がした。
そして、私は自分でもわかってるはずの答えを隠すように、大声を出す。
『あなたに何が分かるっていうのよ!』
『分かるわけないだろう。本人じゃないし、当事者でもないんだから。でも……』
彼はさらに真剣な表情で告げる。
『でも、お前の兄さんのプレーは昨日見たし、聞いた』
彼はそう告げると、二軍のエースに一打席の勝負を仕掛けに行った。
彼のバットの振りを見てみると、小学生の中でも上出来だろう。でも、所詮は小学生レベルでだ。二軍のエースの球では打つことはできないだろう。しかし、彼はそんなの関係なしにバッターボックスに立っていた。
果たしてもう何球ファールをしているだろうか。彼がバットを握り直す仕草を見ると、彼の手が痺れているのが分かる。
何故彼はこんな勝負に、そこまでやるのだろうか。私には分からない。いや……分からないふりをしていた。
そして、私は迷っていたんだ。今の海堂高校の野球は結果である勝利、選手の安全が第一。でも兄さんの楽しい野球はない。選手の意思を尊重しない野球、それがマニュアル野球だ。もう、兄さんのような人を出さないように。
そして、今目の前にいる少年のプレーを見る。眩しい……いや、眩しいというより、泥臭い。でもなんでだろ、ポジションも違うのに彼の姿が兄さんと重なる。兄さんが笑顔で私に言ってきた言葉が甦る。私の中で、二つの野球への思いがぶつかり合った。
そんな時、勝負する前の彼の言葉が私の中に響く。
『まぁ、もう答えは知っていると思うがな……』
そしてその瞬間、バットに球が当たる甲高い音が聞こえた。
俺は何度も相手のピッチャーの球に喰らい付いていくと、その都度バットを握り直しながら、手が痺れてきたので手の感覚を確認する。
「かぁ~、腕痺れる」
「おいおい、しつこいな!」
「しつこさだけが、武器でして」
俺は相手のピッチャーにの文句を軽口で返した。しかし、このままではいずれ三振するのも時間の問題。そんな時、ふと昨日の親父の言葉を思い出した。
『親父、自分より格上のピッチャーの球を打つにはどうしたらいい?』
『何だ突然』
『いいから』
『そうだな。やっぱタイミングと足腰かな』
『タイミングと足腰ね……』
『たく、さっきの海堂高校の話しといい、今度は何をしようとしてるのかは知らないが、ほどほどにしとけよ』
『分かってるっての』
『まぁ、お前には二年で身につけたスイングと分析力がある。それを精一杯フルで使ってみればなんとかなるんじゃないか?』
「ふぅー」
俺は親父の言葉を思い出し、一息をついた。
……相手は自分のスライダーに自信を持っている。なら、狙うは外角のスライダーだな。
俺は相手のピッチャーの狙い球を絞った。そして目を閉じ、相手のピッチャーの動きを思い出す。
思い出せ。相手のピッチャーの足運びから、手の動きまで……それを自分のスイングと合わせるんだ。
俺は目を開ける。そして、脳内でイメージしながら、バットを構えた。相手のピッチャーが大きく振りかぶるのを確認する。そして、勢いよく投げた!
球は外角に向かっていく……予想通り、スライダーだ。
俺はそのスライダーに、イメージ通りのスイングを合わせる。そして……
「もらったぁーーー!!」
俺のバットは見事に球を捕らえて、高校野球ではライト前にヒット。少年野球ではホームランである。俺は離れて呆然と見ている早乙女に向かってガッツポーズをした。早乙女はなにか答えを出したのか、静かに笑っている。俺は彼女の元へ向かっていく。
そして、俺には彼女の笑顔が最初に会った時に見た作られた笑顔ではなく、心の底から出た笑顔に思えてならなかった。
「俺の勝ちだな」
「そのようね」
「いい笑顔だったぜ」
「なっ……」
彼女は照れながら、小さく見なかったことにしてと呟いた。残念、もう脳内保存済み。
「……礼は言わないわ」
「別にそんなのいらないよ。その笑顔で十分だ」
「バカ……」
「野球バカです」
俺は屁理屈を言うと、ふと相手のピッチャーの方を見て、彼女に言う。
「あのピッチャーはいいのか?」
「彼ね。少し調子に乗っていたから、いい薬になったわ」
「そうかい、ならいいんだが」
「もう、夕方ね。とりあえず、正門まで送るわ」
「それはどうも」
外へ出ると、もういつの間にか夕方になっていた。時間が経つのはあっという間だ。
そして、俺と早乙女はバスに乗って、正門へ向かった。
俺は早乙女と正門に向かっている途中、口を開いた。
「なぁ、俺は野球には楽しさは重要だと思うけどな」
「……」
「たとえさ、マニュアル野球でもいつか怪我するかもしれないし、この世に絶対なんてないわけじゃん。だから……」
俺は彼女と向き合って告げた。
「だから、俺は選手と一人一人と向き合うことが大切だと思うぜ」
「考えとくわ……」
「考えろ、考えろ。時間はたっぷりあるんだし」
「小学生の言葉とは思えないわね」
「さてさて、どうだろうな」
俺は適当に誤魔化した。
「まぁ、俺はメジャーリーガーになる男だし、そんな言葉出てもおかしくはないだろ」
「メジャーリーガー?」
早乙女は俺の夢を聞いて、首を傾げた。
「あなたがメジャーリーガーね」
「おう。どうだい、海堂高校二軍の監督から見て、俺はメジャーリーガーになれると思うか?」
「そうね……今のまま成長していけばなれるかもね。でも、この世に絶対はないわ」
「そうだな……」
「だから、今度はあなたがなにか迷った時、道を見失った時に海堂に来なさい。私が導いて上げるわ。メジャーへの道を」
「ふっ、そんな時はよろしく頼もうかね」
俺は笑いながら、彼女に言葉を告げた。すると、バスはいつの間にか正門に着く。
「んじゃ、この辺でお別れだな。今日はいろいろ見せてくれて、ありがとよ」
「どういたしまして」
「そうだ。暇だったら、夏のドルフィンズの試合でも見に来たら?」
「暇だったらね。じゃあ」
早乙女は俺に一言告げると、再び海堂高校の中に入って行った。 まったく、素直じゃないね。
さてと……
「俺も行きますか」
俺は彼女の最後に見せた笑顔を思い出し、少し笑いながら家に帰って行った。
はい、こうして海堂高校の話しは終わりで次回から原作へ戻ります。この話しはまぁフラグです。そして、彼女のでかいおにいさ……いや、姉も出そうかなと思いましたが、出さないことにしました。高校編で出てきます。後、次の話までまた少し空きそうなので、楽しみに待ってくれると嬉しいです。では、また次回に!