ソードアート・オンライン パスト タイムピース   作:楠木時雨

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高台の上で人の夢を

病院でそれなりに過ごした後、医者からのOKも出たことによって、俺は無事に退院することになった。

 

紺野姉妹とはあれからは結局一度も会うことはなかったが、きっとまたいつか会えるだろうと俺は思っている。約束もしてしまったし……会わないはずがない。会わないままでいるつもりも無い。

 

「今度から兄様は危ないことはしないでほしいのです」

 

父親が運転席、母親が助手席。俺達兄妹が後ろの席という位置で車に乗りこみ、家に帰っている途中で叶恋が俺を半眼で睨みながらそんな事を言ってきた。

 

「あのなぁ、叶恋。 男には危ないとわかっていてもやらないといけない時ってもんがあるんだぞ?」

 

「おぉ、流石はオレの息子、わかってるじゃないか」

 

「ふっ、父さんこそ流石だぜ」

 

やはり親息子の関係であっても、男同士通じるものというのはやはりあるらしい。そういうところはやはり嬉しく感じていた。前の時のような、ただただ憎しみの対象であった頃に比べたら、比べるまでもなく嬉しい。

 

「はぁ……男の人はやっぱり単純なのです」

 

「そうよねぇ、ほんと」

 

母親と叶恋は溜息をつく。やはり男のロマンを女がわかるわけがないのだ。わかって欲しいとも思わないが……

 

そう思いながら窓の外を見ると、少し見慣れない景色があった。家に向かっている道ならそろそろ見慣れた景色が見れてもいい頃だろし、どこか違うところに向かっているんだろうか。

 

「そういえば、今って何処に向かってるんだ?」

 

「気づいたのか、ちょっと仕事の件で仲間に聞きたいことがあったんでな……少し寄り道させてもらうが……大丈夫か?」

 

やはり家には向かっていなかったらしい。俺は得に問題はなかったので、取り敢えず、否定する要素はない。

 

「あぁ、俺は大丈夫だ」

 

「私も問題ないのです」

 

「よし、それじゃあ少し時間がかかるだろうから、ついたらロビーで待っててくれ」

「了解」

 

「了解なのですっ」

 

そう返事した後は特に会話もなく、両親の仕事場とやらに着くまで車に揺られながら、外の景色をじいっと見つめていた。その時の空は曇一つない快晴で、夜にはきっとたくさんの星が見れそうだと、今から夜に思いをはせていた。

 

そしてそれから数十分後……

 

「おいおい、ここはゲームの制作会社的なところなんだろ? なんでこんなに要塞っぽいんだよ」

 

「大きいのです……」

 

「あっははは……まぁ、今までにない技術を開発しているところだからな。 制作機械とかセキュリティとかで、自然とこうなっちまったんだ」

 

「趣味がいいとは言えないけどね」

 

母親の言う通り、制作会社って言うからにはもっとこう……都会にあるような高層ビルとか、それっぽいイメージを想像するのだが、ここは本当に西洋の何処かのお城のような大きさと面積の建物に、何のために使うんだと思うほどの広い面積をもった庭、そして重々しい柵。あれ、本当にここってどこなんですかね。

 

「さ〜て、それじゃあ言ってくるから、二人はロビーか敷地内の何処かで待っててくれよ」

 

「外に出なければ何処にいてもいいからね」

 

「は〜いなのですっ!」

 

「いってらっしゃいな〜」

 

そして俺達兄妹は、両親が建物に入っていく姿を見届けた後、庭にある自動販売機で飲み物を買い、ベンチに座りながら飲み物を飲んでいた。

 

「ふぅ……叶恋はこれからどうする?」

 

「どうする……ってなんなのです?」

 

「いや……たぶんすぐには戻ってこないだろうし、それまでどうやって時間を潰すんだってことだよ」

 

「そうですね……少し父様と母様のお仕事に興味があるのでっ、私は見学をしてこようと思うのです」

 

「へぇ……叶恋はそういう仕事に興味があるのか」

 

「興味があるってほどではないのですが、少し見てみたいなぁ……とは昔から思っていたのです」

 

「そうか……それじゃあ、気をつけてな。 俺はそこら辺を散歩してくっからよ」

 

「そうなのですか、それじゃあ行ってくるのです」

 

缶に入っていたジュースを飲み終わったらしい叶恋は、ゴミ箱に缶を捨て、俺の方に手を振りながら建物の中に入っていく。早くも興味がある事を見つけるなんて……我が妹ながら将来がとても楽しみだ。……なんて、少し年寄りみたいなことを考えてしまう。まぁ……確かに、精神年齢はとっくに二十歳を超えてはいるんだけどな。そう考えると……俺の将来はどうなるのか……少し不安に思えてくる。

 

一回目の人生では、殺すためだけに生きていた俺が……二回目とも言えるこの人生で、一体どうして存在しているのか……何のために存在しているのか、正直わからないけれど……今はただ、生きてみるしかないよな……と、そう思った。

 

「さぁて……せっかくこんな珍しいところにいるんだ。 いい昼寝スポットがあるかもな」

 

というわけで、俺はいい昼寝スポットを探してこの敷地内を歩き回ることにした。しかし、何分か……何十分か、歩き続けてみたが、見渡す限りの草原草原……そして柵に沿うように木が何本が生えている程度で、気持ちよく昼寝が出来るような場所は見つからなかった。

 

「おいおい……こんなに広い敷地を使っておきながら昼寝ができるスポットがないとか、喧嘩売ってんのか」

 

あらかた探してみたものの、結局いい昼寝スポットは見つからずじまいで、俺はいつのまにか高台のようなところに来ていた……そこは今までの所よりは少しは良いところで、敷地意外にも周りの景色が一望出来た。

 

「へぇ……ここはなかなかにいい眺めだなぁ」

 

「ほう……君もこの景色の良さがわかるのか」

 

「っ……お前は……」

 

景色に夢中になっていると、いつの間にか隣に人が来ていることに気がついた。その男はどこか……どうしてか危うい感じがしていて、この世界で生きていながら、別の世界で生きているような……そんな不思議な感覚に陥った。

 

だけどそれ以上に……何故か俺は面白いと思った。この男は……なにかをやる気がする……なにか……凄い事を……。

 

「私の名前は……茅場晶彦だ」

 

「茅場……晶彦」

 

「あぁ……ところで君は、なぜこの場所がいいところだと思ったのか、聞いてもいいかな?」

 

「別に……大したことじゃない。 ただここは、沢山のものを見渡せるから……ただそれだけだ」

「そうか……」

 

茅場晶彦という男は、そう呟いた後……空を見上げた。その表情はまるで、なにか……そこにないようであるものをみているような……そんなふうに感じた。

 

「君もってことは……お前もこの場所が好きなのか?」

 

俺は茅場晶彦に尋ねてみた。すると茅場晶彦は俺の方を見ることなく、ただ空にあるなにかを見ながら少し微笑んだ。

 

「あぁ……そうだな。 私の目的に、ほんの少しでも近いような……そんな気がするからだ」

 

「目的……」

 

「そう……私の長年の夢だ……」

 

「……そうか」

 

先程、気になると言って建物に入っていった叶恋の表情と、今の、この茅場晶彦という男の顔を……なんとなく比べていた。

 

興味があるといって、自分の知りたい……近づきたいなにかに近づこうとする時の、叶恋のあの、楽しそうな顔と、茅場晶彦という男の……何を考えているかわからない、済ました顔。

 

夢を語る時には、何が正しいのか……なにが正解なのか……そもそも、正解なんてものがあるのか。

 

俺は頭の中で考えていた。俺には今は夢はない……やりたいこともない。ただ、やらなければいけない事はあるだろう……。

 

そんな俺には、どちらもよくわからなかった。

 

「少年よ……」

 

「ん……?」

 

茅場晶彦が俺の方を向きながら問いかけてきた。

 

「君はもし、他人の夢に巻き込まれたとしたら……君の大切な人達とともにその夢に囚われたとしたら……君はどうする?」

 

彼は言った。茅場晶彦は言った。

 

俺に対して……俺に目を向けて……

 

空にあるなにかではなく……俺を見ながら。

 

そのどこか虚ろに感じる瞳で。

 

俺を射抜いた。

 

「……死ぬ気でぶん殴る」

 

俺は答えた。

 

茅場晶彦という男の目を見ながら、そう答えた。

 

どういう意味があったのか、そう聞かれれば少し悩む。第一、質問もとても抽象的だ。

 

どんな夢なのか……どのような場所なのか。

 

茅場晶彦は、その一切を語ってはいなかったのだから。地獄のような夢なのか、はたまた天国のような場所なのか。それによっては答えも変わってくるかもしれない……

 

いや、変わらない……たぶん、きっと……答えは変わらない。

 

「……ぶん殴る……か。 理由を聞いてもいいかい?」

 

「聞くまでもねぇだろ? 他人の夢に巻き込まれんだ、迷惑でないわけがない。 どんなに楽しい夢であってもな。 それなら最終的にはぶん殴ることになると思うぜ?」

 

「そうか……君は乱暴者だな」

 

「失礼だな……これでも俺は優しい方だ。 神だ。 母なる大地だ。 そんな俺が乱暴者なわけないだろう?」

 

「神も大地も……時には人を苦しめるさ」

 

「へっ……そうかもな」

 

そう……神であろうと母なる大地であろうとも、人を傷つける。人を狂わせる。

 

神は人の世界に降り立てばなにかしらの厄介事を運んでくるし、大地になにか異常があれば……人間の生存が危うくなる。

 

そんなことはこの際気にしない。気にならない、気にするつもりもない。

 

「んで、せっかく答えたんだ。 質問の理由はなんなんだ?」

 

俺は茅場晶彦に問うてみた。

 

そんな質問をどうしてしたのか、なぜしたのか……

 

「ふむ……それはいつか、私が形を持って教えることとなるだろう……その時まで、待っていてはくれないだろうか」

 

茅場晶彦は答えた。

 

それに対して俺がなにか言葉を返すとするならば、ににがあるだろう。

 

そんな曖昧な、そんないつかもわからないものを待てとこの男は言うのだ。

 

何様だ、誰様だ。 答えになっていない……普通なら、こんな事は言わない。

 

普通ならば、ふざけるなと一発ぶん殴ってやりたいところだが、今回俺はそれをしない。

 

する気が起きない。 この茅場晶彦という人物は……はてさて、一体どんな形で俺に示してくれるのだろうか。 今回のこの質問のわけを、理由を……

 

このどこか危うい男は……どんな形で見せてくれるのだろうか。

 

「待っててやる……利子は高くつくけどな」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

くすりと笑いながら茅場晶彦は立ち上がる。

 

「ん……なんだ? もう行くのか?」

 

「あぁ……早く私の答えを示さないといけないからね」

 

茅場晶彦は着ている白衣をなびかせながら高台から降りていく。俺はその姿を見送った後、太陽が沈み始め、叶恋からもう時間だという知らせが来るまで、ずっと太陽を空を見ていた。

 

あの男、茅場晶彦が……この空に何を見ていたのか、何を感じていたのか……

 

俺はオレンジ色になっていく世界を見ながら思った。

 

この俺のやりたいこと……やるべき事はわからないけれど……

 

取り敢えず今……俺がしたいこと……俺が一度死んで……今ここで生きている意味、俺が俺であるためにしたいことをしようと……

 

この景色に誓ったのだった。

 

 


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