ソードアート・オンライン パスト タイムピース   作:楠木時雨

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強盗と……殺しに魅せられた男

俺は今どこにいるでしょう……答えと何故ここいるかを二十字以内で述べなさい。

 

俺は問題を出す。突然に、唐突に……そう、物事はなんだって突然に始まる。

 

 

**

 

 

「どうしてこうなった……」

 

俺がいるのはとある郵便局。なぜ郵便局にいるかと言うと、なに……大した理由じゃない。切手が必要になったとかで、俺がおつかいを頼まれたのだ。本当は行きたくなかったのだが、母さんのラオウオーラにあてられてはさすがの俺も断ることは出来なかった。あのオーラにあてられて断れる奴はたぶん……というか、百パーセント馬鹿だろう。

 

俺は郵便局で切手を頼み……おとなしく待っていたのだが、ドアから……怪しげな二人組か来た時から、なんとなく嫌な予感はしていた。一人目の男は痩せ型の中年男性でひょろりとしており、覚醒剤でもしているのか……気持ちが高ぶっているように感じる……汗なのか涎なのかはわからないが、それが地面に垂れるほどたくさん出していることから、覚醒剤だとしたら常習犯かなにかだろう。

 

二人目の男はガッチリとしている如何にもスポーツをしてますと言わんばかりの体躯で、一人目の男よりも色々とジャンパー着込んでいる様子だった。この春に入り始めた時期にしてはおかしいなと思わせる格好だった。見た目にそれ以上のおかしいことはなく、一人目の男と違って意識が朦朧としている様でもなかった。

 

しかし、そんな感じで……冷静に分析していたのが仇となった。一人目の男が真っ直ぐに受付の方に向かい、突然受付でなにかを頼んでいた女性を押し飛ばしたのだ。押し飛ばされた女性はそのままうつ伏せで倒れ込んだ。その女性を介抱しようと立ち上がったその時、一人目の男は鞄から銃を取り出した。

 

「この鞄に金を入れろ!」

 

それは紛うことなき強盗だった。

 

そして今に至るわけだ。あの後、二人目のガッチリとした男も、着ていたジャンパーをバサッと開くと、そこには沢山の銃が入っていて、一人目の男に加勢するように、受付の人に怒鳴り声を上げた。

 

「ある金、全部だっ! 警報ボタンは押すんじゃないぞっ!」

二人目の男は天井に向かって銃を威嚇射撃し、金を入れるように命令する。もう一人の男は受付の男に銃を向けたまま早くしろと急かしている。受付にいる人達も、お客さんも、騒いではいないものの、パニック状態になっていることは見なくてもわかる。いつ誰かが暴れだして死人が出てもおかしくない状況だった。

 

そんな時……また銃声が響いた。

 

今度は威嚇射撃ではなく、人を殺すための射撃だったらしい。受付にいる男性が倒れる音が無駄に静かな郵便局に響き渡った。

 

「ボタンを押すなと言っただろうがぁ!」

 

一人目の男が騒ぎ始める。あの男の錯乱状態から言って、本当にボタンを押そうとしていたかどうかもわからないが、今ならまだ死なずに済むかもしれない……ただ、助けに行くとしても、問題は山積みだ。俺一人で成人男性二人を鎮圧できる可能性はゼロに近いし、なにより……あの二人目の男が邪魔だ。変に動いたら蜂の巣にされかねない。

 

だが……このままここで黙っていたら、また新たな被害者が出る恐れがあるし、下手したら全員殺される可能性だってなくはない。

 

そんな時だった。世の中というのはこういう時に、よまなくてもいい空気を狙ったかのようによむのだ。一人目の男は待ちきれなくなったのか、先程突き飛ばした女性に銃を向けた。

 

「早く出さねぇと! 今度はこいつを撃つぞ!」

 

「っ……しまっ!?」

 

間に合わない、俺はそう思った。昔ならまだしも、子供の俺の脚力では、この距離を縮めることは不可能だ。だが諦めるわけにもいかない。それと同時に、俺は咄嗟に走り出した。

 

だが……俺はその足を止めることになる。それはどうしてか……それは、俺が思いもしなかった状況に陥り、まるで時が止まったかのように感じたからだ。

 

それは……一人の少女が、一人目の男の手に噛み付き、そして、男から拳銃を奪い……一人目の男と揉み合いになったのだ。

 

「この小娘がっ!」

 

少女が突然動いた事に呆気に取られていた二人目の男が突然声を上げた。それと同時に俺も現実に引き戻される。そうだ……ひとまずは俺はこっち側の男をなんとかしなくてはならない。少女の方もなんとかしなくてはならないのに、二人目の男は待ってはくれない。

 

少女の方に銃口を向け、二人目の男はニヤリと笑う……あぁ、わかる……わかるぞ。わかっていけないが、あの時……父親を殺した俺にはわかる。こいつが何故笑ったのか、理由を語る術があるのなら語るが……これは説明できるものではない。敢えて語るとするならば……そう、たぶんこれは衝動なのだ。人を殺したいという衝動、二人目の男はそれに魅せられている。

 

「だけどな……殺させるわけねぇだろうがっ!」

 

「ぐっ!?」

 

銃を構えていた手を、俺は思いっきり蹴りあげる。同じ道を歩んだ者だからこそ。衝動に任せた殺しを許すわけにはいかない。拳銃は天井に当たった後、どこかに飛んでいった。それを確認した俺は、すぐさま距離を取ろうとしたのだが、予想通りというか、当たり前というか……そう簡単に距離を取らせてくれるわけもなく、俺は二人目の男に蹴飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「がっ!」

 

「糞ガキが……でしゃばるなっ!」

 

「くっ……」

 

すぐさま隠し持っていたらしい拳銃を眉間に当てられる。ひんやりとした銃口……向けられる殺意。確かにピンチなのに、何故か怖くはなかった。撃たれたら死ぬということは知っているが、殺意はあの時の父親に比べたらまだまだ可愛いものだったからだ。だからこそ、俺はここまで冷静でいれた。

 

そしてまた、事態は急変する。

 

銃声が響き渡った……が、それは俺が撃たれたわけでも、二人目の男が威嚇射撃をしたわけでもなかった。銃を撃ったのは、さっきの少女だった。……二人目の男も俺も……そして周りの人達も全員、息を飲んだ。

もがきながら少女に近づく男に。少女はもう二発目……そして……三発目。男はそのまま動かなくなった。空気が静まり返る……二人目の男も俺の眉間に銃口を当てるのを忘れて見ていた。

 

一人目の男の周りには血だまりが広がっていき、そして……少女の叫び声。

 

「き、貴様ぁぁ!」

 

少女の叫び声と同時に二人目の男は立ち上がり、少女に銃口を向けた。

 

あぁ……なんなのだろうか。少女を人殺しにして……なにがしたいというのか、この世界は。確かに、俺が何かを出来たのかと聞かれれば、それはNOだ。だが……こんな結果にならない方法もあったんじゃないかと後悔する。自分を責める……でもそれをするのは……今じゃなくていい。

 

「あぐっ!」

 

「ひっ……」

 

背中に痛みが走った。痛み……? いや違う……なんと言えばいいのか……痛いものは痛い……でも、これは痛いなんて言葉では表せられないほどの……激痛だった。

 

そりゃあそうだろう。少女が撃たれそうになったのを、俺が壁代わりに撃たれたのだから……逆に痛くなくて少女に当たっていたら、それこそ困る。

 

「がふっ……やべぇ……超痛てぇ」

 

「あ……ぁ……」

 

顔が向き合う形でいたこともあり、今の俺からは少女の顔が良く見えた。その顔には見覚えがあった……どこで見たのか、いつ見たのか……俺は覚えている。忘れられるはずがない……そう、あの時……俺を刺した妹の顔にそっくりだったのだ。

 

「そんな顔……すんなって……」

 

「で……も……」

 

顔面蒼白で……焦点も定まっていない目。まさにあの時の妹の顔。生きているのだから……逆に喜べばいい。死んでいないのだから……助けてもらったのだから……助けた側としては……そんな顔を見たいわけじゃない。別に恩を売りたい訳では無いけれど、借りを作りたい訳では無いけれど。やはり、その顔は苦手だから……俺は言う。

 

口から血を吐きながら……背中から血を大量に流しながら、それでも言う……図々しく、口にする。

 

「そんな顔は似合わない……きっと笑った方が可愛いからな……いつか笑うために……今は眠りな」

 

「え……ぐっ!?」

少女に腹パンして気絶させたとか言ったら、叶恋に怒られそうだ。だけど……今はこれが俺に出来る精一杯なんだ……だから許してくれよ。

 

「あ〜……痛てぇ……心臓だったら死んでたぞ、おっさん」

 

「むしろオレは……お前が死んでいないことに驚いているぞ、坊主」

 

俺に新たな銃に持ち替え、俺に銃口を向けながら、話を返してくれる男。その男の顔は……驚いている言いながらも笑っていた。やっぱりこいつは……殺しを楽しんでいる。現実で……人を殺すことを……楽しんでいる。あの時の……俺のように。

 

「なら次も驚いてくれていいぜ? 俺は……お前を……殺すからな」

 

「ほほぉ……殺すか……お前が……俺を」

 

男はなんとも楽しそうに笑う。馬鹿にしているのか、それとも、俺のように言ってくる奴がいるのが嬉しいのか……なににしろ……俺はもう止まらない……止めるつもりもない。

 

「あぁ……」

 

辺りがが静まり返る………今の俺に見えているのは、この男だけ……

 

「ふっ!」

 

俺は拳銃をしっかりと握り、男の急所を狙って撃つ。死ぬ前でも拳銃を撃ったことがなかったこともあり、狙いはガバガバだ。急所を狙ったはずなのに、足の方に飛んでいく。それに、撃った後の衝撃も強く……一発撃つ度に拳銃が吹っ飛びそうになる。

 

だが……この拳銃の知識はある。昔、父親を殺すためにどんな手があるのかを調べた時に、あらかた拳銃も調べたことがあったのだ。

 

ちなみに俺が今使っている拳銃はトカレフTT-33。軍用の自動拳銃で、ソビエト連邦が作った拳銃だ。口径は7.62mmで使用している弾の種類は7.62x25mmトカレフ弾……そして、装弾数は八発。一人目の男とあの少女が使ったので四発。俺がさっき使ったので五発。つまり、後三発撃てるということになる。

対して男が使っている拳銃はニューナンブM60。自衛用拳銃で、日本が作っている拳銃だ。どこから手に入れてきたのかはわからないが、口径は38口径。使用している弾の種類は38スペシャル弾。そして、装弾数は五発。

 

まともに撃ち合っても最初に弾が尽きるのは俺の方。ならばやることはただ一つ……

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどこにいったぁ!」

 

俺は郵便局の中を他の人に被害が出ない程度に走り回る。銃声が響き……俺の足のすぐ近くに当たる。相手の弾、残り四発。こっちも牽制のために一発。俺の弾、残り二発。

 

近づいたり離れたり、転がったり跳んだりを繰り返す。その度に血がだらだらと垂れていくのと、体の感覚が徐々になくなっていくのを感じながら、ひたすらに相手の拳銃の弾を避ける。

 

男は続けて二発連続で撃つ。相手の弾、残り二発。相手の足元を狙って俺も一発撃つ。俺の残りの弾、一発。狙いは最初よりは正確になっていて、男の足をほんの少し掠った。

 

「さぁ……後一発だぞ、坊主。 もう後がないな」

 

男はさらに口角を上げて笑う。その笑みはまるで獣を狙う狩人のようだった。だが……狩人は知らない。気にもしていない。

 

狩人はその絶対的有利な状況に酔い。真実を見失っている。獣には牙があることを。爪があることを……狩人は忘れている。自然の摂理において、弱い者が死に、強い者が生き残る世界に置いて、油断というのは死を招く……慢心は自分を殺すことを……狩人は知らない。

 

「なら記念に教えてくれ……おっさんの名前」

 

「オレか……? しかたねぇ、よく覚えておきなっ」

 

言葉を発しながら銃を撃つ男。男の弾は、残り一発。俺は転がりながら避け、反撃として銃を撃つ。弾は大きく外れて壁を撃ち抜く。そして、俺の弾はゼロになった。

 

「お前を殺した男の名前……俺の名はー!」

 

 

 

 

 

 

突然、男が名を名乗ろうとした時……銃声が二つ響き渡った。一つは男の銃の弾、しかしそれは大きくそれて天井に当たる。そして……男はその名を名乗る前に……その場に倒れる。足の辺りを抑えながら、地面に倒れ、もがく男。

 

「な……なぜだ……もう……弾は……」

 

男はしぶとくも俺の方を驚いた顔を見ながら言う。

 

「確かに、あの銃の弾はあの時尽きたが、おっさん……あんたは大事なことを忘れてる」

 

俺は弾が入っている先程とは違う拳銃を男に向けた。

 

「ま、まさか……その……拳銃は……」

 

男は目を見開く、それもそうだろう……俺が手にしている拳銃は……俺が蹴り飛ばした拳銃だったのだから。

 

「そうか……坊主、お前が走り回っていたのは……」

 

「ご名答、この銃を探すためだ」

 

そう……あの時俺は、自分が蹴り飛ばした拳銃を探しながら撃ち合いをしていた。なるべく自然に、なるべく違和感がないように、弾を外しながら……相手を油断させながら……そして、相手が弾を使い切るタイミングと同時に相手の動きを封じたのだ。

 

「なるほど……つまり俺は、最初から踊らされてたわけだ」

 

「まぁ……そういうことになるな」

 

「く……ははははっ! なるほど……世の中にはお前のような坊主もいるのか……世界は広いみたいだな」

 

男は笑う。滑稽そうに、楽しそうに。

 

「そうかもな……だけど、お前が世界を見れるのは今日が最後だ」

 

「あぁ……わかっている」

 

男は騒がない。男は揺るがない。殺しをを楽しんだ男は、殺される時も笑っている。まるで待ち焦がれていたかのように、楽しみにしていたかのように笑う。どうしてこんなにも笑っているのかはわからなかったが……その男の目には、後悔なんていう言葉は何一つなかった。

 

「最後に一つ……坊主、お前の名前を教えてはくれないか」

 

男は願う。俺の方を真っ直ぐに見ながら……男はまるで新しい玩具を目の前にした子供のように、無邪気にな表情を向けてくる。

 

「俺の名前は……鴻沼蓮夜だ……」

 

「鴻沼……蓮夜……か」

 

男は目をつぶる。急かすように……目をつぶる。最後まで強欲に、死ぬ時さえも強欲な男。

 

そんな男に俺は……その男のお望み通り……願い通り、引き金を引き、心臓を撃ち抜いた。

 

すると男は、まるで糸が切れた操り人形のように後ろに倒れる……その顔は苦しそうでもなく、悔しそうでもなく、そこに映っているのは……まるで何かをやり切ったような、達成感に満ち溢れた顔だった。

 

「……俺の名前をよく良く覚えておけ。 そうすれば、通りもいいだろう……地獄への……な」


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