ソードアート・オンライン パスト タイムピース   作:楠木時雨

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未来の答えは自分の中に

父親と母親は、それなりの技術者らしいという話は……少し前にしたかもしれないし、していなかったかもしれないが、取り敢えず言っておくと、俺達の両親はそれなりにお金持ちではある。お金で困った事はなかったし、俺や妹は物を欲しがることはなかったこともあるのか、日常生活に支障がない程度にはものが揃っていたと言える。

 

でもやはり、お金持ちにはお金持ちらしい付き合いというものはやはりあるもので、時々パーティーかなんかにも招かれたりすることがあった。といっても、そんなに沢山招かれるわけではない。その理由は、俺達の家は家がお金持ちというよりも、両親の技術のおかげでお金持ちになっているというのも、理由の一つだ。

 

そのせいもあってか、お金持ちの中には俺達のことを冷たい目で見る者もそれなりに多く、場違いなんだよ……と目で語りかけてくるプライドだけは無駄に高そうな奴らも結構いる。

 

そんなことは両親も、俺達子供も気にしてはいないのだけれど、こう見ると……やはり大人の世界も大人の世界で、所詮は人間なんだと実感させられる。学校でイジメなんていうものがニュースになることは多々あるが、大人の世界にだって似たような物はゴロゴロ転がっているのだ。そんな状況で、子供達のイジメをなくそうだなんてこと事態が、おかしな話だ。

 

「取り敢えず、せっかくのパーティだし……食い物を好きなだけ食うか」

 

「兄様……それは流石にどうなのですか」

 

俺の妹である叶恋は、今日がパーティーだということもあり、綺麗なドレスを着ておめかしをしている。ただし、歳はまだ小学生なせいなのか、まだドレスに着られている感じがするのは仕方が無いことだろう。

 

「わかってないなぁ、叶恋は。 こういう食事はどうせ、余れば捨てられたりするんだぞ? 知らんけど」

 

「知らないのですか……」

 

「あぁ……まぁ、捨てられると仮定すれば、残すのは勿体ない。 つまり、残さないように食べようとしているのだから、むしろ感謝されるべきだと俺は思うぞ」

「自分の好きなように物事の解釈を変換するのは如何なことかと思うのです」

 

小学生なのにも関わらず理屈をこねる叶恋。小学生なら小学生らしく、パーティーなのだから大いに騒げばいいのにと思うが、過去のことを思い起こすと……昔から俺が騒げば一緒に騒ぐ……みたいな流され体質のように叶恋は振舞っていたこともあり、自ら騒ぐというのはあまり見たことがない。

 

「いいんだよ……どうせこんなパーティーはお互いの顔売りやら交渉の場みたいなもんなんだしよ」

 

まだ幼い叶恋には聞かせたくないような大人の事情だったので、少し小声で呟く。本当に純粋に子供心を振りまけられるのならば、この大人達の会話なんて聞こえないし聞こうとも思えないのだが、やはり精神年齢が元のままなせいか、大人の汚い、子供には毒な会話が聞こえてきて、食べ物で気を散らしてでもいないと正直暴れ回りそうだ。

 

「はぁ……少し風に当たってくる。 叶恋は好きに食べるなりなんなりしてな」

 

「言われなくてもしてるのですよ」

 

いつの間にか両手で一つのチキンを大事そうに持っている叶恋がいた。流石は俺の妹、すごく可愛いが……せめてチキンを持つところには紙とか巻いたりした方がよかったんじゃないかとお兄さんは思うんだ。手がベトベトになるだろ? と、そんな今更な指摘をしても遅いので、美味しそうにチキンを頬張っている妹の顔が見れただけでもよかったとしよう。

 

そんな妹を残し、俺は建物の外に出た。ちょうどこの階にはバルコニーがあったので、パーティーの空気に疲れた今となってはちょうどいい。バルコニーの手すりに寄りかかりながら、すぅ……っと息を吐いては吸うを繰り返す。空はもう黒く塗りつぶされ……星と月がキラキラと輝いていた。景色はもう冬の様相をしており、子供用のスーツのみでは少し肌寒く感じられる。もうすぐ初雪が降るだろうとニュースでもやっていたし、そのうち妹と雪合戦をする日も近いだろうと少し楽しみしていた。

 

「はぁ……宮城、行きたかったなぁ……」

 

そんな雪合戦への熱意を顕にしていたところに、なにやら元気のない声が響いてきた。声がした方をちらっと向くと、そこにはやたらと豪華そうなドレスを着て、寒さを和らげるためか肩にショールをかけている、またもやドレスに着られている栗色の髪をした少女がいた。

 

そんな女の子に、取り敢えず俺は声をかけてみる。

 

「宮城に行きたかったのか……」

 

「うん……」

 

少女は心ここにあらずといった表情で遠くを見つめていた。あの向こうには宮城があるのだろうか……地理に詳しくない俺はよくわからないが、きっと、遠くにある宮城を思っての行動だろう。

 

俺はさらに続けて言う。

 

「なんで宮城に行きたいんだ?」

 

「宮城にはおじいちゃんとおばあちゃんがいるの……」

 

「おじいちゃんとおばあちゃんが好きなのか?」

 

「うん……」

 

おいおい、そんな父親と母親が大泣きしそうなことさらっと言ってやるなよ。恐ろしいなこの少女。心ここにあらずとはいえ、正直すぎるだろ。

 

「もちろん……お父さんとお母さんも好き」

 

ここですかさずフォローを入れてくるあたり、出来る子だな……と素直に思った。この少女は俺と同い年くらいだろうに、どこか大人びた表情で、それでいて心ここにあらずのまま……語る。語り続ける。

 

「でも……おじいちゃんとおばあちゃんの家は……なんだが暖かいの。 お母さんはあまり好きじゃないみたいだけど……わたしは暖かいから大好き」

 

少女は語る。まるで緩んで水が漏れている蛇口のように。

 

「炬燵に入ってみかんを食べたり……そこから外を見たりするのも好き」

 

自分の心にあるものをぶちまける。少女はそれに気づいてはいないようだが……自分の本音を漏らす。漏らし続ける。

 

「新聞を読んでるおじいちゃんの顔も……わたしに笑いながらミカンをくれる優しいおばあちゃんの顔も好き……」

 

少女は、自分の意図に反し、自分の理性に反し、自分の好きを溢れ出させていた。未だに瞳は遠くを見つめ、白い息を吐きながら、少女は話すのをやめない。漏らすのをやめない。こぼすのをやめない。

 

「わたし……このままでいいのかな」

 

「……」

 

少女は口を閉じる。蛇口を締める。最後の言葉を残して、歳に合わない瞳をして、表情をして、独り言をつぶやくように自分の気持ちを吐き出した。

 

「……あれ? 私一体誰……に……」

 

ある程度話終わると、少女は俺の方を向いて硬直する。先程の真剣な顔とは正反対な顔で、ポカーンとした顔で、フリーズする。

 

「よっ……少女A」

 

そんな少女に、取り敢えず俺は片手を挙げて挨拶をする。それから数秒の間が空いた後、少女Aは目を見開く。

 

「こ、こんばんはっ!」

 

すると突然、俺の方に向き直り、足を揃え手を自分の前の方で重ねて会釈をする少女A。大きな声と突然の変わりように俺が呆気に取られていると、少女Aは顔を上げ、そのまま続けた。

 

「ゆ、結城明日奈ですっ! 宜しくお願いします!」

 

そして自己紹介をしながらもう一度頭を下げる少女A、またの名を結城明日奈。どうやらここまで焦りながらしているところを見ると、親に厳しく言われていたんだろう。ここで話す人にはしっかりとした態度を取って、名前もしっかり名乗っておいてしっかりと名を売っておくこと……みたいなことを。想像するだけで嫌になるが、これがお金持ちの世界なのだろう。子供にまでこういうことを強要する。そしてダメな大人に侵食され尽くした子供は将来、ダメな人間になっていくのだろう。

 

「宜しく……一応自己紹介してもらったし、俺も返すが……俺は鴻沼蓮夜だ。 好きに呼んでくれ」

 

そう俺が言うと、結城明日奈はまた不思議そうな顔をする。なんなんだこの子は、この顔がデフォルトなのか……一々不思議がり過ぎだろ、とは思ったものの、いつまでもそんな顔を向けられているのもいいものではないので、聞いてみる。

 

「そんな顔をして……何か用?」

 

「あ、えっと……今までの男の子は皆、重苦しかったんだけど、君は違うんだね」

 

「そりゃあ、俺はお坊ちゃんじゃないからな……金持ちのしきたりとか作法とか、そんなもんは知らんし、興味もない」

 

そう言い切ると……結城明日奈はいきなり吹き出し、笑い始めた。喜怒哀楽が激しいのは結構だが、人の話を聞いて吹き出すというのは失礼じゃないのか。なにを教育してるんだこいつの親は。自己紹介のさせ方の前にまずこういうことをしっかりと教えるのが親というものではないのか……まだ見ぬこいつの親に少し怒りを覚えた瞬間だった。

 

「ご、ごめん……笑っちゃって……初めてだったから、つい」

 

「初めて……?」

 

「うん……さっきも言ったけど、蓮夜君みたいな子は初めてだったから、なんだかつい、笑っちゃって」

 

「そうか……」

 

結城明日奈という少女は、今までどんな人達と出会ってきたのだろう。その小さな身体で、今まで一旦どれだけの大人の世界に触れてきたのだろうか……大人の策略に、大人の陰謀に……どれだけ触れてきたのだろうか。大人に振り回され、親に振り回され、周りに振り回される……ふと、先程の彼女の言葉を思い出した。『わたし……このままでいいのかな』きっとあの言葉は……彼女が心の底で思っていること……自分でも気づけないほどの、心の奥にあるなにかの声。

 

「お〜い明日奈〜、母さんが呼んでるぞ〜」

 

パーティー会場の方から、結城明日奈を呼ぶ声がする。相手は俺よりも年上に見える男……会話の内容からして、兄妹かなにかなのだろう。

 

「あ……兄さんだ。 わたし、行かないと」

 

バルコニーの手すりから手を離し、軽く身だしなみを整える結城明日奈。そしてパーティー会場に戻る前に、もう一度俺の方を向いた。

 

「わたし、もう戻るね」

 

「あぁ……」

 

結城明日奈は微笑みながら言う。そんな結城明日奈を見て、俺は考えた。この少女はきっと、これからも迷うだろう。自分の歩む道を……今のままでいいのかと、きっと……そう思い、いつかは向き合う時が来るのだろう。面と向かって、自分の心と、そして、誰かに。一度自分の道を見失った俺は、親を殺すという判断を下した。その事は、結果、間違いだったのかもしれない。あの時の妹を悲しませ、自分勝手な衝動に身を任せてしまった。

 

でも、それも……なくて良かったことではきっとないだろう。あったからこそ、今の俺がいる。

 

ならば……俺が言えることは。結城明日奈に言えることがあるとすれば。

 

「おい、結城明日奈」

 

「なに? 後、わたしのことは明日奈でいいよっ」

 

「なら……明日奈。 今のお前がやっていることは、間違いではないかもしれないし、間違いかもしれない。 それを決めるのは……将来のお前自身だ。 将来のお前が、今のお前のしていることの正しさを決めてくれる。」

 

「え……?」

 

「まぁ、まだわからないか……簡単に言えば、取り敢えず自分のしたいようにしてみろ、間違っていたら未来のお前が赤面するだけだ」

 

「それはそれで嫌なんだけど……」

 

「難しいこと考えんなって、俺達は未来を知ることは出来ない。予測することは出来てもな。なら、未来はどうやって決まるのか……」

 

「決まるのか……?」

 

「それは自分次第……ってな。 自分のケツは自分で拭きな」

 

「け、ケツって……」

 

「あ〜もう、面倒臭いな……取り敢えず走れ! 結城明日奈! 未来はお前が進んだ先にある! 誰がなんと言おうと、それがお前の正しい未来だっ!」

 

「……うん……うんっ! まだよくわからないけど、わたし、頑張るよっ」

 

「おうっ」

 

パーティー会場に走って戻っていく明日奈の小さな背中を、俺は見えなくなるまで眺めていた。明日奈がこれから先、どんなことを経験し、知っていくのかは俺にはわからない……けれど、彼女なら乗り越えていけるだろうと、なぜか根拠の無い確信を抱いていた。

 

息を吐きながら空を見上げると、そこには先程と変わらずに星と月が輝いていた。まるで、結城明日奈という少女の道を、微かでも照らそうとしているように、俺は感じた。

 


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