ソードアート・オンライン パスト タイムピース 作:楠木時雨
あの日からそれなりに年月が過ぎた。正確には俺の夢の始まりが俺が小学校に上がってすぐの七歳くらいだったのに対し、今は小学四年生、つまり今は十歳になる。夢が始まった時から三年が経ったわけだが……今俺がこうしているのが夢だとして……もしそうだとしたら。
夢……長すぎだろ。
夢なのに三年をご丁寧に一日一日過ごさせるとか、なんなの? 俺の夢はいつからこんなに超大作になったの?覚めて欲しくないとは言ったよ? 確かに今でも覚めて欲しいとは思ってないし、だけどさ……流石に長いと思う。
なんて……現実逃避はそろそろ辞めにしよう。実のところ、俺は気づいていた。
これは夢なんかではないことに……
確かな確証はないが……怪我した時に感じる痛みも、風邪をひいた時の気だるさも……体の疲れもなにもかも、夢でここまで細かく見たことは無かったし、何度も三年間の間に怪我をしたけど、目が覚めるなんてことはなかった。つまり……俺は、普通ではないことに巻き込まれたことになる。
正直、こんなにも非常識なことがあるとは考えにくかった。何かの冗談だと言った方が現実味があるし、なにより、これは夢です……と言った方がまだ正しく感じる。
だが……少しは考えていた方がいいだろう。この状況がもし、非日常の……考えにくい事が起こっているのだとしたら、これは……時間逆行ということになる。
俺が死んだあの日から、俺は咄嗟に生きたいと願った。それが、なんらかの非凡なことが起こって、俺が七歳の頃の時間帯まで時が遡ったのだと考えられた。
自分で説明していてもやっぱり思うが、やっぱり無茶がある……こんな事はありえないし、普通じゃない。確かに、死んだ後人がどうなるかなんてことは誰にもわからないし、誰も証明なんて出来ないけれど、時間が元に戻るなんてことが起こるのか……実際に起こっているのだから、否定のしようがないのだけれど。
「兄様……」
だから半信半疑でこの三年間を過ごしてきた俺は、取り敢えず死ぬ前と同じ道を辿らないようにすることにした。剣道をやらないかと勧められたが、もちろん断り……俺は俺らしく生きていく事を心に決めたのだが……剣道をやらなかったせいか、父親も母親も、前のように勝ち負けにこだわる事はしなくなった。
「あの……兄様」
それは俺としては嬉しい限りだった。少なくとも今の所は親から何かをされることもなく、笑顔が耐えない楽しい家族のままだった。それから、親を敵視したりしなくなったおかげか、俺の精神年齢が高いからなのか、親の仕事がどんな事をしているのかを知る余裕も生まれた程だった。
「兄様ってば……」
両親の仕事はゲームプログラマーらしく、今はとあるゲームを作る手伝いをしているらしい。手伝いと言っても対したことはしていないらしいが、両親ともどもとても満足しているらしく、毎日夜に帰ってくると、とても楽しそうに仕事場の事を話してくれたりする。完成したら絶対にやらせてあげるから……と意気揚々としていた。そんな表情を見ていると、やはり俺も、叶恋も楽しい気持ちになってしまう。
「兄様っ! 聞こえているのですかっ!」
「うおっ!? え、なに!? なになに!? って……」
突然の大きな声に驚いた俺は周りを見回す……するとそこには……下着姿の叶恋の姿があった。小学生とはいえ、整っていて兄の俺から見ても綺麗な顔立ちをしていて、小学生だからなのか凹凸はないものの、将来美人になる素質を持った自慢の妹だ。
「なんだ、叶恋じゃないか……」
「なんだ……じゃないです。 なにか、私に言う事があるのではないかと私は思うのですがっ……」
「ん……? 叶恋に言わないといけないこと?」
少し頭を働かせて考えてみる。はて、俺はなにか叶恋に言う事があるだろうか……叶恋は下着姿、俺はそれを見てしまった……ふむ……そうか、わかったぞ。言わないといけないこと……あるじゃないか。
「わかったよ……叶恋」
「そうですか……ではどうぞなのです」
「こほん……流石は俺の妹、世界一可愛いよ」
指をパチンと鳴らしながらウィンクをして、言わないといけないことを伝えた……内心、これは勝ちを確信した。これで正解だろう、我が妹よ。
「ふ……ふふふふ……流石は兄様なのです……」
「だろ?」
やはり俺の考えは正しかったらしい。いやはや、俺の推理が冴えて怖いぜ。これは将来名探偵になれるな。
「はい……もうほんと……兄様……」
「うんうん……もっと褒めていいぞ」
「兄様の……」
「うんうんっ!」
「兄様の馬鹿ぁぁぁぁぁ!」
「えぇぇぇぇ!?」
大きな声での罵倒ともに飛んでくる固い色々なもの。ゴミ箱とか筆記用具とかその他諸々の襲撃に俺は堪らず部屋を飛び出し、玄関まで追いかけてくる妹から逃れるため……俺は外に飛び出した。
一体なんだったんだ……まったく。
**
妹からの奇襲から逃れた俺は、妹の怒りが静まるまでどこかで時間を潰すことにした。ちなみに、どうして怒っていたのかは未だにわかってはいない。反抗期なのだろうか……兄さんは悲しいよ。
というわけで、俺は近くの公園までたどり着いたのだが……
「なんだあの不幸オーラ漂う少年は……」
公園のブランコに座りながら、下を向き……いかにも悲しいですと言わんばかりのオーラを放っている少年がいた。その少年は黒髪で髪の長さは普通。見た目は女の子と見間違うような顔立ちをしていた。
そんな少年に……取り敢えず俺は……
「下向いてねぇでっ! 取り敢えず上向け上っ!」
「うぉ!?」
ブランコから引きずり下ろしてぶん投げた。すると少年は仰向けに倒れ……ばっと起き上がると俺を睨んできた。
「な、なにすんだよっ!」
「公園のブランコを独占しときながら、漕ぎもしねぇで卑屈な顔してんなよっ、鬱陶しいな」
「う、うっと!? なんでいきなり初対面のあんたにそんな事言われないといけないんだよ!」
立ち上がり、さっきまでの卑屈な顔が嘘のように声を張り上げ、怒っている少年。やっぱりこういう顔もしっかり出来るのだ。なのにあんな顔をしていたら人生が勿体ない。一度死んだ俺だからこそ、そう思う俺ならではの教訓だ。
「別にいいじゃねぇか。 それに、さっきよりは全然いい顔してるぜ? 少年A」
「は……?」
ポカーンというような顔をする少年A。そんな顔を見せられたせいで、俺は思わず吹き出してしまった。はっきり言ってマヌケ顔だった。だが、マヌケ顔が似合う奴だな……と素直にそう思ってしまった。少し失礼かもしれないが、正直な感想だ。
「だ〜から、さっきまでの辛気臭い顔よりは数倍マシだったぜ?」
「お、大きなお世話だっ!」
「まぁ、そう怒るなって……少年A」
「それに、俺は少年Aじゃない……桐々谷和人だ!」
ご丁寧に自己紹介をしてくれる少年A……じゃなくて桐ヶ谷和人。
「自己紹介どうも、桐ヶ谷和人君。 俺は鴻沼蓮夜だ……呼び方は任せる」
「そ、そうか……それじゃあ……鴻沼」
「はいはい、なにかね和人」
「い、いきなり呼び捨てかよっ」
「桐ヶ谷とか長くて呼ぶのめんどくさいしな」
「めんどくさいって……お前な……」
肩をガクッと落とす和人。一々反応が大きい奴だな……と改めて思ったが、そういう奴なんだと思うことにした。それにしても、先程までの卑屈っぽい表情をしていた男が、喜怒哀楽の激しい奴になるとは思いもしなかった。いや、元々そういう人で、訳あってあんな卑屈になっていたのかもしれない。
「まぁまぁ、気にすんなって……そんなことよりも、なにかあったのか? さっきまで卑屈な顔してたじゃないか」
そう俺が問うと、和人はまたすぐに卑屈な顔に戻った。どうやら俺の想像は正しかったらしい……なにか和人にそういう顔をさせる理由があったんだろう。
「なぁ……鴻沼」
「ん……?」
和人は卑屈な顔をした後、俺の方に顔を向けながら……真剣な顔になって俺に問を投げかけた。
「もしもあんたの家族が……本当の家族じゃなくて、偽物の家族だったら……どうする?」
そう……和人は問う。俺に対して、一度死んだ俺に対して、家族を一人、殺した俺に対して、家族についての質問を、この少年は……和人は投げかけてきたのだ。正直、相手が間違っているようにも感じるが……そんな俺だからこそ答えられることもあるかもしれない。俺もまだ……家族に関してよく知ってる訳では無いし、知り尽くしている訳では無いけれど……敢えて言うならば……
「殺す……かな」
「っ!?」
俺は答えた。俺の今の答えを、全力の答えを少年に対して、和人に対して、ぶん投げた。
「こ、殺すって……人殺しになれってことか……?」
「ば〜か、ちげぇよ……殺すのは自分の家族じゃない……」
「そ、それじゃあなんだよ……」
「自分の家族に対する幻想だ」
「っ……自分の……家族に対する……幻想」
「あぁ……自分が今まで見てきた物が正しいと思うからこそ、それが違うと知った時、自分が構成されてきたものが壊れる」
俺は続ける。俺が一度死んでまで学んだ家族に対してのことを。
「だからこそ、それを止めるためには……自分が壊れる前に、自分の思い描いていたものを、殺す事が大事だと……俺は思うぜ」
そう言い切ると、俺は一息ついて……そっと目を閉じ。その後、ゆっくりと目を開きながら和人を見た。
「そんなこと……簡単に出来ると思うか?」
「ん〜……無理だろうな」
俺だって、完全に理解したわけじゃないが、それを簡単に出来ないからこそ、人は道を違え、人は自分自身を壊してしまうのだろう。
「そ、それじゃあ………どうしようもっ!」
「あぁ……どうしようもないな」
「……そうか……」
肩を落として落ち込む少年に、和人に俺はあっているかもわからない答えを伝える。宛にもならないような俺の答えを伝える。これは自己満足かもしれないし、和人からしたら傍迷惑なだけかもしれないが……伝えないよりはマシだろう。
「だけどな……いつか、和人……お前を支えてくれる唯一無二の存在が現れてくれるはずだ。 断言は出来ないし、何年後になるのかはさっぱりだけど……今は自分が正しいと思う道を進めばいい」
「鴻沼……」
「いつかまた会って、お前が正しい事をしたのに責められていたなら……俺が全力で助けてやっから……まぁ、せいぜい頑張りな」
空を見上げると……空はもう赤みがかっていて、日が沈み始めていた。叶恋の怒りももう収まった頃だろうし、慣れないことをしてちょっと恥ずかしい……だから、もう帰ろう……和人に対して今俺が出来ることは……もうないだろう。
「……じ、じゃあなっ! 鴻沼! また会おうなっ!」
後ろから聞こえてくる和人の声に、俺は手を挙げて答えた。ほんの少しでも和人の心を軽くすることが出来たのなら……俺が死んだ事も、意味がなかったわけじゃないんだと、俺も少しは、心が軽くなった。
それから……さっき和人に言ったような、唯一無二の存在が俺にも現れることをほんの少し、願っていた。