ソードアート・オンライン パスト タイムピース   作:楠木時雨

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覚めないでほしいもの

なにかはわからないが、暖かくて柔らかい感触がする。例えるとするならば、猫を抱きしめた感触によく似ていると思う。

 

ちなみに俺は、犬と猫どっちが好きかと聞かれれば、どちらかと言えば猫と答えるだろう。とはいえ、犬が嫌いなわけじゃない。犬も可愛いと思うし、両方飼えるのならば、両方飼うに決まっている。

 

しかし、犬が元気に過ごせるような環境は……今の世の中ではなかなか確保しずらいだろう。だから小さい犬を飼う人もいるが、家の中だけで過ごさせるのはやはり酷というものだろう。犬ならばやはり、広い草原で元気に走り回らせてあげた方がいいに決まっている。

 

だからというわけではないが、家の中だけでしか飼えないのなら、やはり猫を飼う事になると思う。猫を飼うならばまずは猫の家とか、ご飯とか、猫じゃらしを飼わないといけない。

 

だがしかし……いつまでも犬猫談義に一人で花を咲かせているわけにもいかないだろう。そろそろ現実に目を向けるべきだ。

 

取り敢えず俺は今までに起こったことを思い出してみる。

 

父親を殺して……そして妹に殺された。今まで親を殺すという自分勝手な目的に溺れていた最低な男であり、最低な兄である俺の、俺らしい最後だったとは思う。あれが夢だったみたいなそんなオチは有り得ないだろうし、有り得るとしたらあのまま死んでここはあの世です。とか……あの後すぐに病院に担ぎ込まれて一命は取り留めたものの重症だ……とか、そんな感じだろう。

 

ただ……病院にいるのならば、病院独特の薬の香りがしないのが気にかかる。死んでいて幽霊なんていう面白存在になっているのならば、暖かくて柔らかい感触なんてそんな五感を感じるわけがない。

 

考えても仕方はない、答えが出るわけがないのだから……だから今は出来ることをしようじゃないか、どうせ死んでいる事は確定なのだから、今以上に最悪な目に合うことなんてたぶんないだろう。

 

 

というわけで……俺は目を開いてみた。

 

「んゅ……にぃさま……くしゅぐったい……」

 

よし……わかった。取り敢えず状況を確認するとしようか。

 

一つ目……目の前には妹がいた。これだけでも驚くべき事だ。病院かもしれないとはいえ、親を殺した俺が普通の病室に寝かされているなんてことはないだろうし、なにより妹を隣に添い寝させるほど、日本の警察も馬鹿ではないはずだ。

 

二つ目……俺を刺した時よりも、目の前で添い寝をしている妹は小さかった。見た目は小学生くらいで、俺を刺した時の妹はもっと大人びた見た目をしていた。それはそれで当然だが、俺の一歳年下、十四歳だったのだから、当然といえば当然なのかもしれない。だが目の前の妹は本当に小学生くらいだった。

 

そして三つ目……妹の姿が小学生くらいに戻っている時点でなんとなく察してはいたが、俺も身体が縮んでいた。別に某名探偵みたいにとある薬を飲んだわけじゃない。あの後飲まされたとかそんなことがない限りは……というか、それなら妹まで縮んでるいみがわからないし、なによりそんな薬ができていたのなら、今頃大騒ぎになっていた筈だ。

 

これを踏まえて考えると……この状況は……

 

「にぃさまぁ……」

 

……やばい、まったくわからない。妹の顔が近くにあるからとか、そんな邪な理由ではなく……対して頭がいいわけでもない俺が、このおかしな状況を把握できるわけがない。

 

あぁ……そうだ、これこそ夢なんだ。きっと重症で病室に運び込まれた俺は気を失ったまま、こんな夢を見ているに違いない。夢にしては面白みが足りない気もするが……そうに違いない。

 

「よし……深呼吸だ。 まずは落ち着こう……すぅ……」

 

「蓮夜〜、叶恋〜……いつまで寝てるの〜?」

 

「ぶほぉ!?」

 

俺は吸い込んでいた息を吹き出してしまった。だが、そんなことをした俺はきっと間違ってはいないだろう。先程の声……忘れはしない、俺の母親の声だった。父親が体に対して暴力を振るっていたとするならば、母親は心に暴力を振るう人だった。母親には、今まで何回精神的に追い詰められたか覚えがあるが、それを思い出すだけで身体が震えてきてしまう。

 

「ん〜……かあ様……?」

 

「や、やばい……来る……一番会いたくなかった奴に」

 

「もう、二人共……兄妹そろってお寝坊さんなんだから……」

 

足音が聞こえてくる。ゆっくりと俺達がいる部屋に向かってくる。それを俺の耳は敏感に察知する……音……そして微弱にここまで届く振動さえも、今の俺は感じ取っていた。どうしてだ……これは夢じゃないのか、夢の癖に俺が会いたくない奴が登場する夢なのか、夢の癖に喧嘩売ってんのかこの野郎っ!

 

「兄様……?」

 

「ほら……早く起きなさい、もう何時だと思ってるの?」

 

「来る……あいつが……奴が」

 

俺をまた精神的に追い詰めるために……やってくる……殺られる……殺られる……精神的に殺られるっ! もうダメだおしまいだ……夢なら冷めてくれ……頼む……一生のお願いだ。

 

そんな俺の願いは虚しく裏切られ、ドアが開かれる……そして……

 

「ラオウが……来たっ!」

 

「誰がラオウかっ」

 

「いった!?」

 

デコに軽く刺激が走った。何故か……そんなことは問うまでもない。デコピンだ……あの母さんが……ムスッとした顔で……デコピンをしているのだ。あの氷のように冷たい表情で、俺の精神を抉りに来る母親の姿は……そこにはなかった。

「えっ……と……」

 

「あ、あれ? そんなに痛かった?」

 

「あ……いや、そうじゃない……けど」

 

「けど……って、え!?」

 

「兄様、泣いてるのです……」

 

「え……?」

 

妹の言葉に……俺は自分の頬が濡れているのに気がついた。なんで泣いているのだろう……なにか悲しかったわけじゃない……痛かったわけでもない……ならどうして……こんなにも涙が止まらないのだろう。拭っても拭っても止まらない……俺には……涙の理由がわからなかった。

 

「どうした? 朝から大騒ぎして……」

 

「あ、父様っ……あのねっあのねっ! 母様が兄様を泣かしたのですっ!」

 

「え……ちょっ! 待ってよ!」

 

「おいおい、息子に虐待なんて……いつからオレの嫁はそんなにクレイジーになったんだ?」

 

「誤解よ〜!」

 

騒ぎを嗅ぎつけてか、父親も顔を出した。その父親の顔にも……俺の知っている、鬼のような顔をした父親の顔は存在していなかった。優しくて大きな……俺の父親。小さい頃に見た……両親の姿が、そこにはあった。

 

あぁ……そうか、俺が今泣いているのは……失った物がここにあったから、ずっと心のどこかで欲しいと思っていたものが、そこにあったからなのかもしれない。そう考えると……俺は思った。

 

これが夢でも構わない……幻想でも構わない。

 

でも、夢ならば……絶対に覚めないで欲しい……そう思った。

 

「ねぇ……父さん、母さん……叶恋」

 

家族が……俺の大好きだった家族が、笑顔を向けてくれる。あって欲しかった事、いつからか壊れてしまった物……それが今、目の前にある。そんな小さな幸せに……感謝の言葉を伝えよう……俺に出来るめいいっぱいのことを……たとえこれが夢でも、いつか覚めてしまうのだとしても……今この瞬間を大事にしたいから……。

 

だから……

 

「ーーー。」

 

なぁ……俺は、なんて言ったと思う?

 


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