ソードアート・オンライン パスト タイムピース   作:楠木時雨

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始まりの死

結果が全てだと、その言葉を初めて聞いたのは俺が小学校に入学してすぐのことだった。あの頃の俺は、親が俺に勧めて始めた剣道をしていて、やはり武道には勝ち負けが存在し、それに関わるのだから勝たなければ意味が無いのだと……勝つことが全てなのだと教えられてきた。

 

残念ながら俺には剣の才能なんてものはなく、試合に出ても勝てるのはたまたま、運のおかげが殆どで、それ以外は大抵負けという結果で終わっていた。そのことに対して……勝ちにこだわっていた父親も母親も許してくれるはずも無く、大会がある事に……負ければ虐待され、勝てば精進するように、と特訓とは名ばかりの辛い虐待に近い練習を課せられた。

 

正直、あの頃から……俺にとっては親が正義だった。だからこそ、否定することも……それに対して背く事も、俺にはできるはずもなかった。するつもりも……俺にはなかった。

 

だがいつからだろう、親の存在が煩わしく思うようになかったのは……いや、そんなのは考えるまでもなく、反抗期と呼ばれる頃からだろう。その頃の俺は、確かに反抗期だった。俺の言う事が間違っていると考え、俺のしている事が間違っている事だと思い、親を蔑んだ。ただ……それを態度に出すことはしなかったけれど。

 

反抗期を過ぎればそんな考えもなくなると思っていたが、そんなことはなかった。思春期、俺も成長し……知識も得て、社会というものを知っていった。そうすれば、そうしてしまえば気づいてしまう……家の異常さに、親の異常さに。

 

普通の親は失敗をしても殴らないという。蹴らないという。竹刀で顔面を何度も何度も強打することも、日本刀を振り回りながら逃げないと死ぬと脅してくることもないらしい。

 

なんなんだ……

 

なんだったんだ……

 

俺があんなにも我慢をして……努力してきたことは

 

耐えてきた事はなんだったんだ

 

なんの意味があったんだ

 

あれが普通じゃないのか?

 

あれが当然じゃなかったのか?

 

それからは……俺は……俺ではなくなった。俺という存在を支えていた何かが崩壊し、消失し、俺は俺という俺を保つことが出来なくなった。

 

それからは桜のちり際なんて美しい物では断じてなく、いうなれば……北極の氷が崩れ落ちていくような、積み重ねてきた積み木が倒れるような……それほどに、呆気ない終わりだった。

 

親と真っ向から対立し、お互いがお互いと敵とし、お互いを軽蔑し合い、お互いがお互いに三下り半を下した。そして最後は……なんと哀れな事か、親と子の争いだ。それはそうだろう、人とは自分の意見を通そうとするもの、自分が正しいと証明したくなる存在だ。その意見が食い違えば、争いが起こる。

 

人間の多くの長い歴史において、それは何度も行われてきたことだ。国単位としても、村単位としてもだ。それならば、家族単位であれば起こることはむしろ当然だろう。ただ普通と違うことがあるとするならば……その家族間の争いは……

 

殺し合いだったことだ。

 

俺と父親はひたすら殺し合った。殺し合いころしあいコロシアイ……

 

そして……殺した。

 

なんとも、呆気なかった。刀を心臓に突き刺し、そのまま奥まで刺し、そして抜く……生暖かい血が自分自身にかかることを感じながら、俺は地面に倒れている父親を、まるで他人のように眺めていた。だが俺はその時悟った……終わったのだと、終わらせたのだと。

 

俺の人生の汚点を、ガン細胞を……消してやったとだと……

 

スッキリした……さっぱりした……肩の荷が降りたように感じた……

 

だが……俺には見落としていることがあった……いや、最初から見てなどいなかったのだ。興味すらなかったのだ。そこにいても、そこにいることを気に止めてすらいなかった。気に止めることさえも忘れていた。

 

「ご……ごめっ…なさいっ……なのですっ…わ、私……こんなこと……おにぃさまを……」

 

腹部の当たりに走る痛み。触ればそこには……包丁があった。家庭によくあるような、そんな包丁を……俺は抜いて、見る。そして……刺した本人を……俺の妹を見る。妹の顔は……見れたものではなかった。

 

焦点の合ってない目、青ざめた顔。涙でぐしゃぐしゃになった顔。そんな顔を見て……その時まで忘れていた、気にもしていなかった妹の顔を思い出すのだから……我ながら最低な兄であっと思う。

 

この包丁は……よく妹が俺に料理を作ってくれた時に使っていたものだった。微笑みながら……手の至るところに絆創膏を貼りながら……俺に肉じゃがを差し出してくるこの女の子を、この妹を……俺は、思い出した。

 

親の事しか見ていなかった、見れていなかった最低な兄に対して、この子がなにをしてくれていたのか……何を俺に与えてくれていたのか……俺は、なにを思いか上がっていたのだろう。たった一人で苦しんで……たった一人で親に立ち向かっていたと……いつから思ったいたのだろう。

 

あぁ……俺は、最低な両親を憎みながら……自分で最低な兄をしていたのだ。

 

考えれば馬鹿馬鹿しい。アホらしい。これでは人の事は言えない。責めることも馬鹿にする事も出来ない。

 

俺は床に叩きつけられるように倒れる。妹は俺に近寄る……謝りながら……泣きじゃくりながら俺の手を握る。そんな妹に……最低な兄がしてあげられることは何だろう。俺は考えた。死が迫ってくる事を悟りながら、考えた。

 

けれど……やはり俺は最低な兄だった。

 

何も思いつかなかった。

 

何も、思いつくような生き方をしてこなかった。

 

では……最低な兄は何をしよう。

 

最低らしく、最後の最後に嫌味の言葉を言ってあの世に去っていこうか。

 

最低な兄は、最低というランクを更新してから死んでやろうか。

 

残せるものが、この最低な兄にあるのならば……例えそれが、妹にとっては捨てたいものであったとしても、最低である俺が、妹に残せるのであれば……残してやろうではないか。

 

この妹がこれから歩む人生で……足しになるかもわからないが、取り敢えずは残してみよう。

 

自己満足……? 知ってる。

 

自分勝手……? 知ってる。

 

でも何も残さないよりは、この泣いている妹に何も残さないであの世にいるよりは、数倍マシだろう。マシだと思いたい。思わせてもらう。こればっかりは、絶対に譲らない、譲れない。

 

だから俺は……何度もいうが、何度でもいうが……最低な俺らしく、自分の目標を達成した、最低な男らしく。妹のことを忘れていた最低な兄らしく。

 

妹の頭を撫でた。

 

「っ……ぁ……ぅ……ごめん……なさっ…なので……す」

 

妹の頭を、これでもかと言うほどに撫でてやった。どうだ妹よ。父を殺した手で撫でてやったぞ。血だらけの手で撫でてやったぞ。

 

どうだ……俺は最低だろう? 道を外れた殺人鬼みたいな男だろう? まるでピエロみたいに気持ち悪い表情で……たぶん笑っているんだろう?

 

「おにぃちゃん……大好き……大好きなのです……」

 

こんな最低な俺の願いが叶うのならば……叶えてくれるのならば……俺は何のために使うだろう。生きたい? 生き返りたい? 強くてニューゲームでもするか? さぁ……それはそれで面白いかもしれない。

 

それはさておき、大好きといいながら泣きじゃくる妹を見ながら……俺は思った。

 

きっと妹はこれからもっと可愛くなる……美人になって、学校の人気者になって、毎日男子から告白されるんだ。それを妹は困った顔をしながら断るんだ。ざまあみろ男子共、お前らみたいな奴が俺の妹と釣り合うわけないだろ。

 

それから、妹には好きな人ができるんだ。顔を赤らめながら、話したりして……いつか告白して、付き合い始めて……色んなことをするんだ。不純異性交遊はお兄さん許しませんよ。

 

そして結婚するんだ。純白のドレスを着て、沢山の人に祝福されて、照れくさそうに笑いながら、一生添い遂げたいと思う人ととも、大きな教会で、誓いのキスをするんだ。その時の君は笑っているかい? 今みたいに泣いてはいないかい?

 

さて……そして妹には子供ができる。妹に似て可愛い子供だ。名前は何になるんだろう。楽しみだ……あぁ、とっても楽しみだ。

 

……あぁ……見たいな……そんな全部……

 

俺……今まで何を見てきたんだろう。両親への怒りばかりに目を向けてた気がする……。馬鹿だな……俺、ほんと……馬鹿だ。

 

まだやりたい事……沢山あった。妹の事だけじゃない……友達も欲しかった。友達と買い食いしたり、映画言ったり……もっともっと色んなことをしたかった。

 

ここでもう一度考える……一度だけ……何でも願いが叶うとしたら、何をお願いするのか……そうだな……願う事は決まっている。今決めた。

 

やっぱ……生きたい……俺。

 

高校を卒業した日の夜。俺は父親を殺し、妹に殺され……そして願った……もう一度生きたいと、生き直したいと……それから……人生で、最低の俺が……もう一度……最低を……今度は最高にしてやりたいと……そう……思った。

 

これが俺……鴻沼蓮夜の、本当の人生の……奇想天外な人生の……そんな物語のプロローグだった。

 

 


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