Life Burn/Soul Scream~仮初めのヒト~   作:源十郎

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I1・異常認識

 幾月修司は桐条所属のラボで研究していた。 研究の対象は陰陽の双剣と、全く同じ外見の二振りの木刀。

 かれこれ、約半月近く経つ。

 何が? と問われればこう答えるだろう。

 「それは作られてからの時間だよ」

 ――と。そして、

 「これは複製なんだ」

 と……

 興奮を抑えながら、データを逐一細かく書いていく。

 だが、研究はまるで進んでいなかった。

 双剣も木刀も特別なにか特殊な素材だったワケでもなく、シャドウやペルソナのような存在でもなかった。

 美鶴達は、その双剣だけは異質な力を感じると言ったが……科学的な側面では全くと言っていい白。何の変哲もない鉄の塊と言っていい。

 「ふむ……」

 研究は頓挫しているようなモノだが、その瞳に諦めの色は無い。

 徹底的に調べ尽くし、謎を説き明かすべく幾月修司は再び研究に没頭して行く――

 

 美鶴は一人、士郎の『能力』について考えていた。

 特別課外活動部の関係者で唯一、士郎”本人の”能力を知っている。

 だが、それを他の者に伝えて良いか迷ってもいた。

 ――彼女は聡明だ。

 今まで全くと言って良い程、彼の能力を知らなかった。

 『無知』と言う訳でもない。彼女の生家は日本――或いは世界――でも有数の資産を持ち、数多の企業を束ねる家柄だった。

 それだけの人が関係を持ち、大なり小なり規模は違えど情報を持ち、それを束ねる為の教育があるのが美鶴だ。

 その彼女をして全く知らないとなれば――それは故意に”秘匿”された技術に違いない。

 古来より言葉として存在しながら、美鶴とて桐条の咎として発露しなければ、ペルソナやそれに纏わる神話――それこそ神や悪魔だ―― を”識る”ことすらなかった。

 つまり、そういうこと。

 間違いなく表の社会には一切の露見すら赦されない、完全な秘匿を前提にされた技術だ。

 有史来、言葉や空想の類なら表に出ただろうが、少なからず士郎に接するまで全く実態を掴ませ無かったのだ。”ペルソナや影時間を知る”桐条ですら、だ。

 ――可能性として――

 可能性としては、『衛宮』がただ一氏族のみの伝承としていた場合がある。

 だが、美鶴はこれも薄いと感じていた。

 彼の養父はこう言ったらしい。

 『それは効率が悪いから強化にしろ』

 効率と彼が聞かされたらしい。確かにそれだけなら、養父にとって効率が悪いと見えただけで、それで可能性を狭める理由になるまい。

 要は効率の基準が何かだ。

 一族だけの秘術なら、効率云々はそもそも有り得ない。何故なら効率より『伝える』ことこそが必要だからだ。伝え切れず失うならまだしも、そもそも『伝えない』理由などない。

 なら、順序だてか? それは有り得る。が、何故効率が悪いかを聞かされていないそうだ。しかも、初歩の初歩だけ教えただけ、と――

 普通に考え、士郎の『投影』が効率悪い技能とは思えない。一瞬で消えるならまだしも、形として――それこそ長時間――存在する複製が効率悪いとは思えない。

 なら、必然的に他に同じ『投影』が存在し、少なくとも”そちら”は効率が悪かったと見える。効率の善し悪しの基準は知らないが、逆に言えば『投影』より優れた技術が在るはずだ。

 それが『強化』だと言うが、モノをどこまで強化しても”アレ”には敵うまい。

 ――双剣と黄金の剣――

 あれだけ恐ろしいほどの『力』を有した剣より優れた技術とは思えない。

 ならば、それは――

 『士郎の投影自体が異常』

 ――その可能性。

 そして、仮にも『魔術』が”完璧に秘匿”される技術なら、それは完全な一個人か秘匿を徹底出来るほどに管理された”世界”があるはずで――

 もし、もしもだ……管理された世界があるとして、士朗の投影が異常な能力だったら?

 『迂闊に口を滑らせて、私達が”消される”可能性が出てくるな……』

 故に、未だに誰にもつげれずにいる。

 どれも可能性でしかないが、もし、秘匿の為に存在の有無を問わない手段を是とする最悪が起きたら――

 『それに比べれば黙秘など、難しくもない』

 墓まで持って行くことになるかも知れないが、と心の中で締めくくり、数の足りないロジックを仕舞い込む……

 

 

 

 御子杜音緒は今、ちょっと緊張している。 一つ年上の男性と二人きり。寮の皆は用事があるのか誰も居ない。昨夜は喫茶店でバイトしていたので帰りも遅く、皆も気を利かせてか寝坊しても起こさない。いや、同じ寮とは言え、家族でもあるまいに干渉などしない。

 結果、遅起きの音緒が居た訳だ。

 そんな音緒の為に態々残って居たのが年上の男性。名を衛宮士郎。実はバイト先の喫茶店の同僚だったりする。

 自分と同じ、家族が居ない。まぁ、なにはともあれ、苦学生な自分達は己の為にバイトをしている。そのバイトの紹介が彼だった。

 正直、夜道を一人で帰るのも怖く、全く知らない人ばかりよりは、知人が居た方が気が楽ではある。

 ……で、何故か今頃緊張していた。

 本来なら、昨夜バイト前に緊張したり、帰りの夜道に二人きりの方が緊張するのだろう。

 そこは彼女の性質(たち)故か。

 変に思い切りが良いから、バイト前にウダウダ悩むよりは、と色々質問を繰返していた。そういった意識の切り替えが上手いのは、ペルソナの特性なのかは不明だが、バイトを紹介した身として、やる気十分の後輩に助言するのも吝かではないのは――先輩としては嬉しく頼られたら嫌とは“言わない”衛宮士郎が居る。

 そこに色も何も無かった。真っ白。ただ普通の頼れる先輩と、初バイトに燃える後輩が居た訳だ。

 帰りも変わらない。夜道の怖さから縮こまる身体が、誰かを頼ろうとする欲求より、初バイトの高揚から妙にポカポカした心のまま色々喋っていた。

 同じバイトの先輩だから、と言うのもあるが、学校も学外活動も寮も一緒と在らば――話題は尽きない。

 普段あまり口数は多くないが、この時はかなり喋っていた。しかもほぼ一方的に。

 先輩の方も、ぶっきらぼうながら、元来の人の良さ、何者でも変わらない受けの広さから聞き手としては“上物”だ。

 結局、寮に着くまで喋り倒した様なモノだった。

 この一日で、御子杜音緒は衛宮士郎を少なからず知った。

 

 心の奥で何かが繋がる不思議な気持ち。

 心の中で何かがざわめく不思議な感覚。

 

 ――我は汝、汝は我。

   汝、新たに絆を紡がん。

   我ら『刑死者』が力を貸そう――

 

 ……そんな昨夜を思い出し、冷静になった頭で客観的に見ていくと、どれだけ“浮かれ”て居たのやら。

 そう思うと、急に恥ずかしくなって、ちょっと過剰に意識してしまっていた。それはそれは緊張する。緊張もする。緊張ばかりか赤くもなる。

 『今メシ作るからちょっとまってな』

 そう言われて、我に帰るも手伝いを申し出るところでまた余計な思考から緊張再発。動かない体に代わって脳は悶々と益体も無いことを、延々と思考する。

 そんな人生16年初の新たな拷問を数十分。調理時の匂いすら気が付かずに居た。

 出来た。と声を掛けられ、意識の海から這い出た音緒が目にした料理は、オーソドックスな日本の朝食だ。白米、焼魚、漬物、味噌汁。ただ、問題は一人分。

 『先輩の分は?』

 と疑問をそのまま口にしようとして、料理目線の下がった視界を上に。水平に見る先にエプロンを仕舞う先輩が居た。

 「これからバイト行くから、悪いけど食器は自分で洗ってくれ」

 そう短く必要事項だけ述べて、行ってしまう。

 何やら妙に裏切られたような気分になりつつ、

 「……静かだ」

 思考の海で溺れた時とは違う、意識しても聴こえない人の声に思わず溢してしまうココロ。

 その後、良く解らない気持ちに、不貞腐れた様にご飯を掻き込む音緒が居た。

 

 

 

 岳羽ゆかりは努めて勤勉に勤しんでいた。長机に比較的可動範囲の広い背凭れと、深い腰掛けの座に身を沈め、「静かな筈の」学園の広い一室で。

 「なあ、ゆかりっち〜、そこんとこどうよ?」

 チラっと右隣に視線を向ければ、微かに聴こえる激しいギターリフとバスドラムの重奏を響かせたヘッドフォンを耳に、音緒がスラスラと筆を走らせ――

 「あ〜、惜しいよな〜。新しい仲間が増える筈なんだけどさ〜」

 ――激しい筈のギターリフとバスドラムの重奏より響く雑音に立ち往生。下手すると逆走。序でに一瞬、俯き加減の頭のまま、鋭い視線が前髪で翳る目元より発せられる。向きは正面より三十度。口元はフラット。呆れも怒りも感じない。喜? 哀? 楽? 勿論無い。「能面の様な」を口元だけに適用してみよう。思考コンマ1秒。実体の無い幽霊くらい怖かった。

 こっちに気付いてニッコリスマイル一つ。

 ……世の中には「ギャップ萌え」とか言う言葉があるらしいが、これは萌えるんだろうか? 私はちょっと寒い。ってか怖い。苦笑とかじゃなくてスマイル。ギャップが酷すぎて、さっきの“ビーム”が強烈に脳裏に焼き付いた。

 音緒はたまに良く分からないから、余計に怖い。良し。私のより良い学園生活の為に、「音緒を怒らせない」を心がけよう。

 そもそも、ちょっと前までは軽快なポップスが、私に聴こえるかどうかだった気がする。今は普通にロック? ……ハードロック。コア、プログレ?

 ……まぁ、なんだかイメージに合わない激しいのが聴こえる。これってどうなの? 図書館として。

 「でもさ、ホレ。オレっちが――」

 カタン、と一つ。軽い音がする。そこで漸く止まる順平の口撃に、不思議と視線が集まる。どこに? そう、「ソコ」に――

 「順平くん?」

 可愛らしい声。口の端が少し深く窪み、小さな桃色の唇は蕾のままでも十分に愛らしい。少し斜にした顔は、重力に逆らわずに下がった前髪と、そから生まれる翳りに細められた目元、蕾の様な唇、睫と眉は理想的なまでに均整がとれている。正に笑み。微笑みはここに――

 「私、部屋で勉強するね?」

 ――微笑みはここに無かった。

 たった一つ。完全に食い違うその瞳の色。「目が笑ってない」って本当にあったんだ――なんて、その横顔見ながら思ってた私は、所謂「現実逃避」と言うヤツをしていたんだと思う。

 横目で見る順平の顔色が悪く見えたが、バカは風邪ひかないからきっと新病だろう。多分、この新病が治る頃にはバカも多少治る。治らなかったら私は音緒と一緒に順平とつるまない。精神の疾患と言うのは厄介で、幽霊並みに目に見えない。キラリと光るナイフと、ハイライトの消えた音緒のビームなら、私はナイフを選ぶ。ナイフは見えるもの、ビームよりは怖くない。

 気が付けばいつの間にか赤い髪はドアの隙間。振り返ってバイバイと手を振る音緒はいつもの顔。だと思う。

 「――ゆかりっち。オレって何かしたっけ?」

 アホ面下げた順平に、激しく溜め息が出た私は悪くない。

 

 

 

 結局、図書館での勉強は捗らなかった。元を正せば、中間テストに向けての勉強会なのだが、順平の集中力が切れて(僅か十分とくれば、端から有ったのかも疑問だが)今特別課外活動部の話題の人、「山岸風花」について勝手に喋り始める始末。全く進展の無い勉強会は幕を閉じたのだ。

 静かに怒った音緒のおかげで、なりたくなかったが冷静さを取り戻したゆかりは、やり場の無い怒りを撒き散らす筈だった代わりに――溜め息を撒き散らす。苛々を募らせて当たり散らすのと、重い溜め息に憂鬱になるのはどっちが気楽なのか、と帰りに延々思考するのはとてもとても不健全だ。わかっていてもやめられない。

 「溜め息ばっかりじゃ、幸せ逃げちゃうぜ? ゆかりっち」

 「あんたねぇ……、ったく、誰のせいよ。ホント」

 悩みが無いのは素晴らしい――のは当の本人だけで、悩みが無いヤツの隣に悩みを持って行くと地獄らしい。

 ……テストに出ない知識は増えた。

 

 

 そうこうしてると、寮の玄関が目の前に見えた。重い気分で玄関を開ける。そこでここ最近は何時も漂う良い香りに、お腹も鳴りそうだ。

 「今日のメシは何かな〜……って、音緒?」

 順平の歌っぽい間の抜けたセリフに、ちょっと奥を覗くと、音緒がエプロンしながら夕飯の準備をしていた。夏に入って夕刻の蒸し暑さを凌ぐ様に、薄でのシャツと紺のハーフパンツが健康的だ。そこにエプロンとなると、順平的にはツボらしい。音緒全体より、女性の肉感的な部分を目線が追っている。そうなると、顎を上げて上から覗き込むような姿になっていき――俗に言う「鼻の下を伸ばした」恰好になる。

 そんな順平を余所に、ぎこちなさなんて無い、スムーズに慣れた手つきで食器や料理を列べて行く。更に奥、厨房にはいつもの様に、衛宮士郎が居るのだろう。

 「あ、おかえり。二人とも」

 配膳に集中していた音緒も、ゆかりと順平に気付いて挨拶。食器を胸に抱くようにしながら顔をこちらに向けている。

 「ただいま、音緒」

 「よっ、ただいま〜」

 それに二人も思い思いに挨拶を返す。

 「いや〜、マジこの寮来て良かったと思うよ。美味いメシ食えるし」

 ドカっと椅子に腰掛けながら、上機嫌に溢す順平。

 そんな順平に女性陣は冷やかな目を向ける。

 「順平……アンタね、手くらい洗って来なさいよ」

 「べっつに良いじゃんよ? 何? ゆかりっち、俺の何ちゃんなのよ?」

 至極真っ当な意見をゆかりが言うと、態とらしく嫌味っぽく順平も返す。ニタニタ笑いに、比較的沸点が低いのか積もり積もったモノがあるのか――ゆかりの顔は明らかに怒り顔。「アンタねぇ――」と口にしようとして――

 「順平くん。手、洗ってね」

 ――横合いから流れた凍える気配と声色に口も止まる。

 ゆっくり顔を音緒が居た方に向けると――そこに般若が居た。

 一見微笑みに見えながら、その実全く笑ってない貌。別にゆかりは何も悪いことをしてないが、その笑みを見ると妙に胸が息苦しい。再び何も見なかったことにして、正面の順平を見ると、暑さに吹き出たにしては妙に玉の大きい汗が垂れていた。

 「あ、うん。俺っちもそうしようと思ったのよ? な、なは、なははは……」

 乾いた笑いを響かせて、游ぎまくった目線が白々しさ全開の順平。そのまま音緒の横を“ちょっとだけ大きく迂回しながら”過ぎて行く。

 そんな順平を見ながら、ゆかりは今日何度目かの溜め息を盛大に吐いた。

 

 

 

 今回も夕食は全員揃って居た。普段忙しい美鶴も、今日は比較的早く寮に戻っている。基本的に皆静かに食べる。順平がやや会話が多く、話題を振る。それにゆかりが(性格的なものあるだろうが)律儀に返答する。故に専ら順平とゆかりが食卓の華だ。次いで明彦、音緒。美鶴は基本的に喋らない。士郎は士郎で飯釜奉公だった。何処までも家庭的である。

 「で、お前らテストは大丈夫なのか?」

 夕食がある程度進むと、明彦がそう切り出した。そこに反応するのは二人。明らかに動揺している順平は当然で、少なからず肩が震えたゆかりが二人目。

 順平は自分が勉学を苦手としているのは自覚しているが、そこを突っ込まれたりそんな話題の中心に放り込まれると辛い。辛くて思わず身体が何かしら反応する。具体的な症状は、体の震え、頭痛や発熱、目眩など。発汗や喉の渇き、はたまた言語中枢の異常からくる意味不明な発言もあるかも知れない。

 一方のゆかりは別に順平ほど勉学を苦手とはしていない。言わば普通と自他共に認めている。が、普通であるのなら頑張れば普通以上に高みを狙えるし、サボればいくらでも下に落ちれる。下に落ちるのは流石に勘弁願いたいが、それには並みの勉強は最低限必須。それも特別課外活動部に入ってからは、夜は影時間でのタルタロス攻略もあって、勉強時間は明らかに足りてない。

 その為に、放課後の勉強会に乗ったのだが、それは実質無駄に終わっている。それ故に、ゆかりは思わず動揺してしまったのだ。

 『……順平、後で覚えておきなさいよ!』

 そんな事情もあれば、ゆかりの鋭い視線に乗った呪詛も分からなくもない。

 「そ、そういう真田先輩はどなんすか?」

 どうみても吃りまくりな順平のセリフに、それでも余裕な表情で明彦が返す。

 「怪我のせいもあって、時間だけはあったからな。勉強だけは捗った」

 その切り返しに順平が沈黙。ならば、と他の面子に振る。

 「ん? 私か? 私は高等教育課程の問題は全て一年の頃には済ませている」

 と美鶴。絶句、放心、苦渋の三段階に表情を変えていき、ぽつりと順平の口から言葉が漏れる。

 「……おれ、余計にやる気なくなったぜ……」

 その呟きに珍しく同情顔のゆかりが居た。音緒は苦笑。共にまだ二学年で在るがゆえに、一学年下の時点で自分達より学力が上だと思うと気が滅入る。ただ、そういう人も居る、と客観的に見れるし彼の先輩ならそれも有り得ると思いこそするから、その程度で済む。曰く――「他人(よそ)は他人(よそ)」

 そこで矛先をまだ発言の無い、もう一人の先輩に向ける順平。

 「衛宮先輩はテストダイジョブなんスか?」

 「まぁ、俺は普通……かな? 出来る出来ないは別として、やれることをやるだけだ」

 淡々とそう言う。気負いも無ければ、やる気が無い訳でもない。

 その発言に4人はまた、それぞれに反応する。

 「そっスよね!? 普通っすよ、やっぱ!」

 「何がやっぱ、よ。アンタの普通と先輩のを一緒にしてどーすんの?」

 何か救世主でも顕れたかのような視線を向けて、まくし立てる順平。それに何時もの様にツッコミを入れる律義なゆかり。そんな二人をみながら呆れた顔をする明彦。

 「『やれることをやる』、か。それを実際に“出来る”かどうかは――まぁ、それぞれだが」

 試すような口調。寧ろ、何かに期待する様な。

 半ば、士郎の性格を把握しつつある美鶴にしてみれば、士郎と言う人間は“難しいからと言って投げ出さない”人間だと思っている。勉学とは、難易度の違いこそあれ、可能不可能は無い。ならば、士郎がそれを途中放棄するとは思えない。

 義務も無い備品整備を引き受けたり。出来ないとなれば断りも入れるが、引き受けた以上どうしても無理にならなければ完遂する気概がある。

 鍛練も別に義務感すら無い筈なのに、あの日倒れてすら続けている。そこは少しばかり控えて欲しいが、言ってどうこうなるものでもない、と半ば諦めている。

 要約すれば、ハードルの大小は彼にとって意味ないことになる。でなければ『正義の味方』を目指そうとも思わないだろう。未だに何が切欠でソレを目指すようになったかは不明だが、志しを未だに忘れない姿勢は美鶴にとって非常に好ましい。

 「私もバイトとかしながら勉強してるけど、衛宮先輩って三年生だからバイトしながらだと危なくないですか?」

 眉尻を下げ、顎も引いて窺うような、下から覗き込むような視線で問う。

 同じバイト仲間の音緒にとって、自分より状況が切迫している(であろう)士郎が気になるらしい。自分より他人を想える思想は、その根底にある優しさを如実に顕していた。 「バイトは辞めたくないし、引き受けた以上放り投げる訳にもいかないさ。どうしても無理にならない限り、俺はどちらも蔑ろには出来ない。

 自分の為に、誰かに重荷を掛けるくらいなら、自分が出来る分は自分でやる。それに、自分が出来ると践んで始めたなら――俺が敗けを認める訳にはいかない」

 ぶれない。芯の通った人間。

 言葉だけじゃない、その身を以て成して行く。あくまで自然体。気負いもなく、かといってやる気が無い訳でもない。

 それはつまり――

 「他人より自分が劣っていても構わない。同じことが出来なくて、競いあって負けるのは仕方ないかも知れない。

 でもさ、自分を信じてやれなくて、自分の気持ちに応えられなくて――」

 

 ――そうやって、“自分に負ける”のだけは認められない――

 

 ――それは、つまり、己に打ち克つ心の謳。誰よりも自分に向き合える、克己心――

 




サブタイ思いつかなかった、本当は3話なんだろうけど、なんか中途半端なんでインターミッション扱いに。

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