Life Burn/Soul Scream~仮初めのヒト~   作:源十郎

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サルベージに成功したんで掲載。
今見ると古いな……


C1・其は、夢の歩み人

 岳羽ゆかりは『特別課外活動部』のメンバーが住まう寮――巖戸台分寮――のある一室で、話しをしていた。

 部屋は作戦室と呼ばれる場所であり、話し相手は一つ年上の二人組。男性一人と女性一人。

 男性は真田明彦といい、女性は桐条美鶴といった。

 「岳羽、君は弓道部だそうだな」

 美しい長い髪の女性、美鶴が問う。

 「あ、ハイ。そうですけど……」

 ゆかりは弓道部に所属し、特別課外活動部の『特別な活動』に於いては弓を使う。的は無機質な固体でもなく、人ですらない。

 形容するなら……そう、正に『化け物』『怪物』だ。

 「いや、何。弓道部の主将はなかなか腕が立つと聞いてな」

 「はぁ……」

 ゆかりは曖昧に返事をするしかなかった。主将の弓の腕前は……これも正に『化け物』『怪物』と呼ぶに等しい。要は、「人に或らざる」という概念が一緒なのだ。『達人』と言えば聞こえはいいが、一般的な視点から見れば常識を逸脱していた。

 「腕が立つ……とかそういうレベルじゃないです、アレ。私が入部してから皆中以外見たことないんですから」

 つまり、百発百中。矢が吸い込まれる……なんて枕詞は生易しい。あれは最早呪いに等しい。

 主将が弓を構えれば、誰もが外れを想像出来ない。皆中するのが当たり前で、皆麻痺してしまった ――文字通り、麻痺。構えに見取れるとかじゃない、皆自身の矢を忘れてしまう程の思考麻痺。

 呪われた。皆が。だからこそ、主将も人の子であれ――と、外れを期待する。この呪いは、彼の矢が外れた時に解する。

 「ほう? そいつは興味あるな」

 「え!? 真田先輩が、ですか?」

 思わず返してしまった失礼な言葉に、むっとする先輩。

 私がフォローするより早く桐条先輩が口を開く。

 「私も驚いた。明彦、君はボクシングを嗜む者だろう?

 だが、『彼』は弓だ。武芸として見ても、ボクシングとはベクトルが違う」

 それは同意見。私も真田先輩が興味を示す理由が分からない。

 「いや、何。確かに懐で殴り合うボクシングと、遠くから必殺を狙い撃つ弓じゃ接点は無いかも知れない。が、その百発百中を体言する程の集中力は、スポーツだろうが武術だろうが気にならないハズがないだろう?」

 確かに、と頷くのは桐条先輩。私は、賛同出来るけど――諸手は挙げれない。

 弓道は、「道」と付く以上、競技でも武芸でもない。勿論、そういった側面はあるし、私もどちらかと言えば『こっち』だ。だが、『側面』だからこそ、もう一つの在り方も存在する。いや、『そっち』が本筋だ。

 道と付くモノ共通の『精神』を鍛える在り方。つまり、弓道に於ける皆中とは、技術の延長線上にあるものではなく、精神論の延長線上に在る。目に見える的を射るのではなく、心に映した的を射る。

 それが弓道の本質であり、主将の在り方だ。

 「それを聞くに、『彼』は仙人に思えるな」

 それには諸手で賛成。だから部員達と弓に対する姿勢が違い、認識に齟齬が出る。

 主将はあくまで精神論的な視点で『中たる』と言い、私達は技術的な視点から『中てる』と言う。

 一文字違い、微妙なニュアンスの違いだが、決定的な齟齬。

 曰く、「射る前から中っている」と。

 「益々面白いな。奴にしてみれば的がなんであれ――いや、弓じゃなくても『あたる』ヴィジョンが明確なら『あたる』んだろう。

 周りに左右されない精神・肉体の制御…か? 確かに、それだけ自身を鉄の意思で抑制出来るなら頷ける」

 え!?

 ――と思う私にフォローするかのように続ける真田先輩。

 「武術的な意見だが、中たるイメージが明確に掴めるってことは、それだけ肉体と精神の隔たりが無い。

 目に映る的を狙う自身と、イメージに齟齬がないからそうなる。齟齬がない、つまり肉体的にも完璧な統制が出来てる訳だ。

 そのうえ、遠い的を狙う以上僅かな風でも外れる。なら、それは外界の機微にも敏感なハズだ。精神論的な観点から言うなら――無の境地ってヤツじゃないのか?」

 漸く氷解した。私達と主将の違いが。確かに、思い起こせば何となく分かる……気がする。

 僅かにも振れない身体。見ているこちらが寒気する程の、そこに居ながら世界に溶けたかのように存在が視えなくなる構え。言うならばこれが無の境地、か。

 「ふむ。なら『彼』は正に仙人と呼ぶに相応しいな。それに――」

 続く言葉は私達を驚かせ、同時にある期待を抱かせる。

 ――特別課外活動部――

 それは深夜0時に潜む隠された時間、そしてその謎を追う為の集団。あらゆるモノから認識の埒外に在る『影時間』と呼ばれる隠された時間、その謎を解くカギとなるであろうタルタロスと呼ばれる影時間にしか存在しない場所――その攻略。

 勿論、『あらゆるモノ』とは言ったが、本来の意味ではない。『特殊な資質を持つもの以外』と頭に付く。

 その『特殊な資質』を――

 「――『彼』は持っている可能性はある。まだ目覚めてないか、既に覚醒しているかは分からないが」

 影時間を認識し、自由に行動出来る者に共通しているモノがある。己の内面に在るもう一つの人格、可能性を飼い馴らし、現界せしめ使いこなす。『個――Personal』の元になった言葉、仮面の意味を持つ『PERSONA――ペルソナ』と呼ばれる存在。

 ペルソナは、もうひとつの自分・人格など神や悪魔のような可能性の存在として現れる。だが、仮面として現れるペルソナも、飼い馴らすには自分に向き合う必要があり、強い精神力が必要だ。

 「なら、主将も『強い精神力』があるから喚べる……?」

 可能性の話しだが、と桐条先輩は言い考えに浸るように俯き加減で黙する。

 ゆかりには、前々から疑問に思うことがあり、その一つがこの『戦力増強』だった。確かに、影時間はただの『時間帯』としてあるだけじゃない。『シャドウ』と呼ばれる異形が跋扈し、ペルソナを使う者――ペルソナ使い――以外に倒せない。

 ならば戦力は必須だが、どうにも腑に落ちない。つい先日仲間になった『彼女』もそうだが――

 『無理強いする理由が分からない』

 一応、要請と言った対面はあったが、半ば無理矢理に近い。

 『まぁ、そんな風に思うのも、″桐条″に思う所があるからなのかな……』

 初めから「ただの先輩」として見ていないから、そんな機敏にも反応してしまうのか……

 ‐

 ‐

 桐条美鶴は会談の翌日、弓道部主将に合う事に成功する。

 何やら『また』学園の備品の修繕をしているらしい。『彼』が度々こうして備品の修繕をしているのは学園全ての者が知っている。そして、生徒会長としての自分は非常に助かっている。

 まだ新しい学園ではあるが、物である以上壊れはする。それを無償で修繕する『彼』の存在は一般生徒はどうあれ、生徒会や教師は予算等で手を妬く必要が薄れ、手際や仕事の良さに信頼感は高い。

 勿論、生徒会の長である美鶴も信頼している。常々生徒会にほしい人材として目を付けていた。

 普段なら人を使うことに躊躇いもない、効率的な指揮についての教育もあり、有無を言わせないところだが――

 『計りかねる…』

 ―見返りの求めない、或いは見返りの無い――自分が知る限り――完全奉仕作業なところに警戒心が先立つ。

 確かに、何度か修繕依頼もした……が、特に生徒会に取り入ろうとも、内申書を気にした風も無く――

 今まで受けた『教育』に真っ向から対峙したような思考。ただ何か一つでも分かり易い指針が在れば良かった。上に立つ者は、下の者を使う上で『責務』がある。

 金・栄誉・権限……そういった個々の『欲求』を半ば満たし続け、飼い馴らす。満たすのは100ではいけない。常に見える形で餌を撒きつづける……

 そういった形が理想。特別課外活動部も例外ではない。周りに頼ることの出来ない『特殊性』――『知ってしまったが故の危機感』と『生き残る』と言う″欲求″を満たし続けること。

 目先に迫る死の恐怖と、誰も認識出来ない『時間』での孤独感……

 この二つを回避する指針こそ『特別課外活動部』に於ける餌と言えた。

 『問題は″彼″の欲望が見えないことだが……』

 丸二年も見てきたが、撒き餌が無い以上、コントロールは出来ない。

 『しかし……妙に器用なヤツだな』

 今、 ″彼″は視聴覚室のスピーカーを直している。こちらに気付いてないのか、黙々と作業を熟していた。

 少年のあどけなさと、真剣な瞳。赤い毛と。身長はそれほど高くなく、しかし体つきはとても良い。なかなかがっちりした身体だ。

 彼も私も今年で3年。こうマジマジと見るのは初めてだった。

  ″彼″とは『衛宮士郎』と言い、同じ3学年になる。クラスは今まで被ったことは無い。

 『ふむ。このままでは夜になるか……』

 彼を眺めるのを止め、巖戸台分寮へと帰宅する――

 ‐

 ‐

 「市街に微弱だが、シャドウの反応がある」

 美鶴によるダメ元の索敵で辛うじて拾えた微弱な反応。だが、元から索敵に特化してない美鶴では場所の特定が出来ず、怪我をしている″俺″は現地には行くが、はっきり言って役に立たない。

 「大丈夫っス! 真田先輩、オレらに任してください!」

 そうは言うがな、新入りのお前らだけってのは心配だ。特に伊織、お前な。

 「ヒデェ!? オレだってヤル時ゃヤルんスよ?」

 なんで疑問形なんだ。まぁ、美鶴はさほど心配してないようだし、この前のデカい奴じゃなさそうだしな。

 「!? 反応…近いぞ!」

 身構える俺達。その先に居たのは…

 「なっ!? 衛宮先輩!?」

 岳羽の驚きと、呼んだ名前が全てを物語る。シャドウに追われていた衛宮がそこに居たのだ。

 ‐

 ‐

 衛宮士郎はその日、帰宅するのが大幅に遅れた。バイトも終わり家路に着く頃には深夜の0時に差し掛かっていたのだ。そこで体験する、有り得ない世界。

 師である養父を亡くし、一向に上達しないがそれでも彼は魔術と呼ばれる秘匿された神秘を学ぶ者だ。だが、今身近に迫る脅威は全く異質なモノ。

 一桁の酷い成功率とはいえ、魔術の発動――強化――に成功するも、目の前の黒い化け物には全く通用しない。やむを得ず逃げる。

 『一般人が居ないのが幸いだ』

 この期に及んでそんな心配をする者こそ、衛宮士郎。だが、彼は勘違いしていた。一般人はそこに居るのだ、″姿型は変わっている″が。

 だからか、逃げた先に学生服姿の複数の人影が見えた時、彼は覚悟を決めた。

 「逃げろ! こっちへは来るな!」

 全力で叫ぶ。そして人の居なそうな場所へ駆ける。その行動に、学生服の幾人かが驚きの声を上げた。

 移動した先は袋小路。進退も無い全くの″0″。

 「はは……爺さん、約束守れそうにないや」

 ‐

 「うおおっ!」

 衛宮が急な方向転換した後、急いで追いかけると、そこは袋小路。追い詰められた衛宮と、追い詰めたシャドウが居た。

 制しを掛ける前に伊織が飛び出すと、シャドウは素早く反応し避ける。派手に転倒する伊織に追撃するシャドウを何とか抑えたのは最近チームリーダーとして活躍している″彼女″が助ける。

 「岳羽! 明彦と共にバックアップ!」

 指示を出しながらホルスターから銃型のモノを取り出し、自らに銃口を向け――

 「来い! ペンテシレア!」

 ――引き金を弾く!

 

 

 衛宮士郎は異形から必死に逃げた。途中で一般人らしき複数の学生服姿から遠ざかるように――

 だが、そんな彼の内情とは別に学生服姿が追い掛けて来ていた。内一人は模造刀を振り回し――派手に転倒した。

 予め分かっていたのか、ヘッドフォンを首から下げた女子生徒がフォローする。

 加勢しようとした時――

 「来い! ペンテシレア!」

 ――聞き覚えのある、凛とした声に視線を移す。そこには――

 『なっ!? 銃だって!』

 ――銃を″自らの頭部に充てた″女生徒、自分の通う学校の生徒会長『桐条美鶴』が、″そのまま引き金を弾いた″。

 次の瞬間、確かな魔力の奔流と共に『幻想』が権現する。女性的なラインと、鋼を纏うかのような軍衣装。表情の窺い知れない鉄の仮面――

 指揮棒のように振るうのは細身の剣、振るう剣より出ずるのは空間を瞬間氷結させたような氷の塊。

 『なんだ!? 召喚系の魔術? それに物理的な重みのある魔力放出!?』

 悲しきかな、師の居ない士郎には知識が無さ過ぎて出鱈目さも、なにもかも規準すら逸脱していることに気が付かない。せいぜい、『召喚系らしい』ことと、『現象として顕れた魔力』くらいしか判断出来ていない。

 通常の召喚に掛かるコストと時間や、魔力以外に対価の無しに現象を引き起こした異常に気が付かないのだ。

 『それはいい。それより――』

 ――あの銃が召喚の為の礼装なのか。でなければ自身に銃口を向ける事の説明が付かない。

 ‐

 「くっ!? 氷結が効かない!?」

 美鶴は焦りはじめた。氷結――ブフ――はペンテシレアの主立った攻撃手段だからだ。

 一応、レイピアは持ってきているが、混戦では味方への同士討ちになりかねない。伊織の鉄は踏まないし、踏みたくもない。

 「あー、もう! 動くなっ!」

 岳羽の苛立ちの声も尤もだ。このシャドウ、中々素早い。

 「うらぁっ!」

 「止せ、伊織!」

 起きた途端、果敢に突進する伊織に制止を掛けるが――

 「ひゃっ!?」

 ――間に合わず、岳羽の指が弦を弾く。咄嗟に狙いを反らしたが伊織の眼前を通り過ぎ、危険に身を竦ませた為に出来た隙に――

 「マジかーっ!?」

 ――リーダーである『彼女』共々吹き飛ばされる。

 『まずいな、この状況では優先的に私が狙われる!』

 先のブフ以降目立った動きのない私が今一番『脅威にならない邪魔者』だ。放っていては邪魔だが、与し易いなら当然だった。

 案の定、こちらに向かうシャドウ。狙ってかどうか分からないが、私と岳羽の間にシャドウがいる。当然、岳羽の矢――援護――は″同士討ち″になりかねない。そして、すぐ隣に影時間に適性はあるといえ、″一般人″の衛宮がいる。

 『状況は……最悪だ』

 身構える。迫るシャドウ。ただ、勢いのまま振るわれる敵の攻撃が見えた時――横から衝撃が来た。

 『な、にが?』

 咄嗟のことで少し混乱しているが、背中の痛みと腹部の痛みは衝撃と打ち身の痛みだ。背中の痛みは簡単だ、地面に倒れた為。腹部は――

 「衛、宮?」

 ――どうやら、私を助ける為に横から被さってきたようだ。

 だが、どういう事か……

 その衛宮の脇腹から流れる赤い雫は? いや、それも簡単だ。分かってしまった。ペルソナの加護も無しにシャドウの攻撃を受けたのだ。そんなモノ、火を見るより明らかだ。

 「おい! しっかり――」

 「ぅぐ、あ……、大丈夫か? 桐条……」

 ――大丈夫か? 桐条……――

 頭の中で反芻する言葉。自分自身の怪我より、死に直面した今より……

 私を心配していること、それがショックだった。

 ――こんな″モノ″……、知らない――

 ああ、知らない。完全な自己犠牲。己の死すら勘定に入れていない異端のモノ。

 理解した。″理解出来ない″と理解した。私は、桐条グループの総帥の娘。生い立ちから既に他人より上で、他者を使う者。そして、常に対価を支払う者。

 対価は『責任』。ゆっくりと幽鬼のように立ち上がる衛宮にも、当然『責任』を負わされた。その傷は私が付けたモノ。だから、彼に対して責任がある。

 だが、返せない。対価が見付からない。無いのだ! その『自己犠牲』に対する明確な『答え』が!!

 上半身を起こしながら、彼を見る。苦しいハズのその身体の痛みに顔が――

 「え……?」

 ――笑みを刻んでいた。

 『助けられて良かった』――そう聞こえた。まるで、私が無事だったことが助けた『対価』だと言わんばかりに……

 『はっ!?』

 不意に、状況を思い出す。幾分か警戒しているが、シャドウが迫っていた。そして――

 『無い! 召喚器!?』

 ――肝心の召喚器を手放してしまったようだ。正に絶体絶命。目の前には負傷した一般人。私はペルソナを呼べない。なら、この責任は私にある。私が助からずとも責任は果たす。

 「衛宮、逃げ――」

 ――その時、気付いた。負傷した衛宮の右手に握られたモノに。それは召喚器、私の召喚器だ。

 振り返り、シャドウと対峙する衛宮。躊躇いすら無い、自然な流れで銃口を側頭部に宛がい――

 ―――ペ・ル・ソ・ナ―――

 その引き金を弾く!

 ‐

 その場に居た5人の男女は新たな″使い手″の発現に心奪われる。″使い手″足るには必要な力、『ペルソナ』――今、此処に確かな『力』を形作る。

 「『――我は汝、汝は我。

 我は汝の心の海より出でし者。理想を追いし、この身を剣とする者――』」

 ‐

 美鶴は、目の前の男の姿から目が離せなかった。

 呼び出した、その心のに潜む神や悪魔の化身を。

 真っ赤な外套を着た黒い男性……のような姿。人なら顔に該当する場所まで黒い。身体は機械のように硬質的で、黒い仮面のような顔を横に向けていた。逆立つ白い髪のようなモノが一際目立つ。

 ――トレース・オン――

 そんな呟きと共に無手だったハズの手に、白と黒の双剣が握られていた。美しい夫婦剣。それを″左右に投げ捨てた″。

 「なっ!?」

 思わず張り上げる声。それと同時に突進するシャドウ。当たり前だ。せっかく呼び出したペルソナ、そのペルソナが出した剣――それを投げたのだ。

 再び無手になるペルソナ。だが、驚愕はそこで終わらない。″再び″を続けて見る。それは焼き増しの映像か、その手に″全く同じ″二振りの剣が顕れていた。

 その二刀で迎撃。だが、シャドウはその軽快な動きで双剣から逃れる。しかし、それすら予定調和か――先程の″二刀″が、シャドウの身を切り裂く。

 空を渡り、飛来したのは最初に呼び出し投擲した双剣だった。その双剣が敵の逃げ場を最初に奪っていたのだ。

 手に持つ双剣を避けても死、避けずとも死。予め予定されていた結末。飛来した双剣に身を裂かれ、駄目押しの連撃に完全に消滅するシャドウ。

 用が済んだ双剣はいつの間にか消えていた。誰も声を出せない。静かな闇の中、シャドウを滅した衛宮が崩れるように――

 「あ……、おい! 衛宮!!」

 ‐

 ‐

 あれから4日経った。私こと桐条美鶴は今、桐条が抱える病院の一室に居た。

 「よう。無事だったみたいだな」

 開口一番、重体だった衛宮が私に言った言葉がこれだ。明彦が言ったように、自身の制御が得意なのか、痛みもあるだろうにそんな事を言ったのだ。

 「馬鹿者……、それは私の台詞だ」

 そうか――と、それだけ言ってまた眠りにつく衛宮。それが昨日。今日は言いそびれた言葉を言いに来た。

 瞳を閉じ、寝ているであろう男の顔を眺める。他人が起きるのを側で待つのは初めてだ。想像すらしなかった状況に、妙な緊張感が出て来てしまった。

 そんな緊張感に耐えられなくなったころ、小さな呻き声と共に覚醒していく衛宮が見える。

 「ぅ……? おはよう、なんだ、別に起こしても良かったのに」

 どうやら起こさないように黙っていたと思ったようだ。違うのだが……実際起こさなかったのだから間違いでもない。何せ、起きてもらわなければ私の用件は済まないのだから。

 「あ、いや、その……」

 落ち着け、美鶴。先ずは挨拶だ。相手が挨拶したのだ、桐条の娘として恥ずかしくないようにせねば。

 「んん……、ああ、おはよう。そして――

 ″ありがとう″」

 私の「ありがとう」の言葉にキョトンとする衛宮。そう、私の言いそびれた言葉は『感謝』。彼に対する対価としては足りない。だが、絶対に必要な対価だ。この感謝の気持ちを贈らずに、何を贈れと言うのか……

 しばらく考え込む衛宮。どうやら本当に思い至らないらしい。待つこと数秒、漸く思い出したのか相槌を打ちながら

 「そっか、皆無事だったんだな……」

 まただ、その不思議な笑み――

 衛宮士郎について、もう一つだけ分かったことがある。本当に彼は無欲だ。そして、自分がお礼を言われた事より誰かの為に喜ぶのだ。

 『衛宮……士郎、君は――』

 ――何処までも他者の為に傷付く、きっと自らが滅ぶまで。それは――ダメだ、それだけはダメだ。私はまだ、対価も責任も彼に返してない。

 「なあ、聞きたいんだけど、この前のアレ。あんなのがそこら辺にゴロゴロ居るのか?」

 私の内心を余所に、真剣な顔で問い詰める。元々、彼には話すつもりだった。なら、ここで話しても良いだろう。

 「ああ、実は――」

 ‐

 ‐

 「そっか。分かった、手伝えることがあれば言ってくれ」

 は?

 説明も終わると、まるで考えてすらいないかのような速さで「手伝う」と言う。

 「いや、ちゃんと考えたぞ? その上で手伝うって言ったんだ」

 「だが、しかし……」

 私はどうかしている。初めから協力させる気だったくせに、何故か今は彼を危険な目に遭わせたく無いと思ってしまっていた。

 「……俺、さ。″正義の味方″になりたいんだ」

 ポツリと漏らす言葉に、一瞬理解が及ばなかった。理解したとき、理解した事を後悔する。

 やはり彼は止まらない。いや、″止まれない″のか。何も知らずに協力を得れば良かった。だが、知ってしまった。

 もう、破綻している。彼の理想は、幻想だ。手の届かない幻を想い、その為に自らを蔑ろにする壊れたヒトガタ。誰も気付けないその理念、それに気付いたのは――

 『――おそらく、私だけ……だろうな』

 彼は私の知る世界に居ない。初めから対価は釣り合っていないのだ。なら、持て余した私の責任はどうなる?

 『なら、いっそ私の元に引き入れてやる』

 群れから逸れたなら、群れに戻すまで。その上で、ゆっくり対価を払おう。

 「分かった、なら歓迎しよう。『特別課外活動部』へ――」

 「ああ、宜しくな。桐条」

 む? 桐条……か。私は対等に呼び合える仲としては明彦が居る。だが、明彦は『美鶴』と名前を呼び捨てだ。他の者は、さん・くん・さま……そういった形で呼ぶ。しかも、『桐条』と言う『家名』で、だ。

 だから違和感があった。対等に呼んでくれるのは嬉しい。だが、家名を対等に呼ばれるのは初めてだし、しっくり来ない。

 「……そうだな、私のことは『美鶴』と呼んでくれ。何故か君のその呼び方は違和感がある。

 その代わり、私は『士郎』と呼ばせてもらおう」

 「美鶴……さん?」

 「…………」

 「あー……、美鶴?」

 「それで良い、士郎。私達は今日から『特別課外活動部』の仲間なのだからな」

 こうして、新たなペルソナ使いが特別課外活動部に参加した。季節は穏やかな陽射しの出会いと別れの季節。一年後の定められた別れの時、この出会いをどう想い馳せるのだろう――――

 




主人公は美鶴です。一応。

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