見る人によっては蛇足かもしれません。
どうして夏野穂次は自分達を裏切ったのだろう。
考えれば考える程、頭は現実を逃避するように理由を探してしまう。理由を探せど、答えは見つからず、結果だけが頭を支配してしまう。
軟禁の為に懲罰房に入れられたセシリアは簡素なベッドに腰掛けて、乱れた髪をそのままに何の飾りもない壁や天井を視界に収めるだけにしていた。
軟禁――いいや、正しくコレは監禁と言ってもいいだろう。食事は運ばれてくる、案外ベッドの質はいい、それだけだ。時計も無く、ISコアも徴収されてしまった。
食事の数で言えば、今日で三日目。恐らく同じ境遇だろうシャルロットとの連絡は断たれているし、一夏達との連絡も言わずもがな。
彼に恋をしてしまったから。そう考えれば容易く彼を恨むことが出来た。自身の左薬指に収まるシルバーリングを右手で少し弄って、外さずにそのままにしてしまう。
外して、彼を捨ててしまえば……いいや、自分が捨てられたのだったか。苦笑を浮かべて、セシリアはベッドの上に横たわる。
開いた扉の音で姿勢を戻し、セシリアは扉へと向いた。ソコには黒い髪を揺らした教師が冷たい瞳のままセシリアを見つめている。
「オルコット、出ろ」
「…………あら、ようやくわたくしの時間ですのね」
織斑千冬の一言に嫌味の一つを吐き出したセシリアは手櫛で簡単に髪を整えて立ち上がる。何を聞かれるかなどわからない。けれど、彼の事を聞かれるのだろう。
彼……夏野穂次――無名になってしまった男の事を。
指導室へと入ったセシリアは椅子に座り、その前の椅子には織斑千冬が座った。持っていたバインダー型のタブレットを机の上に音を立てて置き、千冬はセシリアを睨む。
「さて、知っている事を吐いてもらおう」
「……わたくしは何も知りませんわ」
「本当にそうか?」
千冬はタブレットを手に取り、指を滑らせる。
「あの時……お前だけはアイツに――無名に攻撃されていなかったな」
「それは距離的な問題なのでは? わたくしと彼の間にはバリアもありました」
「無銘の能力からして、バリアなど意味は無い。距離に関してもあの程度の距離ならば一瞬で詰める事は可能だろう」
「……何が言いたいんでしょうか」
「オルコット、お前はあの裏切り者と繋がりを未だに持っているな?」
「なっ!?」
頭に血が昇り、思わず腰を上げてしまう。歯を食いしばり目の前で淡々と言葉を吐き出している千冬に怒りを表す。千冬はそんなセシリアを鋭く見つめながらも微動だにしない。
自身の怒りを喉の奥へと抑え込んだセシリアは腰を降ろし、大きく深呼吸をする。怒りは未だに収まらない。
「繋がりは持っていません」
「では、どうして未だにあの裏切り者が贈った指輪を大事にしている」
「コレは……」
「ソレには通信機能でも入っていて、裏切り者が私達の会話でも聞いているのか?」
「違いますわっ!」
「ならばソレを外して壊せ、セシリア・オルコット。現状、信用出来る存在が不明瞭だ」
セシリアは千冬の命令を耳にして、左薬指へと視線を落とす。震える右手で薬指に触れれば、滑らかな感触のリングが指に引っかかる。コレを外せば、
裏切り者と呼ばれた彼がくれた指輪。誓いの言葉、想い、裏切り、否定、勘違い。三日間ずっと頭の中でグチャグチャに混ぜられた感情が瞳から溢れ出る。
左手を握りこんで、胸元に抱き込む。
信じたい。裏切ったあの人を信じてあげたい。だからこの指輪を外す訳にはいかない。
外してしまえば、きっともう会えない。会って怒る事も出来ない。伝える事も出来ない。何も出来ないかも知れない。
自分達を大切だと言った――、あの戦闘でも愛していると言ってくれたあの人の事を諦めるなんてセシリアには出来る訳がなかった。
「……そうか、外さないか」
呆れの混ざった大きな溜め息がセシリアの鼓膜を揺らして、背筋を凍らせる。
まるで銃を額に突きつけられているような感覚。殺されるかも知れない。そう思ってしまう程の
鋭い瞳をセシリアへと向けている千冬は再度口を開く。
「もう一度聞こう、セシリア・オルコット。裏切り者を捨てろ」
「いや、です……」
「そうか…………少しだけ待っていろ」
途切れ途切れに言葉を吐き出したセシリアの言葉を噛みしめるように、千冬は残念そうに言葉を続け、席を立った。
指導室の扉が閉められ、ようやく一人になれたセシリアが思い出したように呼吸を再開して、嫌な汗を流す。
どうして自分が――、という感情はそれ程無かった。きっとこの選択……
セシリアは自分の選択を嘲る。けれど、後悔などはない。頭の中に浮かんだ可能性達は随分と暗いモノだったけれど……少しだけ、IS学園から出れば彼に会えるかも知れないという妄想もしてしまう。
彼の愛が深いと思っていたけれど、これでは自分も彼の事を言えないのかも知れない。
扉が開き、セシリアが振り向けばソコには自分とは濃淡の違う金色の髪を乱した恋敵が立っていた。その目は赤く、どこか顔もヤツレて見える。
「三日ぶり、セシリア」
「……ええ。随分とヤツレましたわね」
「セシリアもね」
短く言葉を交わし、お互いの視線を左手へと落ちる。薬指に収まったシルバーリングが大凡の事を理解させた。
シャルロットの後ろから千冬が部屋に入り、指導室は完全に閉められる。最早、通信は一切出来ない。中にいる三人以外に中で起こった事を知れる存在は居なくなった。
「お前達は実に馬鹿らしい選択をした……という事は理解しているか?」
「はい……」
「裏切り者に加担している可能性を持っている事への覚悟もあるか?」
「……それでも、私達は穂次を放しません」
「そうか」
千冬は椅子から立ち上がり、座っている二人を見下ろす。見下されて尚、二人は真っ直ぐに千冬を見た。
そして千冬は頭を下げる。
「スマナイ」
「え?」
そんな謝罪の言葉に対して二人は唖然と声を出すしかなかった。
どうして千冬が謝罪をしているのか、理解なんて出来ない。少なくとも今は裏切り者に加担しているであろう自分達への尋問だった筈だ。
「謝って許される事ではないが――」
「ま、待ってください。どういう事ですか?」
「今回……いいや、全ては計画された事だった」
「……計画?」
「全てって……いったい」
頭を下げたままの千冬とその言葉に疑問しか浮かばない二人。千冬は顔を上げて、椅子に座る。二人は固唾を飲み込み、千冬の口が開くのを待った。
「亡国機業を徹底して潰す為の計画。私や束が機業に対し危機感を覚え計画し、そしてアイツが実行した」
「ちょ、ちょっと待って下さい! どうして穂次が」
「都合が良かった、と言えば聞こえは悪いな……しかし、ソレ以外に言いようはない。
セカンドという立ち位置、政府からの拷問、不遇、人間性――そしてISの使用が可能である事」
「つまり……穂次さんはアナタが計画した通りに動いたと?」
「そうだ」
「ッ! どうしてですの! どうして穂次さんが巻き込まれしまったのですか!」
「仕方なかった……というのは言い訳だな」
「アナタは世界最強なのでしょう!? たった一人の
「せ、セシリア、落ち着いて」
立ち上がり、今にも千冬に殴りかかりそうなセシリアを抑えこむシャルロット。千冬はソレを受けるつもりだったのか、微動だにしていない。
「私や束が動く事も可能だった……だが、それでは亡国機業の本体を潰す事は不可能なのだ」
「だからって、どうして穂次さんが」
「アイツが決断した道だ。私にも否定は許さなかったよ、アイツは」
彼の言葉を思い出すように、苦笑した千冬を見て、セシリアはようやく腰を降ろして頭を抱えた。
「――……アイツが計画に乗ったのはお前達の為だ」
「私達の……」
「お前達を意識し始めてから、アイツは常にお前達の事を第一に考えていたよ。だから二人の平和の為に計画に乗った。それまでは別に興味のなかった計画にな」
「それで……その、穂次さんはいつ戻ってきますの?」
「戻っては来ない。夏野穂次は裏切り者として認識されているからな」
「待ってください。えっと、つまり?」
「この情報……アイツがスパイとしてIS学園を裏切った事を他言するな」
「ど、どうしてですの!」
「アイツの行動を無駄にする気か。胸を張って言える事ではないが、IS学園にも少なからず他国の諜報員が存在している。亡国機業もな。
お前達をあの時点でスグに軟禁――確保したのはお前達がアイツにとって弱点となるからだ」
「……なら」
「
「そんな……」
「予定では悪に落ちた友人の元にヒーローがやってきて倒す。そんな流れだそうだ」
「……は?」
「その後ヒーローは悪のトップである天災マッドサイエンティスト・Dr.タバネを倒し、世界は平和を取り戻す」
「何を言ってますの?」
「これから先に起こるであろう喜劇の内容だ。ちなみに脚本はDr.タバネだ」
二流作家の脚本だってもっとしっかりしているだろう。とは口が裂けても言えなかった。
セシリアとシャルロットが呆けて口を開いている姿を見ながら千冬は顔を破顔させる。
「コレは活劇でも、悲劇でも、ましてや惨劇ですらない。喜劇だよ」
「……内容は、わかりましたわ」
「う、うん……でも、結局穂次は帰ってこないんですよね」
「その為の指輪だろう。安心しろ、無銘とアイツに勝てる存在など早々居ない事は私が保証してやろう」
二人は指輪へと視線を落として、ようやく全てが繋がった。
だから彼はあの時、夏野穂次という一人称を使わなかったのだ。夏野穂次ではない自分を対象にして誓った。
帰ってくる。裏切ってなどいなかった穂次……いいや、無名の男はちゃんと二人の元へと帰ってくるのだ。その事を理解したセシリアとシャルロットは安心出来たように深く息を吐き出した。
そこでふと、疑問が生じる。
「……その……穂次さんは表向きで世界を裏切っている訳ですが……国際指名手配などはされないのでしょうか……」
「安心しろ。以前も言ったように、アレは特殊な立ち位置にいるのだ。IS学園もセカンドに裏切られた事を公開したくはないし、何より原因は日本政府にある。だからこそアレが罪に問われる事などはない」
「本当に、全部計画の内だったんですね」
「お前達に恋する以外はな」
千冬の一言に、ようやく余裕を持てた二人の顔が熱くなる。顔を赤くした二人を目の前に、千冬はわざとらしく溜め息を吐き出した。
「お前達がアイツが戻ってくるまでその恋心を保てるかが少し心配だったが……問題ないだろう」
「お、織斑先生も穂次の事を想ってたんですね……」
「アレでも私が直々に教えた阿呆だ。考えない訳がないだろう?」
ニヒルに笑った千冬とそんな千冬を見て、一瞬の間を取った後に笑う二人。笑われた事に少しだけ口をへの字にしながらも千冬は溜め息を吐き出した。
「何度も言うようだが、他言はするな。アイツは表向き"村雨の修理"の為に政府に出向している形になる」
「政府にも協力者が居ますのね」
「当然だろう。
◆◆
「ん……クロクロじゃぁないか!」
「……クロエです」
「スイマセン、クロエさん。その怖い目で睨まれるとお兄さん感じちゃうッ! でも婚約者が居るんだ……君の気持ちには答えられない!」
「……」
「そんな、勝手にやってろみたいな表情するなよー。三日も衛星から逃走して疲れてるんだよぉ」
へらへらと笑いならがクロエさんへと一歩近寄る。一歩退かれた。嫌われた……? いや、そんなまさか。篠ノ之博士に言われてた通りにクロクロと呼んだのに喜んでくれない……だと?
「準備は出来ているのですか?」
「当然だろ。そっちは問題なかったのか?」
「当然です。アナタが世界の目を引いている内に全ての準備は完了したようです」
「おーけー。それじゃ、行きますか」
へらりと笑いながら俺は地下のレストランへと一歩踏み出す。何歩か歩いてから、停止する。
「ヤバイ、どうしようクロエさん」
「不足でもありましたか?」
「悪役っぽいセリフ考えてたけど、何にすればいいか迷う」
「どうでもいいのでさっさと歩いてください」
「いやー、クロエさんが虐めるぅ」
「そうですね。だから歩いてくださいポンコツヘタレ」
「誰だクロエさんにそんな言葉を教えたのは!?」
「束様ですが?」
「あっ……」
全てを納得させる言葉だと思う。篠ノ之博士がだいたい悪いんだっ!
それにしてもポンコツはいいとしてヘタレは違うと思うんだ。ほら、頑張ってシルバーリング渡したし? うん、俺、ヘタレじゃない。
「まあ、成るように成るさ」
「……その吹っ切れ具合は良好だと思います」
「フッ、婚約者がいるから惚れるんじゃないぜッ!」
「惚れる人の気がしれません」
「なんか否定の仕方に棘が無いッスかね?」
「いいから進んでくださいヘタレ」
「ポンコツも無くなった……」
ポンコツが無くなって喜べばいいのか、単純にヘタレ扱いされてることを悲しめばいいのか……。
いっその事美少女に罵られてる事に歓喜すれば問題ないな! ん、背筋が凍ったゾ。おかしーな。セシリア達には俺の事が言われない筈なんだけど……。
まあいいか。
「それじゃ、俺達の
俺は地下レストランの扉を開いた。
>>亡国機業をぶっ潰せ計画
千冬と束の二人で計画し、二人が動くと本体が潰せない事が発覚した計画。ちなみに喜劇が終結して一番被害を負うのはたぶん一夏。
>>裏切り者≠
裏側ではやっぱりスパイな無名君。ちなみに彼は「千冬さんが二人に真実をバラしてる事」を知らない。二人の保護を頼んだのはヘタレらしい行動。
>>
その名前では帰ってこない。存在としては戻ってくる。なんせ喜劇だもの
>>クロエ「ポンコツヘタレ」
言われたい。言われたくない?
>>アトガキ
お久しぶりです。私です。
ココまで読んでいただきありがとうございます。一応、物語としてはコレで完結いたしました。お疲れ様です。
珍しく、というべきなのかハッピーエンドです。たぶん。我ながら自信はありません。
前回の話も含めて、ハッピーエンドと思ってくださった方も居ることでしょう(感想欄からは目を逸らしながら)。そうだよ、ハッピーエンドだよ。
そもそも穂次は二人を捨てている筈のなにシルバーリングを首から下げてるのが証拠だったりします。どのみち悪役ルートですけどね。
主人公になれない少年は悪役になって、主人公と戦う事を選択しました。というアレです。平和の為だから負けることが確定事項ですけどね。
詳しいアトガキ……というか制作過程で起こった色々とかも書くつもりでした……。
まだ終わってないんで書けないです(迫真
ハイ。ということで、次には全体を通した穂次君視点……暗躍も含めたアレやソレを書きます。書いてます。
残念だったな、読者様 ツヅケルゾ。
物語としては完結してますので、目新しい何かはないと思いますが、後一話ぐらいお付き合い下さる事をお願い致します。