黒い空と白い地面。
もう数えきれない程見ている世界で俺は目を覚ました。
体を上げて辺りを見渡す。相変わらず、代わり映えもしない光景が続いている。空は黒で塗りつぶして、地面には白骨の絨毯が敷かれている。
そんな変化のない光景だからこそ、俺が探していた存在はスグに見つかった。
濡羽色の髪を揺らし、髪と対極とも言える白い着流しを纏った女。その着流しを押し上げる双丘と透き通るような白い肌。
冷たさを覚えるような
「ふひっ、ヒッヒヒ、ヒィーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!」
悪の三段笑いよろしく、天高く声を上げている俺だけの武器に思わず困惑してしまう。実際怖い。
美人なだけあって、余計に怖いのだ。もしも今もあの魅力的な腰に刀があったのならば俺は単なる欲求の為に叩き斬られていたかもしれない。
あー……、えー……、と言いよどんでいる俺に気付いたのか口角を歪めて俺の方へ向いた。
「のぉ、主ぃ。ようやっと勝ちおったのぉ」
「……あんなの勝ちじゃねーよ」
口角を歪めてそう言う村雨に俺は否定する。あれは勝負ですらないのだ。
単なる虐殺。弱い存在が束になって、ソレを潰しただけ。そんな俺の思考を読み取ったのか、村雨はクツクツと喉を震わせて嗤う。
「それでも勝ちは勝ちじゃろぅ? くっふ、ようやっと、ようやっと主が勝ちおった。くっひ、ひひっひ」
「負け続きで悪かったな」
少しだけ不貞腐れたように吐き出せば、村雨は更に喉を震わせて嗤う。
笑っている村雨に溜め息を吐き出して、絨毯の上で胡座をかく。俺がココに居るということは意識を失っているのだろう。
目に見える、織斑先生からの報告で知るかぎりの無人機はすべて頸を落とした。大きな爆発のあとに織斑先生から聞いた状況終了の声で意識を失ってしまった。
セシリアやシャルロットは大丈夫だろうか。避難をするように言ったけれど、どうだろうか? そこらを詳しく織斑先生に問えばよかったと終わってから思ってしまう。ある程度把握している性格を考えれば出撃しそうだけれど……織斑先生や鈴音さんがきっと止めている筈だ。
一夏や簪さんは……近くに更識会長もいた筈だ。意識の端に残っている爆発がアイツらなら、まあ問題はないだろう。
「さて、主。
「……さあ?」
「阿呆め……自分の肉体がどうなっておるか自覚しとらんのかえ?」
「左目の視力消失ぐらい?」
「戦闘中、妾に引き摺られておったろぅに……アレを相手に全て頸を弾いとる時点で主は気付いておるじゃろうて」
「頸落とした方が早いだろ」
「武器相手ならば心の臓を狙うのが一番じゃろう。頸は所詮感覚器官じゃ」
「……次からは善処するよ」
コアを狙う事も考えたけれど、感覚の都合で頸を落としてしまった。ソレは村雨が言ったようにつられた結果なのだろう。
俺を前から抱きしめた武器は甘く、熱っぽい吐息を耳に叩きつけてくる。
「主はやはり愚か者じゃ」
「そうか?」
「……その主に従う妾も、また愚かな武器かも知れんがのぉ」
「なら愚か者同士、仲良くしようぜ」
「これ以上仲良くなるとなればやはり契るしかないと思うんじゃよ」
抱きつく力が強くなり、彼女の豊かな乳房が胸で潰れ、甘みのある匂いが強く鼻を擽る。僅かに錆びた鉄の香りがする辺り、彼女特有の香りなのだろう。
なんとも言えない気持ちになり、眼の奥にハートでも浮かべていそうな彼女を引き離す。
「いけずぅー。へたれぇー」
「うっせ!」
ぶうたれる彼女の言葉を聞き流して溜め息を吐き出す。
クール系の美女の癖に変にこういう姿が様になる辺り、製作者の趣味を感じてしまう。顔見知り程度の交友関係であるけれど、どうにもそうには見えないので変な感じだ。
「それで、俺の体はどうなるんだ?」
「別にどうにもならんよ。これ以上になっても、これ以下にもならん」
「なら別に問題はねーッスな」
「阿呆。どうせ主の事じゃから力を求めるのじゃろう?」
「ああ!」
「やっぱり主は愚か者じゃのぉ……妾を求める、という一点だけを言えば
「つーか、自分で言っといてアレだけど。コレでも結構強くなってると思うんですが」
「……主の目的から言えば、まだ足りんじゃろうて」
「マジか……んじゃ、もうちょい求めるかもな」
村雨が言うからにはそうなのだろう。彼女の力に溺れるのも気分がいいので問題はない。
目的さえ果たせるのなら、どうだっていい。
俺が決めた事だ。
俺が選択した事だ。
俺が決断したことだ。
「やはり主は愚か者じゃのぉ」
「頭の良い生き方が出来るんなら、そうしてるよ」
「……それもそうじゃの」
あっさりとソレを認めやがった村雨が立ち上がり俺を見下す。
お互いに止まれないのだ。そしてお互いを止めようともしない。ソレが俺達の関係だ。なんせ彼女は俺の武器で、俺はその担い手なのだから。
「……大立ち回りの日取りは決めておるのか?」
「まだッスね」
「……へたれめ」
「いやー、ハッハッハ……自分の武器にまで言われるのかよ」
「まあよい。さっさと行動せんか。あの女共が主の前から去るかも知れんぞ」
「……まあソレはソレで構わないよ」
「阿呆め。そんな顔で言われても信用など出来るか。自分を蔑ろにする癖に独占欲だけは強い主らしくもない」
「…………いや、まあ、ほら、俺が変に留めるってのもおかしいかなーって」
「……へたれめ」
「はぐぁ……」
ヤメテ! これ以上のダメージを俺に負わさないで! 現実に戻っても筋肉痛らしき幻痛があるんでしょ!?
ジト目で見下していた村雨が溜め息を吐き出し、頭を振る。
「妾には理解出来んのぉ……主の欲望は実に愉快じゃ」
「欲望を愉快と言われる主の気持ちを少しは汲んでほしい」
「どうせ何も感じとらん癖によう言いおるわ……」
諦めたように呟いた村雨が再度溜め息を吐き出してチラリと俺の腰元を見つめる。視線を追えば、一振りの刀へと行き着く。
「……主は――……いや、よい。妾は主の武器であることを願ったんじゃ」
「なーに、一人で納得してんですかね……」
「五月蝿い。さっさと戻ればいいじゃろう愚か者め」
「お前が呼び出したんだよなぁ……」
ともあれ、ボンヤリと瞼が落ちてきたので、どうやら本当に現実へと戻る様だ。
白い絨毯に寝転がり、カラコロと響く音で鼓膜を揺らす。黒い天井を瞼で閉じる。
甘みのある匂いと錆びた鉄の香りが同時に鼻を擽る。
「何をしようと、妾は主の隣に居るよ……じゃから、捨てんでおくれ。妾も一緒に堕ちるから、捨てないで……ご主人様」
望むように、縋るように聞こえた声がやけに耳に残り、俺の意識は空気を求めるように浮上した。
◆◆
「あら、目が覚めたのね」
右半分だけの視界を開けば声が聞こえた。この学園に居る限り何度だって聞く声である。首を動かしてそちらを向けば、入院服を着ている水色髪の美少女が居た。
なんだ、あのおっぱいは……。服を盛り上げて腹部のラインがさっぱり見えない。こう、もっとぴっちりとしたISスーツ的なモノでもいいんじゃないだろうか。
そんな俺の視線に気付いたのか更識会長は隠す訳でもなく少しだけ胸を張って見せた。最高です! 流石更識会長だぜ!
「それで穂次くん。どうしてガン見してるのかしら?」
「そこにおっぱいがあるからです!」
「……なーんか怪しんでるのが馬鹿になっちゃうわね」
「つーか俺を怪しんだ所で何の得にもならんでショ。簪さんは?」
「面会時間は終わってるわ。ついでにセシリアちゃん達も部屋に帰っているわ」
「二人とも怪我とかしてたんですか?」
「アナタのお見舞い。結局起きなかったけどね」
セシリアやシャルロットも無事だったようだ。仮定で動いていても、現実ではどうなるかわからなったかったので一安心である。
上半身を上げようとすれば、頭に響くように痛みが伝わる。歯を食いしばって痛みを耐えて、ヘラリと笑いを浮かべる。
「大丈夫?」
「別に問題はねーッスよ。運動不足からの筋肉痛みたいなモンですよ」
「私はアナタの努力を知っているから隠す意味はないわよ」
「いやーん、エッチィ」
「……怪我が無ければ殴ってたわ」
「普段、更識会長がしてる事なんだよなぁ……」
「美少女だから許されるのよ!」
「一理ある」
自分の事を美少女という美少女はたちが悪い。実際に美少女だから何も言わないけれど。
「それで、俺への怪しさは払拭されたんですかねー」
「ソレを自分で言うのもどうかと思うわよ」
「我ながら怪しさ満点の動きをしてることは自覚してますしー。そこらを言い始めると簪さんに近付く意味はなかったッスからねー」
「私への牽制でしょ? 尤も、余計に怪しくなったのだけれど」
「そもそも更識会長が俺の事を怪しむから、俺は仕方なく簪さんに近付くしか無かったんスよ」
「元々政府のスパイである君が変な動き方をするのが悪いのよ。あと仕方ない、って言う割には随分と肩入れしていたようだけれど?」
「……他意はないッスよ」
「じゃあ本意だけを聞きましょうか」
「……人には良く見られたいってだけッスよ。もしくは関わったから、って言った方がいいかもしれないですけど」
「あらそう。てっきり、更識家に金銭を要求する為だと思っちゃった」
「くれるなら貰いますけど、どうせくれないんでしょ?」
「勿論よ」
「チョーウケルー。まあ簪さんに関してはお金の為に動いた訳じゃないからイイッスけど」
「ホント、現金ね」
「目的の為なら神様だって売り飛ばしますよ」
「過激な目的ね。私には聞かせてくれないのかしら?」
「そりゃ、世界征服に決まってるでしょ」
「…………ああ、そっか、馬鹿だったわね」
「馬鹿じゃなくて阿呆、ッス」
「そこの訂正はいるのかしら……」
呆れたように溜め息を吐き出した更識会長をへらへらと笑ってみせ、伸びをする。ギシギシと痛みを伝えてくる筋肉を伸ばして、息を吐き出す。
コレで体に異常は無いというのだから、なんとも不思議なモノだ。
「今日ぐらいはゆっくりしてもいいんじゃない?」
「ココに居ても軽い誘導尋問されるだけッスからね。アホだけどソレはわかるゾ☆」
「自分で言うのも中々滑稽ね」
「滑稽で結構。俺は喜劇の主人公じゃなくてピエロなんですから」
ヘラリと笑えば、なんとも言えない顔で俺を見る更識会長が溜め息を吐き出して、いつもの様に胡散臭い笑みを浮かべる。残念な事に扇は手元に無いらしい。
「それに――ドコかの天才に追いつくには血反吐でも吐かなきゃやってけねーんですよ」
「アナタも難儀な性格してるわね」
「よく言われます。
んじゃ、更識会長。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。道化の穂次くん」
へらりと笑ってみせれば、彼女もいつもの胡散臭い笑みを浮かべてくれる。
扉を閉めて、冷や汗を拭いてから息を吐き出す。瞼を閉じて、呼吸に集中していく。
体に異常は無い。異常はない。異常はない。
ならば動けるのが道理だろう。
「…………うん、大丈夫だな」
まるで油の差していないブリキのようにギシギシと無理に動かしている感触はするけれど、動くのならば何も問題はないだろう。
何度か手を動かして調子を確かめながら瞼を開く。
「何が大丈夫、なのかしら?」
「私達にも聞かせてほしいなぁ」
拭いた筈の冷や汗が吹き出した。どうして俺はこんなに震えているんだろうか。風邪か、風邪だな寝ないといけない。
踵を返して医務室の扉に手を掛ける。同時に両肩に手が置かれる。錆びたブリキのように後ろを確認すればニッコリと笑っている金髪の二人。
怒っていらっしゃる。これは間違いない。二人は怒っていらっしゃる。
頭の中で必死に何故かを検索しても、さっぱり思いつかない。ココは、そう、アレだ。俺の小粋で面白いジョークで場を和らげるしかないな(使命感)
「部屋に戻りますわよ」
「いや、ほら、俺って怪我人ですよ? いや体に異常は無いけど」
「はいはい。言い訳は部屋で聞くから」
「あ、逃げれないヤツだ。穂次知ってるヨ!」
「それじゃあ今回無理した言い訳でも考えてようか。私達を納得させる言い訳が出来ればいいね」
ニッコリしてるシャルロットが真っ黒である事はよく分かった。怒っていらっしゃるのもよくわかった。でもどうして怒ってるかはやっぱり分からない。
とりあえず、二人が握ってくれている手がスゲーいい感触である事だけは確かだ。スゲーすべすべなんだ……。