欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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ゴテゴテした装備も極一もロマン。


フルアーマーをパージしよう

「…………」

 

 無言で半透明のキーボードを指で叩いている簪を見ながら穂次は口をへの字にして頬を指で掻いた。

 『私、不機嫌です』という看板がドコかで安売りでもされているのかと勘違いをしてから、意を決して、穂次は言葉を吐き出す。

 

「あー、ボス?」

「……何?」

 

 この時点で「うわー、ツッコミも飛んでこないし、視線も合わせてくれない。プランD、所謂ピンチですね」と若干の後悔をしながらも穂次は言葉を続ける。

 

「どーしてそんなに機嫌が悪いんですかね?」

「……別に」

「じゃあいいや」

「…………」

「別に何もないなら睨むのはヤメテクダサイ、ボス」

「……ボスじゃない」

 

 不機嫌看板を下げて、少しだけ拗ねていつものやり取りをしてあげる。

 チラリと穂次を見てみればへらへらといつもの様に笑いを浮かべており、簪は余計にむすっとしてしまう。

 

「それで、どーしたんスか? 落ち込む事はあっても不満漏らす様な簪さんじゃねーでしょ」

「……別に、なんでもない」

「ほらほら、言っちゃいなよユー」

「……鬱陶しい」

「まあまあ。ガーターベルトでも付けて踏んでくれるならスグにでもやめるから」

「…………」

「ジト目もグーッスね!」

 

 簪は目の前の変態をどうしてやろうかと考えた。とりあえず手近にあったスパナを投げてみても変態は軽々と掴みやがるので、ドライバーも投げておこう。

 回転もせずに一直線に投げられたドライバーを掴んで、ワザとらしく「ふぃー」と息を吐き出した穂次を改めて不満を混ぜてジト目で睨む。

 

「ぐえっへっへっへ」

 

 そんなワザとらしい下卑た笑いを漏らした穂次に溜め息を吐き出してから簪は作業へと意識を戻す。こういう時は無視に限るという事は簪は体験しているので意識の切り替えはアッサリと出来た。

 作業をしながら、チラリと穂次を見れば三角座りで床に"の"の字を書いている。「どーせ俺なんてー、俺なんてー」と少し大きめの声で言っているあたりコチラも簪の性格を大凡把握していると言ってもいい。

 ともあれ、ここまでが二人にとってのテンプレート染みたやり取りであり、簪が溜め息を吐き出して作業を中断する事で定型動作の終了が告げられる。

 

「んで、どーしたのさ。マジで」

「……織斑くんが、私の所に来た」

「あー……もしかして、タッグ戦のお誘い?」

 

 簪はコクリと頷いて視線を下に向ける。

 今朝から女の子の誘いを断っている一夏を思い出して穂次は少しだけ疑問を浮かべて、なんとなくで当たりを付ける。その答えを言うか迷い、結局自分の中に留める事を選んだ。

 

「それで、スグに断ったと」

 

 穂次の言葉に簪はもう一度頷いた。

 なんとなく、その様子を思い浮かべて穂次は「あー……」と納得したように声を出した。どうせ一夏の事だから、という冠を着けた想像であったけれど、大凡現実と離れている訳でもないだろう。

 

「まあ簪さんが悪いって訳じゃねーし、あんまり気にする事ねーよ」

「……うん」

 

 とは言ったけれど、簪が断った事を気にする事はなんとなく穂次には理解出来る。

 別にソレを払拭する為でも無いが、穂次は少しだけ乱暴にぐしゃぐしゃと簪の頭を撫でた。

 

「コイツもそろそろ完成……つーか、調整レベルになるし。簪さんの好きにすりゃぁいいよ」

「……ありがと」

「いえいえ。まあタッグマッチには間に合うだろうさ」

「うん……穂次くんは、誰と?」

「さっぱり誘ってもらってないんだよな……これでも今日はいっぱい女の子と喋ったんだぜ……」

「あ……ごめん」

「謝られると余計に泣きたくなるんですが……」

 

 何かを察したのか穂次を可哀想なモノを見るように見た簪。可哀想なモノは肩を落として落ち込んでみせてからへらへらといつもの様に笑う。

 

「ま、一夏とちゃんと喋るのもいいと思うぜ。アレでイイ奴だし」

「……知ってる……穂次くん」

「ん?」

「も、もし……よかったら、私と組も?」

 

 迷いに迷って吐き出せた言葉は随分と不安だったのか、簪は穂次の制服の裾を掴んで、身長の都合上、上目遣いで彼の顔を見つめた。

 パチクリと穂次は瞼を動かした。それはもう驚いた。いや、目の前の女の子が可愛いとか、なんかエロかったとか、そういう事もあったけど。

 

「えーっと、俺? 自慢じゃないけど、不甲斐なさとか頼りなさがトップの俺なんスけど」

「知ってる」

「それはソレで悲しいなぁ……」

「……手伝って、くれてる。それに……」

 

 と言葉をそこで止めてしまう。穂次はキョトンとした顔で簪を見つめていて、簪はその視線から逃げる様に視線を逸らす。

 頭の中で色々な言葉が巡り、やっぱり心のドコかで決心もつかずに選んだ言葉が詰まり、別の簡単な言葉が口から溢れた。

 

「その……可哀想だから」

「がはっ!」

 

 穂次の心に直撃した少女の口撃。簡単な理由が見事なまでに穂次へと命中した。会心の一撃だった。

 自分の胸を抑えて、覚束ない足取りで壁へと凭れた穂次は恨めしげに簪を睨んだ。尤も、不甲斐なさや頼りなさを自負している穂次の睨みはそこまで怖くない。

 

「ぐっ、やるな……簪さん! だが、俺を仕留めても第二、第三の刺客が簪さんを狙うだろう!」

「ほ、ほんと!?」

「どうしてそんなに嬉しそうなんですかね……いや、まあイイけどさ」

 

 簪は相変わらず夢見る少女なのだ。お姫様に憧れる少女ではなくて、ヒーローを憧れる少女なのだが。

 ヤラレ役の定型文を吐き出した穂次は簪をジトリと見つめて溜め息を吐いた。先ほどの精神ダメージなど無かったかの様にケロリと――ヘラリと笑って肩を竦めている。

 

「ま、簪さんが俺とペアになるのは別にいいッスけど、それなら制作に本腰入れないとな」

「うん……!」

「よし、んじゃもっと武装と装甲を増やそう。そんでもって、遅さをカバーする為にバーニアも増やして……ええい! いっそフルアーマー化して、ダメージ喰らえばパージする仕様にしようぜ! パージしたらほぼ裸の簪さんが出てくるんだ……! 俺に任せろーバリバリ!」

「やめて!!」

 

 涙目で目をグルグルさせた簪が穂次の頭をスパナで殴ろうとするのにそれ程時間は掛からなかった。

 ビュンビュンと投げられる工具達をヒョイヒョイと回避して穂次はへらへらと笑いを浮かべて扉から出て行く。

 

「んじゃ、まあ、頑張ろうぜ、ボス」

「ボスじゃない! もう!!」

 

 ぷんすかと怒る簪をへらりと見送って穂次は扉を閉める。閉めてから、ふぅ、と息を吐き出して顔を横に向ける。

 

「それで、簪さんを落とし損ねた相棒よ。何か言うことは?」

「落とし損ねた、とか言うな」

「そりゃ、失敬」

 

 へらりと笑みを浮かべた穂次が窓を背にして一夏と対面する。一夏は難しそうな顔をして穂次を見て、肩を落とした。

 

「お前が簪さんとペアになるのか?」

「一応は、な。まあ簪さんが願ってるし。俺はソレに従うさ」

「……楯無さんになんて言われるんだか」

 

 

「はっはっ、やっぱり更識会長の言いつけかよ」

 

 へらへらと笑っている穂次に一夏はゾクリとしてしまう。目が笑っていない。左目が黒に染まり黄色の瞳が一夏を貫く。

 

「あのさ、俺が言えたことじゃねーけど。お前、結構最悪な事をしようとしてるのわかってるよな?

 別に簪さんのISが未完成なのがお前の責任とは言わねー。別にお前が悪いとは言わねーよ。

 だがな、更識会長の命令だからってのは気に食わねぇ。

 変な義務感で動いてるってのも気に入らない」

「……別に、そういうのじゃねぇよ」

 

 一夏は眉間を寄せて穂次の言葉に否定を入れる。確かに義務感はあったのは認める。けれど、それでも選択は出来た。そして一夏は簪をペアにする事を選択した。尤も断られたが。

 穂次は溜め息を吐き出して瞼を閉じる。左目を覆うように手を顔に当てて、拭う様に手を退ける。そこにはいつも通りの茶色の瞳がある。

 何度か調子を確かめる様に瞬きをした穂次は窓から背を離す。

 

「ならイイけど。

 簪さんとペアになりたいなら、それでもいいさ。頑張ってくれ、と一応言っとくわ」

「あ、ああ……」

「でも変な義務感とか要らないぞ。普通でいいんだよ、普通で」

 

 いつもの様にへらへらと笑って手をヒラヒラと振った穂次はのんびりと廊下を歩く。

 一夏は息を吐き出して、乾いた喉を無理やり動かして唾液を飲み込んだ。

 あそこまで感情を露わにする穂次、というのを一夏は見たことが無かった。自意識が薄いと言われている彼だからこそ、無かったと言えるのだが。

 そんな穂次が完全に怒りを露わにしていた。感情に触発されたように左目が変化した事が脳裏に強く残り、一夏は廊下を歩く穂次の背中を少しだけ長く見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、そう……」

 

 一夏の部屋で更識楯無は非常に魅惑的な足を組んでベッドに座っていた。その顔は真剣その物であるが、Yシャツと下着だけの姿であるのが実に素晴ら――残念である。

 事のあらましを一夏から聞いた楯無は思案顔で口元を手で隠している。一夏はそんな楯無をなるべく見ないように、視線を床へと向けている。

 

「穂次くんが、そんな事をね……」

「その、穂次がペアなら大丈夫じゃないんですか?」

「ダメよ! あんなヘタレ……簪ちゃんに合うわけないじゃない!」

「えぇ……」

 

 楯無の言葉は尤もであるが、それでもその後の言葉に一夏は困惑したのも無理は無いだろう。一夏の主観で言うならば、穂次はヘタレであるけれど頼りになる男なのだ。

 

「別に個人的な理由で穂次くんと簪ちゃんのペアを否定している訳じゃないの」

「嘘だろ」

 

 咄嗟に出た言葉は敬語がさっぱり抜けていたいたが、一夏は気にしなかった。親友からシスコン呼ばわりされる自分であるが、コレほど重症ではないと親友に伝えたい。親友こと五反田少年は「似たり寄ったり」と言うだろうが、今は居ないのだ。

 

「以前も言ったけれど、穂次くんを怪しんでいるのは本当よ。だから簪ちゃんの側にあんまり置いておきたくはないの」

「建前は置いといて、本音はどうなんです?」

「あんなエロい男を簪ちゃんの隣に置いておける訳ないじゃない!」

「……」

「いえ、私情は一切ないのよ?」

「アッハイ、ソウデスネ」

 

 一夏は追求するのをやめた。きっと追求しても軽々とあしらわれるか、長々と妹自慢が始まるのだ。

 

「というか、あの簪ちゃんが穂次くんを隣に置いてる事が未だに疑問なのよ」

「そうなんですか?」

「その……なんというか、簪ちゃんって……ネガティブというか、ええと……暗いのよ」

「迷ったわりにバッサリ言いましたね……」

「いえ、その……と、とにかく。非生産的な行動を極力嫌う様な子なのよ。ソレなのに穂次くんといるから」

「……まあ穂次だから、じゃないんですか?」

「あーはいはい。一夏くんが穂次くんの事を愛してるのはわかったから別のちゃんとした理由を言ってくれるかしら?」

「なんでそうなるんですか!?」

 

 一夏はしっかりと怒鳴ってみせたが楯無はどこ吹く風と扇を開いてニンマリした口を隠している。やけに達筆な愛の文字が一夏を煽る。

 そんな煽りにも負けずに一夏は溜め息を吐き出して、言われた理由を探す。

 

「なんというか、穂次と居ると楽なんですよ」

「楽、ねぇ……まあいいわ。ドチラにしても、私は穂次くんなんて認めませんからね!」

「ソレを俺に言われても困るんですけど」

「だって……だって簪ちゃんには『お姉ちゃん大っ嫌い』って……うっ」

「楯無さん、簪さんに何したんですか……」

「私は何もしてないもん! どうせ穂次くんが悪いんだ!」

 

 うわーん、とワザとらしく声を上げて泣いたフリをする楯無に一夏は困ったように頬を指で掻く。

 ソレを穂次の責任というのは違うんじゃなかろうか。と一夏は思ったけれど口には出さなかった。

 

「いいもん、いいもん! 二人が組むって言うなら、私だって考えがあるもん!」

「…………なんだろう、凄い嫌な予感がする。スイマセン、楯無さん。ちょっと用事を思い出しました」

「安心して、一夏くん! 私と君が組めば優勝間違いなしよ!」

「ですよね……ハァ」

 

 一夏は肩を盛大に落として大きく溜め息を吐き出した。

 『打倒ヘタレ!』と大きく書かれた扇の端にデフォルメされた穂次っぽい何かがランスに貫かれて描かれている様な気がしたが、一夏はソレを見ないようにした。




>>プランD
 ドヒャァ

>>穂「ガーターベルトで踏んでくれ」
 ちゃっかりニーソからガーターへと変化。次は網タイツか素足だな(確信

>>フルアーマー打鉄弐式
 パージすると制御の都合上、肌を結構露出した簪さんが夢現と山嵐二機だけになって登場する。
 楯無さんが「ふぁぁぁ……天使じゃぁ……」とか言うんでしょ(テキトー

>>怒り穂次
 激しい怒りは二回目。一夏に対してだからまだ甘い方。静かに怒る時はラウラさんを煽った時みたいにツラツラと言葉が出て行く。
 一夏に対する怒りでもあるけど、どちらかと言えば忠告みたいなモノ。



>>たてなしさん
 私にいい考えがある!
 ちょっと幼児退行気味。


>>簪さん
 こんな状態でもヒロインにはなれない子
 。簪さんにとっての穂次も、穂次にとっての簪さんも、お互いに恋愛対象には成り得ない位置だから仕方ないね(謝罪

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