やっぱり、穂次はヒロインなんだなって……
部屋の扉を静かに開き、中へとゆっくりと足を踏み入れる。
急いで来たのが原因なのか、はたまたベッドで眠っている美少女が原因なのか、口の中で溜まってもいない唾を飲み込む。
キャノンボール・ファスト襲撃という事件も終わり、市街地でのIS戦闘というかなりの問題を起こした俺が開放されたのは17時を過ぎた所である。
結局、亡国機業へと責任を押し付けて俺と
取り調べと言っても状況の正誤性を取る為のモノだったので、そこに責任が生じる事はそれほど無かった。
ともかくとして、実はまだ残っている面倒事を山田先生へと押し付けて俺はセシリアが入院している治療室へと走ってやってきた訳である。ISのブーストは無かったけれど、我ながら結構な速さだったと自負している。
一夏の誕生日会に参加するという選択肢もあったのだけれど、俺にとってはセシリアの方が重要なのだ。
薄い布団を上下するあのおっぱい。実に素晴らしい。しかも気絶したままだからセシリアはISスーツを纏ったままなのだ。つまりほとんど下着みたいな物だなのだ。けれど下着じゃない。
下着じゃないから恥ずかしくないもん! という実に男にとっては素晴らしい現状なのである。やっぱりおっぱいは最高だな。
近くにあった椅子を静かに寄せて、セシリアの近くに座る。ここに来るまでに状態を聞いたけれど、貫かれた腕は傷もなく一週間程度で治るらしい。朗報である。
もしも、傷が残るようなら俺は許す事が出来ないだろう。そもそも許すつもりも無い。
「……ココに居たか」
「どうしたんスか? 織斑先生」
扉の開く音とコツリとヒールを鳴らして入ってきた織斑先生の方へと身体ごと向く。織斑先生は壁に凭れて腕を組んでいる。おっぱいを少し腕に乗っている様な気がする。
「何、教え子が心配でな」
「セシリアなら大丈夫みたいッス。なんかよく分かんないッスけど、カッセイ化再生治療? とかで一週間ぐらいで傷もなく治るらしいです」
「お前も入院すべき状態だろう」
「別に。全身が痛んでるだけッスよ。問題ねーです」
「十分に問題だと思うが?」
何を言うのだろうか。少しばかり身体が痛いだけなのだ。入院なんて必要ない。
織斑先生は盛大に溜め息を吐き出して真面目な顔をして俺を睨む。どうして睨む必要があるんですかね……。
「――お前が怪しまれている事は知っているな?」
「まあ亡国機業が逃げた現場にいますし、同時に取り逃してますからね」
「中にはお前が裏切っている、という話もあるが……何か言うことはあるか?」
「そりゃぁ、また……俺は裏切ってなんかいませんよ」
「そうか……」
「ちなみに織斑先生はドチラ側なんですかね?」
「こうしてお前に釘を刺してる事で気付け、阿呆が」
「アハハ、心強いッスね」
嬉しい限りである。睨みが呆れたモノに変わって溜め息を吐き出されるのも、馴れたものである。
へらへらと笑う俺から少し目を逸らして眉をピクリと動かして織斑先生がニタリと笑ってみせる。
「それで、今回の戦闘で村雨との適合率を無理に上げたのだろう?」
「無理、つー訳でも無いッスけど。まあ今までよりは格段に」
「それで――左目の調子はどうだ?」
「あ、アハハ……スゲーっすね。気付かないと思ってました」
「阿呆め。普通に歩き方にも違和感があったぞ。次までに修正してやる」
「ハハハ……お手柔らかにお願いします」
「任せろ。それで、視力は?」
「無いッスね。最悪ハイパーセンサーでも使ってフォローするんで大丈夫ッスよ」
「お前は放っておくと無理をするきらいがある」
「無理した事なんてないッスけどねー。テキトーに生きてますし、何より『なるようになる』が座右の銘ッスよ?」
「……そうだったな」
少しだけ笑った織斑先生はいつものムッとした顔へと戻り、背を壁から離して扉を開いた。
「まあいい。精々頑張る事だな」
「これ以上何を頑張れっていうんですかね」
「お前の事じゃないさ」
そんな意味深な事を言ってから医務室から出て行った。
はて、と疑問を浮かばせながら身体をセシリアの方へと戻すとアッサリと疑問は払拭された。
「アハハ……おはよう、セシリア」
むすっとコチラを睨んでいるセシリアを見れば十二分に先ほどの会話を聞かれたのが分かる。果たしてどこから起きていたのだろうか。
適合率が上げた影響か、いつもの様にハイパーセンサーを常時起動出来てない俺からすると本当に分からない。だから、逃げるように笑って誤魔化しておこう。
へらへらと笑っていれば溜め息を吐き出されて、セシリアはその顔を少しだけ歪めながら身体を起こす。背中を支えて補助をしておく。決して背骨とか肌とか、髪に触りたかった訳じゃない。
「……本当に視力が?」
口をへの字にして、少しだけ言葉に迷う。「あー」と「んー」を使って迷った言葉をどうにか吐き出そうとして、溜め息が出た。
「そうやってセシリアに見られると嘘も吐けないッスね」
「そもそも嘘を吐く前提というのが――」
「まあ左目の視力は無い……ってどうしたのさ。そんな鳩がライフルで狙撃された時みたいな顔をして」
「それは死んでるみたい、と言いたいんですの?」
「まさか。冗談だよ、セシリア」
「また――」
唇を少し尖らせてむすっとしたセシリアが俺を見ては顔を逸したりを繰り返して、何度か口を開いては迷う様に口を閉じる。
ちょっとだけ心地いい空間でボンヤリとしていれば、セシリアが意を決したのか言葉を繋ぐ。
「その……呼び捨て、ですのね」
「嫌なら戻すよ、セシリア"様"」
「戻ってすらないですわ……それに、別に呼び捨てでも、よろしくてよ?」
「ソレはよかった。ありがとう、セシリア"さん"」
ニッコリとわざわざ笑顔を作って言ってみせれば非常に不機嫌そうに俺を睨んでくるセシリア。
顔を崩してへらへらと笑ってみせて「冗談ッスよ」と伝えておく。けれどもむすーっと愛らしい顔を歪めているのは、やはり可愛いく思う。美人がそういう事をしているのは素晴らしい。
あと、なるべく起きたからあんまり見ないようにしてたけど、ISスーツを押し上げてるおっぱいがスゴイ。柔らかい事は知っているけど、見るのと触るのはまた別だ。
「ゴメンってセシリア」
「いいですわ。それにしても、随分と急ですのね……」
「もう逃げないって決めたからね。まあ遅かった、って言った方が正しいけど」
「遅かった?」
「あー、まー、それはあんまり触れないでください。お願いします」
実は告白される前から好きだったとか、そういう話になるのであまり触れないでほしい。
そんな俺に微笑んでるセシリアを見て、知ってるのか? と考えるけれど、ソレは無いだろう。我ながら完璧に隠している筈だ。
「ふふふ」
「えー、あー、それで、何の話だっけ?」
「左目の話ですわ」
「ああ、そうだった。うん。 えー、まあ視力は無くなったよ。右目はなんとも無いから大丈夫だけど」
「大丈夫じゃありませんわ」
眉を寄せて、痛むだろう右手で左頬を撫でられる。俺はへらりと笑いながら彼女の右手に手を重ねる。
どうしてかちょっとだけ悲しそうな瞳が俺を映す。
「そんな顔をさせる為に頑張った訳じゃないッスよ」
「そう、ですわね」
「まあ俺なんか別にどうって事ないよあだだだだっ」
「どうしてそうやって自分を大切にしませんの!」
「セシリア、痛い、痛いから! ほっぺ引っ張らないで!」
撫でられていた左頬がそのまま抓られて引っ張られる。セシリアは怒りながら注意をしてくれるけれど、さっぱり意味は分からない。
どうやら気が済んだのか、果たして諦めたのか、セシリアは俺の頬から手を離して、疲れたように微笑んだ。
「……あまり、無理はしないでくださいまし」
「無理なんてしたことないよ。そんなキャラじゃないでしょ」
「ハァ……」
「そんな盛大に溜め息を吐かなくても……まあ約束するよ。俺、無理、しない」
「自覚してないなら意味ないですが……いいですわ」
「許された」
「シャルロットさんにもちゃんと相談するので、覚悟をしてくださいまし」
「シャルロットにまで言われると逃げ場が消されそうなんですが……」
「…………シャルロットさんまで呼び捨てですのね」
「どうして不機嫌になるんですかね……」
「……確か穂次さんは一般論を基準にして世間を見ているのでしたね?」
「まあ一応は」
「では、質問ですわ。好きな相手から別の女の名前が出てきた時の恋人の行動は?」
ニッコリと、何か黒いモノを感じさせる綺麗な笑顔だ。不覚にもゾクゾクとしてしまい、下半身が熱くなる。いや、落ち着くんだ、俺。まるで変態みたいじゃないか。何も問題ないな!
そんな事を考えてる俺を見てむすっとしたセシリアは諦めた様に溜め息を吐き出した。
「いいですわ。もう……」
「許された」
「次はありませんわ」
「ハイ。気をつけマスデス」
「ふふ……ソレに、左目はわたくしの責任みたいなモノですし」
「それは違ェよ。コレは俺が弱い結果で、セシリアが責任を感じる事じゃないさ」
「……ちょっとぐらい、わたくしに分けてくれてもいいんですわよ?」
「別に責任があって、どうのってなる話じゃねーでしょ」
「ちょっともくれませんの?」
「そうやって上目遣いしても駄目ッス」
むぅ、と少しだけ唸ったセシリア。どうして責任がほしいのかさっぱり分からない。
弱い結果、なんて言ったけれど、俺にだって下心がある。セシリアを守って失ったのだ。俺にとっては勲章みたいなモノなのだ。だからセシリアには渡せない。ちょっと子供じみた意地だったりする。
上目遣いなセシリアも見たし、そろそろ面会時間も終わってしまうだろう。
「んじゃ、そろそろ帰るよ。セシリア」
「そうですか……わたくしも少し寝ますわ」
「そっか」
どうにも居心地の悪い、ドギマギとした空気が流れる。
頬を指で掻いて、見つめてくるセシリアに疑問をぶつける。
「えー、何かお求めで?」
「そうですわね。頑張ってくれた
「やったーご褒――」
柔らかい感触と近すぎるセシリアの顔。
僅かに漏れた吐息が肌に当たり、小さく音を立てて離れる。薄っすらと見えた潤んだ碧眼をパチクリと見送って、何が起こったのか、理解するのに時間が掛かる。
体験の話をすると二度目になるのだけれど、美人に急にされると脳が停止してしまう。
「えー、えー……あー、」
そんな油も差されてないブリキに少しだけ頬を赤らめて微笑んでいる彼女に、何かを言わなければと、口を何度か開けて、閉じてしまう。
「何をしたかわかりませんの?」
俺は激しく頷いた。嘘である。何をされたかはよくわかってる。なんで、とかそういう部分はさっぱりわからないけれど。
セシリアは少し迷う様に瑞々しい唇に指を当てて考える仕草をして、微笑む。
両手が俺の頬を抑える。まったく力の篭っていない拘束だったが、コレを解く程の力は俺は無い。
「では、もう一度ですわね」
また唇には柔らかい感触が当たった。