「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」
「はーい! やまやせんせー!」
なんとなく元気よく声を出して反応してみせれば、山田先生から睨まれた。解せぬ。
相変わらず、ISスーツを身につけた山田先生は凄い。何がスゲーって、あのおっぱいだ。へへ、ビックリするぜ。
へらへらと笑っておっぱい先生の山田を見ていると、隣からキツイ視線が飛んでくる。
「おい、変態」
「スイマセン、俺は今生身なんで日本刀を向けないで下さい、シンデシマイマス」
「以前から思っていたが、お前は殺しても死なないんじゃないか?」
「ソレを実践しようとしないでもらっていいッスかね? 死ぬから、たぶん」
隣におっぱいさんから殺意の篭った言葉を頂戴してしまった。しっかりと目でおっぱいに視線を送ってみれば余計に強く睨まれる。
しっかりと両手を上げておかべ苛々したように舌打ちをした箒さん。まあ彼女が怒っているのも無理は無い。
高速機動の実演として専用機持ちはペアを組まされるのだが、一夏とペアになれなかった箒さんは諦めきれないのか、唸ったり小言を漏らしている。
あとはどうしてか俺を睨んだりしている。ワカラナイナー。ナンデダローナー。
「何故、セシリアと一夏が……」
「そういうのはペアを決めた人に言って下さい」
「……仕方ないな」
因みにこのやり取りも数える程度にはしている事だ。決めた人は実は人じゃない。あんな人を人と認めているのは弟と天災である幼馴染だけぐらいだろう。
ヤバイ、日本刀を向けられたよりも命の危機を感じる。死ぬ。確実に、死ぬ。
俺は収まらない動悸を表に出さない様にして一夏に近付く。
「一夏、頼みがあるんだ」
「遺言か? 誰に伝えればいい?」
「俺が死ぬ前提の話はやめるんだ!」
「それで?」
「お前の視点を共有したいんだよ」
「そういうのはセシリアに頼んだらいいんじゃないか? 俺の高速機動なんてセシリアに比べるとお粗末だぞ?」
「バッキャロ! セシリアさんの視界を共有してもセシリアさんのお尻は追えないだろ!」
「お前ってブレないな」
「安心しろ、ついでに白式のデータも取ったり取らなかったりするから」
「どっちだよ……」
「頑張って追いかけてくれ。俺はお前に期待してるぞ!」
「頑張りはするけど、その期待にだけは絶対に応えたくない」
とか言いつつもちゃんと視界情報の共有チャンネルを教えてくれる一夏は流石である。
チャンネルはあとで繋ごう。今繋いでもへらへらしてる俺の顔が見れる程度だし。
へらへらしながら一夏から離れればシャルロットさんが俺を迎えてくれた。
「お帰り。一夏に何か言ってきたの?」
「まあな。ほら、男同士の友情みたいな」
「なるほど!」
「あっ……。いや、シャルロットさん。たぶんきっと、絶対に確実に勘違いしてるゾ!」
「安心して! 僕は穂次が好きだけど、穂次を一夏から寝取るつもりは無いから!」
「俺が寝取られる立場なのか……」
どうしてここまで腐ったのか。誰だ、シャルロットさんにBL本とかを貸してるヤツは! きっとへらへら笑ってるヤツに違いない!
どうして俺が獲物役なのだろうか。別にいいけどさ。どうして俺の名前を特定の人物に聞くと「ヘタレ受け」などと言われるのだろうか。コレが分からない。わかりたくなんてない。
「そういえば穂次も今回の訓練は参加なんだね」
「俺だって実技はちゃんと出てるよ。見学とか、データ取りの方が多いような気がするけど」
「……手はもう大丈夫なの?」
「問題ないッスよ。包帯を一応巻いてるけど、軽い中二病みたいなモノだから」
「ちゅーにびょー?」
「根拠の無い全能感に支配されたりする流行病。発症するのが若年層、中学二年辺りになるから中二病っていうらしいッスよ」
「へー……お大事に」
「興味失せるの早くないッスかね」
患ってるみたいに言うのもやめてほしい。俺は決して中二病患者ではないのだ。
否定するのもアレなので一夏の視点を共有する。高速で移動しているというのにクリアな視界が広がる。同時に追いかけているセシリアさんの魅惑的なお尻が見えた。
実に、素晴らしい。ハイパーセンサー越しの視界だからこそ、わかるこの素晴らしさ。それにしてもやっぱりISスーツってエロイ。実にエロイ。
お尻も然ることながら、そこから伸びる太腿もイイ。
少ししてから併走状態になったので、視点を切る。いやー、良かった。グッジョブ、一夏。俺はお前の事を忘れない。
「穂次、どうして鼻の下が伸びてるのかな?」
「ひょっ!?」
あとはこのニッコリと真っ黒い笑顔を浮かべたシャルロットさんを回避すれば任務完了だ。
土下座の準備は出来ている。任せてくれ!!
「どうしてお前はそんなにボロボロなんだよ」
「シャルロットさんに土下座したら笑顔で見下された挙句に言葉で責められたからだ。ぶっちゃけご褒美だと思う」
「お前が変態ってことだけはよくわかった」
何を今更言っているのだろうか、コイツは。
いいや、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
「それで、視界を共有した感想は?」
「お尻って……いいな!」
「違うそうじゃない」
「他に何を言えって言うんだ……」
「お粗末だけど、これでもちゃんと飛行したつもりなんだぞ」
「んー、セシリアさんが上手い事誘導してくれてただけじゃね?」
「ぐぅっ」
胸を抑えてわざとらしく怯んだ一夏にケラケラ笑ってやり、データを渡しておく。俺だってちゃんと仕事はするのだ。
「織斑くん。さっきの実演は素晴らしかったですよ!」
「山田先生……慰めはやめてください」
「夏野くん! 織斑くんに何を言ったんですか!」
「何も言ってないッスよ。なんでも俺の責任にするのもどうかと思います。うわー傷ついたなー、スゲー傷ついたなー」
「あわわわわ」
我ながらなんともバレバレな演技だと思うけれど、それでも山田先生は慌てて、混乱している。
そんなアワアワしている山田先生を眺めて、俺と一夏は吹き出して笑ってしまった。やっぱり山田先生は行動の一つ一つが可愛いのだ。
俺達に揶揄われている事に気付いたのか、山田先生はぷんすかと怒りだす。それもまた可愛いのだけれど。
「もう! 二人共、先生をからかっちゃダメですよ!」
「挑発してる、って意味なら山田先生のISスーツも青少年には辛いデザインッスね!」
「や、やっぱり新調した方がいいんでしょうか」
「その胸元の空いたデザインを新調するなんてトンデモナイ。イイですか、山田先生。ソレは一種の武器なんです。見せてこそ輝く武器なのだから、隠す意味なんて一切無いんです。いっその事、もっと露出しましょう」
「新調します!」
どうしてか涙目でそう高々と宣言したおっぱい先生。どうして俺の意見は取り入れてくれないのだろうか。
悩んでいると頭を思いっきり叩かれそうになり、回避する。
「あでっ!」
「やーい、あたってやんのー」
避けれた俺とは違って当たってしまった一夏はISを着用しているのにも関わらずに首元を抑えている。ISのバリアを貫通するって、どういう威力なんですかね……それとも鎧通し的な技術なのだろうか。
ともあれ、鬼……かろうじて人類である織斑先生が俺を鋭く睨んでくる。
「避けるな、夏野」
「痛いのは嫌いなんでそりゃぁ避けるでしょ」
「ほう……これ以上を望みか」
「スイマセン当たります」
だからそんな獰猛さを兼ねた笑みを浮かべないで下さい。俺のダムが決壊して下半身に水溜まりが出来るかも知れないから、マジでヤメテクダサイ。
「まあいい。それより夏野。キャノンボール・ファスト想定の高速機動戦闘を実演しろ」
「別にいいッスけど、相手は誰がするんですか? 織斑先生だったら俺は今から切腹しますけど」
「残念ながら私ではない、山田先生」
「はい。任せてください!」
ふんす、とやる気に満ちあふれて息を吐き出した山田先生。両腕をグッとした時におっぱいがフルンッ、と揺れるし、両腕のお陰でその大きさが余計に誇張される。流石、無意識に自分の武器を分かっていらっしゃる。
「これで夏野くんに勝てば、きっと夏野くんも私を尊敬して、エッチな事を言わなくなる筈です!」
「……なあ一夏。俺は真実を言った方がいいのか?」
「ソレは山田先生を尊敬してるって事なのか? それとも発言を改めないって事か?」
「どっちかといえば後者かな……」
「言わない方がいいんじゃないか?」
言えば「どうしてなんですか!」とか言いそうだし。またソレでおっぱいが揺れるのを観賞するのは好ましい事だ。
織斑先生をチラリと見れば外方を向かれた。鬼の甘言に惑わされたのだ……。
「まあ別にイイッスけど」
「本当ですね? もうエッチな事を言いませんね?」
「山田先生。俺だって好き好んでエロイ事を言ってる訳じゃないんです。だからとりあえずもう一回、えっち、ってちょっと恥ずかしそうに言って下さい。録音します」
顔を真っ赤にしてぷんすかしてる山田先生の弱い攻撃をへらへらと笑いながら回避していく。
十数秒程攻撃したことで諦めたのか、山田先生は汗で少しISスーツを湿らせて俺を恨めしげに睨んで「もう!」と吐き捨てた。
「さっさと準備をしろ、夏野」
「俺じゃなくて山田先生に言うべきじゃないッスか?」
「お前が準備をすればスグに出来るだろうさ」
「そうッスか」
肩を竦めて、左薬指に収まるフィンガーバンドに視線を送る。
一瞬だけ光に包まれて、ISを装着する。左腕に大きな五角の盾が着けられたIS。
「あれ?」
「どうした一夏」
「穂次のISって黒ベースじゃなかったか?」
「村雨は黄色ベースに黒のラインだぜ?」
「……そっか。じゃあ俺の勘違いだな」
一夏はそれだけを言って追求をやめた。一応、俺はハイパーセンサーを用いて自身の姿を確かめる。やはり装甲は黄色に黒のラインが所々に走っているだけだ。
「それじゃあ、夏野くんはじめましょうか」
「はい! 先生のお尻を頑張って追いかけます!」
「夏野くん!!」
山田先生がぷんすかと怒るのはやっぱり可愛いと思う。
◆◆
穂次との視界を共有した一夏は思わず吐き気がした。
村雨の加速は
空中でありながら、少しだけ上下する視界に変に酔ってしまった一夏は眉間を顰めながらも穂次の視界で世界を眺める。
まず思ったのは、しっかりと攻撃を盾で受けているという事だ。当然と言えば当然なのだが、実際に銃口を向けられる前に穂次の手は動いている。まるで身体に染み付いている様に。
そして多角的な攻撃に至っては防御出来ない事を悟っているのか、即座に回避行動に移っている。
銃弾を掠めるだけの回避運動。決して大きく動かずに必要最低限だけを見切り、僅かに動くだけ。
「は、はは」
一夏の口から乾いた笑いが出てくる。
流石、穂次だと。そう思う。なんせ、彼は親友だから。彼は相棒だから。
いいや、違う。
穂次が黒く荒い刃を吐き出す剣を取り出し、速度を上げる。
驚いた様子の山田真耶の顔が映り、山田真耶は咄嗟に回避行動をする。だからこそ、視界は大きく動いた。
黒い刃を霧散させて、穂次は攻撃もせずに踏み込んだのだ。
穂次は好敵手だから。
だからこそ、認めている。
だからこそ、勝ちたいと願うのだ。
「やっぱ、凄いな。穂次は」
だから同時に、穂次の事を羨ましく思ってしまう。へらへらと笑いながら、容易く追いつかせてくれない好敵手。
憧れている、と一夏は言えた。穂次本人には決して言わないけれど。
憧れているから、羨ましいから、親友だから、相棒だから、好敵手だから。
確かに心には火が灯っている。それは子供の頃に憧れたヒーローでも、今も尚憧れている姉の背中でもない。
隣に居て、笑い合える存在だからこそ、あの時の様な――村雨に操られていただろう決着ではなくて、穂次本人に。
勝ちたい。穂次に、勝ちたい。
ソレは一夏の確固たる意思であり、願いでもあった。
「俺が勝ったんで、とりあえず 「えっちなのはイケません!」 って言ってもらえますかね?」
「言いません! 絶対に言いませんからね!」
「ぐぬぬ……俺だけに要求して自分は逃げるんですか。山田先生ってそういう生徒の事を鑑みない教師なんですね……もう何も信じれません」
「そ、そうやって落ち込んでもダメなんですからね!」
「じゃあもういいんで」
「ヒドいっ」
アッサリと山田先生をバッサリと切り捨てた穂次はへらへらと笑いながらコチラへと寄ってきた。
おい、山田先生が涙目でお前を見てるぞ。ソレもしっかりと無視して穂次はドヤ顔をする。
「どーよ。この俺の素晴らしい高速機動戦は」
「正直に言ってもいいか?」
「ああ。俺を賛美する気持ちを正直に言うがいい!」
「参考にはならないよな」
「確かに。まあ村雨の特殊移動をコレでもかと言わんばかりに使ったからな。普通のISだったら無茶な機動も出来るし」
「でも山田先生に勝てたのは凄いよ」
「山田先生も本気じゃねーよ。手加減されてるのは流石にわかるし」
けろりとそう言ってのけた穂次は落ち込んだ様に肩を落とした。手加減されていた、とは言うがそれでも勝てるのはいい事じゃないのか。
「ま、いいさ。皆をやる気にする為のデモンストレーションだし」
「そうなのか?」
「実際、ラウラさんがスゲー俺の事見てるし。アレは後で戦闘訓練付き合えとか言う目だね。穂次知ってる」
「よし、俺も参加するぞ」
「違うそうじゃない」
「何がだよ」
「いいか? 俺はなるべく努力なんてせずに楽して生きたいんだ」
「ちょっとは頑張れよ……」
「つーか先生の手伝いで手一杯だから」
それこそお手上げ状態、と冗談の様に口にする穂次。
その後スグに穂次はセシリアやシャルロットに呼び出されて颯爽とそちらへと向かっていった。ぼんやりとソレを見ていると、最初は普通に喋っていたのか、いつの間にか穂次が正座をし始めた。
また何かしたのか、アイツ。と少しだけ呆れて意識を切り替える。
穂次のデモンストレーションは思った以上に俺をやる気にさせたようだ。