欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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助言の効果

 オータムと呼ばれる女性は心の中で毒づきながらIS学園の敷地を走り抜けていた。

 舌打ちをして、奥歯を噛みしめる。全ては順調であった。そう順調だった。

 IS学園の侵入は思った以上に余裕だったし、織斑一夏もすんなりと罠の中へと入り込んだ。失敗した理由はこの計画を立てたのがあのいけ好かない少女だという事だけだろう。

 

 剥離剤(リムーバー)を準備したのも、潜入計画を用意したのもあの少女であった。そして失敗した。いいや、失敗すべくして、失敗したのだ。

 オータムは忌々しさを噛み殺し、ようやっとIS学園から離れた公園に到着している事に気付いた。

 そして、ソコに居る男を睨んだ。

 

「セカンド……」

「コンニチハ、お姉さん。いいや、オータムって言った方がいいのかねー」

 

 IS学園の制服を着た男はセカンドと呼ばれる男。男はへらりと笑みを浮かべ、オータムを視界へと入れる。

 

「さて、オータム。アンタには黙秘権があるが、話さない事はアンタを不利にするかもしれない」

「ハッ。刑事か何かかよ。もう私を捕まえたつもりか? セカンド」

「ISもない。武器もない。そんなアンタが俺達からどうやって逃げるって言うんだ? 近くに味方でもいるなら別だがね」

「……チッ」

 

 少しだけ首と瞳を動かしたオータムが後ろにいるラウラ・ボーデヴィッヒを視界に入れて、穂次へと視線を戻す。

 

「穂次。よくやった」

「わーい、ラウラさんに褒められちゃったぞ☆ おーっとセシリアさん、スコープは俺じゃなくてソッチの女性に向けるべきだ」

 

 ドコか焦った様な穂次は両手の人差し指をオータムへと向けてへらりと笑い、わざとらしく安心したように溜め息を吐き出した。

 

「動くなよ、亡国機業。お前たちには聞きたい事が沢山ある」

「チッ……」

「とりあえず、名前とスリーサイズから言ってみ――、だからスコープは俺じゃなくてソッチの女性に向けてセシリアさん!」

「穂次、ちょっと黙ってろ」

「ふぇぇ……ラウラさんに怒られたよぉ」

 

 呆れを僅かに混ぜたラウラの声に穂次は相変わらずオチャラケて応えた。

 溜め息を吐き出したラウラは再度オータムへと視線を向けた。

 

「お前のISはアメリカの第二世代型だな。ドコで手に入れた、言え」

「言う訳ねーだろうが!」

「アンタのそのISスーツ、汗がよく染みてるな。ください」

「やる訳ねーだろうがッ!」

「……穂次」

「はいはい、黙ってる、黙ってるよ、おーけー。だからセシリアさんもスコープはソッチに向けろって」

 

 不貞腐れたように肩を落とした穂次は近くにある水飲み場へと体重を預けた。見て分かる程度の警戒は残っているが、ソレは素人当然の警戒だとラウラは判断する。

 

「言わないつもりなら言わせればいい。拷問の心得も多少はある。長い付き合いになりそうだな」

「ラウラさんと長い付き合いだなんて……」

「……穂次」

「おーらい、もう口出しはしねーッス」

 

 両手を挙げて降参の格好を取った穂次に溜め息を吐き出したラウラはオータムへと接近しようと足を踏み出し、その足を止めた。

 止めたのはプライベート・チャンネルから聞こえたセシリアの言葉であった。

 

『離れて! 一機来ますわ!』

「何?」

「…………」

 

 ラウラがセシリアの言葉に反応してセンサーの範囲を拡大した次の瞬間に、その右肩がレーザーに撃ち抜かれた。

 

「ぐぅっ!」

「ラウラさん!」

「来るな穂次! その女を見張ってろ!」

 

 眼帯を外し、その金色の瞳を晒したラウラは続けて打ち込まれて来たレーザーを二発かろうじて回避した。

 

「……チッ」

「お迎えが来てるってのに、随分と不機嫌そうッスねー」

「テメェには関係ねェ事だよ、セカンド」

「何なら取引しましょ。お迎えを落とすから、俺らに捕まるってどうッスかね?」

「死ね」

「断り方も過激ッスね。まあどうでもイイッスけど」

「あ? どういう事だよ」

「二度も言うつもりはネーですよ」

 

 息を吐き出して黄色いISを展開した穂次はへらへらとした笑いを浮かべながら盾を変形させ、大きな弓に。そしてエネルギーの弦を引き絞った。

 

「あー、遠距離から狙撃してる女の子に告げる。それ以上攻撃をしてみろ、俺の目の前のドSっぽい女性はさよならッスよ」

「……おいおい、マジにやる気かよ」

「ん? ああ、別に。ただ人が死ぬだけだろ?」

「……」

 

 へらりとした笑みに一切の変化などなく、感情は伺えない。オータムの背筋に冷たいモノが這い、口の中が乾く。

 穂次の勧告に反応するように、オープン・チャンネルで通信が開かれる。

 

『セカンド。状況はわかっている筈だ』

「そりゃぁまあ。だからこうして弦を引いてるんスよ。お互いに損傷の少ない選択をしましょーよ」

 

 弦を引き絞りながらも、変わらずに気の抜けた言葉を吐き出した穂次。その言葉に反応したのは他ならぬラウラである。

 

「おい、穂次。何を言っている!」

「この二人を逃がす。つーか、俺らが時間を稼いだとしても誰かは絶対に落ちるし。それに狙撃してる機体のスペック考えると色々と不利なのはコッチなんスよ」

「ッ、それでも――!」

「満身創痍になって死体を一つ転がすか、ラウラさんが負ってる怪我だけで二人を逃がすか。今はその決断スよ。まあアチラさんが一人で逃げてくれるのが一番ッスけど」

『逃げると思うのか?』

「だそうです」

 

 「まあ目の前の美女さん死ねば逃げるかもッスねー」と漏らした穂次に対してラウラは肩を庇いながら思考する。

 そして歯を軋むほどに噛み締め舌打ちをした。追加でプライベート・チャンネルを通して穂次から送られた言葉は「エネルギー足りなくなる可能性もあるから状況がこれ以上悪化しない内に決断ヨロ」というなんとも人任せな情報だった。

 穂次の弓が状態を維持出来なければ、余計に状況は悪化するだろう。けれど、目の前にいる情報を逃がすべきではない事は分かる。

 

「まあ平和的にイきましょーよ」

「生身の人間に兵器を向けて平和もねーだろうが」

「お互いに戸籍もねー存在だぜ? 炉端の(意思)が壊れる事に人間様の平和は揺らがないッスよ」

「ハッ、ちげーないな」

「ま、何にしろ。コレ以外の選択肢はねーッスよ。アンタが情報を言うにしてもアンタは死体に早変わりだろうし」

「おいおい、捕虜を守る努力ぐらいしろよ」

「わあ、目の前で悪人が死んじゃったー。残念だなー」

 

 変わらずに矢をオータムへと向けながら軽口を飛ばす穂次。その語調に変わりはなく、軽薄な感情しか伺うことはできない。

 ラウラの舌打ちと空を飛んでいた少女の舌打ちが重なる。片や不甲斐なさ、片や同僚が状況を気にせず軽口を飛ばしている事に。

 

 

 

 ともあれ、状況は穂次の言うとおりに進む事になる。少女は常にビット兵器を動かしセシリアへの牽制を行っているし、穂次は少女とオータムに向けて矢を向けている状態ではあるが。

 

「迎えに来てやったぞ、オータム」

「呼び捨てにすんじゃねぇよ、クソが」

「さっさと撤退してくれねーッスかね? コッチとしては俺らを人質に色々要求される方が面倒なんスよ」

 

 IS――サイレント・ゼフィルスを纏った少女は大型のヘッドバイザーで顔を隠しながらも、穂次へと顔を向けた。

 二秒ほどで穂次へと向けた顔を背け、オータムを俵担ぎにする。

 

「おいテメェ!! っざっけんな!」

「なるほど! 文字通りお荷物って事ッスね!」

「ッメェ! セカンド! 殺す! お前絶対殺すからな!」

「騒ぐな」

 

 少女の冷たい声でオータムは余計に身動ぎしたがISの出力に勝てる訳もなく、数秒も経たずに舌打ちをして脱力した。

 そんなオータムの服を弄った少女は穂次へと何かを飛ばした。

 

「コレは返すぞ、セカンド」

「そりゃぁ、残念」

 

 受け取ったソレを変わらずヘラヘラとした顔で見た穂次は溜め息を吐き出し、少女は飛来した方向へと離脱していく。

 矢が黒い粒子へと変換され、弓が盾へと戻り穂次は溜め息を吐き出した。

 

『穂次さんはラウラさんを学園に! わたくしは追跡しますわ!』

「無理ッスよ。俺達で追いつけたり、勝てるなら俺もこんな案を出してねーッス……ソレにセシリアさんが行くって言うんなら俺は全力で止める」

『なぜですの!?』

「向こうが荷物を背負っててもセシリアさんが負けるからに決まってんでしょ」

 

 まるで事実の様にそう吐き捨てた穂次はISを解き、手に持った少女から投げられた小さなモノを握りつぶす。

 

「穂次。ソレは何だったんだ?」

「盗聴器付き発信機。見つかりましたけどねー」

「そうか……」

「ラウラさんの治療もあるし、さっさと戻りましょ」

 

 相変わらず気の抜ける様な口調とへらへらとした笑いを改めて浮かべた穂次に肩を庇っているラウラは呆れを混ぜた溜め息を吐き出し、同意した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

「と、まあ大凡は秘匿事項らしいから何も言えねーッスけど、面倒な事がありました」

「た、大変そうだね……」

「ふぇぇ……労りの言葉を普通に貰ったのは久々――……ん? 初めてか?」

「え゛?」

「いや、そんな事無いはずだ……そうだよな、ボス」

「ボス禁止」

 

 学園祭も終わり、相変わらず自身のISを弄っていた簪さんへと今日あった事をある程度を隠しながら雑談代わりに伝えておく。秘匿しないといけない、という事自体は簪さんが納得しているらしくそれ程詳しく伝えなくても聞いてこないのが非常に楽だ。

 ともかく、一通りの報告を終えて、なんとなくセシリアさんやシャルロットさんに会いたくなかった俺は簪さんの所へと逃げこんだ訳である。いや、会いたくない訳じゃないけど……。なんというか、執事の演技をしてる時に色々とやらかしたので、今会うと、たぶんアビャーってなるのだ。あびゃー。

 

「それで、鈴音さんはどうする?」

「……手伝って、もらう、事にする……たぶん」

「ん、伝えとくよ」

 

 随分と歯切れ悪く言った言葉にへらりと笑って俺は簪さんの頭を撫でる。すっげ! サラサラだ!

 手触りのいい髪を堪能していれば、少しムッとした顔で俺を睨んできた。ムッとしてても可愛いとか流石だと思う。

 

「やっぱ簪さんってスゲーわ」

「……何が?」

「ちゃんと人の手を取るじゃん。助けてくれる人の手って、なんか怖いんスよね」

「わかる。でもソレを穂次君が言うの?」

「ん? ……あー、そっか。俺、助けてる側じゃん。まあ助けてる気がまったくしねーッス」

「確かに……」

「ソコは否定してほしいかなー」

「……でも、私は助けられてる、よ?」

「キュン」

「ヒッ……」

「怯えられるのは予想外なんだよなぁ……」

 

 へらへらと笑ってみせれば、簪さんもクスクスと笑う。

 

「穂次君が、いるから……手を取れる」

「簪さんの力だよ」

「穂次君のお陰、だよ?」

「フッ、俺に惚れちまったか……」

「ないから」

「あっはい……」

「でも、ちょっとだけ、憧れてる」

「……そうッスか。難儀なこって」

 

 簪さんから視線を外して息を吐く。どうしてか簪さんの笑いがクスクスと聞こえる。くっ、甘い言葉なんかに負けないんだからね!

 

「完成させて、更識会長をぎゃふんと言わせてやろう」

「おーっ」

「私が何だって?」

「ヒッ……」

 

 突然掛けられた声に簪さんが怯えた様に背筋を伸ばして俺の陰へと入っていきた。なんだこの可愛い生物は……。

 そんな妹に怯えられたお姉様は数秒ほど表情を固まらせて、わかりにくい再起動を果たして俺を睨んだ。

 

「まあ、いいわ。それで、穂次君。要件はわかってるわね?」

「さぁ? さっぱり」

「あらそう。とにかく私の妹から離れなさい」

「いやー、簪さんが俺の服をスゲー引っ張ってるんで無理ッス」

「簪ちゃん。ソレから離れなさい」

「い、いや!」

「ハハハ、落ち着けハニー達。俺を取り合うんじゃない」

「ソレは単なる変態よ!」

「スルーした挙句にスゲー不当な扱いだぁ」

「う、うぅ……!」

「返す言葉も無いとは事のことか!」

「……いいわ。お姉ちゃんも考えがあるわ」

「わ、私だって」

「! ソレはいけない簪さん。それだけは絶対にいけない!」

「なんだって言うの? 私を撃退する何かがあるっていうのかしら?」

「お姉ちゃんなんて――――大っ嫌い!!」

 

 涙目になって叫んだ簪さんは息を荒げて、少しして我に返った様にハッとして更識会長を視界へと入れた。

 その更識会長は目を見開いて、その目をスッと鋭くして簪さんを睨む。その睨みに簪さんは俺の背に隠れてしまった。

 

「あら、そう。ええ、そうね……」

「あ――」

「更識会長。後で行くんで、今は出て行ってください」

「……そう。わかったわ。ええ。それじゃあ御機嫌よう」

 

 目に見えて落ち込んで、頭が正常に機能してい無さそうな更識会長がメンテルームから出ていき、俺と簪さんからは溜め息が溢れた。

 

「お姉ちゃん……怒ってた」

「いや、アレは怒ってたというよりビックリして、意味を理解して落ち込んでただけだろ」

「怒ってた、怒らしちゃった、どうしようどうしよう!!」

「あー、落ち着け、落ち着くんだ簪さん。大丈夫大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃないよ、どうしよう!」

「……簪さんのお陰で俺は助かったから。ありがとう」

「え、……うん」

「簪さんは困った俺を助ける為に更識会長にあんな事を言っちゃっただけで、簪さんは悪くねーッスよ。ソレに、更識会長だってちゃんと話して、謝れば許してくれるだろ」

「そう……かな?」

「そうさ。なんたって、簪さんのお姉さんだからな」

「…………うん、でも」

「まあ時間は必要だから。もうちょっと落ち着いたら、謝ろう。そん時は俺も一緒に行ってやるさ。なんたってボスの為だからな」

「……ボス禁止」

「そりゃぁ失礼」

 

 どうにか弱々しくも笑みを浮かべた簪さんにへらりと笑ってみせる。

 髪を乱す様に、少しだけ強く簪さんの頭を撫でてぽんっと軽く頭を叩く。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「ほんとに、大丈夫?」

「悪いことは……いや、アレがバレたのか?」

「あるの?」

「変態だからな!」

「ひっ……」

「ウェッヘッヘッヘ」

「へ、へんたい!」

「変態いただきましたー」

 

 へらへらと笑ってみせ、簪さんに手を振ってからメンテルームを出て扉に凭れる。

 チラリと視線を横に向ける。項垂れてる水色が居た。

 

「何してるんスか」

「簪ちゃんに嫌われた簪ちゃんに嫌われた簪ちゃんに簪ちゃんに簪ちゃんに簪ちゃんに簪ちゃんに簪ちゃんに簪ちゃん簪ちゃん簪ちゃん簪ちゃん」

「ナニコレコワイ。

 あー、ほら、簪さんも本気じゃないッスから」

「ホント? 本当!? 嘘だったら串刺しにするわよ!?」

「本当ッスから。つーか、俺を連れていこうとしてましたけど?」

「ああ、どうしよう! 簪ちゃんに好かれる為にはどうすればいいのかしら!? もっと素敵なお姉ちゃんになれば、きっと」

「スゲー行き違いしてる姉妹だなー……」

 

 あとスゲー面倒な姉である事はわかった。簪さん、ゴメン。変な事を吹き込んだ俺が悪かった。

 ともあれ完璧なお姉様はグッと拳を握って輝かしい目を虚空に向けている。果たしてドコを見ているのだろうか、このお姉様は。きっと輝かしい未来だな。俺には見えないからわからないけど。

 

「あら? 穂次君、居たのね」

「……もう突っ込まねーッスよ」

「ツッコむなんて過激ね!」

「……それで、俺に用って何スかね?」

「部活中の生徒からアナタが覗きをしたと報告があったのよ」

「…………待ってください。俺は無実です!」

「アナタには黙秘権があるわ。でも黙ったままだと織斑先生がアナタの頭を潰すから注意してね!」

「魔女裁判じゃねぇか!」

「証言は懲バ……指導室で取るわ」

「待って! 今絶対懲罰室って言おうとしたよね!? 今回はマジで俺じゃないッスよ!」

「織斑先生の前で言ってね。さあ行くわよ」

「絶対この人さっきの事怒ってるじゃん! ちくしょう! 俺じゃない、俺じゃないんだああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」




>>簪「ちょっとだけ憧れてる」
 何度も言うように、簪ちゃんはヒロインにするつもりはありません。いや、ヒーローにするつもりもないです。

>>お姉ちゃんなんて大っ嫌い!
 急所に当たった! 効果はバツグンだ!




>>穂次の痛覚に関して
 多かったので。これだけ返信。
 前話の最後に関してだと思いますが、わかりにくい書き方をして申し訳ありません。
 穂次の痛覚は普通にあります。
 アレはいつぞやに言っていた事の確認みたいなモノです。
 今回も含めて、「あ(察し」状態な方は穂次の言葉を辿って行くと「ここかぁー」とか言える程度のアレヤソレだと思います。相変わらず、何気なく出してます。

 感想返しをしない理由に関しては、それ程深い意味もなく、わかりにくい活動報告を御覧ください。

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