「つー感じで、一組はご奉仕喫茶になりました」
「だから髪が、そんなのなんだね」
「まあ直すなって言われたから今日だけだけどな」
俺の髪を見てクスクスと笑っている簪さん。決して俺はハゲてない。そうさ、少しばかりも後退なんてしていない。
へらへらと笑いながら固められた髪を少しだけ撫でる。直そうとしたらスゲー顔で怒るんだもの。俺に直せる訳がない。
「それで、そっちの調子はどうッスかね?」
「うん……ぼちぼち」
「
「ボスは、やめて」
「手近の工具を握るのは怖いからヤメテ!」
スパナを握りしめた簪さんが溜め息を吐き出して、腕を下ろした所で改めてヘラヘラとした笑いを浮かべる。
ソレにしても、簪さんはスゴイ。与えられた情報は政府に送っていた情報の一部……言ってしまえば誤情報も含まれているモノである筈なのに、取捨選択がスゴイ。一応、全部データとしての間違いはないから"正しい情報"って言えるのに、真実の情報だけが抜き取られていく様は本当に凄い。
俺の視線に気付いたのか簪さんがいつものジト目で睨んでくる。
「何?」
「簪さんがスゲーと思って」
「……普通」
「じゃあ普通がオカシイんだな! 俺がおっぱいを触ろうとするのも普通だから問題ない!」
「普通、じゃない!」
「はっはっはっ! 投げた工具なんて当たる訳がなかろう!」
伸ばした手をはたき落とされ、手当たり次第投げられてくる工具達を捕まえながらヘラヘラと笑ってみせる。
メンテルームだからって好き勝手してると怒られるんだぞ! 俺はよく怒られるから知ってる!
「データは貰ったから、でてって」
「そんな……俺との関係はデータの受け渡しだけだったのか!?」
「うん」
「ひっ……そういう所は冷静ッスね、マスター」
「……
「俺はいつでも歓迎です!」
「…………」
「無視はいけないと思うゾ!」
俺の言葉なんて一切耳に届いてません、と言わんばかりに画面に注視している簪さん。ても同様に工具は握らずにキーを叩いている事からかなり集中しているのだろう。
画面の向こう側、決して二次元の世界ではなくてルームに吊られている機体。IS、打鉄弐型。
コアに
苦笑していると後ろにいる簪さんが首を傾げて俺を見ていた。振り返ってヘラリと笑いを浮かべておこう。
「どうしたのさ、首を傾げて」
「何してるの?」
「……フッ、俺には特殊能力があるのさ!」
「ホントッ!?」
「おぅ……思った以上の食いつきにビックリだ」
「風とか起こせる!? ハッ、炎が出て――」
「待て待て、落ち着くんだ簪さん。深呼吸をするんだ、おーけー?」
両手をギュっと握りしめて大きく息を吸い込み、吐き出した脱力に従って手は緩められる。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「よろしー」
「それで、特殊能力って? こう、"死"が見えるとか」
「そういうスゲー能力とか、幻想染みた能力はネーです」
「そうなんだ」
「うわっ、興味失ったなこの野郎」
「だって……ううん、なんでもない」
「ま、いいさ。俺だって幻想には憧れてるさ。こんなくそったれな世の中だし」
「……楽しそうなのに?」
「そりゃぁ、俺は今憧れの中に生きてるからな」
「?」
「だって、考えてみろよ。ISに乗れる二人目として女の子ばっかりのIS学園に入ってるんだぜ? 俺にとっては日常が幻想そのものだって」
そうだ。俺は夢の中にいる様なモノなのだ。女の子だらけのIS学園に入った事も、美少女達に告白された事も。全部幻想で、夢で、あり得ない事なのだ。
だからこそ、この普通が夏野穂次にとってはとても素晴らしい。だからこそ、全ての出来事が夏野穂次にとって理解は出来ない。受け入れる事は出来るし、相応に反応も出来る。
けれど、きっと、今の感情で二人に応えるのは間違いなのだ。釈然としない。だから応えれない。
夏野穂次は不安なのだろう。うん、そうだ、俺は不安なのだ。
「穂次君?」
「――……まあ、俺にとってはこの非日常がスゲーって事。今も隣に美少女がいるしな!」
「……ッ!」
「ヘイ、ボス! 無言で俺を殴りかかるのはヤメテくれ!」
「避ける、くせに!」
へらへらと笑って褒めてみれば、戯けた俺に拳を振るう簪さん。可愛いって発言は本気なんだけどなぁ……。
しかしながら、拳が鋭い。コッチもワザと隙を作っているのだけれど、どうにも狙った攻撃がこない。ハイキックを是非してほしい。そのまま下着の確認とかが出来る、ハイキックを!
「ハァ、アンタら……というか、穂次はこの子に何をしたのよ」
「あ、鈴音さン゛ッ!?」
眉を下げて呆れ気味に現れた鈴音さんに反応すれば、腹部に衝撃が走った。俺の腹部には腕が植えられている。先を辿れば簪さんがビックリした顔に。
「あ……当たった……」
「な、ナいス、ぼデー。世界を、とろう、ぜ……!」
グッとサムズアップしてみれば、鈴音さんの溜め息が聞こえて腹を抑えながらヘラヘラとした笑いを改めて浮かべる。
その様子にようやく鈴音さんへと視線を移した簪さんが首を傾げている。
「えっと、」
「あー、二組の凰 鈴音さん。それで、コッチは更識 簪さん」
「ふーん、よろしく。更識さん?」
「ど、どうも……凰さん」
「ん? 簪さんって鈴音さん知ってた?」
「代表、候補生、だから……」
「……」
「何よ? 穂次。その目は」
「別に何でもネーですよ?」
「まあいいわ。それで? アタシに何の用なのよ、穂次」
「簪さんを手伝って欲しいなーって」
「!?」
「痛い痛い、無言で叩かないで!」
俺の背中をベシベシと結構な力で叩いている簪さんを放置して鈴音さんへと視線を向ける。考える様に目を細めて、溜め息を一つ。
「嫌よ。アタシに得が無いじゃない」
「得ならある。と言っても情報だけだけど」
「その情報って?」
「文化祭での一夏の休憩時間。あとは誘導補助とか。まあそんなモノ」
「乗った」
「判断が早ェこって……って事で簪さん」
「い、嫌……」
「あー……アンタ、この子に説明もせずにアタシを呼んだわね?」
「ああ!」
鈴音さんの溜め息が聞こえた所で俺はヘラヘラとした笑いを抑えて簪さんへと向き直る。
なんとも困惑した顔だ。しっかりとドコかの学園最強と似た色の瞳を覗く。
「いいか、簪さん。君の目的は何なんだ?」
「目、的……」
「俺が推測する限り、簪さんは本格的に一夏を恨んじゃいない。そりゃ、ある程度は恨んでると思うけど、そこまでじゃない。
かと言って、第三者、不特定多数に認められたい訳でもない。
んじゃ、君は特定の誰かに認められたい訳だ」
「…………ッ」
「どうやら当たりみたいだな。それで特定の誰かに認められる為にはこのISを完成させないといけない。ハッキリと言えば、このISは絶対に完成しない」
「ッ、そんな事、無い!」
「いいや、完成する訳がない。コレは簪さんが悪いだとか、そういう話じゃない。つーか、知識量で言ったら簪さんがこの中じゃ一番だろうし」
「穂次、軽くアタシを馬鹿にして無い?」
「気のせいッスよ。
知識だけ、データだけじゃ補えない部分は確実に出てくる。一人だけじゃ絶対に誤差が出てくる」
「でも、穂次君が」
「俺は屑みたいなモノだからカウント無し。ソレに俺をカウントするなら別に鈴音さんをカウントしても問題ネーでしょ?」
「……うぅ」
「……んじゃ、もっと考え方を簡単にしよう。皆別の目的があって、ソレの為に協力する。それだけさ。簪さんは特定少数に認められる為に、鈴音さんは俺が与える情報の為に」
「……穂次君、は?」
「俺? 俺は美少女と仲良くできりゃぁソレで満足ッ!」
「うわ……」
「アンタ、もっとマトモな理由を言いなさいよ」
「俺は至って真面目だ!」
「マトモじゃないって言ってんの」
ジト目で睨む鈴音さんを見ながら簪さんを視界に入れる。目を伏せて考えている簪さんの手が少しだけ震えているのが分かる。
「ほら、悪役だって目的の為なら力ぐらい合わせるだろ?」
「せめてヒーローにしなさいよ」
「ヒーローにはなれないさ。そういう役は一夏に丸っと投げる」
「ああ、一夏の溜め息が聞こえた気がするわ」
「相思相愛だな!」
「え? そ、そうかな?」
「いや冗談ッスよ? そこまで照れられると困るんですが……」
「殴るわよ」
「ヒェッ、確定じゃないッスか」
「……ちょっとだけ」
「ん?」
「ちょっとだけ……考えさせて」
「ん。わかった。 考えが纏まったら教えてくれ。ちなみに断ったら悪いとか、そういう事は考えなくていいぞ。鈴音さんは見た目と違って寛大だからな!」
「おい、ヘタレ。今アタシのドコを見て言った?」
「そりゃぁ、身長デスよ?」
「……フンッ!」
「ガファッ……!」
鈴音さんの拳が正しく俺の鳩尾を捉えた。息が詰まって息が中々出来ない。
「コイツの言う通り、断った後とか考えなくていいから。更識さんは好きな様にしなさい」
「う、うん……」
俺の心配とかって無いんですかね? 別にいいんですけど。
俺の襟首を掴んだ鈴音さんがそのままメンテルームから出て、引きずっていた俺を廊下に落とした。
「ハベッ」
「それで?」
「ゲホゲホ……それでって?」
「アタシの理由よ。こういうのはシャルロットの方が適役じゃないの?」
「ハハハ、自覚あったんスね」
「もう一発必要かしら?」
「冗談だよ、冗談。はっはっはっ」
あの拳は拙いのでヘラヘラと乾いた笑いを鳴らしながら立ち上がりホコリを払う。
「それで? ホントに完成しないの?」
「完成はする。ただホントに形だけみたいになっちゃうから」
「ふーん……」
「鈴音さんに頼んだのは利害関係だけで動いてくれそうだったから。ほら、シャルロットさんって、なんか陰謀企てそうじゃん」
「……あー、まあ、いや」
何かを言いかけて、鈴音さんはその言葉を飲み込んだ。ソレは正しい判断だったと思う。いや、俺の後ろにも鈴音さんの後ろにもシャルロットさんの影が無いけど。
きっと言ったら、シャルロットさんが突然現れたに違いない。俺は知ってるゾ!
「それで?」
「ん? もう全部言ったと思うけど?」
「セシリアとシャルロットと喧嘩してるんだって?」
「一夏か……」
「うん。まあ喧嘩じゃないみたいだけど」
「あー……まあ、えっと、ハイ」
ニンマリとした笑顔で俺を見ている鈴音さんから視線を外して頬を掻く。
どうにも全部では無いけれど知られてそうだ。
「アンタがどうするかは知らないけど、相談ぐらいなら乗るわよ?」
「あー……まあ相談って段階じゃないんデスけどね……」
「……ごめん」
「いや、別に謝られても困る訳ッスけど。ま、この話は後々って事で」
どうにも皆が俺に気を使いすぎてる気がする。別に俺なんてテキトーに扱ってくれればいいのに。そっちの方が俺も気が楽なんだけどな。
まあ自意識薄いとか言われた相手が目の前にいて恋愛話とか出来ないわな。
「そういえば、アタシのフォローは出来るのね?」
「まあ一般論に基いて動いてるからな」
「ふーん、じゃあソレで自分の感情とかが分かるんじゃないの?」
「いや、感情が無いわけじゃねぇから。俺にとってコレが普通だからなんとも言えねーけど」
「……あっそ。アタシのフォローが出来るんならなんでもいいわ」
「鈴音さんのそういうサバサバしてる所、いいと思います」
「アンタの前で乙女してても意味ないからね」
「一夏の前で乙女が出来てたら印象悪い女の子なのに、なんつーか、ツンデレは大変だなぁ」
「うっさいわね!」
アタシだってちょっと素直になれば、なんてブツブツと呟いている鈴音さんは落ち込んだ様に壁に凭れている。
こういう時には魔法の言葉を言うしか無い。スマナイ、一夏。俺にはこの方法しか思いつかなかったんだ……!
「全部あの唐変木が悪いんじゃないッスかね?」
「そうよ! 全部一夏が気づかないのが悪いのよ!」
「スマナイ、スマナイ一夏! 俺の力不足が原因で……!」
「いくわよ! 穂次!」
「へいっ
ズンズンと肩を張って歩き出した鈴音さんの後ろでヘラヘラ笑いながら舎弟の様に俺は歩き出す。
隣の組の代表を倒すために……。いや、俺は同じ組だったな。
>>貧乳三人組
一人、女の子じゃないのがいますね……
>>穂次の特殊能力
幻想(ファンタジー)っぽいモノではなくて、オカルト(非現実的)なモノ。似てる様で違う
>>魔法の言葉
本当に一部の女子諸君にはコレを言えば大凡の問題は先送りに出来そう。だいたい一夏が唐変木なのが悪い。