「よ、お疲れだな。相棒」
「おう……お前が言ってた意味が分かる気がするよ、相棒」
「なら大丈夫そうだな」
「イタズラ好きの猫って意味だよ」
すっかりと更識会長の訓練に疲れているのか、教室でぐったりしている一夏。
訓練内容はある程度知っているけれど、アレならまだ大丈夫だろう。アレ以上の事を毎夜している俺が言うんだから確実だな。
「なんだよ、シューター・フローって」
「あぁ、アレか。美味しいよな!」
「……」
「冗談だよ。そんな目をすんなよ、照れるぜ」
「お前も出来るのかよ……」
「まあそれなりに、な。コレでも、て、ん、さ、い、ですから」
「はいはい」
「おざなり過ぎないッスかね」
渾身のドヤ顔を完スルーした一夏に落ち込んだ様に声を出せば、溜め息を吐き出された。
「それで、天才な相棒は俺が楯無会長に扱かれてる間、何をしてるんだよ」
「更識会長にシゴカれてるだって!? なんてうら、うら、……羨ましい!!」
「そっちじゃねぇよ!? 疲れてるんだからツッコませるな!」
「ツッコむ元気はあるんだから頑張れ」
「休ませろよ……夜もあの人俺の部屋にいるんだぞ」
「そりゃぁ、羨ましい限りで」
「……何も言わないんだな」
「何か言って欲しかったか?」
「いや、穂次なら『あんな美人と暮らしてるなんて! 廊下で滑ってコケろ!』ぐらい言いそうだけど」
「仕方ないな、ご期待に応えてやろう。どうして俺じゃなくてあんな美人と暮らしてるんだ! 廊下で滑ってコケろ!」
「おい一気に変になったぞ!」
「くっ俺とした事が、つい面白いと思ってうっかり!」
「本音が漏れてるから! よく分からないけどあっちの女の子達がスゴイ目を輝かせて俺たち見てるから!」
一夏の目線の先を終えば女生徒三人と目が合う。ニッコリ。
「大丈夫だ、一夏。あの人達は何も問題ない」
「……本当か?」
「ああ。大凡の噂の発生源だから問題ない」
「問題しか無いだろ!」
「面白くなるだけだろ!」
「ソレが問題って言ってんだよ!」
「なっ!? スマナイ一夏……俺はお前が愉快になればソレでいいと思って……!」
「俺は一切面白くないヤツだから!」
「そうだな。だが俺は楽しい!」
「お前、最低だな!」
「褒めるな褒めるな」
「褒めてねぇよ!」
ヘラヘラと笑ってやれば、忌々しげに俺を睨んでからようやく疲れを吐き出す様に息を吐き出して一夏は力を抜いた。
「俺ってそんなに疲れて見えたか?」
「クラスの女の子達が俺に相談する程度には、かな」
「そりゃどうも。いらない疲労のプレゼントはいらねぇよ」
「俺の気持ちが篭った贈り物さ」
「押し売りでももっと良い物を売るだろ……」
「ま、変に気負ってるよりマシだろ。つーか、一夏は考えすぎだな。アレもやって、コレもやって、なんて考えたモノが出来る訳ねーよ」
「そうか? シャル達は出来るらしいぞ」
「難しく考え過ぎって事だよ」
「というか、穂次も本当に出来るのかよ」
「疑ってるのか? コレでも俺は冗談と必要な嘘以外はお前に全部ホントの事を言ってる正直者なんだゾ(はぁと」
「キモい」
「次からはキャピキャピしながら言ってやるよ」
「余計に聞く気を無くすからな、ソレ。必要な嘘ってなんだよ」
「お前がホモって事かな」
「おう、ソレは必要じゃないだろ!」
「必要なんだよ。ファーストがホモでハニートラップが効かないとなると、セカンドである俺にハニートラップが来る。必要だな!」
「お前しか得してないんだよなぁ……」
「まあそのハニートラップも無いわけですが……」
「……穂次、この話は止めよう!」
「そうだな!」
俺の容姿が優れすぎてきっとハニートラップさんも恋をしない様に心を決めているに違いない。そうに決まってる。ああ、そうだ。うん。悲しいなぁ。
冗談はさておき。
「ま、お前が疲れてるから皆が気を遣ってる訳だよ」
「お前もちょっとは気を遣えよ」
「まあソコらは置いとこうぜ!」
「……悪い」
「謝られても困るんだよなぁ」
「ありがとう。ちょっとだけ元気出た」
「そうか。男と話して元気が……」
「ホモじゃねぇよ?」
「そうだな」
どうやら本調子に戻ったらしい。ヘラヘラ笑った俺に対してもう一度溜め息を吐き出して相変わらずイケメンな笑顔になった一夏。
あと俺たちがこうやって笑顔だと後ろの方の女の子達がスゲーメモを取ってる。ちなみに一夏は背中に目が付いてないから見えないらしい。当然、俺は聞かれてないから教えない。
また薄い本が厚くなるんだな……。
「そういえば楯無さんが穂次を呼んでたぞ」
「更識会長が? ……まだ何もしてないけど?」
「何かする予定なのか……」
「ほら美人だし」
「ソコが理由なのかよ」
「ソレ以外に理由はねーだろ。それで要件とかあるのか?」
「特訓の巻き添え」
「くっ、手が傷んでなければ喜んで行ったのに! 残念ダナー!」
「穂次さんも訓練に参加しますの?」
「……」
「穂次?」
「あー、いや、まあ、織斑先生の頼まれ事もあるし」
「そうですか」
話しにスルリと入ってきたセシリアさんが少し残念そうに女の子達の集団へと戻っていった。
一夏がスゲー俺の事を睨んでるんでいる。
「お前、セシリアと何かあったのか?」
と小声で聞いてくる辺り、俺が変だったみたいだ。
「別に、何でもねーよ」
「……早く仲直りしろよ?」
「喧嘩してる訳じゃ……まあソレでいいわ」
「おい、説明するの諦めるなよ」
「うっせーヘタレめ」
「お前にだけは言われたくない」
俺がヘタレなら世界の半分ぐらいはきっとヘタレに違いない。そうに決まってる。
ともあれ、シャルロットさんの
「穂次、耳真っ赤だぞ」
「……うっせーバーカ」
「風邪か?」
「……お前のそういう壊滅的に察しの悪い所、嫌いじゃねーよ」
「褒めてないだろ」
「褒めてるよ。今はな」
普段の察しの良さが少しでも恋愛とかに向けられればきっと救われる人も居るだろう。
恋愛という言葉も意味も分かるけど、精神的な部分はさっぱり分からない俺にも言えるかも知れないけれど。
◆◆
もしも前のわたくしが今のわたくしを見れば、半狂乱になって「何をしているんだ」と言葉を漏らしたかもしれない。
今の自分を今の自分が見ても「何をしてるんだ」と迷うんだから、たぶん言うだろう。
辺りを今一度見渡し、ゆっくりと深呼吸をする。寝間着の上からブランケットを軽く羽織り、気分としてはパジャマパーティの様である。パーティを開催している場所が男性の部屋で、更には自分と彼の二人だけしか居ない、もっと言えば招かれてすらいないしパーティなんて開催すらしていない。
ルームメイトから少し煽られて、まあ、つまり、夜這いに来た訳である。我ながら自分の煽りの弱さは問題だと思う。
ともかくとして、やたらめったら煩い心臓を服の上から抑える。
リップは薄めに塗ったし、キツめの香水はつけていない。身体もちゃんと余すところ無く洗ったし、恥ずかしい所は何も無い。下着だって、勝負下着であるし。だから彼に脱がされても――。
背筋を伸ばして、少し力を抜く。顔は真っ赤だろうけど、彼なら勘違いしてくれる筈だ。うん、大丈夫。もしそうなっても何も問題は無い。問題はあるけど。
ともあれ、時間は刻一刻と過ぎてしまう。彼が眠っているとは考え難いけれど、それでも会話をする時間は削られてしまうだろう。
今一度深呼吸をして、手を何度か開閉して、軽めにノックをする。
もしも、も想像した。それに至った時の覚悟もした。大丈夫である。
扉が開かれた。心が高鳴る。コレ程に自分を突き動かす感情が彼に一部でも伝わればいいのに。
「ご、ごきげん――」
「あれ? セシリア?」
「……ごきげんよう、シャルロットさん」
――コレほどに自分を焼き焦がさんばかりの嫉妬が彼に全部伝わって、彼を殺してしまえばいいのに。
あっさりとシャルロットに部屋に招き入れられたセシリアは心を焼く感情とは全く別で顔に笑顔を貼り付けていた。
そんなセシリアをチラリと視界にいれて、なんとなく感情を察したシャルロットは乾いた笑いを漏らす。立場が逆なら同じ反応をしていたかも知れない。
「部屋を間違えた、という訳ではありませんのね」
「そうだね。ココは穂次の部屋だよ」
「……それで、どうしてシャルロットさんがココに?」
「セシリアと一緒の理由だよ」
「――、そうですか」
「あと、私も穂次に告白したよ」
「………………そうですか」
セシリアはシャルロットを睨む事もせずに、視線を下げて唇をつぐんだ。
客観的に考えれば、自分はシャルロットに劣っている。いや、負けている、と言った方がいいかも知れない。
精神的なモノだったり、こうして彼の部屋で紅茶を飲む彼女を見ていれば、なんとなくそんな気持ちに見舞われる。それでも、彼女に負けたくはなかった。
「だから、うん、フェアにしようと思ってさ」
「先に穂次さんと寝て、
「平等じゃなくて、公平だからね。何ならセシリアを追い出す事も私には出来るんだよ?」
「……やめましょう。わたくし達が言い争いをしても意味がありませんわ」
「そうだね。あと
「――わかってますわ」
嘘である。ブラフを張って、否定されなかった時点で察したけれど、羨ましいと同時に妬ましいと思ってしまった。何事も無ければ、それはそれで自分としても困るのだけれど。
とにかく、炙られ続けた心は幾分か落ち着いたし、ある程度の冷静な思考が戻ってきた。そうして冷静になれば、彼が居ない理由を考える事が出来る。
少しだけ目を細めてシャルロットを見つめれば、両手を上げて首を横に振られた。
「そう睨まないでよ。穂次がココに居ないのは私が理由じゃない」
「それがフェアの理由ですの?」
「うん。セシリアにも知ってほしい……というかいつかバレると思うし」
「……実は穂次さんが女の子だった、とか?」
「どうしてそうなったのさ……」
「シャルロットさんが言う秘密でしたので」
他意はありませんわ。なんて付け足したけれど、冗談にしては随分性格が悪いモノである事は理解している。
肩を落としてジトリと睨んでくるシャルロットを無視してセシリアは椅子に座る。溜め息を一つ吐き出したシャルロットもソレに倣う様に対面の椅子へと座った。
「それで、穂次さんの秘密って何ですの?」
「今も穂次が必死で訓練してるって事」
「…………そうですか」
「あれ? あんまりびっくりしないんだね」
「驚いてはいますわ。けれど、納得はしてますわ」
「そっか」
セシリアの頭の中でようやく彼のチグハグさが少しだけ解消される。
彼のISが彼の力の要因だったなら、初めて彼が戦った時の動きが証明出来ないからだ。なんだ、彼も努力してるんじゃないか。
穂次の評価をちょっとだけ上げたセシリアは頬が弛むのを感じて、手で両頬を抑える。ソレを見たシャルロットは苦笑して、加えて口を開く。
「隠してる理由はカッコ悪いから、なんだって」
「努力はいい事ですわよ?」
「それでも努力してる姿は見られたくないんじゃないかな? ほら、男の子だし」
「……意味はわかりませんわ。ソレにシャルロットさんにバレている時点で」
「あ、私が穂次の努力を知ってる事は知らないから」
「だから
「うん。秘密の共有。フェアでしょ?」
「……それで、シャルロットさんは何がしたいんですの?」
真っ直ぐにシャルロットを見ながら言えば、口角を上げてニンマリと笑うシャルロット。
「私だけじゃ無理だから、二人で穂次を落とそう」
「ケーキじゃありませんのよ?」
「そうだね。分けて食べれないけど、独り占めするには高すぎる」
「そこまで美味しそうなケーキでもないのに」
「ホントだよ。でも、そんなケーキが好きな私達がココにいる」
「……わかりましたわ。期間は?」
「ケーキが買えるまで、かな」
ニッコリと笑ったシャルロットに対してセシリアも微笑んで、お互いに手を組んだ。
ケーキが買えた後の事は喋らない。ソレはきっとケーキも混ぜて決めなくてはいけない事であるし、何よりケーキをそのつもりにさせなくてはいけない。
「それで、穂次さんはいつ帰ってきますの?」
「もうそろそろじゃないかな」
「わたくし達が部屋に居たら驚くでしょうね」
「だろうね」
「……一緒に寝ると分かれば目が飛び出そうですわね」
「手を出す事はない、って断言出来ちゃうのはいい事なのか、悪い事なのか」
「少なくとも今のわたくし達には後者ですわね」
互いに溜め息を吐き出して、顔を見合わせて笑い合う。
さぁ、扉は開かれたぞ。
パーティの為にケーキを買おう。
>>金髪二人とのベッドシーン
帰ってきた穂次が夢か何かだと思って、もう一回部屋を入り直す所からスタート。
結局言いくるめられてベッドの中へ入り、配置は
クロワッサン入れ へたれ 腹黒
という川の字。どうせクロワッサン入れと腹黒がヘタレに詰め寄って、それはもう柔らかいとかいい匂いだとか、そういう感想しか出てこない状態に。
そういう描写は無い。次に期待しても、無い。イイネ?