欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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痛い描写あり。仕方ないね。拷問だもの。
ちょっと展開が駆け足です


責任は空中分解させよう

「――ッ、……ッ」

 

 熱を持つ指を視界に入れて顔を歪める。縛られていなければ俺はソコらでのた打ち回っていた事だろう。

 青黒く変色し、赤に染まった手を視界から外し、俺は目の前を睨む。ソコには何も無い。無機質な空間が広がり、真っ黒なガラスだけが正面にあるだけだ。

 

『さて、いい加減に吐いてもらうか』

「ッから! 何の事なんだよッ!」

 

 少しのノイズに含まれた声に反応する。これも何度も繰り返した行為であり、そして同じ数だけの痛みが俺を襲っている。

 

『君が接触したであろう、女の話だよ』

「ハッ……! 沢山居すぎて、わかんねーですよ!」

『身に覚えがないと?』

「だからっ、何度も、言ってんだろッ」

『……そうか。まだ吐かない様だな。残念だよ』

 

 椅子から伝わる僅かな振動と拘束された手の一部分、指先の部分が持ち上がる。既に何度も体験している事であり、俺を息を飲みこんで歯を食いしばる。

 ゴキュリ、と何かが外れる音とミチミチと何かが引き千切れる感触が俺の脳を突き刺す。

 薬指の爪が手の甲に当たる。押し付けられている訳ではない。外れかけて、だらしなく垂れ下がっている爪が触れているだけだ。

 

『さて、どうすれば君は情報を吐いてくれるのだろうか?』

「知らないモノは、知れるかよっ」

『いいや、君は察している筈だ。君の資料を見させてもらったが、実に素晴らしい。

 非才の身であり、何も持たず、ISを動かせ、難も無くその立ち位置に立てた。非常に、素晴らしい。

 友人をお金で売っている、という事も含めてね』

 

 何がおかしいのか、ノイズ混ざりの声がクスクスと笑いだした。俺は眉間に皺を寄せて、ガラス窓を睨んでみせる。

 

『苦痛による平伏はしない。友人を裏切る事も出来る。親族に関しても、アナタの発言を見た限り脅迫の材料には成り得ない。

 

 

 

 

 さて、アナタはどれだけ積めば私たちに忠誠を誓ってくれるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 夏野穂次が政府に攫われた、という情報があの場にいなかった一夏の耳に入ったのは翌日の朝。寮の自室に一夏自身が戻ってきた時である。

 

 唖然とした一夏だったが、政府所属であると公言していた穂次が『政府に連れ去られる』という事に関してはそれほどの何かを感じる事はなかった。

 けれど、話を詳しく聞いている内にその認識が大きく覆されていく。

 

「……それって、ヤバくないか?」

「だから何度もそう言ってるではありませんかっ!」

「ちゃんと聞いてたの!?」

「お、おう。スマン」

 

 金髪二人組の迫力に思わず身を引いてしまった一夏を責める人間など居ない。そもそも一夏にとってセシリアとシャルロットの二人は基本的に冷静な人物なのだ。

 それこそ激情家と言える篠ノ之箒など比べ物にならない程、という認識である。その二人が慌てた様子で脈絡もなく、ただただ『穂次が危険』という情報を一夏に叩きつけてきたのだから、一夏の把握が遅かった、という訳ではない。

 

 問題は既に穂次が連れ去られてから一日が経過している、という事だ。一日、という時間の中で穂次が何かしらの連絡を彼女らと取っていたならば状況は変わっていたかもしれない。

 けれど穂次からの連絡はない。もっと言えば、穂次に送った連絡もさっぱり応答が無い。常時であるならば、あの女好きと公言している穂次がセシリアとシャルロットの連絡に応えない筈もなく。逆転して、連絡が出来ない状態である事を示し、状況を鑑みれば十二分に穂次が危険であると結論付ける事は出来た。

 

 当然、彼女らもただ青褪めて一日を過ごしていた訳ではない。ソレを証明するように一夏の部屋に入ってきたラウラ。

 

「ラウラさん! どうでしたの!?」

「……隊を使い穂次の形跡を追ったが、手詰まりだ」

「そんな……」

「何か情報はあったのか?」

「ああ。穂次を攫ったのは政府である事は確かだ。尤も、その政府は公式にアイツの事を発表していないが……」

「どうして、政府が……」

「ソレは分からん……が、何にしろ、穂次の行方がわからないともなれば学園も動く筈だ」

 

 ラウラの一言にセシリアとシャルロットの顔が余計に青褪める。昨晩からまるで恐怖を煽るように脳に囁きかける「吐きたくなる様にしてやる」という言葉が大きくなる。

 穂次が冗談の様に言っていた「監禁」などの言葉がもしも冗談でなければ。ゾクリと二人の背筋が凍り、穂次がいつもの様にへらりと笑って言った言葉がこだまする。

 

「千冬さんに聞いてみましょ」

 

 青褪める二人を横目で見た鈴音がそう発言する。とにかく安心させる為であり、自分達の手では負えない可能性が出てきたからだ。

 そもそもラウラの隊(黒ウサギ隊)を使用する事も問題なのだ。尤も、黒ウサギ隊の皆様は『隊長の頼みとか聞くしかないだろjk』とやる気に満ちてはいたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏野が?」

 

 ラウラと一夏の表情だけで他の教員も居らず、監視の目も無い指導室へと各自を誘導した千冬は事のあらましを聞き「ふむ」と一考する様に顎を撫でる様に手で口を隠した。

 

「この件に関して、お前らが動く事を禁じる」

「なっ!?」

「ど、どうしてですか!?」

 

 千冬の一言に噛み付いたのはセシリアとシャルロットだった。その二人を見て千冬は目を細めて、スグにソレを睨みへと変化させた。

 

「夏野穂次はISのメンテナンスの為に研究施設へと身柄を移している」

「――っ」

「と、コレが表向きの言い訳だ。実際はその嫌疑とやらを追求する為に尋問でも受けているのだろうがな」

「なら、助けに向かうべきですわ!」

「……お前らは戦争がしたいのか?」

「――ッ」

「歯痒いだろうが、納得しろ」

「千冬姉」

「……なんだ?」

「穂次が攫われた事って問題にはならないのか?」

「そ、そうですよ!」

「残念ながら、アレに関しては問題にならない」

「どうしてなのですか!?」

「そう突っかかるな、オルコット。大人というのは汚い物でな。責任を誰に被せるか、という点で常に空中分解しているんだよ」

「それってどういう事ですか?」

「問題を(おおやけ)には出来ない、という事だ。今回の様にアイツが攫われたとしても、大手を振って学園側は動けない」

「――ッ! それでも政府は」

「ああ、確かに政府が法外な方法でアイツを攫った。が、アチラは責任を逃れる為に言い訳を作った。まるで言葉遊びの様だが、そういう事だ。納得しろ」

 

 冷たく切り捨てる様に説明した千冬。

 つまり学園側も責任を逃れたいのだ。預かっていた穂次を攫われた事に関して。政府はソレに対して「夏野穂次はメンテナンスの為に預かっている」と学園側に事後ではあるが通達をしたのだ。

 だからこそ、学園側の身動きは封じられた。ココで学園が動いてしまえば関係にヒビが入ってしまう。関係が悪化してしまえば問題は余計に多くなる。

 

「納得なんて、出来る訳がありませ――」

「――わかりました」

「箒?」

「そうか。ようやく分かってくれたか。私もコレで安心して仕事が出来るな」

 

 セシリアの言葉を遮り、千冬に対して応えた箒はただ真っ直ぐに千冬を見ていた。その瞳を見て千冬は息を吐くように笑い席を立った。

 

「ああ。一応言っておくが、治療の準備はしておいてやろう」

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。――大人の責務だ」

 

 まるで皮肉の様にそう零した千冬が指導室を出た。扉が完全に閉められたのを各自が視認して、視線は箒へと向く。

 

「箒さん、どういう事か説明してくださるかしら?」

「まさか穂次の事が嫌いだから」

「どうしてそうなる。幾ら私と夏野の関係が悪くても、私は友人を捨てる様な人間ではない」

「そ、そうだよね……ごめん」

「それで、箒。説明してくれ」

「ふん。簡単な事だ。コチラも法外な方法でアイツを助ければよかろう」

「……ちょっと待った。アタシの聞き間違いかしら? ごり押しって聞こえるんだけど?」

「ある意味ではごり押しだな」

 

 ふんっ、と胸を張った箒をニヤリと笑い、そして手段を思い出して疲れた様に落ち込む。

 一夏だけはその様子を見て気付いた様に顔を明るくして、そして同時に箒に同情の視線を送っている。

 

「嫁。どういう事だ?」

「箒はジョーカーを握ってるんだよ」

「ジョーカー?」

「ああ……。法外な手段を取れて、尚且つドコにも所属していない存在。……あの人なら夏野がドコにいるかも知っているだろうし、私が頼めば助ける為の手助けもしてくれる…………と思う。たぶん」

 

 随分と自信が無いのか、語尾にしっかりと付け足したソレで肩を落とした箒。ソレに対して一夏は「あー……」と声を出し箒の肩に手を置いた。

 

「もしかして……」

「先に言っておくが、あまり期待をするな。その……知ってると思うが、あの人は……えっと、つまりだな、その……」

「無理に言わなくてもよろしくてよ……?」

「すまん……本当に、スマン」

 

 どうしても言葉が出なかった箒に対して全員が哀れみの視線を送った。この世界は実に優しいのだ。

 一度の溜め息と深呼吸を二回した箒は指導室を出て携帯を耳に当てる。

 

『ハロー! どうしたのかな箒ちゃん!』

 

 1コールもしない内に取られた通話。耳に聞こえる声とテンションで掛けたにも関わらず箒は通話を切りそうになった。

 電話越しでも分かる程度に大きく溜め息を吐き出した箒は意を決して口を開く。

 

「助けてください」

『おっけー!』

「……内容は聞かないんですか?」

『やだなー、箒ちゃん! 私が箒ちゃんの考えていることが分からないと思うの?』

 

 是非とも分からないでいてほしい。そう切実に箒は願った。願ってみたいけれど、電話相手はソレをきっと無視することも知っている。

 

『今回私が出来る事は本当に手助けぐらいなんだけどねー。いやー残念極まりない』

「それで十分です」

『えへへ、ありがとうって言われたよー! 嬉しいなっ!』

「…………」

 

 言ってない、とは言えない箒は少しだけ言葉を詰まらせて、息を吐き出した。

 

『彼の居るところを教えてあげよう。ついでにアポイントメントもね』

「あ、ありがとうございます」

『うんうん。素直な箒ちゃんも大好きだよ。あ、一応言っておくけど、いっくんと箒ちゃんの分は取ってあげるけど、その他は知らないよ』

「……わかりました」

『うんうん。箒ちゃんの頼み事だしねっ! 私は出来る範囲で助けてあげるよ! だって私は箒ちゃんのお姉ちゃ――』

 

 箒は通話の途中で切った。決して何の躊躇も無い行動であった。切ってから数瞬して「しまった」と後悔できるぐらいに無意識の行動であった。

 少ししてから紅椿に通信が入り、位置情報とその場所にある企業に関する情報が送られてきた。

 ソレをさらりと確認した箒は小さく感謝の気持ちを呟いてから、指導室への扉に手を掛けた。




>>夏野穂次の責任問題に関して
 簡単に言えば、公に出来ない、とだけ覚えていれば問題ないです。
 千冬さんはあんな感じに言ってましたが、実際は政府側を突いたり色々根回しをしています。
 公に出来ない理由は、彼の立場が原因だったりなので……ハイ(白目

>>冒頭の拷問に関して
 何かを察した人は十二分だと思います。
 違和感を覚えた人はそれで十分だと思います。
 違和感を感じなかった人も問題ありません。私に騙されてください。




>>穂次編
 と銘を打ちますが、まあ色々と風呂敷を閉じる感じになります。
 恐らく、あと二話……ぐらいで纏めると思います。


 ……。まあ、いつも通りですね(白目

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