欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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この話を読み終わった後、諸君は驚くだろう。
けれど、最初から決まっていた事なのだ。

これにて、序章は終わりである。


夏野穂次

 翌朝。久しくちゃんとした睡眠がとれた俺は清清しい気持ちで撤収作業に携わっていた。

 随分と寝心地のいい枕であった。程よい弾力と甘い香り、じんわりと温もりが伝わる、そんな素晴らしい枕であった。ヌクモリティ……。

 当然、という言い方もオカシイのだけれど、俺が寝入った時から少しして、セシリアさんは俺への膝枕を止めたらしい。頭を動かされても動かなかった俺は容易く普通の枕に寝かされた訳である。正座が苦手って言ってたから仕方ないのである。

 さて、そのセシリアさんの寝起き姿という極めて稀なモノ――いや二日連続で見ているのだけれど――ソレを見て俺はヘラヘラとした笑みを浮かべ、冗談の一つや二つを感謝の気持ちと一緒に言った訳だ。

 

 うん、俺ってこんな美少女と同衾するようなキャラじゃないんだけどな。

 それこそ目が覚めて隣で眠っていた美少女を見て俺は目を白黒させた。夢かと思った。夢じゃなかった。

 しっかりと胸の谷間に集中させた視線を俺は反省していない。触らなきゃ、バレない!

 いいや、ともかくとして、そんな事は重要ではない。いや、確かにあの柔らかいおっぱいの感触についてはとても需要があり重要極まりない情報ではあるのだけれど、決して意図して触ってない俺はその感想を言える訳がないのだ。そう、アレは事故である。幸運な、事故なのだ。

 

「何デレッとしてるのさ……」

「いやー、ハハハハ。そういうシャルロットさんは朝から随分とお怒りの様ですが」

「自分の胸に手を当てて考えれば?」

「まさか下着を盗もうとしてるのがバレた……? いや、そんなまさか……バレる訳がない!! まだ実行に移してない筈だぞ!」

「たった今計画がバレたよ!! とんでもない事が発覚したよ!」

「くっ、コレじゃないとすると一体何なんだ! アレか……!? いいやもしかするとアレかも知れない!」

「……僕に対しての疚しいことがありすぎるんじゃないかな?」

 

 顔を真っ赤にしてジト目で睨むシャルロットさん。なんて可愛いのだろうか!

 作業の影響かジンワリと額に汗を浮かべる彼女が眩しい。浮かべている表情はジトリとコチラを責めるようなモノだけれど、だがそれがいい。

 

「そんな、シャルロットさんへの隠し事なんてそんなに無いよ。むしろ常にオープンだ」

「下心はもっと隠しなよ……セシリアも抜け駆けするし」

「え? 何か競ってたの?」

「…………商品を巡って少し、ね。一歩リードされちゃった」

「ほほう。まあ競い合うのはイイ事だな」

「ハハハ…………コッチの気持ちも知らないで」

「まあ相手がセシリアさんだからなぁ。何で競ってるかは知らないけど、ガンバ☆」

「じゃあ穂次、デートの話をしようか」

「え? どういう経緯でその話に移ったんですかね……」

 

 セシリアさんとシャルロットさんが何かを競っている。そしてどういう訳かデートの話に移った。つまり、なるほど、わかった。

 

「なるほど、二人は俺を取り合っているんだな。フッ、まったく。モテる男は辛いぜ!」

「……自分で言ってて可能性があると思ってるの?」

「微塵も感じてないッスなぁ……」

 

 ホント、無いだろ。俺が二人に対して好意を抱くのは分かる。可愛いし、綺麗だし、美人だし、優しい……よな。うんヤサシイし。なによりおっぱいもあるし。やっぱりおっぱいは重要だな!

 ソレが逆転して二人が俺に対して好意を抱くかどうかとなれば全く別だ。むしろ無い。

 悲しい事にお調子者的で軽口を叩いて彼女らにセクハラしている俺に好意を抱くなど、催眠術にでも掛かってるか、夢か、ハニートラップの何かだろう。

 ともあれ、やっぱりデート――というよりは荷物持ちの話題へと移ったのは謎のままである。

 

「ま、まあ、穂次は気にしなくてもいいよ?」

「そっか。じゃあ気にしない事にする」

「いや、ちょっとぐらいは気にしてもいいんだけど」

「どっちなんですかね……」

「えっと、ほら、うん。デートの話をしよ!」

「まあ別にいいんですけどー。というよりはデートじゃなくて荷物持ちなんだよなぁ……」

「え? ……ああ! うん! そうだね!」

「いや、そこで強烈に肯定されると俺は大変傷つくんですけど……」

「いや、ハハハハ。ほら、それで出来れば早く行きたいんだ」

「んー……っても、一番近い休日は俺の都合で無理だしなぁ」

「え……あ、ゴメンね。体、大丈夫?」

「そっちは問題ねーッスよ。皆が心配してくれる方が俺としては調子が狂ってオカシクなりそうデス」

「それもそれで失礼だよ」

「まー、俺の損傷具合に関してじゃなくて、ちょっとだけ人に会う約束があるんだよ」

「……そういえば毎回休日になるとドコかに行ってるよね?」

「街に出かけて女の子を引っ掛けてるんだ!」

「…………ふーん」

「いや、スイマセン。嘘です」

 

 だからその蔑んだ目をやめてください! 感じちゃうだろ!!

 

「あー、まあ予め連絡を入れれば大丈夫なんだけど、一番近い休みは無理かなー」

「……そっか。じゃあ都合のいい日が出来たら教えてよ」

「おっけーデス。なるべく早くに空けます」

「楽しみにしてるよ」

 

 ニッコリと笑ったシャルロットさん。爽やかで愛らしいとも言える笑顔の筈なのに、どうしてだろうか背後に蛇の幻が見えてしまった。俺、疲れてるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 撤収作業も滞りなく終わり、時刻は十時を過ぎている。

 クラス別に分けられたバスの中、一番前の席では一夏がぐったりと背凭れに体重を預けている。最後にバスに入った俺はそこで立ち止まり「フンッ」と軽く鼻で笑ってみせる。

 

「軟弱者めッ! それでも男か!」

「……穂次、疲れるから箒のマネである事にツッコミは入れないぞ」

「入れてるんだよなぁ。つーか、どうしたのさ、重労働ではあったけどソコまでのモノじゃなかったろ」

「あの後に千冬姉から説教を受けて睡眠時間が短かったんだよ」

「あー、それはご愁傷様。説教の内容は? 誰にセクハラをしたんだ!!」

「お前じゃないんだし、するかよ。勝手に旅館から抜け出したのがバレたんだよ」

「自業自得だな。まあ次はバレないように抜け出せよ」

「抜け出すなよ、とは言わないんだな」

「俺は善人じゃねーからな。それこそ俺が善人で規律を守る存在なら、世界はもっと素敵で平和さ」

「冗談を言わない穂次なんて想像できねぇな」

「そういう事さ」

 

 もっと素敵で、平和な世界なんて想像できないのと一緒だ。何よりも日常とは大切なのである。今は女の子もいっぱい居るし。

 へらりと笑った俺を見て体を起こした一夏。どうやら軽口の叩きあいで少しだけ元気が出たらしい。バスに乗ってる途中に寝れば問題ないだろう。

 自身の席に向かうべく一歩踏み出した所で誰かがバスへと入ってきた。首を動かして振り返れば、織斑先生ではない。

 

 鮮やかな金色の髪。カジュアルスーツを押し上げる胸。サングラスを外した女性はバスを見渡し、俺に視線を合わせる。

 

「織斑一夏君?」

「――は、そっちの男」

「あら、じゃあ君が噂のセカンド君ね」

「どーも、夏野穂次デス。それで、銀の福音の操縦者さんが何用で?」

 

 俺の問いかけに答えることもせずに彼女は一夏を興味深そうに見つめる。胸元の開いた服装なのに前屈みに膝を折る彼女。是非とも一夏と場所を代わりたい。

 

「あ、あの、」

「ああ。私はナターシャ・ファイルス。君にお礼を言いに来たの」

「え――?」

 

 ファイルスさんは自己紹介を言い終わると一夏の頬に顔を近づける。小さくリップ音がして、一夏の顔が真っ赤に染まっていく。

 

「ありがとう、白いナイトさん」

「え、あ、」

「それと黄色のナイトさんもありがとう」

「俺にもキスしてくれるんですかね!?」

「そうね。思ったよりも普通の男の子みたいだし」

「ヤッター!!」

「おい、阿呆。席に着け」

「待って下さい織斑先生! 俺にはキスされるという重大な任務が――」

「地面にキスでもしていろ、阿呆。それとファイルスもバスから出ろ」

「ブリュンヒルデの言葉なら仕方ないわね。バーイ、ナイトさん達」

「ガッデム! 俺に救いは無いのかッ!!」

 

 どうして一夏にはキスがあり、俺には無いのか。やっぱり顔か、顔なのか!!

 ファーストとセカンドの差がありすぎじゃないですかね……ドコにクレームを入れれば解消されるんですか! もっと、もっと俺は女の子にキャーキャー言われて、おっぱい触り放題とかしたいだけなのに!!

 

「穂次さん」

「穂次」

「おぉ、セシリアさんにシャルロットさん……どーしてそんなにお怒りなのですか?」

「バスにいる間に考えれば?」

「見境の無い方は反省すればよろしくてよ」

「見境が無いだなんて……俺は美人か可愛い子にしか迫ってないゾ!」

「穂次、ソレはそれで問題だと思うぞ」

「一夏さんは黙っていてくださるかしら?」

「アッハイ」

 

 ともあれ、自然と正座の体勢になった俺はバスの通路で何が原因かを考える。さっぱり分からない。いいや、確かに考えてることが吹き出しで出ているなら問題だけど、ソレはないし。

 俺の目的もない反省は織斑先生がバスに入ってくる少し後まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

「…………ふぁぁ」

 

 俺は欠伸をしながら街へと到着した。臨海学校も終わり、最初の休日である。

 ボンヤリと景色を眺めて、少し路地に入ったところにある喫茶店へと入る。

 個人店なのか、少し古ぼけた扉を開き、ベルが鳴った。

 カウンターの中には誰も居ない。

 コレもいつも通りである。

 対して何も考えずに近くの椅子に座って、背凭れに体重を預けて、息を吐き出す。

 

「珈琲でよかったか? クズ」

 

 目付きの悪いスーツ姿の女性が俺の前に珈琲を置き、そしてテーブルを挟んだ向こう側に座った。

 珈琲を口に含んで、苦味を味わい、喉へと通す。目の前の目付きの悪い女性がコチラを睨んでいる。

 

「どーしたんスか。そんなに睨んで」

「さっさと報告を終わらせろ。私だって暇じゃねぇんだ」

「まあまあ、せっかく美人が目の前にいるんだから珈琲ぐらい楽しませてくださいよー」

「チッ……」

 

 舌打ちを一つして、足を組んだ女性は机をコツコツと指で叩き、イライラしています、と看板でも背負っているようだ。

 

「それで? 収穫はあったのか?」

「織斑一夏の白式がセカンド・シフトをしましたね。残念ながらデータはまだありませんけど」

「……使えねぇ奴だな」

「これでも頑張ってる方ですよ。溶け込む様にお調子者を演じてますし、イギリスの専用機とも戦って力量を示しましたし、所属不明機のパーツを幾らかソチラに渡してもいるじゃないッスか」

「私ならもっと上手く出来る」

「織斑千冬の監視下で?」

「ふん……あのドイツの機体に関してもデータがそれほど無い様だが?」

「アレは戦っただけッスよ。戦闘データは渡したでしょ」

「……ブリュンヒルデを模したモノでは無い、と言ったのもお前だったな」

「むしろブリュンヒルデと戦って俺如きが無事だとは思えないッスよ。そこからの推測ですよ。真実は知りません」

「…………それで、お前のデータを渡したがソレはどうした?」

「ちゃんと許可は貰った筈ですよ。報酬、という事で貰いましたし。別に流れてもいいデータだった筈ですけど」

「流れてもいいデータだが、流してもいい、とは言ってなかった筈だぞ」

「そりゃぁ情報の行き違いってヤツですなー。まあ、俺は餌さえ与えられればソッチの言うとおりに情報を流しますよ。

 

 俺は政府の犬なんですから」

「……ハッ、まあいい。ほら、今回の餌だ」

 

 机に投げられた茶封筒を手に取り開く。そこには大量の紙幣が詰め込まれている。

 

「どうも。これからも変わらぬ忠誠を」

「言ってろ、クズ」

「俺は欲望にチュウジツなだけッスよ。お金、大好きですし」

「それで仲間を売るとは、お前を信じているだろうファーストが悲惨だな」

「信じる方が悪いんですよ。そう思いません?」

 

 言ってろ、と捨てる様に吐き出した女性は扉を鳴らして喫茶店から出て行った。

 俺は溜め息を吐き出して、茶封筒を上に投げて弄ぶ。手に伝わる重さが実に素晴らしい。

 

「お金大好き、ねー。チョーウケルー」

 

 ガラスに薄らと映った夏野穂次はヘラリと笑ってみせた。




>>それで?
 変わらずに日常回を続けます。おっぱいを触りたいから仕方ないね。

>>穂次は何なの?
 政府の犬です。情報を流して、お金を貰ってる、そういう関係です。
 夏野穂次サイテイダナ!

>>どうしてこんな展開にした! 言え!
 大丈夫大丈夫。ちゃんと書けてれば隠れてる繋がりも見えてくるから

>>こんな展開の後に日常回をするのか、壊れるなぁ
 おっぱいと今後の展開、どっちが大事かなんて分かりきってるだろ!!
 お尻が一番だな!

>>序章が終わりって?
 正しくそういう事。全部前座みたいなモノです。
 事実を知ってから読み直していくと、急にギャグ会話が裏のある素敵会話になったりします。

>>伏線とかあったの?
 探せ! 全てをソコに置いてきた!!

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