欲望にはチュウジツに!   作:猫毛布

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オマタセ。
臨海学校編を終わらせようと思いましたが、一話増やしました。ご了承下さい。


わたくしの騎士様

 じんわりとお湯が俺の体を温めていく。

 思わず吐き出した息と一緒に力も抜けていく。溺れる様な深い湯船でも無いので、縁と床に体重を掛けて、脱力していく。

 白い湯気が昇るのをボンヤリと見つめて、天井の明かりを視界に入れる。

 

 体の痛みは僅かに残る違和感に変化した。動く事にも、お調子者を装うことも苦ではない程に鈍化している。いったいどんな薬品が俺の体の中へと流し込まれたのか、気になる所だけれど知りたくは無い。絶対に。

 確実に言える事は普通に流通しているだろう治療薬品ではないだろう。いや、もう考えないでおこう。

 

「ふぅ……」

 

 再度息を吐き出して、瞼を閉じる。脱力した体に感じる僅かな浮力に身を任せた。

 

 銀の福音との戦い。まるで自分が自分でない感覚に支配され続けた、そんな戦い。

 純粋に戦う事が楽しく、動く事に喜びを感じ、自然と体が動いた。

 村雨との繋がりが深くなった、と言えばそれだけの話でもあるけれど。

 刀なんて使ったことも無かったのに、自然と構えが取れた。それも以前よりも操られている感じもせずに。ただ当然の様に。まるで元々知っている様に。

 一応、感覚的なオンオフは出来ると思うけれど、オフの時でも影響は出てしまうだろう。まあ出てきたら出てきたで対処をすればいいだけか。

 カラカラと扉が開く音が鳴り、ソチラに視線を向けると男が居た。

 

「よ」

「おう」

 

 手を上げる軽い挨拶をして俺は変らずに脱力し続ける。

 ボンヤリと、なるべく何も考えずに天井を向いてゆっくりと呼吸を続ける。

 

「それで、大丈夫なのか?」

「何がだよ」

 

 体を洗い終わったらしい一夏が俺の隣へと座り、そう問いかけてきた。主語もさっぱりない言葉であるし、きっと俺の体のことは一部の人しか知らない筈である。

 

「お前の体の事だよ」

「あー……ん? 異常らしい異常はねーよ?」

「適合率が高くてISへのダメージがフィードバックするって聞いたけど?」

「……誰に聞いたんだ?」

「セシリア達から。束さんに色々教えられたらしいぞ」

「マジかぁ……」

「それで、どうなんだ?」

「……別に今は問題ねーよ。戦闘中はアドレナリンが出てるのか痛みは感じねーし、ISを外しても実際に怪我がある訳じゃないから普通よりちょっとだけ疲れるだけだよ」

「…………本当だな?」

「信じてねーのかよ」

「シグナルロストまでしてるんだから、心配にもなるだろ」

「一夏が俺のことを心配してくれてる……きゅんっ」

「冗談で終わらせようとするなよ」

「いやー、アッハッハ」

 

 どうやら逃がしてくれないらしい。

 束さんがどの程度まで言っているかは分からないけれど、ダメージ関係ならばそれほど問題はないだろう。

 

「降参。我慢できる程度だけど今もそれなりに痛みはあるよ」

「……診断とかは?」

「命に別状はなし。筋肉疲労が短時間で蓄積しすぎたらしい。休めば治るさ」

「はぁ……あんまり無理するなよ」

「女の子の前じゃなけりゃ無理もしないさ」

「今更格好をつけても意味無い気がするけど?」

「それでも格好がつかないよりはいいだろ?」

「……そうだな」

「……それで、一夏はどうなんだ?」

「俺も異常とかはねぇよ」

「誰もお前の体なんて興味ねぇよ。ホモじゃあるまいし」

「ちょっとは心配ぐらいしてくれよ」

「大丈夫って信じてたから心配もねーよ。今も寝たままなら心配ぐらいしてやったけど」

「…………なんというか、ありがとう」

「ドウイタシマシテ。つーか、俺としてはお前を守れたのに無理だった、って事も結構悔いてるんだから」

「あー……スマン。俺が急に動かなかったら」

「お前が動かなかったら篠ノ之さんは落ちてたよ。お前の行動に追いつけなかった俺が悪い」

 

 もっと俺が上手ければ。いいや、あの時点で村雨との適合を深めていたならば……。

 大きく息を吐き出して頭を振る。

 

「まあその話はどうでもいいんだよ。今日は篠ノ之さんの誕生日だろ? 何かプレゼントしたんですかい? うぇっへっへ」

「……気持ち悪い笑いはやめろ。というかなんで知ってるんだよ」

「篠ノ之さんの誕生日を知ってるのは女の子の情報だから。 プレゼントに関しては勘だよ、相棒」

「察しがいい相棒だよ、まったく」

「それでそれで、俺としては何か進展とかあったのか聞きたいんだけど?」

「進展も何もある訳がないだろ。 俺と箒は幼馴染な訳だし、誕生日を祝うのも当たり前の事だろ?」

「……ま、それもそうか」

「なんだよ。何が言いたいんだよ」

「別に。俺がとやかく言う事じゃねぇよ。秋の空を語れる言葉は持ち合わしていねーよ」

「今は夏だろ」

「だな」

 

 コレで会話を切り捨てておく。どうせ鈴音さんかボーデヴィッヒさんが篠ノ之さんと一夏の空気をぶち壊しにした、なんて事もあったんだろう。知った事じゃないけど。

 立ち上がり、湯船から出る。

 

「んじゃ、お先に」

「おう」

「ああ、俺の体のこと、あんまり言うなよ? 俺の頑張りがさっぱり無駄になるんだから」

「わかってるさ。信じてくれよ、相棒」

「信じてるさ、親友」

 

 互いに背を向けて、相手の顔は見えないけれど、小さく笑い声だけが聞こえた。

 軽口を叩けるだけ叩いて、俺は湯殿から退出する。

 体の違和感を確かめる様に体を動かして、空気を吐き出す。痛みは感じないが、体の各所にシコリを感じる。

 もう暫く眠っていても罰は当たらないだろう。明日になればいつもの様にへらへら笑えるだけの元気も出てくる筈だ。たぶん。

 鏡の夏野穂次はへらへら笑っているのだから、問題はないだろう。

 

「あー……ヤバイな」

 

 こうして思考をしていれば、自身がかなり追い詰められている事はわかる。後ろ向きの思考はキャラではないのだ。

 浴衣をテキトーに着て、鏡の前でへらりと笑ってみる。大丈夫、きっといつもの様に笑えているだろう。

 

「さ、って。サクッと戻って寝ようそうしよう」

 

 欠伸を一つ、大きく口を開いて分かりやすくしてみせる。

 鏡に映る夏野穂次は、やはりへらへらと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 セシリア・オルコットは座っていた。

 慣れない正座を崩し、横座りでどうしたモノかと悩んでいた。

 

 目の前には、想い人が眠っている。

 夏野穂次が、規則的な寝息を小さくたてて、眠っていた。

 

 特殊な出来事なんてなかった。眠っている彼を夜這いする気持ちもなかった。いや、どうだろう。

 そんな事は重要じゃない。

 セシリアはただ彼の様子を見に来ただけなのだ。そこに何らかの下心の有無など問いただされる様な事ではないのだ。

 

 織斑一夏に穂次の事を伝えたことに後悔はない。穂次の性格も考えて、相変わらず自分達には見栄を張る彼が弱音を言える一夏に伝えた。

 どうやら風呂場で交わされたらしい会話で穂次に何も問題が無い事は一夏が証言してくれた。何かを言い澱んでの言葉であったけれど、確かに証明はされたのだ。ついで、という言葉を付け足して、まるで軽口の様に「見舞いに行ってほしい」という言葉も追加された。

 

 別に一夏の言葉に従った訳ではない。一夏の言葉がなくてもセシリアはこの場に居ただろう。

 それほどに、心配をした。信号が亡くなった、と聞かされた時は目の前が真っ暗になったかと思った。

 覚えのある喪失感が自身を襲い、上手く呼吸が出来ない程に動転していた。

 だからこそ、彼が自分達を助けに来てくれた時は安堵した。きっと彼は見て無かったけれど、涙まで流れた。

 

「……何が、『シャルロットお嬢様』ですのよ」

 

 指を一つ立てて彼の頬を突いてみる。頬肉が柔らかく指に抵抗をみせる。

 少しだけ眉を寄せはしたけれど起きる気配の無い彼に悪態を吐いてみせる。

 

 どうして自分ではなかったのだろう。

 別に不満なんか無い。いいや、不満はある。けれど、同時に理解も出来ていた。あの時点で危険だったのはシャルロットだったのだから。

 けれど、もしも自分が危険だったならば……彼はわたくしを助けてくれたのだろうか。

 いいや、それこそ考えるだけ無駄なのかも知れない。彼は助けてくれるのだろう。それこそシャルロットを守った時の様に、格好良く、まるで騎士の様に。

 

「…………」

 

 自分の頬が熱くなる。今一度部屋に自分と彼だけしかいない事を確かめて、ほっ、と息を吐き出す。

 こう言うのもアレだけれど、"シャルロットお嬢様"はこの場にいない。回避ではなく、防御へと徹していた彼女にはそれなりの損傷があったらしく、恨めしそうに自分を見ていた彼女は記憶に新しい。

 一歩リード、とは思えないのは、相手がこの眠っている騎士だからなのだろう。

 

「……本当に、心配しましたのよ?」

 

 えいっ、と小さく言葉にしてみせて、セシリアは頬を再度突く。感触が指に心地いい。

 ちょっとだけ楽しくなってしまったセシリアの甘い攻撃に気付いたのか、騎士の瞼がぼんやりと開く。

 開いてから天井を数巡し、ようやく隣にいるセシリアへと視線が向いた。

 

「……、なんでセシリアさんがいるんだ?」

 

 尤もな意見であった。

 頬を突いて事もあり、セシリアは僅かに視線を逸らして乾いた笑いを漏らす。決して彼女には咎められる様な事も無いのだけれど。

 半身を起こした穂次が僅かに眉間を顰める。僅かに歪んだ顔を見てセシリアが心配そうに穂次の背に手を当てる。

 

「大丈夫ですの?」

「問題ねーッスよ」

 

 僅かに肌蹴た浴衣の隙間から彼の肉体が見え、セシリアは少しだけ鼓動を速める。

 寝起きだからか、へらりとも笑わず、情けない顔でドコかをぼんやりと眺めている穂次。その穂次を見ながら鼓動を速めるセシリア。

 

「それで、なんで居るんだ?」

「一夏さんに言われて……」

「あのお節介め」

「あ、いえ、一夏さんに言われなくても来ましたわ」

「……別にどっちでもいいさ」

「その……怒ってますの?」

「あー、怒ってはねーよ。イマイチ冗談を言う気分じゃないだけ」

「そ、そうですのね」

 

 セシリアは己の佇まいを直す。どこか調子の違う彼を見るのは初めてかも知れない。

 佇まいを直したセシリアを横目で見た穂次は疑問を顔に浮かべながら溜め息を一つ吐き出して薄い掛け布団をセシリアの膝へと放るように掛けた。

 

「こ、コレは?」

「浴衣の都合上、素晴らしい太ももがチラチラ見えて俺が気が気じゃない」

「そ、そうですのね。ありがとうございます」

「ドーイタシマシテ」

 

 調子が違うだけでこれほどに緊張するモノなのだろうか。セシリアはシーツを手繰り寄せつつ頭の中を白黒させた。

 いつもの様なお調子者な彼と今の様に落ち着いている彼。比べる意味は無いけれど、後者も実にいい。グッドである。

 

「それで? 俺に何か用でもあったの?」

「? 用はありませんが?」

「……じゃあ何しに来たんだよ」

「普通に心配して、お見舞いに来ただけですわ」

「ソレはどうも」

「本当にいつもの調子ではありませんのね」

「ご希望とあらば冗談の一つでも飛ばしましょうか? セシリアお嬢様」

「別にいりませんわ」

「それは残念で」

「……本当に大丈夫ですの?」

「逆に、大丈夫じゃなかったらどうするのさ」

「大丈夫じゃありませんの!?」

「あー、待った。大丈夫だから。おーけー、少し落ち着いてくれ」

 

 降参するように両手を上げようとした穂次の動きが途端に停止し、何かに耐えるように拳が握られる。

 

「穂次さん!?」

「冗談だよ、じょーだん。そんなに訝しげな目で見ちゃいやん」

「……」

 

 へらりと笑いだした穂次が無茶をしている事はセシリアでもわかった。眉を寄せ、穂次に伸ばそうとしていた手が宙で停止し、戸惑う。

 セシリアは溜め息を吐き出した。

 

「もう横になってくださいまし」

「ん、いや、まあ寝ろって言われるんなら寝るけど、なんで枕元で正座してるの?」

「……別にいいでしょう?」

「いや、枕を退かされながら言われると、どうでも良くないんですけど」

「このわたくし、セシリア・オルコットが膝枕をしてあげると言っているのです!!」

「わ、わーい……でも真っ赤になって無理してやる事でもねーよ?」

「もう! いいから黙ってくださいまし!!」

「アッハイ」

 

 セシリアの声に穂次は怯えるように、セシリアの膝枕に頭を乗せる。天井を見ようとすればソレを妨害する山。その向こうには顔を赤くしているセシリアの顔が見える。

 

「…………」

「…………」

「あー……」

「何も言わなくてもよろしくってよ」

「ハイ」

 

 寝心地がいいですね、という発言は封殺された穂次は口を噤みながら弾力のある枕の感触を瞼を閉じて楽しむことにした。

 そんな穂次の見ながら、セシリアは自然と手が動いて、彼の頭を撫でてみる。自然と微笑みが零れた。

 撫でられている事に対してドコか気恥ずかしさを覚え始めた穂次は瞼を上げるに上げれなくなり、ゆったりと侵攻してきた心地よい眠気に身を任せることにした。

 

 

 

 きっと十分も経たずに彼は眠った。

 静かに寝息をたてる彼をセシリアは撫で続ける。

 

「お疲れ様ですわ。わたくしの騎士様」

 

 冗談のように、彼を労わる言葉を呟いたセシリア。その顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいた。 




>>わたくしの騎士様
 つい言ってしまった言葉。ちょっとだけ"シャルロットお嬢様"への嫉妬も含み。

>>このわたくし、セシリア・オルコットが膝枕をしてあげると言っているのです!!
 いつもの穂次なら二転三転してた。

>>膝枕への展開、ちょっと強引すぎないッスかね?
 セシリーに膝枕をさせたかった。反省はしてる。はんせーしてまーす。

>>風呂場事変いるの?
 必要。

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