オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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「あれ?あいつゴーストなのに人型じゃなくね?」

トライあんぐるがブレインに再び取り憑こうとした時、先ほどのリザードマンの姿にそんな疑問が浮かんだ。



第八話

遠望に望む湖沼に冷風が過ぎる。

奇妙なことに森に囲まれたその湖の周辺にのみ、黒々とした雲が集まっていた。

 

「やっぱり、きた、」

 

視線を下に下ろすと、そこには岩場の上に築かれた村がみえた。泥を用いた原始的な城壁に囲まれ、その中を行き来する集団は人ではない。

大柄な爬虫類が起き上がって人の真似をしたかのような姿勢。黒みがかったり鮮やかさが際立つなど、多少の違いはあれど緑色といってよい体色。

リザードマンである。集団らしいが、誰も彼もが落ち着きなくざわついている。

 

「かてなーい」

 

そう呟いた存在は、周りのリザードマンとまるで異質だった。

ほのかな魔法光に包まれた、白色の全身鎧に身を包んだ戦士。臀部から伸びる尻尾が一見の共通点だったが、それも周りの者より一回り太い。

 

「はやすぎる」

 

彼はこの村、いや砦に集まったリザードマンの五部族が一つ、“鋭き尻尾”(レイザー・テール)の族長だ。

たどたどしい言葉は幼子な印象を受けるが、すでに成人したリザードマンである。

皆からは族長、レイザーテールの長などと呼ばれるが、彼にも名はある。しかしそれを呼ばれることは少ない。

彼の視線は自らの部族の砦、その泥壁の向う側に注がれていた。

数は、雲霞の如くとはいかないが、リザードマンたちの常識からすれば見たこともない軍勢がそこにはいた。

昨日の会戦にて嫌というほど死闘を繰り広げたモンスター、スケルトンで統一された集団である

 

「ここまでくると、笑えてきてしまうものだな」

 

白鎧の族長に声をかけたのは小柄なリザードマンだった。

しかしその眼光は鋭く、まるで猛禽のような鋭い雰囲気を常なら抱くだろう。しかし今に限って言えば、どこか憔悴したような感じがする。

“小さき牙”(スモール・ファング)の部族を率いる彼は、この湖のリザードマンのなかで最も卓越した投石の腕を持つ戦士である。

 

「ぐんをー、かくして?」

「正直信じたくはないがね。それにこれだけの軍勢をなぜ昨日投入しなかったのか?という疑問も残る。そしてあれ見てくれ」

 

そうして彼が指し示す先、スケルトンの軍勢の進軍が見える。

歩兵らしい者は片手剣に大型の凧状の盾を持ち、リザードマンには理解できぬつくりの大弓をもつ弓兵、骨の馬に乗騎する突撃槍兵もいた。

一個の生き物のように乱れの少ない行軍を行う彼らの武装は、いずれもほのかな魔法光を帯びていた。

鋭き尻尾の長が纏う、呪われた骨鎧と同じように。

 

「ゆめなーら、いいのにー」

「……冗談を言えたのだな」

 

そう言って目を剥く小さき牙の長を、彼は意図的に無視した。

 

「いずれにしろかの軍勢の装備は全て、そう全てが!魔法の武器のようだよ。信じられるか?

奴ら一体一体が、もしかしたらフロスト・ペインの担い手殿と同等かもしれんのだからね」

「しょうさんは」

「……わかりきった事を聞くとは、悪趣味という言葉を知っているか?」

「ごめーん」

 

矮躯の族長がため息を吐く。そして目線を村の内側に向ける。

 

「ふむ、ようやく担い手殿がご起床のようだ。しかも褥を共にしたメスを連れて、だ。

 ……まったく、その度胸と男らしさは見習いたいものだね」

 

先があれば、そう言葉を続けなかったのは、族長としての矜持か一つの生命としての強がりか。

鎧のリザードマンもその視線を追う。

そこには紅眼白容の華奢なリザードマンと、黒みがかった鱗を持つリザードマンが、かのスケルトンの軍勢に目を奪われていた。

 

 

 

そこから先は、リザードマンたちにとって絶望という言葉すら生ぬるい舞台、もっと相応しい表現なら処刑台が準備されていた。

天災をも超越した大災害。いやもっと邪悪で、強大であり、抗うという選択肢がその意を果たさぬ展開があろう。

未来は変わらず、結果も変わらず、夢物語の英雄は現れない、存在すらしない。

在るのは今を生きる凡百のリザードマンと、かつて生きていた一匹のリザードマンだったモノ。

 

 

 

木造の屋敷、ともいえないログハウスが、現在のナザリックの遠征軍の本陣であった。

その場には四人の人物が会していた。

その中の一人、ダークエルフの少女を見ると、うつむき微動だにしない。

 

「(おおかた、至高の御方に相応しき場を整えることができなかった。それを恥じているんでありんしょうね)」

 

彼女の様子を、シャルティアはそう分析していた。仮に自分がアウラの立場でも、同じような態度をとったに違いない。

謎の集団との戦闘といい、かの死霊の件といい、ここ最近の自分はまともな功を上げずに焦れる一方だ。

 

「アウラよ、私の急な命令によく応えてくれた。この場の出来を恥じているのだろうが、お前の働きは高く評価している。

 その拙さも、お前が私のためを思ってのことと思えば愛着も湧こう」

 

シャルティアがアインズの目線を追う。

その先には、なんとか内装としての姿を成す調度に注がれていた。目を凝らすと、いささか歪な形なことに気づける。

 

「(我々下僕にもここまでの心回しをするなど、アインズ様の慈愛は諸方三界を照らしん……んなっ!?)」

 

頬を染めうっとりと己が主人を見つめていたシャルティアだが、アウラの頭にアインズの手が載せられ、慈しむように動き出した光景に目を見開く。

されるがままのアウラは最初に罰かと身を震わせ、それから主人の優しいなでなでに感激し目元を赤くしている。

もう一人の守護者であるデミウルゴスは、その光景に微笑みを浮かべていた。

 

「(う、羨ましいじゃないのよちびすけェ!しかもちょっと女の顔してんじゃないわよ、そこ替わりなさいよぉっ)」

 

そのデミウルゴスの後ろで、守護者統括と喧嘩するときのようなシャルティアの形相は、幸運にも他の三人に気取られることはなかった。

忠誠を誓う至高の御方に直接触れることですら畏れ多いというのに、労いの言葉とともにナデナデまで頂くとは!

そんな思いのシャルティアだったが、畏れ多いと思う割に、彼女は積極的にアインズに抱きつくことが多い。

もう一人、アインズを強烈に慕うものがいたが、かの統括殿はナザリックの留守を預かる身であった。

 

「シャルティアよ。そういえばお前には、件の集団を取り逃がした罰を与えるとのことだったな。

ちょうどよい、そこに跪くがいい」

「は、はい!」

 

真面目な顔に瞬時に戻るも、主君の突然の言葉に戸惑うシャルティア。指示通りに床に膝と手のひらをつき、頭を垂れる。

そんな彼女の死角からアインズは近づき、彼女の柳腰に腰を下ろす。

その重さを、血が通っていないシャルティアの脳が認識したその時、彼女の脳内に稲妻が走った。

 

「(な、何が!?こ、この香りと重み、感触はっ……まさかまさか)ンハァインズ様ぁ!?」

「シャルティアよ。今よりお前は家具、ただの椅子だ」

「は、はいぃ!!」

 

主人の言葉にシャルティアは喜色をこぼす。

シャルティアはどちらかといえば加虐嗜好を持つキャラである。

しかし例外もあり、上位者である至高の四十一、その中でもモモンガ、アインズへは並々ならぬ思慕を向けている。その理由の一つとして,

 

「(ああっ、アインズ様の尾骶骨ならぬ美帝骨ががが!?)」

 

屍体愛好家の側面を持つ彼女にとって、美の象徴と言える存在に腰掛けられるなぞ、千金を持っても勝る褒美であろう。

事実、角ばった骨がシャルティアの背中や腰に当たり鈍く痛むが、彼女にとっては己を昂ぶらせるスパイスでしかなかった。

 

「すまないなデミウルゴスよ。おまえの準備した椅子だが」

「いいえ、アインズ様。その御姿、示威と処罰を兼ねる妙なる一手かと」

「そ、そうか?」

 

渾身の芸術品ともいえる、自作の全骨製玉座を主人に奉献出来なかったにもかかわらず、デミウルゴスの顔は明るいものだった。

 

「……ちょっとシャルティア、よだれ垂れてるよよだれ」

 

悪魔は己の主人へ尊敬の視線を隠そうともせず、ダークエルフの少女は吸血姫の顔を見て、心底辟易していた。

そのシャルティアの顔は情欲に紅潮し開かれた瞳は潤み、身体は腰砕けになるのを耐えるだけで精一杯だった。

その顔をアインズが見ることがなかったのは幸運だった、シャルティアにとって。

 

「では今後について話すとするか。リザードマンたちはあのデモンストレーションに驚いてくれただろうか?」

「彼らの慌てふためく様から、完璧と言わざるをえません」

 

人身を弄び破滅させることを得意とする悪魔(デミウルゴス)の言葉なら確実だろう、そうアインズは考える。

 

「ならば、一つ目の段階はクリアしたか。しかし天地改変であそこまで慌て始めるとは、リザードマンたちの魔法レベルもそう高いものではないらしい」

 

一日に四度しか使えない超位魔法、天地改変(ザ・クリエイション)

本来はダメージフィールド対策や、種族特性のボーナスを得るため得意の地形で戦うために使うものだ。

リザードマンたちが「えっ、こんなもん?」といった態度をとったらどうしよう、実はそんな不安をアインズは抱いていた。

実際には、天候を変え地形をも操るその魔法にリザードマンたちの戦意は著しく低下し、部族滅亡の可否この一戦に在りと、悲壮な決意を抱いていたのだが。

彼らの見慣れた凍らぬ湖が、『汚れるのが嫌だ』という言葉とともにアインズに凍らされてしまったのだから、示威行為としては最上とも言える結果であろう。

 

「(あれだけ派手なことをしたんだ。シャルティアと矛を交えた者がいるのなら、ここに偵察を出すはず)」

 

そして自信があるものなら、この防衛力のないログハウスに襲撃をかける可能性が高くなる、そう考えての自らを囮にしたアインズの作戦である。

そのため近場には伏兵を潜ませかつ、ナザリックにて索敵に秀でた“ある者”にこの場の監視を任せている。

 

「アウラよ。警戒網はどうなっている?」

「はい! 四キロ範囲で警戒を行っていますが、現在のところ特別なものが引っかかったという報告は受けて―――」

 

アウラの言葉が止まり、鋭い目となって耳に指をつける。

 

「アインズ様、警戒網にかかったものがあります!……えっと、リザードマンの幽霊?」

「ふむ、何者か食いついたか。しかし」

 

リザードマンの幽霊。アインズの思考に疑問が浮かぶ。

 

「(死霊や幽霊といったら普通は人型、だよな。リザードマンの幽霊なんて聞いたこと無い……。この世界のオリジナル?)」

 

いずれにしろ現物を見ればいい、そう考えてアインズは遠隔視の鏡を起動する。

そこには、リザードマンの集落へ高速で飛行する幽霊。報告にあったとおり、その姿はリザードマンの形を模した靄であった。

 

「ほう、あのような姿のゴーストは初めて見たな。この世界由来のもの、もしかすれば何者かの差金かな?」

「捕獲いたしましょうか?」

「……いや、彼奴の目的、そして情報が知りたい。アウラよ、リザードマンの集落近くの監視役をすぐ動かせるように」

「かしこまりました」

 

「(どうやら空振り、かな。この幽霊には“敗者の烙印”はないし。

それにしても死霊系か。以前そんなプレイヤーを耳にしたような……、あれ?)」

 

ここで気づいた。自分の座っているものに。

最初に感じていた振動も無くなっていたので、アインズは違和感なく普通に座っていてしまったのだ。

今更ながら自分の行った友人の忘れ形見への仕打ちに、アインズに罪悪感と後悔が湧き出す。

 

「シャ、シャルティアよ。大丈――」

「……うっわ、ヒドい顔」

「これは……。守護者の、いやナザリックの品位が問われてしまいかねないね」

 

アウラは嫌悪を、デミウルゴスは皺を寄せた眉間に指を当てる。

そのシャルティアの顔を見たアインズはと言うと、精神安定化の補助を受けていた。

 

 

 

在りし日のユグドラシル、ナザリックの円卓に座す席は三割ほどが埋まっていた。人型のものはいくらかいたが、その全てが純粋な人間ではなかった。

その中の一つの席に座ったオーバーロードが口を開く。

 

「メンバーも三十人を超えて、我々もそこそこのギルド規模になってきましたね-」

「でも今日は少なめですねえ。せっかくの休日なのに」

 

古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)であるヘロヘロは、いつものどこか疲れた声音だった。

 

「せっかくだし、かねてより計画していた『ナザリック地下大墳墓 超☆巨大移動ゴーレム化計画』を話しあうための会議でもどうよ!?」

「やめてください、るし☆ふぁーさん!どんだけ私やヘロヘロさんたちに負担を強いるんですかあんたは!?」

 

喜々として手を上げ発言するギルドメンバーるし☆ふぁーに、掴みかからんばかりに口撃するのはナザリックのデザイン面を担当したホワイトブリムである。

 

「まあまあ、お二人とも落ち着いて」

「そうだよ!そんなことより、アースガルズの新エネミーの元気っ娘ロリハーピーの―――」

「少し黙るか永遠に黙るか、選べ弟よ」

「なんでもないです……」

 

場をなだめる音改と、悪ノリか本気かの発言をする鳥人(バードマン)ペロロンチーノ。しかしその発言は、横合いからのぶくぶく茶釜のドス声で小さくなる。

 

「にしても大所帯になってから、ずいぶん敵も増えましたね」

「まあPKKを繰り返してれば必然でしょう。……そういえば、最近は異形種が増えて異形種へのPKが減ってるらしいですよ」

「プレイ人口が増えて、異形種プレイヤーも自衛の手段が増えてきたんでしょう」

 

アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれるぷにっと萌えの発言に、ブルー・プラネットが相槌を打つ。

事実、以前ほど異形種狩りの勢いはないらしく、現状に限って言うならスキルや特殊職業のクラスチェンジ条件のために狩るのを見かける程度だった。

この話題にうんうんと頷く純銀の聖騎士の姿が見える。

 

「そういえば最近、人間種のみをPKする異形種プレイヤーの噂を聞きましたよ」

「いきなり背後にテレポートしてきてバックスタブを決めるんでしたっけ?そんで場合によっては執拗にリスポーンキルするとか。エグいなー」

 

とあるギルメンの発言にヘロヘロが返す。そのヘロヘロも、敵プレイヤーの装備を劣化させる攻撃を行うことで怖れられているのだが

 

「それにしても探知スキルや装備を持ってるにも関わらず先制攻撃されるらしいから、特殊なスキル持ち、もしくは探知特化かな。噂じゃソロで人間種ギルド潰したとか」

「それって、異形種と亜人種をPKするロールプレイしてたとこ?

 ……ボク、そこあまり好きじゃなかったな。いくらロールプレイだからって、罵倒しながらPKするんだもの」

「単身ということは100レベルプレイヤー、かつワールドアイテム持ちでしょうか?」

 

餡ころもっちもちの言葉に、やまいこはそのギルドを知っていたようで頭上に怒りマークを出す。

そしてモモンガはそのプレイヤーのことに頭を巡らせた。

しかし潰されたギルドは中堅どころのギルドで、赤字覚悟でアイテムを突っ込めば単騎で制圧することは上位プレイヤーなら可能だ。

そしてここは悪名高き異形種ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。そのような真似をできるものが多く在籍していたので、世間話程度で話は進む。

 

「そういえば、また2ch連合が情報すっぱ抜かれたらしいですよ」

「あそこは寄り合い所帯だからな。そんでそれをやったのって」

「予想の通り、あの“三眼”のとこですよ」

 

ギルドメンバーたちの和やかな談笑を眺めながら、モモンガはこんな時間がずっと続けばいい、いや続いていくんだと思っていた。

それが例え、仮想上のゲームの中であっても、たしかな安らぎがそこにはあったのだから。




至高の御方々のシーンは書いてて楽しいです本当に。
ただ文字数のバランスがとれなくなったので泣く泣く削りました。
そのうち改変して出したいです。

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