オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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第二十二話

時はしばし遡る。死霊ことトライあんぐるがアインズから念話で指示をもらった場所まで。

 

『トライあんぐるさん、“釣って”きてもらっていいですか?』

『釣って……。なるほど“釣り”ですか。餌はこれからくる奴らで』

 

“釣り”とはユグドラシルにおいてPKの手法の一種を指すことが多い。痛めつけた敵ギルドプレイヤーの周囲に《爆撃地雷》などの遅延魔法や耐性低下のトラップアイテムを仕掛け、助けようと近づいた敵に奇襲を仕掛ける手法もそれに含まれる。

 

『はい。命令した手前、最後はデミウルゴスかソリュシャンに返してください。委細はおまかせしますが、可能な限りの情報とついでにエクスチェンジ・ボックスで価値が出そうなやつも回収しちゃってください』

『エクス・チェンジボックス?あー、ギルドの維持費ですか。そういうことでしたらお任せあれ。ボッチプレイで培った力お見せしましょう』

『ふふ、ボッチプレイならここ数年の俺だって負けてませんよ?』

『ははっこやつめ』

 

という念話をしたのだが、先ほどのアインズの言葉をすぐに本人に翻させるのは忍びない、そう考えたトライあんぐるは自分から提案する。

 

「アインズ様。拘束した後のこの二人の身柄、私にお預けいただけないでしょうか?」

「トライアングル。オ前ハアインズ様ノ決定ヲ――」

 

主の決定に横槍を入れんとするその言葉にコキュートスは前に進み出ようとするが、アインズは片手を上げ制する。

 

「よいコキュートス。トライあんぐるよ、その人間で何をするつもりだ?」

「これを囮に敵のアジトに潜入、情報と物資の収奪を行いたく思います。敵のアジトや人員が現状で不明な点から、攻めるための足掛かり足り得る情報を得られればお役にたてるかと」

「ふむ。必要な情報が確実に手に入る保証はあるのか?アジトが襲われたことで奴らに無用の警戒を抱かせる懸念もあるが」

「一点目につきましては現段階で確答することはできません。これからやってくる彼奴らへの尋問次第かと。二点目に関しては心配ございません。幾つかのギルドを隠密にて内部崩壊させた実績はご存知でしょう。もし発覚することあらば、ヘイトの集め方は心得ておりますので奴らが血眼になって私を探すよう踊らせてやりますとも」

 

ここでトライあんぐるは言葉を切り、僅かにヘイト掻き立てるスキルを使って精一杯嗤う。内心ははったりを周りに見破られないかビクビクしていたが。

そのオーラに幾人かが反応し、レベルの低い影の悪魔などは思わず襲いかかりそうになっていた。

 

「……よろしいでしょうかアインズ様」

 

静かに声を上げるものがいた。それはここまで沈黙を保っていたデミウルゴスだった。

 

「どうした、何か意見があるなら述べよ」

「はい。実はセバスから上げられた報告書の中に、今回の件の情報を得られると思しきものがありまして」

「ほう。初耳だな」

「ご報告が遅れたことお詫び申し上げます。つきましてはその箇所の確認、及び情報網の構築を図りたいと考えておりました。しかし少々の時間を要すると思われ、そのためトライあんぐるの工作と同時進行にこちらも進め、情報の統合が取れた段階で敵勢力の殲滅、及び資源の収奪作戦を行うことを提言させていただきます」

「具体的な時間は?」

「本日、日が落ちるまでには情報の収集、精査を完了できるかと」

 

このデミウルゴスの発案にアインズは大きく頷いた。

 

「よろしい。トライあんぐる、そしてデミウルゴスよ。ここまで述べた情報収集における作戦の実行を許可しよう。段取りに関しては両者で話し合い、必要な物資があれば私に申すがいい」

「ハッ!ありがとうございます」

 

その後、ソリュシャンによってサキュロントとヘーウィッシュを捕え尋問、今回の強請りの背後関係、八本指やその警備部門と奴隷部門の活動、そして幾つかの拠点の場所もわかったが、どの拠点に重要な情報があるかはわからなかった。

尋問が終わり強制的に眠らせたサキュロントとヘーウィッシュを転がし、その場には死霊とメイド、悪魔の三人がいた。

 

「少し情報が心許ない。予定通り、君には潜伏をお願いするよトライあんぐる」

「了解ッス。それと、先ほどのアインズ様の前での助け舟ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ。それに、アインズ様は君の提案を初めから受けるつもりだっただろうさ」

「んんっ!?ナ、ナンデソンナコトワカルンデス?」

 

それに対してデミウルゴスは意味ありげに笑うだけで、確とした返答はなかった。

 

(何笑ってるのこの人……。コワイ!)

(そして私の発言もまた織り込み済み、ということだろうか。提案があまりにもスムーズに、そして彼のタイミングが良すぎた。おそらくアインズ様は、彼に提案させるよう誘導されたのだろうね)

 

主人の謀の全てを読み切ることは未だ叶わずともその欠片を掴めたのならば、意を汲んで行動するのは下僕ならば当然のこと。

ゆえにデミウルゴスはトライあんぐるの感謝を、気にしないでくれと返したのだ。

 

「それと潜入に際して人員をある程度、そうだね……影の悪魔をバックアップとしてつけるので自由に使ってくれたまえ。作業自体はどの程度かかる?」

「……獲物が食いつく時間にもよりますけど、最悪夕方から作業を初めて二十時ぐらいにはイケそうっすね」

「結構だ。定期の連絡をしてもらうが構わないかな?」

「人をつけたのはそういう……なるほど。俺も魔封じの水晶を節約できるからありがたいや」

「手段は任せるが、どこかの執事のように情にほだされて見逃してやることだけはやめてくれ。それとその人間は必ずこちらに戻すこと」

 

そう言ってデミウルゴスは、未だ倒れ伏すサキュロントとヘーウィッシュを見た。

段取りが一段落した所でソリュシャンが口を開く。

 

「ところで、この二人はいかがいたします?尋問のことを喋られると都合が悪いのでは」

「それに関してちょいと試したいことあるんで俺に任せてくれないか?」

 

その言葉にデミウルゴスはお手並み拝見と静観し、ソリュシャンもまた首肯する。

 

「意識があって余計なこと言われりゃ厄介とくりゃ……《中位アンデッド創造・屍を弄ぶ者(ゾンビメーカー)》」

 

トライあんぐるがスキルを発動させると、血まみれの手術衣に身を包んだゾンビが二体現れた。召喚主へ揃って一礼、指示を待つように微動だにしない。

 

「この人間二人の脳みそいじって尋問の記憶を消せ。そして“認識”を変えられるか試せ。そうだな、自分以外が怪物に見えるように」

『カシこまりまシた』

 

動き出すアンデッドと入れ替わるようにソリュシャンが口を開いた。

 

「このモンスターは?」

屍を弄ぶ者(ゾンビメーカー)っていってな。死霊術系統の魔法をスキルで再現できるおもろいモンスターさ。あとこいつら自身のレベル以下のゾンビ系に即死特攻が発動、大体レベル四十以下……なんだけど、まあ今は関係ないか。今回は職業スキルのドクターを取得しているんで出した」

「それを呼び出して、何故あのような真似を?」

「……昔とある馬鹿が悪足掻きに、プログラムコードを書き換えてNPCをプレイヤーに誤認できないかって試したやつがいてな。結局成功せずにアカウント抹消喰らったが。

今更だがここなら似たことできるかって実験と、まあアインズ様への義理かね。さっきメチャおこだったし、これで溜飲が下がればいいかなーなんて」

 

トライあんぐるはこの世界のスキルの適応範囲はどこまで及ぶのかという疑問があった。

例えば自分の《完全憑依》。これはこの世界の人間に成功したことは確認できたのだが、そこいらにいる羽虫には憑依できなかった。

小さく目に見えづらい虫やダニなどへの憑依が成功すれば、これまで以上に隠密や逃亡に役立ったのだがそれはならなかったのだ。

同じ生物であるにかかわらずこの差異は何なのか、可能なことは把握しておきたいために様々なスキル、自分の持っていないスキルも含め試している。

ちなみにヘーウィッシュもやらせているのはオマケである。

 

「それに仲間から情報を引き出したい、でも情報の伝達ができない状態にそいつがあればまずは安全な場所に移動させて元に戻そうとするんじゃないかね?そんな奴に俺が憑いておけばお任せでアジトまでご案内、って寸法よ。そのためにああしていじらせてるんだが」

「でも、それなら“朦朧”や“混乱”にしておけば」

「まあ実験要素が強いか。ただ解除されても面白くないしねぇ」

 

実のところ本人を使わずにドッペルゲンガーを使うことも考えたが、レベルが低いとはいえ相手は裏の世界のプロ、疑似餌は食いつかない可能性があると判断したのだ。

トライあんぐるがソリュシャンにそう返す間も作業は続いている。ゾンビ医師らはどこからか取り出したメスを滑らかに踊らせ、周囲には僅かな血が溢れたのが見えた。

ヘーウィッシュとサキュロントの施術箇所は屍を弄ぶ者(ゾンビメーカー)の背中で見えないが、その手足は痙攣と弛緩を繰り返している。

 

「醜悪で実に愛い顔をしている、趣向としては悪くない。しかし意識があればさぞ素晴らしい悲鳴が聴けただろうに」

 

正面に回って人間二人の顔を眺めるデミウルゴスがそう評したが、トライあんぐるにとっては経過よりも結果を知りたかった。

 

『手術終了、成功デス』

 

屍を弄ぶ者(ゾンビメーカー)の言葉にトライあんぐるは振り返る。そこには床に倒れ込んだヘーウィッシュとサキュロントの姿だけがあった。

 

(……時間制限による消失、ユグドラシルの仕様と一緒だな。あのリザードマンの件が特別ってことか。あとはこいつらがどうなってるか確認だな)

 

指示した通りの効果が出ているか、それを確認しなければこれからの作戦に支障が出てしまう。まずは目を覚まさせるところから始めなければならない。

死霊は自分が憑くべき人間に状態異常全快のポーションをかける。するとサキュロントは起き上がりその目を開き、絶叫した。

腰を抜かして後手に這おうとするも、トライあんぐるはその頭を掴んで阻止する。

 

「たた助、助けて!誰か、お願いぃぃ!!嫌、やぁだぁぁぁぁ!!」

「おい、俺は何に見える?」

 

そう問うが、サキュロントは白目をむいて口泡を吹き始めた。その姿にトライあんぐるは戸惑いながら頭を掻く。

 

「気絶……か?まあ、これなら話も通じなさそうだし大丈夫か」

「ふふっ。本当によいご趣味ですわね。少々昂ぶってしまいました」

「君はニューロニストと気が合いそうな感じだね。この作戦が終わったら紹介してあげよう。それとこの豚は私の方で使わせてもらっていいかな?」

「いいですけど……こっちの痩せてるのと同じように狂ってる筈――」

「むしろ都合がいいくらいさ」

 

笑むデミウルゴスは寄ってきた影の悪魔へ何事か耳打ちし、指示を受け取った影の悪魔がヘーウィッシュを抱え部屋を出た。

 

「ではトライあんぐる、君には先んじて今回の作戦の要旨、及び連絡事項を伝えておこう」

「了解でござんすよ悪魔殿。この死霊めをこき使ってくださいな」

 

おどける死霊と対面する悪魔、そして静かに侍るメイド。三者の口元には共通の嗤いが浮かんでいた。

 

 

 

六腕の一人であるエドストレームは混乱していた。文字通り己の思考が上手くまとまらず、しかし何かに攻撃しなくてはと急いてしまう。

 

「おいおい死んじまったじゃねえかよコイツ!?これじゃデミウルゴスさんにどやされちまうって」

 

敵の声、そうだ敵に攻撃しなくては。そう考え、近くにいた骸骨へ拳を叩き込んだ。

 

「貴様、一体何もルスァ!?」

 

死霊へと身構えていたデイバーノックは仲間からの不意の一撃をもろに食らう。

 

「なにやってんだ同士討ちか?……ああ、混乱を引いたわけね」

 

殴り飛ばされてきた骸骨をヒョイと避け、トライあんぐるは無限の背負い袋から灰石色のポーションと魔封じの水晶を取り出す。

我に返ったデイバーノックが頬を抑えて起き上がる。骸骨面にもわかるほどの困惑が声音から察せられた。

 

「エ、エドストレーム?!何を」

「やるじゃないか……流石と言わせてもらうよ!でも、これならどうだい!」

 

物理攻撃が効かないならば精神攻撃しか手段は残っていない。そう考えたエドストレームは腰と手を振りながら只のベリーダンスを踊りだした。

敵らしい骸骨はその光景に麻痺したように身動きを止め、ますます自分の考えが正鵠を射ていたことを確信する。

自信を漲らせ、その踊りっぷりはますます熱を帯びたものになっていく。

 

「さ、さては先ほどの攻撃―――」

 

死霊の攻撃でなんらかの精神異常に羅患しているとデイバーノックは気づくが、背後から飛んできたポーションがエドストレームにぶつかった光景に思考が停止してしまう。

なぜなら瓶の中身を被った彼女が、踊りの態勢のまま石と化してしまったために。

 

「……!?」

「ったく石化ポーションくらいならいいけどこいつを使うのはもったいねえな」

 

急いで敵へと振り返ったデイバーノックが見たのは、握りしめた何かを砕く死霊と忌まわしい暖かな光とともに起き上がったサキュロントだった。

 

「なあ、なななっ!?」

 

デイバーノックは己の目を信じられなかった。

確かにサキュロントはゼロの一撃で絶命していた。首が折れて生きているなど、アンデッドであるゾンビや再生能力の高い吸血鬼くらいであろう。それが蘇ったということ、そして魔法行使者である己は確かに何らかの魔力が作用したことを肌で感じていた。

 

 蘇生の短杖 (ワンド・オブ・ リザレクション)のほうが良かったな。在庫にあったっけかあれ」

「あ、あんた!」

 

大声の方へトライあんぐるが目を向けると、土下座する死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が見えた。

 

「(アンデッドは面倒だから後回しにしたが、なにやってんだコイツ?命乞いかな?)」

「俺はデイバーノック!先ほどの魔法、もしや蘇生魔法では……!?」

「あー……うん、《蘇生》の魔法だな一応」

「お、おおおお!?なんという!!」

 

土下座しながら震えだすデイバーノックから、気色悪そうに距離を取るトライあんぐる。

彼は知らなかったが、この世界において蘇生魔法とは限られた才能の持ち主が研鑽を重ねて習得できるかという奇跡の魔法なのである。

しかも細心の準備と貴重な道具が必要であり、それを一瞬で行うというのはまさしく神の所業と言ってもよいことだった。

 

(死霊でありながらあんな大魔法を行うなぞ、魔術の天峰に在る者に違いない!)

 

思えば楽な道でなかった、デイバーノックはこれまでのことを振り返る。

気がつけば見知らぬ草原で目覚め、己の種族である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の本能に従い未知の魔法を求めさまよう。

しかし異形の彼が教えを請える相手はおらず、またその身の上のために同族以外の集団に長く属することもできなかった。

そんなところを拾ってくれたゼロに借りはあれど、目の前で行使された大魔法の衝撃の前ではあまりに軽いものだった。

 

「頼む!俺にあんたの魔法を教えてくれ!そのためなら何でもする、何か代価が必要なら言ってくれ!」

「は?え、魔法?」

「俺はここで用心棒をしていたんだ。魔法を覚えるため身を置いたがあんた、いや貴方のような方に教示してもらえるなら全部いらん!」

「ほーん、なるほどね。……てことはこの組織の情報とかも知ってんだな?」

「ああ。俺が知っていることなら……いやゼロならもっと、それこそ八本指全体のことも知っているはず」

「そこの石になってる姉ちゃんか?」

 

指差すトライあんぐるへデイバーノックは首を振って辺りを見回す。

 

「いや。外見は禿頭の巨漢なんだが、奴め逃げおおせたか」

「あ、こいつじゃね?運悪いねー、こりゃ状態異常マシマシだわ」

 

上へ昇る階段の途中にそれは倒れ込んでいた。血を吐き白目を向き痙攣しながら、その顔には気味の悪い笑みが浮かんでいる。

 

「これは……」

「俺がさっき使った(スキル)だな。完全耐性のない異常をランダムに付与するんだが、こりゃ最低でも猛毒に混乱と麻痺、それと幻覚ものってるな。さっきの踊り子ちゃんは混乱かな?お前さんはアンデッドだから無効だろうし」

「そ、それも魔法なのか?」

 

ここで自分が魔法が使えないとバラすのは都合が悪く、勘違いさせたままにしておくようトライあんぐるは考える。

 

「……そういやさっきのお前さんの提案だが、まあ俺に協力してくれるなら考えんでもないぞ」

「本当か!?」

「とりあえずこのハゲとそこで蹲ってるその……サキュロントだっけか?縛っといてくれや。あと、ちょいと聞かせてくれたらこの建物を案内して欲しいんだが」

「それは構わないが、俺で見慣れているとは言えアンデッドがうろつくのは怪しまれるぞ?」

 

その問いにトライあんぐるは憑依することで答える。消え去った死霊と己に湧き上がった力にデイバーノックは戸惑った。

 

「こ、これは!?それよりもどこへ」

『お前さんに憑いたのさ、《憑依》を知らねえのか?まあいいが、幾つか質問すっから正直に応えてくれよー。それと助け呼んだりそんな素振り見せりゃ、あの踊り子みてえにするからそのつもりで』

「勿論だボス!今更そんな真似するはずがない。なんでも聞いてくれ」

 

聞くことはそう多くない。この建物にいる人員やその強さ、それと八本指に関することの確認。ひとまずトライあんぐるは任務を遂行するため動き出す。

そしてデイバーノックを除いた、死んだら困る幹部三人を地下室に閉じ込めデイバーノックに憑いたまま上階へ上がる。

ちょうど目についた構成員へ、トライあんぐるの命令通りデイバーノックは声をかけた。

 

「おい、三階の広間に全員集めろ。ボスから今後のことで話がある」

「わかりましたデイバーノックさん」

 

駆け足で遠ざかるそれを見送り、デイバーノックは考えながらも聞きたくなった。

 

「ボス、構成員を集めて何をするんだ?」

『ちょいと作業があってな。人手が欲しいからみんなに手伝ってもらうのさ』

「……脅して従わせるつもりか。しかし何人かは他部門へ救援を出すため抜け出すだろう。それをどう防ぐ?」

『問題ねえさ。脅すつもりなんて初めっからないし』

 

なんらかの魔法を使うのだろうか?そう訝しがるデイバーノックだが、現在控えている人数は百人以上いるはずだ。その人数を従わせるとは一体どんな手段を取るのか。

“ゼロの命令”という文言はよほど効果があったらしく、半刻程度であらかたの徒党が集まった。

広い空間にひしめき合うゴロツキ、フードで顔を覆った盗賊。いずれも目に少しの緊張を湛えボスであるゼロを待っている。

そこへ入室のために開かれたドアを目にし一同の目線を集めたが、現れたのは黒衣に朱い縁取りがなされたローブに身を包んだデイバーノックだった。

ボスであるゼロはまだなのか?そんなざわめきが聞こえてきそうな中、全体を見回せる位置にて足を止める。

ぬらり、とそれは現れた。デイバーノックの背後よりやや上に浮かび上がった死霊。それに気づいた者が声をあげようとして、

 

「こんちわー《絶望のオーラⅤ》」

 

全力のそれは一陣の風となり吹き抜け、部屋にいる全ての生者は崩れ落ちた。

 

「な、な、なに、起きて」

 

呆然と、次いで声を絞り出したデイバーノックから離れ進むトライアングルが、一人の生きていたモノの前で止まった。

そして身体から吹き出した瘴気が死体を包み、そこにはデイバーノックとよく似た者が現れる。

 

(あれは、俺と同じ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)……!?)

 

それを九回ほど繰り返し、十の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と山ほどの死体が残った。

 

「よっしゃ!じゃあお前ら、転がってる死体を(死者召喚)《サモン・アンデッド》で 骸骨 (スケルトン)にしろ。魔力尽きかけたら俺んとこに来い、回復すっから。完成後は作った骸骨をまとめて待機。そんじゃ作業開始っ」

 

その声に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は動き出す。息絶えた死体に杖を振るうと、屍は白骨標本に変じ立ちあがる。

機械的かつ作業的に人理を踏みにじるかのようなその行いは、敬虔深き神官が見れば激高するか気絶するかのどちらかだろう。

 

「素晴らしい……」

 

だが例外として人外の倫理を持つがゆえ、純粋な魔法の威を受けた者もいた。

 

「ボス!あんたって人はどれだけの……クソッ何も言葉にできねえ!あんな俺と同格、いやそれ以上の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を複数作り出すなんて、流石はボスだ!」

「お、おう」

 

感激しているデイバーノックには悪いが、トライあんぐるとしてはただの低レベルのモンスター、労働力を作っただけにすぎないのだが。

そのため魔法である《死者召喚》を使える死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を召喚し、更にそいつらに労働力を召喚させるという面倒な作業が必要になったのだ。

それにデイバーノックが感動しているものについてもユグドラシル時代、アンデッド種族でプレイすれば数時間で習得できる程度のもの。古典RPGであるド○クエでいえばメ○を覚えるようなものにすぎない。

それにアンデッドを労働力にするというのもアインズのアイデアである。

 

「しかしあんなに骸骨を作ってどうするんだ?」

 

たずねるデイバーノックを他所に、トライあんぐるはは何処から二つの宝箱を取り出した。

 

「それはだな、この建物の中の書類と金目のものを全部いただくのよ」

「全て、か。確かにそれなら人手は必要だ」

 

本来なら元構成員として組織を裏切ることに思う所あるものだが、デイバーノックにはそんなもの存在しなかった。それだけ彼の未知の魔法への餓えは根深いものだったのだろうか。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が指示を出して、そんで骸骨は手作業で回収作業。そんでモノはこの宝箱に分けて入れる。片方には書類を、もう片方には金目のものをな」

 

情報とは別に物資を回収するという指示をアインズから受け、当初はこの世界に欲するほどの貴重品があるのだろうかと疑問を感じたトライあんぐるだったが、アインズがギルドを持っていることを思い出して得心がいった。

ギルドの維持にはユグドラシル金貨が必要であり、ここにきてもその法則は変わっていないとアインズから聞いていた。

転移したこの場所で金貨を得る手段はエクスチェンジ・ボックスによるものが主なものだろう。ゆえに現地物資による換金がこの収奪なのだ。

であれば分析が必要な書類等と分けるのが望ましいと判断しての分類である。

 

「それとおまえにも働いてもらうぜ。手始めに、 幽霊 (ゴースト)を三体作れ。一応隠し部屋を探さにゃならん」

「待ってくれボス!なんでも言ってくれとは言ったがそんな無茶言わないでくれよ!?そんな高難度のアンデッド作れるはずないだろ!」

「まぁじでぇ」

 

首を振るデイバーノックに口を開けて固まってしまう。なんというか、普通にコミュニケーションが成立していたのでプレイヤーを相手にしている気分だった。

まあそういうことならしょうがないと、隠し部屋探索及び見張りとして 幽霊 (ゴースト)を生み出す。

その流れでまたしても大仰に驚くデイバーノックに少しの鬱陶しさを感じるトライあんぐるだった。

 




蜥蜴編でも出しましたが、ゴーストはデスナイトと同じくらいのレベルと脳内変換お願いします。

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