食事会はつつがなく進行した。どうやら集まっている面々の慰労会も兼ねているようで、各々が楽しげに食事や会話を楽しんでいる。
そんな中で最も大きな丸テーブルに、アインズと各階の守護者、そしてトライあんぐるが席についていた。
今は食事も終わり、食後のティータイムを楽しんでいる。
『……正直びっくりしましたよ。いきなり殺っちゃうんですもん』
『えっ、だって俺、死霊ですよアインズさん?』
そんな会話を《伝言》でやりとりするのはアインズとトライあんぐるだ。
《伝言》でのモモンガ呼びは、ぼろが出るといけないのでアインズ呼びに変えたのだ。
場面はしばし巻き戻る。
食事が始まり、トライあんぐるが守護者らも食事を摂るかと思ったが誰も動かなかった。
怪訝に思うもアインズの一声で状況を察せられた。
つまり彼らは飲食不要、正しくは飲食不可能なアインズに遠慮して、食事を摂るつもりがなかったのだ。
「食事を摂る皆を見るという、私の楽しみを奪ってくれるのか?」
アインズのその声でようやく守護者らも納得し、食事が始まる。しかし、問題はトライあんぐるの食事にあった。
『俺もアンデッドですから食事しないんで一緒ですよ、アインズさん』
『え?なんかソリュシャンが、トライあんぐるさんの分を用意しますって言ってましたよ』
『俺の、分?』
はてとトライあんぐるが首を傾げた時、当のソリュシャンがトライあんぐるの横に現れた。
「お待たせ致しました、トライあんぐる様」
「ああ、ソリュシャ……へっ!?」
目の前に置かれたのは“人間”だった。筋肉質な男が大皿の上で手足を縛られ、気絶したようにぐったりしている。
「というか今、どっから出したの!?」
「私の種族はショゴス、そのため人一人を体内に収めることは造作もありませんわ」
そう艶然と微笑んだ。
なんでも王都の屋敷で会話しているときに、トライあんぐるがゴブリンよりも人間の生気の方がうまいと言ったのを覚えていたらしい。
生きた人間はナザリック内では無駄にできる資源でないらしく、ある意味最高のおもてなしとのことだ。
人間を使うことはアルベドから許可をとっていたとのことだが、一切を任せていたアインズはこのことを知らなかった。そのため、ちょっとしたドッキリになったのである。
「……アルベドよ、この人間は」
「以前ご報告しました、ナザリック地下大墳墓の周囲を嗅ぎまわっていた鼠にございます。帝国の出身ということ以外の情報もないため、ストックに回していたものです」
「そう、か」
見れば、守護者はもちろん周囲の人外もトライあんぐるを見ていた。食欲的な意味で羨ましそうな視線がほとんどだが、中にはどのように調理するのかという興味の視線も紛れている。
「これはこれは……、粋なお心遣い痛み入ります。それでは」
『えっ?本当に食べちゃうんですか!?』
『いやいや。出されたもん残すとかってダメでしょ?常識的に考えて』
そうアインズに返したトライあんぐるは、《吸収の接触》を使おうとして手を止める。
「……俺ばかりがご相伴に預かるのも具合が悪い、か《残酷な排散》」
スキルを発動させ人間に触れる。すると閉じていた人間の目が大きく見開いた。
「ぐぎッッ、オゴェ……ゃあぁぁぁぁあッッ!!?」
「うお、こらっ暴れんな」
パーティー会場を騒がすのはいかんと思ったトライあんぐるは、吸収スキルの威力上限を緩和するスキル《過吸収》を行使し、速やかに終わらせようとする。
すると早送りのように人間はやせ細り、その絶叫も力なく喘ぐ声に変わっていく。
まるで蝋燭、命の灯火が消える一瞬の煌めきにも似た、見るものによっては快い光景がそこにはあった。
それと同時に、トライあんぐるの周囲の者が違和感に気づく。微々たるものだが、自分の身体に活力が湧いてくるのだ
「これは、一体……?」
「私のスキルですよ。自らに流れる生気を、いくらか周囲に分け与えるものです。私一人でごちそうを独り占めするのもアレですので」
その言葉にアウラとマーレ、コキュートスはトライあんぐるを慎み深い人柄と感じ、吸血鬼の少女はニヤニヤと笑みを浮かべ、悪魔はどこかにこやかな様子だ。
残る三者は表情が読めなかったが、その死霊の隣のメイドは愉悦に崩れそうになる顔を抑える。
大皿の上には、灰の山が残っていた。
『あれ?なんかリアクション薄いな。テーブルマナーでやらかしたか?』
『多分、そういう意味じゃないです……』
とこんな一幕があったのだ。
トライアングルとしては余計な気を回したかと思ったが、あの視線の中で貪り啜るのも気が引けたのだ。
周囲の様子が気になってしまう小心者なのである、彼は。
「ふふ、トライあんぐる様?なかなかよい趣味をお持ちでありんすねぇ」
「シャルティアさん?」
「シャルティア、でいいでありんすよ」
先程とは打って変わって、愉快そうに目を細めるシャルティアにトライあんぐるは戸惑う。
「あの夜の戦いぶりといい、興味深いお客人でありんすこと」
「あの夜、ですか?」
「我々二人と、お会いになったではありませんか」
デミウルゴスの言葉に頭を捻るも、戦闘など記憶になかった。
「……実は私、お二人や吸血鬼の花嫁と出会う記憶が抜けておりまして」
「そ、そうなんですか?」
「そうですよマーレちゃん」
「……あのぅ、ボク男です」
「ちなみにあたしは女なので、間違えないでくださいね」
「ファッ!?」
ダークエルフの双子のカミングアウトに、トライあんぐるは奇声を発する。
「……君たちを創った方は、中々愉快な方なんでしょうね」
「ぶくぶく茶釜様ですか?」
「あぁ。桃色のご立派様ですね」
「ぶふぉ」
「アインズ様!?」
咽るアインズにアルベドが駆け寄った。
「モシヤ、至高ノ御方々ヲゴ存知デ?」
「知ってるに決まってるじゃないですか」
何を今更あたりまえな、そんなトライあんぐるの態度に守護者が色めき立つ。
この場において、自らの生みの親のことを聞きたがらない守護者は少なくなかった。
「例えばご立派様、じゃなくてぶくぶく茶釜氏、と今は呼ばせていただきますが。彼女の異名は“粘着盾”。チームの要とも呼べるタンク、盾役ですね。
動画でヘイトを稼ぐ様子を見た時は、その挙動をなんで運営がOKしてるのか不思議でしたよ。あの上下する動きってまんま」
『ストップ、ストップ!小さい子に何教えてんだよアンタ!?』
「おっと、これはしたり。つまりあなた方の親ともいえる方は、ギルドを守るお母さんのような方だったのでしょう」
「お母さん……」
「ぶくぶく茶釜さまぁ」
涙ぐむ二人に、トライあんぐるは慌てて別の話題を探す。
「お、同じスライム系ならヘロヘロ氏が外では有名でしたよ!なにせ、彼の人の能力は敵の武器や防具を破壊するという怖ろしいものでした。彼ほど敵に怖れられた方を私は知りません……と言いたいけどいたな」
「……それは一体?」
問うアルベドに答える。
「やはりアインズ・ウール・ゴウンの二枚看板、たっち・みー氏とウルベルト氏!これを置いて他にはおりますまい」
「おおっ」
思わず膝を打ったのは、ウルベルトに創造されたデミウルゴスだ。
「一方は世界三指に入るワールド・チャンピオン。もう一方はおそらくギルド一の火力をもつワールド・ディザスター。ギルドのダメージソースの二割以上は彼らだったのでは?」
『うーん……。言い過ぎ、と言えないのは、あの二人だからなあ』
「まあ瞬間火力という点では、弐式炎雷氏と武人武御雷氏が鎬を削っていたのでしょうが」
「オオォ、流石ハ我ガ創造主!!」
我が事のように喜ぶコキュートス。そこに割り込んだのはシャルティアだった。
「ペ、ペロロンチーノ様はどうなのよっ!?」
「あー……、彼は違う意味で有名でして」
「何よ、早く教えて!」
どうやらNPCからは、自らを創ったプレイヤーは親のようなものらしい。娘とも言えるシャルティアに、喋っていいものかトライアングルは迷う。
「……その、彼については、ミズガルズ中央平原での奇行、ですかね……。詳細は省きますが、『世界の中心で妹キャラを叫ぶ男』という噂が」
『あいつなにやってんだよマジで……』
「あ、ある意味、己の存在(アカウント)を賭け運命(運営)に挑んだ、と言える気がします。……おそらく」
「ああっ、やはりペロロンチーノ様は偉大なる御方であるのね!」
紅潮させた頬を手で挟み、シャルティアは恍惚とした吐息を漏らす。
その後も、トライあんぐるは自分の知る限りのギルド アインズ・ウール・ゴウンを語った。
その身振り手振りでコミカルに語る様は、ナザリックの者たちの心を解きほぐしていく。
アインズもまた、第三者から自分たちがどう見えていたか、ということを興味深そうに耳を傾けていた。
……いささかの誇張を聞き流しながらだが。
「トライあんぐる様。質問をよろしいでしょうか?」
「おん?おお、パンドラズ・アクターさん、何か気になることでも」
「ハイ!我らが主人、アインズ様についてお聞きしたいのです!」
「本人を前に、ですか?」
その質問に多くの守護者、そして周りでこれまで以上に聞き耳を立てるナザリックの存在たち。この様子だけで、いかにアインズが慕われているかよくわかる。
……鼻息荒くこちらを見る女性には引いたが。
そして視線の先のオーバーロードは微動だにしない。おそらく精神安定化の影響が出ているのだろう。
『あの、トライあんぐるさん……。それは、その』
『ういっす。バッチリ語っちゃいますよ!』
『ちょ、おま』
またもやアインズの動きが止まる。そしてトライあんぐるは一呼吸おき、口を開いた。
「残念ですが、私から述べられることはありませんよ、パンドラズ・アクターさん」
「……ここまで多くのナザリックの事柄を語った貴方が、ですか?」
「そりゃあもう。だってアインズ様については、私などよりみなさんのほうがご存知なのですから」
その返答に、守護者らは顔を見合わせる。そしてその視線は、一人の存在へ集約される。
そのオーバーロードは、泰然自若といわんばかりにその視線を受け止めている、ように見えた。
『な、なな、何を言って』
「だってそうでしょう?ここにいる皆さんは今日が初対面の私と違い、積み重ねた時間が違うんですよ?それなら私からよりも、皆さんが目にして感じたものがあなた方の主人、アインズ・ウール・ゴウンなのでしょうから」
違いますか?そんな意志を込めて、死霊は肩をすくめる。
支配者プレイを続けるのであれば、自分がべらべら喋ってアインズがやり辛くなるのは不本意だ。ならば、それっぽいことを言って煙に巻くのが一番。
それに当人の前でその人物の話なぞ尋常ではない気恥ずかしさという思いもある。現に、トライアングルにはアインズが精神安定化の影響下にあることが予想できた。
「その通りだわ。アインズ様のことは、ナザリックに棲まう我々こそが一番理解している。そうでしょうみんな」
アルベドの言葉に守護者一同が頷く。その頷きは、誰もがその顔を輝かせてのものだった。
その中のひとり、パンドラズ・アクターが軍帽を押し下げる。
「これは一本取られた、というやつでしょうか。トライあんぐる様の言はまさしく的を射てらっしゃる。
……しかし、そこまでナザリックに貴方様が明るいのは何故なのでしょうか?」
一歩踏み込んだその言葉は、この場の大多数の共通のものだった。
彼の発言が、偉大なるナザリックに属する者の言葉であれば疑問なぞ存在しなかったのだが。
「ああ、それは私がこのギルドのファンだったんですよ」
「ファン、ですか?」
「ええ。同じ異形種、しかもそれのみで構成されたギルドが活躍するというニュースをある時耳にしました。それからそのギルドについて調べていくうちに、世界を楽しむかのようなその活動が愉快で愉快で。
そんな経緯で一方的ではありますが、アインズ・ウール・ゴウンのことに詳しいのですよ」
「(世界を楽しむ、かつての至高の御方々は世界を相手にしていらっしゃったのですね)」
デミウルゴスは、奇しくもかつての主人たちが成そうとした世界征服という道を、己もそうと知らずに歩いていたことに感動と必然性を感じていた。
「(創造してくださった方々の意思を、私たちは受け継いでいるってことよね!)」
「(ボク、頑張る!)」
双子であるためか、アウラとマーレが同じタイミングと同じ挙動で気合を入れる。
「(世界トデスラ武ヲ競イ合ウ我ガ創造主に、私モ似テイタトイウコトナノダロウカ)」
事実であれば、コキュートスにはそれに勝る喜びはない。
「(あぁペロロンチーノ様、ペロロンチーノ様ぁ、ペロロンチーノ様ハァハァ)」
シャルティアは盛っていた。プレイヤーとNPCが親子と仮定すれば、彼女の属性が一つ増えた瞬間であった。
念の為に付け加えておくが、トライあんぐるが語った『世界を楽しむ』という言葉は、ユグドラシルというゲームを楽しんだ、という意味である。
守護者らが思うような、世界を相手取り戦った、もしくは世界征服を目指したという意味ではない。
「(そうだ……。楽しかったんだ、本当に。俺、俺たちはユグドラシルを楽しんでたんだ)』
アインズ、いやモモンガの中で鮮やかに蘇るのは、仲間たちと駆け抜けた黄金の日々だ。
全てはたっち・みーに助けられ、その手を掴んだ時から始まった。
現実では味わったことのない興奮を、喜びを、悔しさを、何より人の温かさをモモンガはユグドラシルで知ったのだ。
「貴殿も、世界を楽しんでいたのかトライあんぐる?」
思わず、アインズはそう口にしていた。彼もまた、自分と同じようにユグドラシルに情熱を捧げていたのだろうと考えて。
「……そうですね。楽しかったですよ。途中まででしたが」
その一言に守護者は首を傾げた。途中までとは、同じように世界征服を目指したらしいこの人物に何があったのかと。
「友人がいましてね。共に世界を股にかけた友人が。ですが道半ばで、彼は退場してしまった。忌々しい人間種のプレイヤーによって」
「人間ニ、デスカ?」
「そうです。当時、彼と私が中心になってギルドを作ったのですよ。此処とは比べ物にならないくらい小さいものでしたが。
それでも一国一城の主となってさあ行こう!という時にギルドから裏切り者が出てしまい、容易にやられてしまいました。友人とはそれきりです」
「そんな……」
守護者たちは愕然とし、次いで憤慨した。自分たちに置き換えて考えれば、ナザリックの者が王国や帝国に尻尾を振るということだ。
その想像だけで、架空の内応者に殺意が沸く。剣呑な雰囲気は他のテーブルも同じだ。特に強いのはプレアデス達からだろう。
「(そのような裏切り者、楽には殺せませんね……)」
ソリュシャンは素であるショゴスに戻りかける顔を抑えながら、かの死霊の心痛を思う。どれほどの苦痛、怒り、悲しみだったのか。
感じる胸の痛みとともに、当時の彼の姿を間近で見て、その嘆きを舐め取れなかったのが非常に残念だと思う。さぞその涙は愉悦の味が深かろうに。
『……すいません、トライあんぐるさん。俺、そんなこと知らないで』
『気にしないでくださいよアインズさん。そのことがあったから俺は、プレイスタイルを確立できたんですから』
『そ、そういえば、トライあんぐるさんって何の職種とってるんですか?』
『えぇと、ちょっと待ってて下さい。《伝言》まだ慣れてないんで、会話のほうで説明しますんで』
よくこの人はさっきのようにスピーチしながら《伝言》できるものだ、トライアングルはアインズの《伝言》の慣れっぷりに舌を巻く。
「そして倒され続け、そこらへんのスケルトン張りの弱さになった時、私は《完全憑依》というスキルを得ました。ふふっ、あまりのタイミングに運営の図らいかと思いましたよ」
「《完全憑依》だと?」
古参プレイヤーであるアインズでも、その名前は聞いたことがなかった。
ユグドラシルのデータ量は膨大だった。しかも“ヴァルキュリアの失墜”を始めとした大型アップデートによってそれは常に膨張していた。
その中で、未発見であったり真の効果が判明しないスキル・魔法やアイテムがあってもおかしくはない。
「効果は、プレイヤーと一部例外を除いたNPCの乗っ取りです」
この言葉に、一部の守護者の眼が細まる。その言葉の意味することは。
「……乗っ取りとは、《傀儡掌》や《支配》と同じもので?」
デミウルゴスの言葉に、トライあんぐるは首を横にふる
「いいえ、もっと根本的なものですよ。自ら取り憑き操作し、対象のスキルと一部の自身のスキルを使用可能。ちなみに私は職業スキルの《自爆》を使う戦闘を好んでおりまして」
現在は、完全憑依中に種族スキルが軒並み使えないことは喋らない。
「それは……」
「NPCに取り憑き攻撃、最後は自爆で特攻。そして次のNPCに取り憑き繰り返す。憑依中は一部の魔法以外、影響がありませんので」
怖気が走った。身体を奪われ味方を攻撃し、最後にはその生命までも使い捨てられる闘法に。
存在全てをしゃぶり尽くされ利用する行為は、まさしく邪悪な死霊らしい戦い方といえる。
「おかげで低レベルでもかなり戦えまして、人間種のPKが捗りましたよ」
おかげであのギルドを利用することもできたし、そう心で付け加える。
「……NPCやモンスターを乗っ取る謎のスキルを使い、瀕死になるまで捨て身の攻撃を繰り返す。
そして戦闘不能になる直前、自爆して大ダメージを与える。また高レベルの暗殺スキルも併用し、1キルするまで狙い続ける執拗なPKを行うプレイヤー……」
呟くように口にしたアインズの、《伝言》がトライあんぐるに届く。
『あなたのそれ、晒しスレで見ましたよ!?』
「ご存知でしたかアイン……、ってあれ?」
ここでトライあんぐるは気づいた。守護者や他のNPCが自分を見る目が警戒に満ちていることに。アルベドとパンドラズ・アクターなど、いつのまにかアインズの脇を固めていた。
「(んん?……あっ!ここにいるのって、みんなNPCだっけか!?)」
あまりに人間に近い挙動なために、すっかりそのことを失念していたトライあんぐる。
「(あるぇ……これって、やばくね?)」
調子に乗っていたトライアングルは、無数の警戒に囲まれている現状をようやく把握していた。
人間種絶対殺すマンのお話でした。
もしシャルティアが洗脳されてこの登場だったらDead endでしたねこの死霊。