オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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長らく更新を止めてしまい申し訳ありません


第十一話

“くっっだらねえゲーム”

 

その言葉とともに、唯一のユグドラシルの友人は俺の前から消えた。

その気持ちは理解できる。初めてのGvGが、メンバーの裏切りでまともに戦うことなく終わったのだから。

だがその時の自分には、何故という思いがあった。

 

 

 

ギルドの拠点は半壊、蹂躙された最深部はひどいものだった。データクリスタルで拵えた真新しい調度は壊され、屋内にもかかわらず外の風景が覗ける大穴が所々に空いていた。

 

「この状況から察せられないの?馬鹿なの?」

「ごめんね。でも、こっちのギルド長から出された条件いいんだもん」

「いわゆる寝返りってやつさ。でも恨むなら、俺らに好条件出せなかった自分を恨んでね~」

 

GvGの申し入れの少し前に退団したメンバーらは、そう言って俺を拘束魔法で縛った。

生き残りは自分と友人だけだった。

他のメンバーは別の場所で倒されたようで、最後まで抵抗できたのは二人だけだった。

こちらのトラップを、最低限の接触で進軍した敵の損耗は大したことがなかったが。

 

「おーい、なんか見たことねえアイテムあっぞ?」

「ボケナスがァ!汚え手で触ってンじゃねえぞダァホぉ!」

「相変わらず口汚えなオイ……。盗賊種特化舐めんなよ元ギルド長さんよぉ、トラップは面倒だったが解錠は朝飯前だったわ」

 

狗人のアバターの友人■■■■の怒声に、そう嘯く元ギルドメンバーの手には虹色のクリスタルが握られていた。

 

「見たことないっすね、レアもん?識別しろや識別」

「……未発見のアイテムだけど、ぶっちゃけいらなくね?」

「収集家なギルド長ならOKじゃね?」

 

その光景に、カッとなって俺は動こうとする。それは、■■■■と一緒に手に入れた、思い出のアイテムだったからだ。

 

しかし、当時の俺は死霊の上位種であったがゆえに、不死種族特効の拘束に抵抗することができなかった。

焦りと苛立ちに心が炙られながらも相方を見ると、亜人種である■■■■も動けないでいた。

 

「うーし、じゃあ始めっぞー。職業レベルのクラスアップ近いやつからなー」

「じゃあ私!あと十回でなれるから!」

「あいよ、うんじゃ先譲るわ」

「ハァ?何するんだってンだよ、ギルド武器も壊さねえで舐めプ―――」

 

■■■■の疑問は、人間種の女プレイヤーが放った最強化された最上級火炎魔法で答えられた。

それによってHPの表示がなくなる、つまり戦闘不能だ。

俺は声を上げるも、別の敵プレイヤーの次の行動が理解できなかった。

あろうことか、倒されたばかりの■■■■へ、別の敵対プレイヤーが復活魔法をかけたのだから。

 

「もういっか~い!」

 

しかしそれも、派手な紅蓮の炎のエフェクトとともに、再びあいつは戦闘不能になった。そして再度の蘇生。

呆けながらもその行動の意味を、途切れ途切れに俺は問うた。周りの一人がそれに答える。どこか笑いを含んだ声音な気で。

 

「人間種の上位職の中に、亜人種や異形種を一定回数倒さなきゃなれないのがあるの知らないの?」

「野良プレイヤー狩ってもいいんだけど、GvGならこういう風に何回も回せるからねー」

「でもこの仕様、近いうちに修正される噂あるぜ」

「それ本当?なら、なおのこと今のうちに稼がなきゃ」

「それじゃあ、こっちも始めるか」

 

その声とともに、俺にも作業(・・)が開始された。

暗転、そして復活。暗転、そして復活。目減りしていくレベルと経験値の数字に、ようやく俺はこの意味を知った。

知った所で、何もできなかった。復活しても、既に強化済みの奴らの先手を取ることができなかったからだ。

当時はまだGvGの縛りもさほど整備されておらず、こうした抜け道で経験値や熟練を重ねるプレイヤーがいたものだ。

その時の俺は、目の前の連中と運営への恨み言しか吐けなかった。まあ連中は意に介していなかったが。

同じように蘇生とPKの繰り返される友人を見やると、彼のコボルトの外観は待機中のように微動だにしない。

ゲームであるユグドラシルでは、表情の変化もないため感情も伺えない。だから俺は、彼の次の言葉と共に、思考が止まってしまった。

 

「……くっっだらねえゲーム」

 

そして、その姿が消失した。

 

「あ、あの野郎ログアウトしやがった。GvG中のログアウトはキツいペナルティ食らうのに」

「もうユグドラシルやらないんじゃない?まあ続きはこの異形種で続けましょうよ」

「ちょっとー!私、まだ終わってないんだけど!?」

「まあ、残りはこいつに頑張ってもらうか」

 

そうして俺は、時間ギリギリまでPKされ続けた。

これまで積み上げたレベルは下限に近づき、所持アイテムはポーション一個も残されず、ただただ被PK数のカウントだけが増えていく。

友人はこの状況に、ユグドラシルという“ゲーム”を見限ったのだ。

それも当然、そう思うことはその時の俺にはできなかった。始め呆然、次いで友人にも裏切られたと考えた。

それからはサンドバッグもサンドバッグ、PKされるがままPKされた。

物語や小説なら、颯爽と助けてくれるヒーローがいるものだ。それこそ、輝く鎧を身に纏った純銀の聖騎士なんていいんじゃないかな?

羨望するギルドに、そんな高レベルプレイヤーがいた筈だ。

しかしどうやら現実、ゲームの中で現実という言葉を上げるのもなんだが、俺の前にはそんな存在は現れなかった。

まあGvGなので、その望みは限りなく薄かったが。

最後の一回(PK)の後は、暗転したままの画面をただ眺めていた。ふと確認したPKカウントは、四捨五入すれば四桁になる数字だった。

 

“どうして、なんで……?”

 

何に対する“どうして”なのか。元メンバーが情報を流したこと?少なくない苦労で作ったギルドを滅茶滅茶にされたこと?

何度目かのリンチのようなPKに遭ったこと?もしくはそんなプレイヤーを放置する運営への憤りか?

あえて述べるなら全てであろう。それに付け加え、一人ログアウトした友人への思いもあろう。

自分もログアウト出来たはずなのに、何故ログアウトしなかったのだろうか。その解答は未だに出せていない。

とにかく俺はその時点で、何度目かになる下限レベルからのレベル上げが確定していた。

とあるシステムウィンドウの文字がなければ、数日間ユグドラシルを離れ、気を取り直して似たり寄ったりのキャラメイクをしていただろう。

 

***スキルを習得しました***

 

そこには《完全憑依》というスキルが見て取れた。それが、俺のユグドラシルでの在り方を一変させた。

 

 

 

その日の王都リ・エスティーぜは生憎の雨だった。雨雲によって暗い空模様で、通りに人通りはほぼなく、たまに雨避けの外套を目深に被って駆ける姿を見る程度だ。

その雨の中を行く者がいた。

 

「(帰れると思ったらこの天気、運がないものだ)」

 

彼の名前はガゼフ・ストロノーフ。この国一番の戦士と謳われる男だ。

今は王国戦士長としての勤めを終え、家への帰途についていたのだった。

普段なら人で溢れる中央大通りも、時刻と天気によって視覚に入る人影は無かった。

 

「(これは)」

 

どこか白黒のような薄墨でぼかした視界の中だからこそ、赤色がついたような濃厚な臭いに、ガゼフの身体に緊張が生まれた。

 

「血の、臭い?それも濃い、濃すぎる……」

 

王都の真ん中で、まるで戦場のような雰囲気に呑まれたガゼフは、護身用の短剣しかないことに舌打ちを打ちたくなる。

金錆びた臭いの先、雨宿りするかのように軒先に立つ人影が見えた。それにガゼフが気づいた時、その人物は歩み寄り始める。

一歩ごとに血臭と、死臭まで漂ってくる気がした。

 

「俺への刺客か。貴族派、それか帝国の手の者か?」

「……久しぶりだな、ストロノーフ」

 

そう言って相手はフードを下ろす。そこには雨に濡れた癖のある青髪、無精髭と精悍な顔立ち。

それはガゼフの記憶にあるブレイン・アングラウスという男の容姿と一致した。

ガゼフは初め驚き、次いで眉を寄せる。記憶の中の印象との噛み合わなさを目の前の存在に感じたからだ。

 

「……アングラウス。お前は本当に、ブレイン・アングラウスなのか?」

「どういう意味だ」

「俺の知るアングラウスは、目に烈しい戦意と大きな自信を宿した男だった。今のお前のように、昏く淀んだ目ではなかった筈だが」

「ふふ、そうか。俺の目は淀んでいるのか。それはきっと忌々しい悪霊のせいだろうな」

 

そう言ったブレインの瞳に一瞬、感情が灯り、消えた。

そしてついと、ガゼフを見やる。底の見えぬ沼のような、そんな目をガゼフは正面から見返す。

 

「ストロノーフ、強さとは何だと思う」

「なにを言」

 

そこから先の言葉は出なかった。

何故なら、ガゼフは自分の首、喉仏の辺りから空気が抜ける感触を覚えたからだ。

まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような。

 

「(なに?何が、どうして)」

 

瞬間、赤い液体が自分からブレインの方へ吹き出し、地面を汚す光景を目にする。痛みはないが熱を失っていく身体と、その液体が己の血であると認識した時、ガゼフは膝をつき意識が閉じかける。

 

「そうか。俺の全力は、お前に届いたのか」

「なっ!?」

 

その声にガゼフは声が溢れ、ハッとなって自分の首を触る。触れる箇所には切られた傷の感触も、流れる血のぬめりも感じられなかった。

見返したブレインの顔は、先程と同じく感情が見られない。

ガゼフは冷たい汗が吹き出すのを感じた。

先ほどの彼が見た光景は、ブレインの薄紙のような鋭利な殺意による幻視であった。その現象は、格下の相手からのものではありえない。

 

「こんなものでも、所詮は人間の領域だよストロノーフ。本当の強い、絶対の強さの前では意味なんて、無い」

 

先程よりも重くなった頭髪を気にも掛けず、平坦に語るブレインの涙袋に濡髪をつたった雨水が溜まる。

ガゼフには、どこかブレインの姿が見た目より小さく見えた。

 

「……人間という種の限界は、理解しているつもりだ。しかし、だからこそ奮起し、己の技を磨くものだろう?剣士、いや戦いに身を置く者なら、誰もがそう思うはずだ」

「そうだな、そうだったな」

 

ガゼフの言葉にブレインは笑った。それは僅かな憧憬が混ざった表情だった。

ここにきて初めて見たブレインの感情に、ガゼフはようやく現実感を感じる。

 

「でも、あの女の強さの前では、アイツがお膳立てした強さも届きはしないだろう」

 

そう呟いたブレインは腰に挿した刀をガゼフの足元に放り投げ、雨水でぬかるんだ地面に座り込んだ。

 

「何の、真似だアングラウス」

「俺はお前に敗れ、お前を超えるために生きてきた。戦場を歩き、人を斬り、最後には屠った魔物で丘を築いた」

 

俯いたかつての最強の敵の顔は、ガゼフには見えなかった。

 

「しかしな、そこまでしてもあの女、あの強さの頂には指すらかからない、届かない。そんな俺が、そんな拙い武が、長年追いかけたお前に追いついちまった」

 

本降りになった雨の中、顔を上げたブレインの顔は虚ろだった。瞳は茫漠とした色に染まり、先程見た感情が幻覚であったかのように。

ここでガゼフはもしやと、ブレインの意図を察する。

 

「お前に、最期を頼みたいんだガゼフ・ストロノーフ。お前は刺客に襲われ、それを切って捨てた、そうすれば問題はないだろう?」

「……ふざけるな、ふざけるなよブレイン!」

 

その提案は、断じて承服できるものではなかった。

かつて剣を交わし短い時間でも感ずる所のあった剣士のその言葉に、無骨なれど朴訥とした人柄のガゼフは激怒した。

拳を振り下ろし、何の加減も思惑もなくブレインの頭に叩き込む。

それをまったくの無防備で受け、剣士は水たまりに突っ伏した。鍛え上げた体であっても、そこに芯がなければ容易に崩れ落ちる。

鼻息荒くブレインを睨みつけるガゼフに、先程まで感じた怖れはなかった。あるのは苛立ちと、このままにはしておけないという烈火の如き衝動だ。

そしてガゼフは腕を掴んでブレインを立たせようとする。

 

「……」

 

泥まみれのブレインの顔は、白目を剥いていた。

その姿にガゼフの中で苛立ちが更に大きくなり、彼は荷物を持つかのようにブレインをぞんざいに担ぎ、もう片方の手には彼の愛刀を持つ。

向かう先は自分の家。着いてからのブレインをどうするか、感情を波立たせながらガゼフは歩き出した。

 

 

 

時間は少し下る。王都に到着し、その風景を見るため憑依を解いたトライあんぐるはブレインと別れていた。

どこかを目指しふらふら歩き出すブレインだが、目的の人物の家に向かうのだろう。友人同士の再会に自分は不要だ、トライあんぐるはそうブレインを気遣った。

まあ本人としても、初めて見るものに夢中だったが。

 

「すっげえなあ、ここの雨は透明なんだな。もしかして飲めるのか?」

 

ふわりふわりと、《幽体化》のスキルで透明かつ気配を断ったトライあんぐるは、天の恵みに感動していた。

彼の知る雨とはもっぱら黒いものであり、時折赤が混じるものだ。

知識として、百年ほど前の雨は微量の窒素酸化物を含んでいたが飲んでも問題はなかったらしい。

この世界はやはり現実の世界とは違うのだろう。仮にこれが自身の脳内の夢でも、それはそれで構わない。

この場所にきてから感じる自然は、常にトライあんぐるに新鮮な驚きを提供していた。

 

「空気汚染もないし昔の日本よりも綺麗なのかねえ。身体のないアンデッドなのが残念だな。今なら雨を浴びながら踊ってもいい気分なのに」

 

そう言ってトライあんぐるは小さく溜息を吐く。

そんな不都合があるが、この幽霊の身体は実に便利だ。意識一つで宙を浮遊し、以前の生活で感じていた体の不調は微塵もない。

むしろ触覚が希薄すぎるくらいだ。スキルで乗っ取った身体も同じと言っていい。結局は操っているに過ぎないのだから。

そしてトライあんぐるは空を飛びながら町並みを眺める。

薄暗いモノトーンの風景に、雨にけぶる洋風の城がなんとも寂寞とした様相を呈す雰囲気だ。

 

「あの城ん中入ってみたいなー。ユグドラシルの城型のダンジョンも見事だったけど、やっぱ生は違うな生は。でも」

 

視線を下に移す。

外に人通りは少ないものの、スキルによって気配が濃い建物が幾つかあるのが確認できた。

早朝を過ぎた時刻にも関わらず、人が多く詰める他の建築物よりもやや大きい建物。生気がもっとも感じられるのはそこだろう。

そこは王都の冒険者ギルドを兼ねた酒場だった。歴戦の冒険者が集うそこは、強い生命力を放つのは当然である。

 

「(あんま目をつけられることしないようにしないとな。この身体になってから、どうにも生き物を見ると妙な気分になるな。……吸い取るのはなおのこと)」

 

例えるなら、二十世紀の日本にあったという暖房器具“こたつ”に、冷え切った身体で入って温まっていく感覚。

死霊が命を取り込む快感はそれに近いかもしれない。

ここまで来るのにブレインのレベル上げを数度行い、そのおこぼれを喰らったので今は餓えていなかった。

しかし、こうも生き物に囲まれていると身悶えしたくなる気持ちが沸いてくる。

 

「(人間離れしたなぁ。というか本当に俺、人間だったのかな?)」

 

どうでもいいか。トライあんぐるは心中をそう結んだ。

人間であったという意識・残滓は、今の彼にとって気に留めるレベルにはならなかった。

ふと眼下の町並みのある区画、上空から見ると迷路のように入り組んだ街路。そこから以前も感じたモノを察知する。

そこはリ・エスティーゼの中で闇の深い場所の一つ。春をひさぐ人間の中でも、底に堕ちる者がさらに落ちた場所。

あらゆる欲望と暴力に死ぬまでもまれる娼婦や男娼が囲われた場所だ。

絶望、未練、怨嗟といった強い負の想いが、その範囲にへばりついて土地を侵すような、そんな印象をトライあんぐるは抱き、興味が沸く。

 

「うんむ。どこに行こうか……、迷うねえ」

 

余人に姿と気配を掴ませないまま、死霊は雨の中をさまよう。




最後の選択肢は↓な感じですかね



清楚な女亡霊に会えるかもしれん。城に逝こう城に!(王国ルート)

ここは喰い放題の食堂だろ……非常識的に考えて(冒険者ルート)

ダーティーな雰囲気なとこならお仲間もいるんじゃね?(六腕ルート)




※ルート先の人物たちがハッピーエンドになるとは限りません

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