オーバーロード ―さまよう死霊―   作:スペシャルティアイス

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拙作が少しでも皆様の暇つぶしに役立てば幸いです。

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 更新箇所(11月11日時点)
・主人公の状態異常の描写
・超位魔法使用の描写
・主人公の今際の独白





プロローグ

DMMO-RPGというのをご存知だろうか?今からだいたい120年前に流行したMMO-RPGを進化させたものと解釈すればいいだろう。

その中でも有名なものといえば、ユグドラシル<Yggdrasil>が挙げられる。

2126年にサービス開始し、仮想世界を自分の作ったキャラクターで冒険するといったゲームである。

これのすごい所はその自由度。

数百種に及ぶ種族と千近い職種から選んでゲームするわけだが、そこからの遊び方も千差万別だ。

また課金制にはなるが、自分で武器やアイテム、ダンジョンやNPCまで自作できるというのだからその自由度は果てがない。

実際、サービス開始から爆発的な人気となり、一時は社会現象として何度もメディアに取り上げられたものだ。

だが、それも今は昔。12年という年月の中で、プレイ人口は少しずつ確実に減っていき、今日24時をもってユグドラシルはサービス終了となる。

それぞれの気持ちを抱きつつ、いまだプレイするユーザーはその最後の時を待つ。

ある者は運営主催のイベント会場で最後の祭りを楽しみ、またある者は親しい者達と最後の冒険へ。

そしてある異形種ユーザーは、かつて共に在ったギルドメンバー達と築いたギルドで、独り玉座の間にて佇んでいた。

そのギルドの名はアインズ・ウール・ゴウン。ギルドランキング九位、最悪の名を欲しいままにした異形種のみで構成されたギルド。

1500人に一斉に攻めこまれ、それを撃退したギルド防衛戦ではユグドラシル随一の防衛力と話題になった。

そしてそのギルドへ、暗雲立ち込む毒沼に囲まれたナザリック地下大墳墓の近くにて一人。

いや、その一人を追いかける十数名の集団も一緒だが。

 

「くっそァ!最終日くらいまったりさせろよォ!?」

 

追い立てられるその姿は黒い外套に身を包んだ姿。だがそれは外套を形どった不定形な靄にすぎない。

“死霊”系の異形種のプレイヤーだ。無数の人の貌を、苦悶に歪む顔が次々に浮かび消える靄が、下肢のない人型をとったような容姿だった。

そして特徴的な点として、頭上に浮かぶ禍々しい紋章。それはユグドラシルユーザーなら誰もが知る屈辱の印だった。

追う側は誰もが人間種、そして伝説級の装備に身を包んだ高レベルプレイヤー。中には神器級も数人いる。

 

「逃げるだけかよ“トライあんぐる”!」

「最後くらいはてめぇにデスペナ喰らわせてやんよ!」

「おまえのギルドへの最後のお礼参りだこの野郎っ」

「ギルドって、何年前の話してるんだよ!?」

 

追われる側であるプレイヤー、トライあんぐるは既にダメージを負っていたが、辟易とした気持ちはあっても不快や怒りといった気持ちはなさそうだ。

 

(サービス終了間際でこんな事するとは、まったく暇人どもだぜ……。しかもレーヴァテイン持ちだすとか大人気なさすぎィ!!)

 

とあるイベントアイテムを使って手に入れた移動スキルは便利だが、奴らの切った札で今は使えそうにない。

そして自らの力は対NPC、死にづらい事に特化させている。高レベルモンスターなどを利用するプレイスタイルであるが、カンストレベル集団からのPKなぞ、100レベルのモンスターがいても焼石に水であろう。故に逃げる。

今は、自前のステータスを課金アイテム類で強化しての撤退中である。

しかし、それも限度がある。

 

「I wish、……敵対プレイヤーの属性耐性スキルを無効化させろ」

「(大盤振る舞いだなちくしょぉぉぉぉ!?)」

 

たかが一人のプレイヤーに超位魔法なぞ、普通は勿体無くて使うことは少ない。しかし終わり間際なら話は別だ。

そもそも今使われた超位魔法《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》は消費する経験値の量で叶えられる願いの選択肢を増やす魔法だ。

先ほどのプレイヤーの願いは、トライあんぐるにとってまさしくクリティカルな選択肢だった。

それはつまり、超位魔法を使った彼が幸運だったのか、願い相応の経験値を代価にしたのか、もしくはその両方か。

とにかくトライあんぐるにとって、自らが揃えた耐性スキルがこの場において無用の長物となってしまったことは事実だ。

また彼は超位魔法を防ぐ手段を、《世界級》アイテムを有していない。

つまり、その効果を存分に味わうことになったのだ。

 

己を守る衣服を剥がされたかのような、寒々しい感触がする。

 

「(てかわざわざ口に出して宣言するなんて、かっこつけな野郎だな!あぁぁ、これが全耐性低下の感触ですね、わかります……わかりたくなんてなk)」

「《グラスプ・ハート/心臓掌握》」

「ほげっ……」

 

即死は免れたが、追加効果の“朦朧”が彼を襲う。

そこへ心臓掌握を使ったスペルキャスターとは別の、ワールドディザスターが前へ出る。

 

「これはてめえに乗っ取られた、うちのNPCの分だ!《マキシマイズマジック/最強化》《ハイエスト・ドラゴン・ライトニング/天翔ける龍雷》」

 

《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》を超える位階の雷属性魔法を、更に強化して発動される。

目もくらむ視界いっぱいの雷光が、徐々に巨大な龍を形作る。その大きさたるやちょっとした城を優に呑み込まんばかりだ。

 

「俺の種族弱点もバッチリかよ、くそったれ!」

 

放たれた巨大な雷龍が死霊に迫る。龍は敵を周りの大地ごと抉り取りながら飲み込み、さらに上空へ昇る。

そして雲を抜けた所で向きを地上へと変え、再び敵へと、直上から急降下をかける。

それを見やり、他のプレイヤーが詠唱を始める。

 

(し、痺れて身動きががが)

 

初撃で麻痺に陥ったトライあんぐるは、二撃目に備えることができない。

彼はとある種族のペナルティスキルによって、アンデッドに備わるはずの“麻痺”の無効が有効に働かない。

故に高レベルプレイヤーならばかかるはずがない追加効果で、容易に麻痺してしまうのだ。

 

「あば、あばばば」

 

そして莫大な光と一拍遅れて、轟音が周囲を蹂躙した。

濛々と煙る一帯の中、回復したトライあんぐるは逃げの一手を打とうとする。

しかしそれも、頭上で輝く無数の煌きが許さない。

 

(またワールドディザスターかよ……。てことはあれは《レイン・メテオフォール/隕石の雨》か)

 

煙で敵影を確認できないなら、煙の範囲ごと殲滅すればいい。広域殲滅魔法なぞ、いくら回避特化でも仕様がない。

発動された魔法は、天地改変を使ってもいないのに地形を変え、無数の隕石が、数えきれぬ量が、轟音とともに大地にクレーターを刻む。

着弾とともに吹き上がる膨大な粉塵の中、死霊はダメージを追いながらも駆けぬける。少なくないダメージを食らうが、防御に徹すればジリ貧だ。

 

「(あいつら、マジでデスペナ喰らわす気か。自業自得だが、デスペナでまたアレをひっぺがされるわけにはいくかっての)」

 

神話の終末の如き荒涼とした風景のなか、トライあんぐるは虚空から攻撃魔法が込められた水晶を取り出す。魔封じの水晶だ。

そしてそれをすぐさま闇靄の手で砕く。すると膨大な負の波動が水晶から溢れだした。

それは周囲に絶死を撒き散らそうとするも、欠片も残さず使用者の身体に吸い込まれる。

込められた魔法は《グレーターリーサル/大致死》。

負の波動で周囲の生命体を狩り尽くす魔法だ。

 

「クソが、こいつで売り切れ御免か」

 

しかし、アンデッドにとってはHPを回復する手段の一つにすぎない。それもここまでの逃亡劇に最後の一つを使いきってしまう。

普段なら全快する手段を使うのだが、それは数十分前に使い切った。

 

「っと、アレは」

 

その足の向く遙か先に石造りの建造物が見える。とある異形種ギルドが本拠地とする、ナザリック地下大墳墓だ。

 

「あー……、申し訳ないが、非常に申し訳ないが」

 

そんな独り言をこぼしながら彼は進む。

悪く思っていない、むしろ尊敬しているギルドを巻き込むかもしれないのは非常に心苦しいが。

 

「(他ギルドの拠点に攻撃は、仕掛けないだろ、……仕掛けないでくれよお願い。終了時間まで殺され続けるのは、マジ勘弁)」

 

こうして人間種に追い立てられるのは、初心者の頃以来だと思い至る。そしてそのことがあってアンチなプレイに走ったが故に、今の状況があることに溜息をつく。

 

「(次に新しいゲームやるなら善玉プレイしよう、うんそうしよう)」

 

しかし、彼が墳墓に入ることはなかった。

 

「ん?」

 

ふと、攻撃が止んでいることに気づく。

振り返ってもいいことは決して無い、しかし振り返ってしまう。

そして目に入ったのは、巨大な青いドーム状の魔法陣が展開する光景。

 

「マジかよ。また超位魔法の札を切るとか……」

 

《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》のリキャストタイムが終ったことに気づかなかったのは、彼がそれだけ追い込まれているという証左かもしれない。

そして発動する超位魔法。

水が一滴、地に落ちた。初めは雨、やがてそれは滝、そして天空からトライあんぐるへ向け、超巨大瀑布が迫る。

その様はまさしく、トライあんぐるめがけ“海”が落ちてきたようだった。

超位魔法《エンシェント・フラッド/ウトナピシュティムの匣の外》。

その莫大な属性ダメージさることながら、この魔法の恐ろしいところは広大な攻撃範囲であろう。

通称『超迷惑魔法』とも呼ばれ、マナーとして狩り場の近くでは使うことを推奨されない魔法の一つである。

 

「(不味い!耐性がない今、こんな威力、耐えられねぇかもしれ――)」

「《パラライズ/麻痺》」

「ぬふぅ」

 

何処からの状態異常の魔法がトライあんぐるへ飛んできた。それに彼は一撃で麻痺する。

 

「(うあああああ恐れてた事がぁぁぁ)

 

彼には麻痺耐性がほぼない。その代償に種々の無効化スキルを持っているようなものだが、それも今は意味が無い。

 

「てめえら、マジで許さ」

「《パラライズ/麻痺》」

「(あっ、これパターン入ったわ)」

 

よく知られる経験値稼ぎの手法、ハメである。

睡眠や麻痺などに耐性のない敵NPCに行動させず、被害を抑え一方的に倒す経験値稼ぎの手法。

効率厨と呼ばれ忌避するプレイヤーもいるが、トライあんぐるも割りと使っていた。

 

「(あー、だから移動スキル封じられるの嫌なのに。そしてこっからの展開も予想つくわ」

 

延々と続く麻痺の魔法は、再び生まれる青いドームに中断される。

宙空に光が生まれた。それは徐々に煌めきを大きくさせ、次の瞬間、爆発的な速度で熱量が膨れ上がる。

天地を橋渡しするかのような巨大な光の柱が、その場に生まれた。しかしそれは破壊のための爆発によるものであり、広がる眩い光は美しくも残酷なる蹂躙だ。

超熱源体の顕現、超位魔法《フォールンダウン/失墜する天空》だ。

その威力は超位魔法といわれるだけ効果に期待でき、何よりエフェクトがカッコイイので魔法職には人気がある魔法だ。

この攻撃で、持っていた自動蘇生アイテムが消費された。

 

「うおおおおおおん。もう嫌じゃあああああああ!」

 

一方的にやられることのなんとストレスの貯まることか。

トライあんぐるの頭上に、感情アイコンの怒りマークが表示される。そして始まる麻痺魔法の連射。

これまで一方的に狩ってきた経験値の肥やしに、詫びの気持ちが浮かんできそうな気がしないでもなかった。

しかしそんな言動とは裏腹に、彼の心中は冷めて、沈んでいた。

 

「(本当に、これが俺の、ユグドラシルの最後かよ。もっと違う形で、遊べばよかったな)」

 

例えば、不定形死霊種族に固執しなければ。例えば、初めて組んだプレイヤーと別れることがなければ。

例えば、違うギルドに所属していれば。あのアインズ・ウール・ゴウンなどであれば、自分はもっと楽しんで遊べたかもしれない。

 

「益体無しが」

 

ずいぶんと自らの考えに沈んでいたようだ。再び眼前に生まれる超位魔法の前兆に、そんな言葉が零れる。ソロプレイするようになって、随分と独り言が増えたものだ。

現在時刻23:57:16。

 

「(そういえば俺、なんでユグドラシル始めたんだっけ?)」

 

ふと、そんなことを考える。

 

「ああ、そうだ」

 

以前、とある小説を見たことがあった。

百年と少し前にweb上で流行したそれは、平凡で退屈な日常から、突然ゲームの世界に迷い込むといった内容だった思う。

 

「(羨ましい、そう思ったな。そんなことを考えられる、生活の余裕が)」

 

トライあんぐる自身、リアルでは小学校を卒業してすぐに働き始めた口だ。

親は既になく、残されたわずかな遺産は、汚染された日常を生き残るための手術に消えた。

だが幸いな事に回復不能な大病を患うこともなく、誰もが当たり前の倦怠感と体調不良と精神疾患の中で日々を過ごしていた。

そんな現実を生きていたがゆえに、空想に羽を広げる内容の小説に出会って、そんな感想を抱いた。

しかしそれが、DMMO-RPGに興味が湧いたきっかけだったのだ。

 

(もしも……、もしも小説や空想の世界に実際に入れたら)

 

口端にかかる言葉を噛み殺す。それはやっぱり無しだ。

 

「ユグドラシルはありえねえや。おっかない連中に追いかけられる日常なんぞ、ゲームだけで腹一杯だわ」

 

三つ目の超位魔法でHPの数字が一桁になる。

現状は瀕死でMPからっぽ、回復・蘇生アイテムなし、切り札の移動スキルはいまだ使用不能、魔法はもとから使えない。耐性が元通りなのは不幸中の幸いか。

そして、助けてくれる仲間なぞいる筈がない。

 

「ははっ、リアルもゲームも俺は独りかよ」

 

くそったれめ。寂しさを吐き捨てたその言葉が、彼のユグドラシル最後の言葉だった。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、その地下第十階層の玉座の間にて、ギルドマスターたるモモンガは自らの陣地の外で起こる光景に警戒していた。

なにせ超位魔法を乱射する連中が、ホームの周辺をうろうろしていれば当然だろう。

 

「にしてもひどい光景だよ。超位魔法であんなに」

 

異形種へのPKに思うところはあるが、その騒ぎに気づいた時にはもう24時のサービス終了時刻まで五分もなかった。

助けに入ろうとしても、現場に到着する前に24時になるだろう。

そしてなにより、

 

「今更、何にもならないよ……」

 

どうしようもないほどの虚無感が、モモンガを玉座から動かすことをさせなかった。

彼の所属するアインズ・ウール・ゴウンは、かつては多くの仲間たちがいた。

いつもモモンガは彼らと一緒にいたし、いつまでも一緒にいたかった。

しかし各々の現実が、それをさせなかった。

ある者は家族のため、ある者は仕事のため、またある者は己の夢のために。

一人減り、二人減り、最後にはモモンガ含めて四人が籍を残すのみとなった。

しかし、最後の時をログインしているのは彼だけだった。

たかがゲーム。しかしモモンガ、鈴木悟にとっては、ギルドメンバーたちと駆け抜けた日々、

そして築き上げたものは何物にも代えられぬものだった。

大切なのはその対象に込められる『想い』だ。彼はユグドラシルに対してそれが人よりも純粋で、大きかった。

その想いの大きさの分、彼から気力を奪い、自らの原点に目を瞑るかのような態度をとらせる。

モモンガは遠隔視の鏡の効果を切る。最後の時が近づいてきていた。

 

「(明日は四時起きか。サーバーが落ちたら早く寝ないと……)」

 

徒労と怠さがないまぜのモモンガの吐息は、この30秒ほど後に180度変化する。

ゲームであるはずの己のアバターが、ナザリックが現実に、しかも異世界へと移ったのだから。

 




活動報告機能にいまさら気づきました。

こちらの方もなるべく更新するよう心がけたいと思います。

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