(中立派と言う事つま)
8月5日 東久邇宮邸
永田鉄山斬殺事件まであと1週間に迫ったこの日、滝崎と松島宮は東久邇宮邸に来ていた。
「おぉ、君達か。まあ、言わずとも、君が来た用件がわかってしまうのが、皮肉な事だが」
「すみません。では、単刀直入に…陸軍の具合はどうですか?」
「うむ、君もわかっているから正直に言うが、中々難しいよ。皇族だからと言って下手に口を出すのは問題があるからね」
なお、読者によっては意外に思われる方もいるであろうが、現代の日本国憲法はもとより、大日本帝國憲法時も天皇の直接的政治介入は『認められていない』のである。
これは明治の制定時に元老伊藤博文ら作成陣がドイツ帝國憲法を基本にしながら「天皇の政治介入をどの程度まで許すか?」を激論した挙句に大英帝國憲法の様な『君臨すれども統治せず」に至ったためである。
故に天皇の直接的政治介入については昭和天皇の2度(226事件と終戦決議)以外無く、その他は国事行為に定められた範疇(間接的政治介入)に基づいて行われている。
また、今も昔も『天皇制』たる物は存在していない。あしからず。
「アメリカ相手は海軍ですが、その前に支那の一件に加えて、ソ連と対峙します。故に陸軍の内部統一は必須事項ですが…支那工作には陸軍の力は絶対に必要ですので」
「支那には居留民をはじめとした日本人が数多くいる。その安全を確保する現地政府があの様子では、我々が動かざるを得まいが…どちらにしろ、今の一件を収めねばならぬし、下手に動いて目立つわけにもいかないからね」
「東久邇宮様、永田少将の方は?」
話が前に進んでいない事に業を煮やしたのか、松島宮が話題を永田少将の件に持ってきた。
「あぁ、そうだったね。そっちは大丈夫だ。秘密裏に手を回して、当日はもちろん、前後数日は厳重に警戒するよ。だが、これでは皇道派・統制派を抑えるどころか、煽る事になって根本的解決にはならんな」
「そうですね。とりあえず、統制派には混乱が起きないだけですからね」
「うむ…おぉ、そうだった、これをどうにか出来るかも知れん人物が君の話を聞きたがっていたよ。今から呼んであげよう」
「自分の話を…誰でしょうか?」
「華族でも有数な武家派だが、本人は外交官になりたい、と言っておったよ」
3時間後……
「ふむ、君の話を聞く限り、確かに合点がいく部分は多いな。しかし、まさか、文麿の周辺がアカの巣窟だったとは……やれやれ」
近衛文麿の一件を聞いて溜め息を吐いたのは、かの有名な加賀百万石の前田家現当主の前田利為侯爵である。
なお、前田家は近衛家とは親しい関係にあり、前田侯爵も近衛文麿とも知己であった。
「まあ、未来では近衛文麿さん並みのバ…失礼、理想家がおりましたので、余り偉そうには言えませんが」
「いや、未来にそんなバカを生み出すきっかけを作ってしまった我々にも責任はある。しかし、君の話を聞く限り、戦車開発と対戦車対策は重要だね。特に刺突地雷など、馬鹿げた話だ。203高地と訳が違うのに、そんな馬鹿げた戦法と武器を使うとはな!」
明らかにノモンハン事件以降、進歩していない対戦車戦と刺突地雷を含めた特攻的歩兵攻撃に憤慨していた。
「島国である日本だと、どうしても戦車に対する割り当ては少なくなります。また、当分の敵は対戦車能力の劣る支那軍閥ですからね。国力の関係もあり、仕方無いと言えば仕方無いのですが…」
「うむ…だが、いま、その話を聞いたのだから、対策は立てれる。特にソ連がドイツの力も借りて戦車開発にあたっているのなら、尚更だ。ソ連が戦車を本格的に動かせる様になれば、日本の国防上、大きな脅威になる」
「だが、この前、ソ連の電撃戦の話をしたが、ヨーロッパの脅威になったのだろう?」
「松島宮……その話は本当です。実際、1990年代までソ連戦車の開発はアメリカ・ヨーロッパの脅威でしたし、ソ連大機甲軍団侵攻のシナリオは西側軍事関係者にとって頭痛の種でした」
「ならば、余計に対戦車兵器の開発は重要だ。火炎瓶や刺突地雷、地雷での肉薄戦など、203高地の再現だ。いや、203高地は仕方無いが、それを戦車で再現するなど馬鹿げてる」
「私も陸軍の人間とし、その話は無視出来んな。歩兵が携帯出来る対戦車兵器は無いのかね?」
「私も原理はうろ覚えですが、有名になるのはノイマン効果を活用した携帯兵器ですね。アメリカならバズーカ、ドイツならパンツァーファウストやパンツァーシュレックです。無反動砲も2000年代でも歩兵が使っています。ノイマン効果は担当部署に問い合わせるのがよろしいかと思います」
「ふむ、探りを入れておこう。ほんとうであれば、もっと君の話を聞きたいが、根回しなどで一刻も惜しい。またの機会にじっくり聞かせてもらおう。ありがとう」
「前田侯爵閣下、それはアメリカとソ連に戦って勝ち、真の意味での日本の生存が確定してから言う事ですよ」
「…うむ、そうだな。これは早まった事をしてしまったな」
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