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1月10日 モスクワ クレムリン宮殿
「これはどう言う事だ!!」
その日のソ連上層部が集まる会議でのスターリンの怒声は大きかった。
それもそうだろ。冬戦争開始以降、侵攻開始数日を除けば、上がってくる報告はほぼ『負けました』か、『大損害を被りました』なのである。
そのイライラが遂に爆発したのである。
「戦闘に負けて侵攻が止まる! 海軍が出ればボロ負けする! 挙げ句はヘルシンキに向かった爆撃機隊は護衛の戦闘機隊共々大損害の上に爆撃を阻止される!! フィンランドの様な小国相手に何をやっているんだ!!!」
怒り過ぎて口から火を吹くのではないかと言わんばかりの怒声に集まっている面々は黙るばかり。
そんな中、彼の親友兼国防人民委員(国防相)クリメント・フエレモヴィッチ・ヴォロシーロフ元帥が発言する。
「それは仕方ない話だ。フィンランド湾海戦をはじめ、スオムッサルミ・トルヴァヤルヴィ、更に昨日のヘルシンキ空爆失敗も、どれもこれも日本軍が介入している。特にスオムッサルミ・トルヴァヤルヴィの戦いでは100や200ではすまない…下手したら、1000以上の日本兵の姿が確認されているし、空爆失敗も日本軍の新型機が介入していた様だからな」
国防相の言葉に会議出席者はざわめきだす。
「……何かの間違いじゃあないか? 日本がフィンランド支持を表面したのは侵攻当日だぞ? その数日後に旅団規模の兵力がフィンランドに現れたと言うのか!? 馬鹿を言うな! 1ヶ月経った今頃に現れたならともかく、開戦当日にはフィンランドには到着していただと!? ふざけるな!! 魔法を使うか、悪魔の仕業でもない限り不可能だ!!!」
『信じられない』と言わんばかりに怒鳴りながら、スターリンは机を叩く。
「しかも、日本の新型機だと!? いくら何でも準備が良すぎる!! 現場の連中が自らの失敗を隠蔽する為に嘘をほざいているのではないの!!?」
「報告自体は事実だ。新型機も素性はハッキリしないが、これも間違いない。何処でどうしたか、我々の日本領域内でのスパイ網が摘発により壊滅しているとは言え、それ以外の諜報網を潜り抜け、日本が介入した事は確かだ」
スターリンの言い様にヴォロシーロフは苦い顔を隠しながら冷静に淡々と事実を述べる。
そして、続けて、『当然の結果』も口にする。
「それに、日本の介入とフィンランドの奮戦により、ヨーロッパ諸国でフィンランド支援に動き始めた、と言う情報も入ってきている。連合国、ファシスト問わず、出せる国は多少でも供給しようとしている様だ」
「くそ! 反共産主義者め! モロトフ!! 圧力を掛けて阻止しろ! いいな!?」
「は、はい」
スターリンの指示にモロトフ外相は返事をする。
「ティエモンシェンコ将軍! あの忌々しいマンネルハイム線を突破しろ!!」
前任者に代わり、フィンランド侵攻軍司令官となったティエモンシェンコ将軍に怒鳴るスターリン。
「その件についてですが、大規模な増援と1ヶ月の準備期間を頂きたい」
「大規模増援はともかく、準備期間が長すぎる! もっと早く出来んのか!?」
「これが最善克つ、早い方法です。日本軍が展開している以上、ただ戦力を投入しても無意味です」
「……わかった、増援と準備期間の件は了承する」
ティエモンシェンコ将軍のハッキリした物言いにスターリンは苦々しい声で返答する。
だが、もし、この会議の流れを滝崎が聞いていればニヤリと笑っていただろう。
『史実通り、克つ予測通りだ』と。
無論、ソ連側がそんな事を知るよしもないのだが。
同じ頃 ドイツ ベルリン 総統府
「……また、か?」
「はい。日本政府から『フィンランド支援に対する直接・間接的な圧力はやめてもらいたい』と」
リッペントロップ外相からの返答に質問したヒトラーは『やれやれ』と言いたげに溜め息を吐く。
現在、ドイツは明確な支持こそ明らかにしていないものの、春頃に実施するノルウェー攻略作戦の絡みから、ノルウェー・スウェーデンへの対フィンランド支援協力(自国の武器支援は勿論、他国からの支援品輸送へのルート提供)に圧力を掛けていた。
これはイタリアやハンガリーなどの他の枢軸国に対する直接的な圧力・妨害よりも、この間接的な圧力・妨害がフィンランドや支援国には厄介だった。
「義理は無いとは言え、ソ連と不可侵条約を結んでいるのだがな…それに、日英同盟復活を宣言した以上、日本が間接的にイギリスを支援する可能性もある。『はい、そうですか』とはいかんな」
「まったくですな。それどころか、これを機会に秘密裏に連合国の戦力をノルウェーに展開する為の手助け、と言う疑いもありますからな」
ヒトラーの物言いにゲーリングが同調する。
が、そこに同席していたレーダー元帥がジロリと睨み付けながら言った。
「なら、日本を敵に回しますかな? 昨日の件もありますし、もし、そうなった場合、海軍は危ないのでキールに籠らせて頂きたいます。まあ、どちらにしろ、そうなって喜ぶのはイギリスですがね」
この言葉にゲーリングはばつが悪そうに顔を背ける。
実は昨日、ドイツに向かっていた大西洋航路船新田丸がドイツ海軍からエスコートの為に派遣していた駆逐艦2隻と航行中、空軍に誤爆されそうになっていた。
直前に空軍が気付いたからこそ未遂で終わったが、これを聞いたレーダー元帥は直接ゲーリングの所に行き、『お前ご自慢の空軍は敵か、自軍の駆逐艦と友好国の貨客船かも見分けれないのか!?(直訳)』と抗議していた。(なお、ドイツ海軍はトラブル防止の為に空軍を含めた関係各所に通知していたから更に問題になった)
更にこの件に対して行動が鈍いゲーリングに対し、レーダー元帥は先のウルグアイでの一件もあり、手早く日本大使館等に連絡し、問題の早期収束を果たしていた。
故にレーダー元帥はゲーリングに対して刺々しさ満載の言葉をヒトラーの前とはいえ、言えたのである。
「まあ、レーダー元帥の言葉も解らんではない。だが、『そう言った関係上』我々としては簡単に止める訳にはいかん」
「それについてですが…日本から『見返り』の提示を受けております」
「ほう…内容は?」
リッペントロップの言葉にヒトラーが続きを促す。
「はい、まずは海軍には売却した貨客船シャルンホルスト号の空母改造に伴うドイツ海軍・造船関係者の参加・見学(費用日本負担)と空母設計図の譲渡、これらが海軍への譲渡案件です」
「なん、だと!?」
これにレーダー元帥は驚く。
実際、シャルンホルスト号売却とその搭載機関のターボ電気推進機関の取り扱い指導員(シャルンホルスト号の機関員が中心)、更にこの機関に興味を持った日本側が研究用として2基の購入を決定した事により、ドイツ海軍としてかなり『儲けて』いた。
今回は更に売却したシャルンホルスト号の空母改造への参加と空母設計図を譲渡してくれる、と言うのだから、かなりの大盤振る舞いである。
「海軍でそれか。なら、陸軍や空軍にも何かあるな?」
「もちろんです。陸軍には朝鮮産タングステンインゴット80トン、88㎜高射砲の追加購入。空軍はマウザー砲とドイツ製航空機製造機械の購入、航空技術者の招待(費用日本負担)、天然ゴムの追加支給と…なお、購入の代金は此方の言い値でよいと」
「……フッハッハッハ、なるほど、これは良い取り引きかもしれんな」
「な、なんですと!?」
ヒトラーの言葉にゲーリングが驚く。
「先程も言ったろう? スターリンに『義理』などないのだ。しかも、空軍としても、天然ゴムの件は無視出来まい? ならば、少しぐらいの『融通』はよいだろう」
「は、はあ、わかりました」
渋々と言った様子でゲーリングが了承する。
「リッペントロップ、日本へ了承すると伝えよ。但し、北欧3国への兵員移動は認めん。支援物資のみだ。これがドイツが出す最低条件だ。よいな?」
「わかりました」
ヒトラーの指示にリッペントロップは返事をすると退出し、ゲーリングもそれに続く。
レーダー元帥もそれに続こうとした時、ヒトラーに呼び止められた。
「あぁ、レーダー元帥よ。少しよいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「うむ、先程の改装工事に人を遣る件だが、SSから1人『出向』の形で共に派遣出来るかな?」
「はあ、まあ、1人くらいなら問題はありませんが…理由をお訊きしてもよいですか?」
「なに、日本の動きを探る為だ。最近、この件を含めて日本の動きが良すぎる。その理由を探る為だ」
「わかりました。『派遣武官』の形で用意しておきます」
「うむ、頼んだ」
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