5月30日 3等客車内
「……何とも言えないな」
舞鶴から福知山を通って大阪に向かう汽車の3等客室に座り、窓から外を見ながら滝崎は呟いた。
『家の用事で帰る事になった。故に連れを連れて帝都に向かう』との松島宮からの言葉により、松島宮は滝崎を連れて堂々と帝都に向かっていた。
なお、肝心の松島宮は隣で爆睡中である。
「さて……とりあえず切っ掛けは出来たが…次の段階に進めるかね?」
『松島宮の叔父様』が海軍に居る事を知り、そこから徐々に上層部へ浸透する方針をとったが……どうも、利用しているようで、滝崎としては苦い感じがして嫌だった。
「とりあえずは帝都に着いてからだな。でも、松島宮の話を聞いてる限り、御忙しい方のようだし…色々と大丈夫かな?」
皇族で軍人なのだから、礼儀や言葉使い等が大丈夫か心配になってきていた。
「しかも、手紙の内容も単純な文面だったし…秘密保全の観点かな?」
なお、返事の手紙の内容は『内容は承知せり。詳細知りたき為、帝都に帰られたし』との簡単な内容だった。
「とりあえず、駅に着いたら、腹拵えの駅弁だな」
大阪
「むにゃむにゃ……うーん……ここは何処だ?」
「おはよう。はい、駅弁」
眠っていた松島宮が漸く起きたと同時に弁当を買いに行っていた滝崎がちょうど戻ってきた。
「うん、ありがとう…どうした?」
弁当を受け取った松島宮は弁当を見つめる滝崎に訊いた。
「いや、戦時中なら簡単で質素な弁当になるのにな…と思って」
「あっ、そうか。戦時中ともなれば配給になって統制されるからな」
「あぁ…この駅弁も…いや、止めよう。話が辛気臭くなる」
「うむ…あっ、そうだ、未来の話が聞きたいな。例えば鉄道の事とか」
「鉄道なら…そうだな、時速300キロの『新幹線』と言う名の高速鉄道があるな」
「時速300…戦闘機並みの速さだな。技術進歩とは恐ろしいものだが…乗ってみたいな」
「歴史が変われば、案外早く乗れるかもよ?」
「さて、その頃、私は何歳だろうかな?」
「……さて、わかりません」
その後、大阪から東京まで更に6時間、汽車の三等客車の座席に揺られ、東京駅に到着した。
東京駅では松島宮の叔父様が出してくれていた出迎えと合流、出迎えの人間に訊くと、松島宮の叔父様は多忙な為、会えるのは明日にあるとの事だった。
翌日 松島宮の叔父様の屋敷
「ふゎ〜、おはよう、滝崎」
「おはよう、松島宮。よく眠れたみたいだね」
兵学校での生活に慣れた為か、何時もの起床時間に起きてしまい、屋敷の外の敷地を数周走ってから朝食をとっていたところに松島宮が起きてきた。
「そう言えば、叔父様とは何時お会い出来るんだ?」
「朝食の後にお前を連れていく。焦る気持ちもわかるが心配するな」
「……そうだな、確かにそうだ」
言われて焦っている自分が居る事に気付き、言われた通り落ち着く事にする。
暫くして……
「おはようございます、叔父様。彼を連れて来ました」
「うむ、入ってくれ」
「失礼します」
朝食を終え、松島宮の後ろを着いて行き、叔父様の待つ応接室へと入る。
「事情は手紙で知っているよ。私は松島宮の叔父、高松宮宣仁親王である」
「……た、た、た、た、高松宮宣仁親王殿下!? 殿下が松島宮の叔父様!!?」
高松宮殿下と松島宮を相互に見やり、驚きで唖然とする。
高松宮宣仁親王(たかまつのみやのぶひとしんおう)…海軍軍人(終戦時中佐)で昭和天皇の弟、『高松宮日記』は近現代史史料にされる程の有名人だ。
そんな超VIPが松島宮の叔父様だったとは…。
「殿下が叔父様だったなんて……予想してなかった」
「余り公言するな、と頑なに言われていたからな。こうして会うまでは言えなかったんだ」
「ふむ…未来の私はそれほどに有名人かね?」
「殿下の日記は1級の史料ですからね。更に海軍中枢部に居られた皇族であらせられる」
「ふむ、では答えてほしい。これからの日本の未来を」
2時間後……
「……なんと言う事だ…我が国はそんな事に…」
「はい、アメリカの庇護の下、経済的復興には成功しましたが、精神的復興はアカから浸透した左翼勢力により邪魔を受けていました。長年の左翼による洗脳教育により、愛国心を持つことを否定され、歴史をねじ曲げられてきました」
「国が滅ぶ瀬戸際であったとは言えな……ところで永田鉄山少将の一件だが」
「はい。事の発端は教育総監の更迭です。教育総監が皇道派であった為、統制派の永田少将が関わっていると相沢少佐が斬殺を…まあ、誤解のとばっちりであった訳ですが」
「ふむ、そして、それを発端とした皇道派・統制派の対立激化の結果が2.26事件かね?」
「はい。他にも昨今の経済低迷による貧困も原因です。東北での貧困層の生活を下士官より聞いた青年士官は人情もあって動いた……もちろん、その行動方法は間違っていましたが」
「うむ…東北での状況は聞いていたが…なんとも言えんな」
「他にも…青年士官内部に共産思想が入っています。それらに動かされて……どちらにしろ、我が国は白人優越主義と国内にも入っている共産・社会主義と戦わなければいけません。しかも、敵は裏で手を結んでいる状況です」
「ふむ……わかった。君の事を信じよう。松島宮、電話を頼む。陸軍は管轄外だ。東久邇宮殿下をお呼びしてくれ」
「わかりました」
3時間後……
「ふむ…高松宮殿下から火急の呼び出しと聞いて駆け付けたが……これは我が皇国の運命を司る火急な要件だな」
高松宮殿下から連絡を受けた東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)殿下は滝崎の話を聞いて納得した。
「そこまで詳細に語られては君を信じるしかあるまい。それで、どうすればよいかね?」
「先ずは永田少将斬殺と2.26事件、国内を片付けましょう。それから、国外の事にあたるべきです。とにかく、西安事件・第二次国共合作を防がねば、盧溝橋事件は防げません。そして、盧溝橋を防げなければ、第二の尼港事件である通州事件、第二次上海事変も防げません。仮にふせげても、時間や場所、方法を変えて軍事衝突へと誘導される事は間違いありません」
尼港事件と聞いて高松宮・東久邇宮両殿下に苦い表情が浮かぶ。
シベリア出兵時に発生した惨劇を知る人間としてはその惨劇が再びおきるかもしれないと聞いては当然とも言える反応かもしれないが。
「とにかく、根本を断たねば余り変わらない、と言いたいのだな?」
「あぁ、特にルーズベルトが大統領である以上、対米戦は阻止出来ないし、ソ連は影響圏拡大に日本が邪魔だと認識しているからね。それなら、出来る事は主敵を明確化し、それに備える事に傾注しつつ、敵を減らし、味方を増やす。これしかないよ」
「支那やアメリカ、ソ連だけでなく、イギリス、自由フランス、オランダ、と敵に回り、1対多数で戦い、戦線が拡大した事への反省か?」
「うん。対米で一対一の短期集中戦なら日本にもチャンスはある。だが、注意しないといけないのはソ連がいる事。つまり、国力は出来る限り温存するしないといけない。これは必須条件だよ」
「簡単に口で言うが、実現にはそうでは相当苦労する話だな」
何故だか2人だけで会話が進んでいく。
それを見た東久邇宮は高松宮に言った。
「あの2人、ウマが合いますな」
「あぁ、徳子があんな風に話すのを見るのは何年ぶりだろうか、そう思ってしまう程だ」
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