次号はオリジナルより変更増し増し。
11月15日 ドイツ首都 ベルリン 総統府官邸
ポーランド降伏後、『まやかし戦争』と呼ばれる膠着(平穏)状態下にあり、戦時下にありながら奇妙な平和な雰囲気にある当事国のドイツ。
そんな中、外務大臣のヨアヒム・フォン・リッベントロップはヒトラー総統の元を訪れた。
「総統閣下、日本より『要請』が届きました」
「日本から? ふん、日英同盟復活を明かしておきながら、なんとふてぶてしい事だな…それで、要請の内容は?」
日本からの要請と言う事で、(前話での)日英同盟復活の件もあり、不満げなヒトラー。
「はい。『ノルウェー、並びにスウェーデン両王国表敬の為にキール運河並びにバルト海の通行を許可してほしい』との事です」
「北欧2国表敬の為にキール運河とバルト海の通行か……ふむ……」
そう呟いて考え込むヒトラー。
この時点でドイツは翌年春頃にノルウェーへの進攻を計画していた。
まだ準備段階であり、更に約半年間の時間があるにしても、日英同盟復活の件もあり、ヒトラーとしても色々と警戒しているのである。
「……レーダー元帥を呼べ。どうするにしろ、海軍の意見が必要だ。あと、ゲーリングもだ」
手近に居た事務官にそう指示した。
暫くして
「……と言う事だ。海軍としてはどう思うかね?」
召喚され、事情を聞いていたレーダー元帥にそうヒトラーは質問した。
この時点でレーダー元帥は答えを用意出来ていた。
と言うのも、日本が表敬艦隊を出した時点で、その過剰気味な戦力に『念のため』表敬艦隊の戦力分析と『撃退プラン』を海軍内で策定していた。
故に答えは用意出来ていた。但し、総統を不機嫌にさせる事が確実な答えであるが、だ。
「…もし、総統閣下が日本の表敬艦隊を撃滅しろ、と御命じになるなら、海軍としては全力を挙げさせて頂きます……ですが、海軍としましては、今回の要請は受け入れるべき、と進言させて頂きます」
「なんだと!? それはどう言う事だ!?」
「はい。まず、表敬艦隊にはイギリスのフッド級巡洋戦艦と同等以上のコンゴウ型戦艦が2隻、先の観艦式で『飢えた狼』と称されたミョウコウ型重巡洋艦4隻、我が海軍にはない大型空母のアマギ型航空母艦が2隻、この護衛に軽巡洋艦を旗艦とした16隻の駆逐艦で構成された一個水雷戦隊。しかも、駆逐艦も世界を驚愕させたフブキ型とその発展型です。この艦隊である事は総統もご存知ですね?」
「細かい事は置いといて、数と艦艇の種類は把握している。それが?」
「はい。まず、コンゴウ型は先の大戦でイギリスが参戦を望んだ程の戦艦です。また、日本海軍ではコンゴウ型はその快速性を持って、対巡洋艦戦や戦艦との撃ち合いを有利に進める為、軍縮を機にかなりの改装を施されており、現在我が海軍の持つシャルンホルスト、グナイゼナウでは苦戦は必至です。ミョウコウ型に関しては、先の総称はイギリス側の皮肉ではありますが…61cm魚雷発射管を装備し、20.3cm主砲10門と戦闘にリソースを振っており、数も此方の倍ですので、此方も苦戦は目に見えています。水雷戦隊の方も『ニスイセン』と呼ばれる精鋭との事であり、フブキ型以降の日本駆逐艦には61cm魚雷発射管が装備されており、かなりの戦闘能力があります。最後に空母ですが…此方は未知数としか言えません。しかし、日本海軍はアメリカを仮想敵としており、先のノモンハン事変…ハルヒンゴールの戦いを見れば、かなりの脅威と思われます。よって、我が方に有利な点は皆無と言ってよろしいでしょう」
「バカな! 航空戦力なら、此方がテリトリーなんだぞ! 我がルフトバッフェが負ける筈がない! 海軍は消極的過ぎる!」
空母・航空戦力の話になり、同じく召喚されたゲーリングが口を出す。
「ならば、我々海軍はキールに籠るので、空軍だけで日本艦隊を撃滅して頂きたい。出来るのであれば、ですが」
「なんだと!?」
「落ち着け、ゲーリング。それで、そう言いきるのだから、迎撃プランと…なぜ、受け入れを進言するのかを聞こうか?」
レーダー元帥の煽りにゲーリングが声を荒らげるが、ヒトラーが落ち着かせ、続きを促す。
「はい。まず、此方から撃滅しに行くのは無謀ですので、日本艦隊を引き込んで迎え討つ事になります。そして、潜水艦による集中攻撃や空軍の航空攻撃で弱らせた後、我が方の水上艦艇を結集し、これを撃滅します。まあ、本当に単純でシンプルなプランになります…しかし、これが不味いのです」
「不味い? どこが不味いのだ?」
「総統、この場合、『戦術的勝利の為に戦略的敗北を促す結果になる』リスクが高いのです。日本艦隊を迎え討つ為、我々は通商破壊に出しているUボートや装甲艦を引き上げねばなりません。この時点で海軍戦略並びに戦争計画の見直しが発生します。また、この拘束が長ければ長い程、イギリスに余裕を与えます。更に此れから冬になれば大西洋全体が荒れてきます。そうなれば、日本艦隊を見付ける事も難しくなるでしょう。そもそも、我々の『メイン』はイギリスです」
「うぐ……つまり、日本艦隊撃滅は我々の手足を縛る事になり、それは戦略レベルの話にまで影響がある、と言うのだな?」
「はい。日本を敵に回してもイギリスにしか利がありません」
レーダー元帥の話、特に『メインはイギリス』の言葉にヒトラーはこの件の話の不味さを理解した。
「それに…この類いの話は専門ではありませんが、外交的にも不味いのでは? 特に資源、資材関係の取り引きでは?」
「むぅ….どうなんだ、リッベントロップ?」
「はい…実は満州から飼育飼料を含めた大豆等の供給が失われる可能性があります。また、天然ゴムやキニーネ等も日本が購入した物を分けてもらっている現状ですので……イギリスがそれを規制している以上、レーダー元帥の指摘は間違いではありません」
リッベントロップの回答、特に天然ゴムを聞いてゲーリングが苦い顔をする。
天然ゴムとなると、航空機のタイヤを含めた需要は多く、ドイツ航空業界を手中にしているゲーリングとしては確かに不味い話である。
「うーむ……わかった、日本の表敬艦隊通過を認めよう。但し! 海軍の監視付きだ。日本にはそう返答せよ、リッベントロップ」
「わかりました」
「総統閣下の寛大な決断に海軍を代表し、感謝致します」
ヒトラーの指示にレーダー元帥がそう言って頭を下げつつ、内心ホッとした。
先にも言った通り、今のドイツ海軍にイギリス、日本の二大海軍国家を相手にするなど、とても出来る事ではないからだ。
翌16日 イギリス プリマス軍港 旗艦比叡艦内 長官公室
「ドイツから通過を認める、と言って来たそうだ。まあ、ドイツ海軍の監視付きだがね」
長官公室に呼ばれた松島宮と滝崎は豊田中将から要請の返答を聞いた。
「ドイツの監視ですか…まあ、ドイツに対して後ろめたい事はないので、それくらいは甘んじて受けましょう」
「はっはっは、君らしいな。さて、いよいよ、本番だな」
「えぇ、もう少し先ですが…いよいよです」
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