八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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臨海学校篇のモノローグになります。
表の見どころは……鷹丸が本格始動ってところでしょうか。


第46話・表

「黒乃。」

「…………?」

「あの、少し頼みがあるんだけどな―――付き合ってくれ。」

「…………。」

 

 放課後、フラッといなくなる黒乃を捜していた。寮の方へ足を運んでみると、シンプルだが目立つ長い黒髪の少女を見つける。俺が黒乃を呼び止めると、その長い黒髪を翻しながらこちらへ振り向く。それに伴い、黒乃の方から鼻孔をくすぐる芳香が漂うもんだから……。ぐっ、すげぇいい匂い……。

 

 なんて考えてるのを悟られるわけにもいかず、俺は手短に用件を伝えた。付き合って欲しいというのは、臨海学校が近々あるから買い物に行かないかって事。誰を誘うか迷ったが、やっぱり初めに頭へ浮かんだのは黒乃の姿だった。かの有名なアクション俳優も『考えるな、感じろ』……と言ってしたし。

 

「…………。」

「そうか、解った。じゃ、今度の日曜日な。調度いい時間に俺が迎えに行く。」

 

 黒乃はしばらく考え込むような仕草を見せると、首を縦に頷かせて肯定の反応を示した。……肯定したんなら、先約は無かったって解釈で良いんだよな。だったらどうして、黒乃はあんなにも迷ったみたいな仕草を……?そんな事を考えていると、酷く不安な気持ちになる俺が居た。

 

『キミはもっと自分と藤堂さんに向き合う事をオススメするよ。』

 

 ふと、頭の中で大嫌いなアイツの声が響く。……前も結論を着けた。踊らされるな、俺と黒乃はずっとこのままでいられればそれで良い。悟られないようにしないと……黒乃に余計な心配をかけたくないから。貼り付けたような笑顔かも知れないが、いつもの俺のまま黒乃と寮室へと歩いて行く。

 

 そうして黒乃を誘った日から数日経過し、やっとこさ日曜日が訪れた。本日の天気は快晴で、絶好の外出日和といったところか。日差しは若干キツくなりつつはあるが、やはり太陽が出ていると自然に気分も晴れやかになる。それで、黒乃とやって来たのは『レゾナンス』と言う名の駅前ショッピングモールだ。

 

 その規模は都内でも有数で、此処に目的の品が無ければ諦めろ……と言えば、此処の規模が解って貰えるだろうか。中学時代も良く遊びに来たものだ。俺、黒乃、鈴、弾、蘭……あと時々数馬で。数馬は何と言うか、珍しい事に黒乃が怖がってるみたいだし……。

 

「…………。」

「黒乃?急に立ち止まってキョロキョロして……知り合いでも居たか?」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、黒乃が立ち止まった事に気が付いた。視界に入れてみると周囲を見渡している物だから、てっきり誰か捜しているのだと思ったが……どうやら違うらしい。俺も倣って周りを見ていたが、黒乃がピッと指2本を出したのが気になった。

 

「…………?」

「……ピース?じゃないよな。……もしかして、俺達2人だけかって聞きたいのか?…………。」

 

 キョロキョロ周囲を見て、そんでもってピースとか意味解からんだろうが俺のアホ。ピースでないのなら、それは数を差していると気が付いた。2……つまり、2人……?そうか、黒乃がキョロキョロしてたのは……他に待ち合わせしてる奴が居ないか確認してたんだな。……何故だろうか、少しだけ……嫌な気分になってしまう。

 

「ほら……家族水入らず。黒乃と2人で買い物なんて久しぶりだろ?だから……。」

「…………。」

 

 俺は黒乃と2人で構わない。いや、むしろ2人が良かったくらいだ。でも、黒乃は違うのかって思ったら何か……変な気分が胸の中に渦巻く。俺が何とか絞りだしたのはそんな答え。嘘は言ってない……なのに、心苦しいのは何故なんだ。すると黒乃は、優しく俺の頭を撫ではじめた。

 

「……とにかく、今日は黒乃と俺の2人だ。さぁ行こうぜ、時は金なりってな。」

「…………!?」

 

 気恥ずかしいという理由が強かったが、黒乃の頭を撫でていた手を掴んで握る。けど、俺は少しでも黒乃に苛立ちを覚えた事を認めたくなくて……それで強引に黒乃の手を握ったというのもある。しかし、手を握ったのと同時に黒乃が少しビクッとなった気がするが……気のせいだろうか?まぁ良いや、はぐれたら大変だしな……。

 

「「…………。」」

 

 俺は黒乃に気を遣わせたくないから、どんな下らない事だろうと話を振るように努めている。だけど、さっきの変な感情のせいか……何を話しかけて良いかがまともに考えられない。あ~……変だぞ俺、どうした俺。ただ単に黒乃と2人きりってだけじゃないか。別に珍しい事でも何でもないだろ。

 

「おい、見ろよあれ……!」

「うおっ……すっげースタイル……。」

「これだから夏はたまんねぇよなぁ。」

 

 その時、数人の男たちの会話が耳に入った。もしかしなくても……黒乃の事を言っているんだろう。黒乃はショートシャツにデニムのショートパンツ……胸元は見えてるわへそは見えてるわで……男が騒ぐのも良く解る。黒乃はきっと、自分のスタイルに自信をもっているんだろう。

 

 ……俺としては、もう少し露出は控えて欲しいんだが。黒乃を俺以外の男にじろじろ見られるのは嫌だ、なんか嫌だ。もはや小規模な野次馬が出来そうだ。黒乃は有名人では……あったか、代表候補生だもんな。……ダメだ、もうこれ以上は耐えられない。

 

「黒乃、立ち位置交代しないか?なんか、俺の歩いてる道の方が日陰だし。」

「…………。」

 

 きっと黒乃は、どうして俺がこんな提案をしたのかは解からないんだろう。もし聞かれたとして、答える事が出来ただろうか。……黒乃のその恰好、あんまり見られたくなかったから……と。いや、無理だろ。なんだそれ、意味解からんわ。なんか俺も良く解らん。

 

「よし、それじゃ……気を取り直して行くか。」

「…………。」

 

 気を取り直して行こうというのは、相当に自分へ言い聞かせている。だってあれだ、本当に今日の俺は何処かおかしい。いつもの事だろとか言われたらそれまでだが。いやいやそんな事は無い。俺の友人関係を見てみれば、俺が1番まともなはずだろ。とにかく、今日は黒乃と楽しめればそれで良い。

 

 まずは……忘れない内に目的をクリアしておいた方が良いか。俺は黒乃を連れて、レジャー用品を諸々購入した。圧縮袋って、アレ便利だよな。かさばる服が一気にぺしゃんこだ。その分お土産を入れるスペースを確保……まぁ今回は課外授業なんだから関係ないか。

 

「えっと、これで大体の物は大丈夫……。黒乃は、忘れ物とかないか?」

「…………。」

「そっか、なら問題ないな。それじゃ次は……水着を見に行こうぜ。」

 

 黒乃と一緒に買い物袋の中身を確認して、忘れ物は無いか尋ねてみる。すると黒乃は、コクリと首を頷かせる。それならばと俺は意気込んで、次は娯楽関係を攻めていく事に。自由時間には泳げるみたいだし、黒乃も女の子なんだから新しい水着くらいほしいだろ。俺もついでに新調してみるか。

 

「ん~……あそこなんか良さそうだな。大は小を兼ねるって言うし。」

「…………。」

 

 水着の売り出しをしているフロアに行ってみると、不必要にすら感じられるほど大きな店舗があった。デカイ、とにかくデカイ。コンビニなんかよりは確実にでかい。いや、コンビニと比べたら大概の店が勝つか。とにかく黒乃に同意を求めてみるが、首を縦に振ったって事は賛成らしい。

 

「それじゃあ、俺は男性用の売り場に……ってそうだ。黒乃、調子はどんな感じだ?自分で好きなの選べそうか?」

「…………。」

「……ダメそう……か。それなら、俺が選ぶよ。先に黒乃のから決めようぜ。」

 

 店に入ってから思ったが、黒乃って好きに買い物出来ない時があったよな……?自分で選べそうならそうしてほしいところだが、黒乃からは何の返事も無い。どうやら、1人で選ぶのは難しいようだ。勢いで俺が選ぶなんて言ってしまったが、かなり無理はしてる。

 

 だって、女性用コーナーに入るのは精神衛生上よろしくないだろ。面と向かって入るのは、何か憚られるような秘密の花園ってかさ。……俺はその秘密の花園で高校生活を送ってるんだった。ええい、そうなれば後は度胸だ。俺は黒乃の肩に後ろから手を添えると、優しく黒乃を押して女性用水着コーナーまで全身する。

 

「そこの貴方。この水着、片づけておいて。」

「断る。見ての通り俺は忙しいんだ。」

 

 全く自分の事も自分で出来ないとは、最近の若いもんはどうなっとるんだ。俺には黒乃の水着を選ぶという使命がある為、生憎ながらあんなのを相手にしている暇はない。俺は構わず無視しようとしたが、向こうとしては俺の事を見過ごすわけにもいかないらしい。

 

「ふぅん、そういう事言うんだ。それならこっちにも考えが―――」

「そこの麗しいお姉さん。代わりに僕が承りますよ。」

「お前っ……!?」

「あら、良く解ってるじゃない。そっちのキミも見習う事ね。」

 

 なるべく視界に入れないようにしていたが、何処かで聞き覚えのある声が。……近江 鷹丸がそこには居た。近江はまるでこれがお手本だとでも言いたげに、女から水着を奪って自分が片づけると買って出た。近江にそんな態度をとられて嬉しいのか、女は上機嫌で水着売り場を後にする。

 

「やぁ、災難だったねキミ達。」

「アンタ、どうしてここに居る?」

「たまたまこの店で水着を選んでたんだけど、そしたら女性向けのコーナーにキミ達を見つけてさ。声をかけようと思ったら、キミ達がトラブルに巻き込まれてた……ってわけ。」

「……それで良いのかよ、アンタは!」

「だって、あの手合いは相手するだけ労力の無駄でしょ?確かに、女尊男卑に抗おうって織斑くんの姿勢は素晴らしいし、心から尊敬に値すると思うよ。ただね、時と場合は選ぶべきなんじゃないかな。」

「くっ……!」

 

 偶然なのは解った。黒乃の後を着けて来たとかじゃないならなんだって良い。けど、さっきの女に対しての態度はおかしいだろ。近江の母親が女尊男卑主義者なのは知ってる……けど……!俺の言葉に対して、近江は真っ当な正論で返してきた。……頭では解ってる、けど俺はやっぱり……そんなの認めたくはない。

 

「鷹丸さん、何か大きな声が……。わぁ、織斑くんに藤堂さん!奇遇ですねぇ。」

「お前達、というか一夏。店内で騒ぐな。」

「山田先生……それに千冬姉も。」

「2人……というか、真耶さんに誘われてねー。せっかくだから一緒にどうだって。」

 

 まだ頭は冷えないままだったが、そんな折に山田先生と千冬姉が現れた。まさかこの2人も居るとは思わず、あっけにとられた勢いで怒りなんて消え失せてしまう。……何気に自然な千冬姉が出たが、向こうが一夏って呼んでるから構わない……よな?

 

「で、お前達もいい加減に出てきたらどうだ?」

「「「「「!?」」」」」

「皆!?なんだよ、声をかけてくれれば良かったのに。」

 

 千冬姉が少し奥の水着コーナーへ目をやると、まるでそれを盾にするかのように5人の友人が隠れていた。皆は何処か観念したような表情を浮かべている。確かに黒乃と2人とは言ったが、別に後から合流する分には構わないんだけどな。

 

「いや、何……声がかけづらくてな。」

「おしどり夫婦の様相を呈していらっしゃいましたわ……。」

「何よ、黒乃のおへそに鼻伸ばしちゃって。」

「…………黒乃に勝てる気がしない……。」

「姉様、それは私の嫁です。」

 

 すると皆は、三者三様、十人十色と言った感じで、それぞれ良く聞こえない声で何かを言った。箒のは聞き取れたが、やっぱり声はかけ辛かったのか。だからって、何でコソコソと着いて来たのだろう。普通はそっとしておくかしっかり声をかけるかの2択な気がするぞ。

 

「あ~……皆さん、私忘れ物しちゃってました。少し探すのを手伝ってくれないでしょうか?ほらほら、こっちですよ。」

「……なんだったんだ?」

「さてな。」

 

 2人が一気に10人になったわけだが、その内の7人を山田先生が見事なOSHIDASHIで店から外へ出した。忘れ物なら俺達だって探すのにな。どうにも自分含めた7人を外に出すのが目的みたいにも見えたが……。まぁ大人の事情という事にしておくか。

 

「一夏、せっかくだから意見を寄越せ。……そうだな、これとこれならばどちらだ。」

「……白の方。」

「よし、ならば黒だな。」

 

 千冬姉が俺に水着を選べと言うので、手に取った2種類のタイプに目を配らせる。白と黒……。白はどちらかと言えば機能性重視。黒はスポーディながらもセクシーさを前面に押し出していた。個人的には間違いなく黒だが、千冬姉に変な虫が寄っても困る。そう思って白だと言ったんだけど、俺は姉にはまだまだ敵わないらしい。

 

「では、次は黒乃のだな。黒乃、お前も当然黒だろう?」

「ちょっと待った。黒乃は白だろ。」

「何を言う、名前に黒と着いているのだから黒の方が自然だ。」

「解かんねぇかな。黒乃の黒髪とのコントラストが良いんだよ。」

 

 次は黒乃をと言ったが、千冬姉の中ではもう色は黒だと決めつけているらしい。俺には解る……この姉は、黒乃とお揃いの色が良いと考えている。だがそこは自分の意見を通す。黒乃は白だ、異論は認めん。始めに言った理由も大事だが、清楚な黒乃の魅力を引き出すには白……白しかない。

 

「ん~……折衷案って事で、モノトーンにすれば良いんじゃないんですか?」

「「なんでお前がここに居る!?」」

「なんでって、こっそり抜け出して来たからですけど。だって、そのうち僕も家族の一員―――」

「本当いい加減にしないと本気で殴るぞ!?」

「お、落ち着け千冬姉!気持ちは解るけど、千冬姉の本気はマズイから!」

 

 お互いの主張を通すために議論を続ける俺と千冬姉。すると俺達の間に割って入るように、ヌルッと生えてきたかのように近江が現れた。さっき山田先生に排除されたせいか急に現れたせいか……。俺と千冬姉は、声を揃えて近江へと怒鳴り付ける。その後いらん事を言う近江に千冬姉が殴りかかろうとするもんだから、羽交い絞めして何とか食い止める。

 

「はぁ……はぁ……。だが、近江……お前の言葉にも一理ある。」

「でしょ?だからついでに僕が選んで―――」

「一夏、見張ってろ。」

「了解。」

 

 確かに、いつまで言い争ってても埒が明かないし……何より困るのは黒乃だろう。とりあえず色は白黒として、残りの事は本人と千冬姉に委ねる。見張ってろとの命令、不肖織斑一夏……確実に遂行させていただきます。俺は千冬姉に対して敬礼で返すと、近江の背中をグイグイ押して外へと連れ出す。

 

「う~ん……千冬さんはともかく、キミは相変わらずだね……織斑くん。」

「……どういう意味だよ。」

「そのまんまの意味。キミ、僕の言う事全然聞いてないでしょ。黒乃ちゃんの事、しっかり考えてみた?」

「アンタにそんな事をとやかく言われる筋はねぇ。」

 

 店の外まで出てしまうと、近江は自らの意志で店を離れて行く。そうしてスタイリッシュな感じでキュッと踵を返せば、俺の事を正面で捉えた。近江のその目は、鋭く見開かれているではないか。でも口元はニヤケたままだ……。コイツはいったい俺に何を言いたい……。

 

「はぁ……キミには失望したよ。」

「なんだと!?」

「キミが真剣になってくれれば僕だってまだ待てたろうけど……。織斑くん……決着をつけよう、今日……ここで。」

 

 近江の顔からニヤケた成分が完全に消え失せた……その時の事だ。蛇に睨まれた蛙……?何かとんでもない威圧感を近江から感じる。それに今の声色……怒って……るのか……?くそ、いったい俺が何をしたってんだよ。意味の解からないまま、近江は冷酷な語り口で始めた。

 

「キミのそういう考え……逃げ、だよね?だって考えれば怖くなっちゃうもんねぇ……黒乃ちゃんが、自分の隣から居なくなっちゃうんじゃないか……ってさ。」

「…………!?」

「ほら、図星だ。ズルズルズルズル引きずってたら……優しい黒乃ちゃんはキミを見放さないからね。キミはそれをすっごく良く解ってる。だからキミは、黒乃ちゃんと血のつながりのない家族って関係を保っていたいんだよ。」

 

 ち、違う……図星なんかじゃない!そんな、黒乃の優しさにつけこむような事……俺がしているはずがないだろ!……って、なんで言えないんだよ……どうして声が出ないんだよ!俺は呼吸を乱して、額に脂汗を浮かべるばかりだ。そんな俺を見て、近江は滑稽だと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

「今の関係が壊れるのが怖いかい?そうだよねぇ、楽だもんねぇ。だってキミは黒乃ちゃんと今の関係を保っていられれば、労せず恋人みたいでいられるもんね。」

「ち、違う……俺と黒乃はそんなんじゃ……。」

「僕は黒乃ちゃんの事が好きだ。いや……愛してると言い換えても良い。僕は黒乃ちゃんを好きになるなって言いたいんじゃないんだよ?好きなら好きで、逃げるなって言いたいんだ。キミは多分……黒乃ちゃんを苦しめてるだろうからね。だから僕は、キミが許せない。」

 

 俺が黒乃の事を苦しめる……?なんで?どうしてだ?俺の何が黒乃を苦しめてるって言うんだ!?俺は物心ついた時から今までを、物の数秒でフラッシュバックさせる。だが……それらしい原因は思いつかない。嫌だ……俺が黒乃を苦しめてるなんて、そんなの……絶対……!

 

「とにかく、今のキミには黒乃ちゃんを渡せない。これを勝ち負けに例えるのなら、むしろ勝ってるのは間違いなく僕の方だ。」

「そんな事、どうやって証明するっていうんだよ!」

「簡単さ、凄くね。今からそれを証明してあげるよ、黒乃ちゃんは必ず僕を選ぶってね。」

 

 近江が提案した方法はこうだった。適当な理由を着けて、黒乃に俺か近江かを選ばせろとの事。ハンデとして、近江は一切喋らないとまで言ってみせた。……黒乃は今日ここに、俺と約束して遊びに来てるんだ。黒乃が俺との約束を反故にしてまで、近江を選ぶはずがない。

 

 準備が整ったと近江に告げると、ガラスの向こうに居る黒乃を手招きして呼んだ。すると黒乃は、ゆっくりとこちらへ歩いて来て、かなり俺達との距離を置いた位置で止まった。並びとしては、近江、少し離れて俺、結構離れて黒乃……と言った風に縦1列。

 

「黒乃。近江先生がな……人数増えちゃったから黒乃はやり辛いだろうって。良かったら2人で出かけないかつってるんだけど……。」

「~♪」

「そんな事無いよな。黒乃も皆と一緒のが楽しいだろ?だからこのまま俺達と行こう。」

 

 そうだ……いくら黒乃が喋れなくたって、絶対に俺達と一緒の方が楽しいに決まってる。すると黒乃は、迷いない歩みでまっすぐ歩く。……ハハッ、何が僕を選ぶだよ……やっぱり黒乃の事を1番知ってるのは俺なんだ。スッと黒乃が腕を振りあげる。俺はその手を逃がす事無く捕まえ―――

 

「え……?」

「そうかい、ありがとう黒乃ちゃん。」

 

 え……?は……?あれ……?ハ、ハハハ……冗談止せよ黒乃……。なんでお前、俺の横を通り過ぎて……ソイツの手なんか握ってんだよ。嘘だ、おかしい、絶対にありえない。黒乃が……黒乃がそんな……俺と一緒に出掛けようって約束した黒乃が、どうしてそんな奴なんか選んで……!

 

「じゃ、行こうか。此処に洒落たカフェを知ってるんだ。そこで少しゆっくりしようよ。」

 

 違う……違う!今のはナシだ。絶対に何かが変なのだから。黒乃を連れて行こうとしないでくれ。黒乃を遠くにやらないでくれ。俺は黒乃の隣に居て、黒乃は俺の隣じゃないと……。ずっとそうやって生きてきたろ……?そうじゃ無いのか、黒乃!

 

「くろ―――」

「待て。今の貴様に……黒乃を呼び止める資格は無い。」

「千冬姉……!何悠長な事を言ってんだ!あんな奴に黒乃を任せられないって、千冬姉も前言って―――」

「っ……!今の貴様は!お前の言うあんな奴以下だという事が解らんか……愚か者がっっっ!」

 

 黒乃を呼び止めようとすると、俺を呼び止める者がいた。こんな時に何の用かと背後を睨めば、そこに居たのは我が実姉の千冬姉だった。何故俺を止めたのか。そう聞くと返ってきた答えは……俺に資格が無いから。前にアイツにも言われたそのキーワードは、より俺を苛立たせるだけだった。

 

 そうしてその苛立ちをぶつけると、千冬姉の怒号がレゾナンスを揺らした。千冬姉は基本的に怒ってばかりだが、これは数少ない……マジギレの方の奴だった。俺の中では幾分かトラウマな千冬姉のマジギレは、俺の頭を冷やさせるにはお釣りが出る。

 

「アイツ以下って……何でだよ……!黒乃を家族として大事にしたいって思うのが、そんなに悪い事なのか!?」

「貴様が……そうやって偽るから、黒乃が苦しむ事になる!」

「偽り……?俺は何も、嘘なんかついちゃ―――」

「まだ自覚すらないのか貴様は……!はぁ……もう良い。それならば怒るだけ無駄だ。黒乃は近江にくれてやろう。その方が黒乃も幸せになる。」

 

 またそれだ……。千冬姉と近江の言葉は良く似ている。姉の言葉と嫌いな奴の言葉……どちらに重みがあるかと聞かれればそれは前者だ。同じ言葉でも幾分か真剣に考えられるが、いったい俺の何が黒乃を苦しめてるんだ?俺はいったい何に嘘をついてるってんだよ!?

 

「俺は……!」

「はぁ……ヒントをやろう。黒乃は女だ。」

「は、は……?ヒントって、それか……?」

「……それが解っていないから、お前も黒乃も苦しむんだろうが馬鹿者。」

 

 怒ってはいないのだろうが、千冬姉はもの凄く苛立った様子で俺に拳骨を見舞う。ど、どういう事だよ……?黒乃は女。そんな事は一目瞭然だし何より……それをしっかり理解したところで、何の解決になるとも思わない。そうなると、千冬姉は本気で黒乃を近江に渡すつもりなのか?

 

「ほら、これを渡しておいてやれ」

「これ、黒乃の水着……?」

「お前らが勝手に盛り上がったせいで、黒乃が行ってしまったからだろうが。お前も自分の水着を選んで、後は……小娘どもの相手をしてやれ。」

 

 確かに、黒乃は近江が連れて行ってしまった。そうなると、この場は俺に預けるのが最善。……でも後で俺も箒に預けよう。女物の水着を手渡され少し戸惑っている間に、千冬姉は背中を見せて行ってしまう。……なんでこうなるんだよ。久々の黒乃と過ごすゆっくりとした休日になるはずだったのに。

 

(くそっ!)

 

 心の中で留めたが、本日何度目かも解らない悪態をついた。……水着……選ばないと。凄まじい虚無感、脱力感に襲われつつも……俺は自分の水着を買うために店へと戻る。その後は、同じく戻って来た箒ら5人と合流して終日過ごしたが……俺の中に満足という言葉が生まれる事はなかった……

 

 

 




ついに鷹丸にお説教喰らう一夏。
まぁ……私も別に一夏が嫌いって事ではないですけどね。
そのうち一夏も黒乃を落しにかかってもらいたいですし……。

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