八咫烏は勘違う(旧版)   作:マスクドライダー

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鷹丸回……の裏で黒乃が何を考えているか答え合わせな回。
こちらでは、黒乃が鷹丸と分かれてからの後も描写してます。
とは言っても、ほんの少しですけれど。


第20話・裏

「お疲れ様。今日も良く頑張ったね、黒乃ちゃん。」

 

 ほ、本当だよ……。くたびれた様子の俺は、刹那を待機形態に戻す。そして俺の事を待ち構えていた鷹兄に、ペコリと小さな会釈をして答えた。なんでこんなに疲れているかと言えば、今日も今日とて模擬戦だったからだ。そう……今日も今日とて!

 

 俺が中3になってからおかしいもん……。いつもといっても差支えがないくらい何処から相手を連れて来て……模擬戦!模擬戦!模擬戦の嵐!しかも勝ち方が気分が悪いにも程がある。毎度の如く例の笑顔が出てしまって……相手が引いてる間に攻勢に出て勝っちゃうんだよ。そんなん、正々堂々とは程遠い。

 

「ところで黒乃ちゃん。今日はこの後……時間はあるかな?」

「…………?」

「君が良ければ、ぜひ食事にでもと思ってね。ほら、この間のお詫びもまだだしさ。」

 

 お詫び……というと、刹那を貰ったばかりの頃の事かな。確かあの時は、急な模擬戦が入っちゃったんだっけ。あまりにも突然すぎたから、お詫びを今度する……って話しだったと記憶している。とはいえ、半ば忘れかけちゃってたけど……。俺の返答は、勿論イエスだ。

 

 今日はイッチーが食事当番ゆえ、遅くなっても平気だ。とりあえず鷹兄の言葉には首を頷かせて、肯定の意志を示した。後は……早めにイッチーに連絡を入れておかないと。今日は飯いらずで、少し遅くなる……だから空メールは2本送っとかないと。

 

「そうかい、それは嬉しいな。」

「…………。」

「時間にはまだ余裕があるから、黒乃ちゃんはシャワーでも浴びてくると良いよ。僕は少し用事があってさ、少し外すね。あ、時間になったら鶫さんが迎えに来てくれるから。」

 

 用事……ってのは、今日の模擬戦相手と今日はお疲れでした的なやり取りでもしに行くのかな。それはいいか、焦らないで良いにせよ……女の子としちゃシャワーくらいは浴びとかないと。俺は更衣室に向かうと、ロッカールームの更に奥まで進む。そこは何とシャワールームになっているのだ!

 

 ……別に珍しくもなんともないか。そんじゃ、ISスーツを脱いで……っと。う~む……裸になる度に思うが、黒乃ちゃんの身体は発育が良いなぁ……。もう……ボンッ!キュッ!ボン!を体現したかのような体型なんじゃないだろうか。スレンダー巨乳の典型?個人的には小さい方が良かったけれど……。

 

 こんな事を言うと鈴ちゃんにぶっ飛ばされそうだけど……マジで重い。俺としても女性の裸なんて見慣れてきてしまったし……それこそ、自分の身体って思ってるせいか本当に重くて邪魔程度にしか思えないんだよなぁ。何センチあったっけ?確か……ちー姉とほぼ同じ体系だったと思うけど。

 

 時々だけど、普通に姉妹と間違えられる時もあるんだよね……見た目似てるし。その時のちー姉は、否定するけど凄く嬉しそうに否定するから可愛い。……って、考え事しながらシャワーを浴びてるが、臭いとか大丈夫かな……?ん、まぁこんなんで良いだろ。ノズルを捻って水の放出を止めると、しっかり身体を吹いてシャワールームを後にする。

 

 あ、ヤッベ……着替え持ってくんの忘れちった。まぁ大丈夫か、自宅じゃないし。自宅だと、イッチーとバッタリコースまっしぐらなんだよね。ラッキースケベ?普通にされてますけど何か?裸でバッタリ、おっぱい揉まれる……本当、俺が中学に入ってからは多発している気もするな。

 

 まぁ全部イッチーに悪気はないって解ってますし。イッチーはMだからご褒美目当てかも知れんけど……。そんなんは良いから、とっとと次に行くか。シャワーだけだから時間はそんなに経ってないし、仕事現場でも見学してみようかな。……と思っていると、更衣室の出入り口前では鶫さんが待ち構えていた。

 

「藤堂様、お待ちしておりました。さ、こちらへどうぞ。」

 

 え……?こちらにどうぞって、ちょっと早くないか。でも調度いい時間になったら鶫さんが来ると鷹兄がそう言っていたのもある。ええい、良いから鶫さんに着いて行ってみよう。俺が通されたのは、大きな化粧室ってか……衣装室?そこには沢山のドレスが並べられていた。

 

「社長がお連れになるレストランでは正装が必要なので、どれかお好みの物があればおっしゃって下さい。」

 

 へぇ、考えてみれば……それが必要だったか。いわゆるドレスコードって奴だな。それは良いんだけど鷹兄、いったいどこまで高級な場所へ連れて行くつもりだい……?ま、まぁ……それは考えない事にして、ドレスを選んでみる事にするか。え~っと、どんなのが良いかな……。

 

「……お困りでしたら、僭越ながらわたくしめが選んでも?」

「…………。」

「かしこまりました。ではやはり、藤堂様には黒がお似合いかと……。」

 

 迷いつつドレスをとっかえひっかえしていると、鶫さんが声をかけてくれた。大人の女性に任せた方が良いと判断した俺は、首を頷かせて鶫さんにお任せする。すると鶫さんが手に取ったのは、黒単色でセクシーなドレスだ。肩やら背中やらがバックリと見えているが、確かに黒乃ちゃんならこれは似合う。

 

「…………。」

「恐れ入ります。お着替えの方はあちらで、終わり次第化粧台の方へお越しください。」

 

 ドレスを受け取り首を頷かせると、鶫さんはそう言った。化粧台ねぇ……メイクも必要か。まぁ、こんな豪華な服装をするのに、すっぴんなままでは味気ないものな。だったら、なるべく鶫さんを待たせないようにしないと。そう思っていたが、ドレスを着るのに悪戦苦闘してしまう。

 

 なんとか着終わって鶫さんの元へ向かえば、配慮が足りませんでしたと頭を下げられる。恐らくは俺が手間取った事に関してだと思うけど、そう言われると恐縮してしまう。そしてその後は、鶫さんの手によって着々とメイクアップされてゆく。それが終わる頃には、かなりの時間が経過していた。

 

 女性の支度には時間がかかると言うが、それをまさか実体験する事になるとは思わなんだ。しかし時間をかけたかいがあってか、とんでもない変貌を遂げている。鏡に映る自分が、まるで自分では無いほどに綺麗だ。黒乃ちゃんの身体だし、自分じゃないと言えば自分じゃないけども……。

 

 黒乃ちゃんの素材を生かすかのように、メイクはナチュラル。そして食事の席という事もあってか、髪は結い上げられている。コレは……有能過ぎるでしょうよ、鶫さん。思わずメイク術とかを習いたくなってしまうような気さえする。俺は立ち上がって、鶫さんに深々と頭を下げた。

 

「良いんですよ、藤堂様。わたくしも楽しみながらさせていただきましたから。」

「…………。」

「それでは、行きましょう。そろそろ社長もお待ちになっているでしょうし。」

 

 鶫さんに連れられて近江重工本社ビルの入り口まで向かえば、確かに鷹兄は俺の事を待っていたようだ。鷹兄に至っては、別に待たせて怒るとかそんなんはなさそうだけどね……。何と言うか、常にふわふわとした人だし。むしろ待ち時間ですら楽しんでいたかもしれない。

 

「社長、お待たせしました。さ、藤堂様……。」

「う~ん、見違えるね……もちろんいい意味で。まるでお姫様みたいだ。」

 

 そう言う鷹兄も今日はビシッと決まっている。俺がお姫様ならば、鷹兄は王子とかの表現が良く似合いそうだ。でも……その頭はセットしないんですね。まぁ天然でおしゃれパーマみたいな髪型だし……問題は無さそうか。逆にストレートパーマにしたらどんな感じになるんだろう……?

 

「それでは社長、藤堂様に失礼の無きよう。」

「解ってるよ、鶫さんに仕込まれたんだから。そういう訳で、お手を拝借……お姫様♪」

 

 お、おお……この滲み出る鷹兄の紳士&爽やかオーラ……。慣れた振る舞いで俺に手を差し出す鷹兄。そのせいか、本当に鷹兄が王子様みたく見えた。思わず反応が遅れてしまうが、俺は鷹兄の手を取ってエスコートされる体勢に。なるべく優雅に振る舞うように心掛け、いかにも高級そうな黒塗りの車へ乗り込んだ。

 

 出発と同時に無言が続く心配をしたけど、鷹兄が運転手さんの紹介をしてくれた。どこからどう見てもジェントルマンなお爺さんは、専属運転手の相模さんと言うらしい。相模さんも俺に気を遣ってくれたのか、鷹兄が小さな頃の話しを聞かせてくれた。

 

 鷹兄は天才少年の名をほしいままにしていたみたいだけど、どうやら少しばかり悪戯も過ぎる物を開発しては周囲を困らせていたとか。鷹兄としても黒歴史らしく、困ったような照れたような表情を浮かべていた。これから付き合いの長くなる人だし、いろいろな一面を知れるのは嬉しく思う。

 

「坊ちゃま、目的地にございます。」

「うん、ありがとう相模さん。」

 

 車が乗り付けたのは、これまたとんでもない高さのビル……ってかヒルズ?って奴かな。鷹兄のエスコートに導かれ車を降りれば、周囲には……ドレス姿の綺麗な女の人が沢山!ムフフ、やはりセレブは美人が多いなぁ。そうやって女性達を嘗め回すように見ていると、鷹兄が俺の耳元で囁いた。

 

「大丈夫、ここに居る誰よりも君は綺麗だよ。」

「…………。」

 

 あっ、いやそんな……見劣りしてるとか思ってるんじゃなくて……。でも理由はどうあれ褒めてもらったんだし礼をしておくのが義理だろう。ここじゃ深々とした礼は浮くと思って、会釈するように小さく身体を曲げた。……って、あんまり前のめりになると胸がポロリしそうだよこのドレス……。

 

「それじゃ、行こうか。」

「…………。」

 

 お、おうよ鷹兄……。あ~……え~っと、女の人は男性の腕にそっと寄り添わないといけないんだったかな。失礼しま~すと言った感じで、恐る恐る鷹兄の腕を取った。でもこの体勢……嫌でも鷹兄の腕におっぱいが当たっちゃうな。いや、別に俺が嫌とかじゃないけどさ……。なんかこう、鷹兄の身体が少し強張ったのが解ったから。

 

 鷹兄、ほんと申し訳。あててんのよ、じゃなくてあたっちゃってんのよな状態なわけでさぁ。ほら、俺のおっぱい大きいから。……何を自慢げに言ってるんでしょう。とにかく、男としていろいろキツイ所はあると思うけれど……人の目があるうちは我慢してつかーさい。

 

 ちなみに、レストランは最上階なんだそうな。エレベーター内の無言が滅茶苦茶痛々しかった……。なんでだろうね、俺が無言なのなんていつもの事なのに。しっかりせいと自分に言い聞かすと、鷹兄の横をピッタリと歩いて行く。そして辿り着いたレストランでは、マネージャーさんが俺達を待ち受けていた。 

 

 詳しく知らないけどさ、マネージャーさんってなんか偉いポジションの人じゃなかったかな?鷹兄の来店でわざわざ顔を見せに来るなんて、近江という名の重さを思い知った気がする。その考えは、通された場所が更に物語っていた。そこは個室と呼ぶにはあまりにも広い。庶民には到底踏み込めない領域だ……絶対。

 

「黒乃ちゃん、こっちにおいでよ。」

「…………。」

「ここからの夜景、凄く綺麗でしょう?僕には少し眩しすぎるくらいだけど。」

 

 萎縮して足が止まってしまったが、鷹兄が俺を呼ぶ声で目が覚めた。手招きする鷹兄の横に立ってみると、とんでもないパノラマが目の前に広がっている。一面ガラス張りの壁から都会の夜景が一望できるじゃないか。鷹兄の眩しすぎるって感想……なんだかよく解かるなぁ。

 

 ……あ、鷹兄の目ぇ開いてる!?その顔つきも真剣そのものなところを見ると、予想通りに真面目な事を考えると開眼するんだな。っへ~……糸目だったから解りづらかったけど、ちゃんと開いたら切れ長で鋭い目つきなんだ。日ごろのゆるふわな雰囲気は鳴りを潜めて、鷹の名に相応しい猛禽類のような雄々しさを鷹兄から感じた。

 

「…………。」

「黒乃ちゃん……?」

 

 ヤベッ、ずっと見てたせいでバッチリ目が合ってしまう。そこで目を逸らすと、何か誤魔化したと言っているような物だ。だからこそ俺は、負けじと鷹兄の目を見続ける。すると鷹兄は、どういう事か俺の腰に腕を回して自身へと密着させる。……どういう事なの?まぁ別にいいか、なんとなくムーディな雰囲気にしたのは俺だろうし。そのくらいなら全然許す!

 

「……そろそろ席に着こうか。ずっと景色ばっかり見て立ってお腹は膨らまないし。」

「…………。」

 

それは鷹兄の言う通りだ。でも、おかげで心は満腹だよ……なんつって!1人心の中で恥ずかしい台詞を呟くと、鷹兄が椅子を引いてこちらへどうぞお姫様なんて言う。……紳士、金持ち、イケメン、頭良いとか……貴方は何処の乙女ゲーから出てきたんです。そんな人に連れられているんだから、はしたない真似はできないぞ……。

 

 

 

 

 

 

「さぁ着いたよ、お姫様。」

 

 ……ハッ!?鷹兄にそう呼びかけられ意識を覚醒させると、俺の視界に広がるのは織斑家邸宅からもほど近い最寄駅だ。少しばかりボーッとしてたみたいだど、食事に関しては夢じゃないよね……。いや、だってさ……本当に夢のような時間だったんだもの。

 

 いわゆるコース料理ってのが出てきたわけだが、テレビで見た事しかないような高級食材がふんだんに使われていた。あ~……あのオマール海老は美味かったな。……シンプルにA5ランクのフィレステーキも捨てがたい……。俺決めた、鷹兄に一生着いて行くわ。

 

「今日は無理を言ってごめんね。お姫様は楽しめたかな。」

「…………。」

 

 それは愚問という奴ですぜ鷹兄。俺はすぐさま首を縦に振って肯定を示した。この間のお詫びも兼ねてるとか言ってたけど、俺からすればお釣りがくるくらいだ。つつましい庶民的な生活を送ってますからね~……。まぁ今のところ食いっぱぐれる事も無いから問題は無いけど。

 

「あ、そうだ……。君がお酒が飲めるようになったら、また食事に誘っても良いかな?」

「…………。」

 

 行く行く行く!絶対行きます!前世じゃ酒とか得意な方では無かったけど、とにかく鷹兄と食事ってのなら何処へだって着いて行かせてもらいます。……どうやら俺は、完全に餌付けされてしまったみたいだ。それはとにかく、再度の問いにもしっかり首を縦に振る。

 

「名残惜しいけど、今日はこの辺りで……。」

 

 鷹兄は解散の音頭を取ろうとして……止めた。表情はいつものゆるふわモードに戻っているため、何を考えているかは読み取ることはできない。でも、何かに気が付いたみたいな印象を……も、もしかして……ばれているのか?俺が……実はずっとトイレを我慢しているという事を!

 

 例え喋る事が出来たとしても……スミマセン、トイレって何処ですか?……なんて聞ける雰囲気じゃ無かったんだもん……あのお店!そんで喋られないから最悪だよね。結果、模擬戦が終わってからず~っと我慢しているのである。た、鷹兄……もし気が付いたのなら立ち去ってくれるとありがたいんだけど……。

 

「気をつけて帰ってね。おやすみ……お姫様♪」

「…………。」

 

 鷹兄はそう言うと俺の前髪を手の甲でどけて、額にチュッとキスを落した。あ~……これはアレか、酔っぱらってるか……もしくは妹扱いされてるかだな。キスはする場所によって、意味合いが変わってくる……とかだった気がする。ってか、そんな事よりも……ずっと我慢してたトイレの限界が……。

 

 なんかはしたないけれど、身体を動かしていないと気が散らせない。鷹兄はそんな俺の様子をニコッと笑うと、足早に車へと乗りこんでしまう。あ、今のは解る……今のは絶対に意地悪な微笑みでしたわ。つまりトイレに行きたいのバレテーラ。鷹兄……俺にもそれなりの恥じらいってもんは―――

 

「……よう。」

 

 はぁぁぁぁん!?び、ビックリしたぁ……勢い余って、おしっこを漏らすところだった……。あっ、ヤバッ……この安堵感もヤバイ……ぼ、膀胱が……安心感からか緩む……。もー……イッチー!驚かすなよ、おかげでこんな場所で漏らし……イッチー?なんでイッチーが、ここに居るのだろう。

 

「遅いから心配して様子を見に来たけど、今の……誰だ?なんで男とこんな時間まで外をほっつき歩いてんだよ。もしかして、何かされたのか?どうなんだよ……?」

 

 ひうっ……!?ど、どうしたのさイッチー……。そんな捲し立てるみたいに言われたって、俺が答えられないのなんてイッチーが1番良く解ってるはずじゃん。ってか、何でキレてんの……カルシウム不足?いかんよー最近の若い子はさぁ……小魚食べな、小魚。

 

「……悪い、大きな声出して。帰ろうぜ……。」

 

 いや帰ろうぜってアンタ……俺ってば、駅のトイレを借りようと思ってたんだけど。な、なんか……小学生の時にも似たような事があった気が……。あの時はイッチーの手を振り払ったが、今日のは無理そう……。イッチーは、痛いくらいに俺の手を握って引っ張っているから。何とか家まで耐えろ、そう唱えながら連行される俺だった。

 

 

 

 

 

 

(遅い……あまりにも遅すぎる……。)

 

 夕暮れ時に黒乃からメールの回数からして、夕飯はいらないって事も遅くなるってのも理解が出来る。それにしたって、遅すぎやしないだろうか。だってもう……10時を回ってしまいそうなんだぞ。黒乃がそこらの男よりも強いなんて知ってるけど、流石にこれは心配だ……。

 

『アンタ、心配し過ぎ。』

「…………。」

 

 その時ふと、祖国に帰ってしまった友人の声が頭でリピートされる。黒乃だって子供じゃない。そんなの、俺だってよく解かっている。だけど、俺の気持ちは誰にも解からない……。実の両親に捨てられて、親代わりになってくれた黒乃の父さんと母さんも死んじゃって。箒が居なくなって、束さんが居なくなって、鈴が居なくなって。

 

 皆……俺の前を去って行ってしまう。こんな希少な体験をしたせいか、いつも隣に居てくれる黒乃の事だけはと思ってしまう……。そうだ、誰にも解かる物か……気付けば必ずそこに居てくれる人を異様に心配してしまう気持ちなんて。俺は厚手の上着を引っ掴むと、乱暴に外へと飛び出た。

 

 しっかりと鍵は締めておいて、俺は駅の方に向かって歩き出す。いつ電車が来るなんてこんな遅い時間のはいちいち覚えてやしないけど、最寄りの駅で待っていれば確実だろう。そのうちに黒乃が顔を見せると、自分に言い聞かせて夜道を歩いた。

 

 早歩きでもそれなりに距離はあるが、遠目に最寄駅が見えてきた。夜遅くても人が集まる地域ならまだしも、住宅街とも少し距離のあるこの駅に人の姿はまばらだ。そんな寂しい駅の出入り口付近に、とてつもなく目立つ高級車が止まっていた。そこから降りて来たのは1組の男女……一方は、どこから見ても黒乃だった。

 

 ……あの男が誰か知らないけど、こんな時間まで黒乃を拘束しやがって。文句の1つも言いたいが、今は黒乃を回収する方が先決だ。そう思って俺が更に歩く速度を上げた途端の事だ。確実に……男は俺にニヤリと目配せをした。そして次の瞬間に、信じられない行動に出る。

 

 あの野郎、黒乃のデコにキスしやがった……。それを理解した俺は、何か……頭に血が一気に登るかのような感覚を味わう。……黒乃に、俺の家族に……!俺の黒乃!俺から黒乃を奪うのか……?俺の隣に居てくれる黒乃を、俺から取るつもりなのか……!?俺の中に芽生えているのは、明確な殺意……。

 

 ……は?いや、待てよ……落ち着け、俺は何を……?俺の黒乃って、黒乃は誰の物でも無い……。黒乃は黒乃だ。そう……黒乃は黒乃。俺の隣が定位置の、心優しい家族。なんだって俺は、黒乃を物扱いしたみたいな言い方を……。冷静になろうとしても、自己嫌悪でまともな態度が取れない俺は……。

 

「……よう。」

 

 黒乃に幾分か苛立ちをぶつけるかのような態度をとってしまう。……最悪だ。黒乃は何も悪くないのに、あのクソ野郎の事を思い出すと……イライラしてしょうがなくなってしまう。その事にまた俺はイライラして……。最悪な悪循環が、俺の頭の中で渦を巻く。

 

「遅いから心配して様子を見に来たけど、今の……誰だ?なんで男とこんな時間まで外をほっつき歩いてんだよ。もしかして、何かされたのか?どうなんだよ……?」

 

 クソクソクソクソ!俺は、何をやってんだよ……!黒乃が返事をできない事なんて、当たり前の事だ。それなのに俺は、こんなにも声を荒げて……いったい何がしたいんだ!俺には解る……。黒乃は今、俺に怯えている。多分他の奴には解からない些細な変化だけど、珍しいだけに俺にはハッキリと解ってしまう。

 

「……悪い、大きな声出して。帰ろうぜ……。」

 

 とりあえず謝ったが、黒乃の顔なんて見てはいられない。俺は黒乃の手を強引に掴むと、背を向けて黒乃を引っ張る形で家の方へと歩く。この繋いでいる手は、俺だけの特権だったはずなのに……。遠くに行かないでくれ、俺を1人にしないでくれと……そんな想いで、俺は黒乃の手を強く握った。

 

 

 




黒乃→お、おしっこ行きたい……。(モジモジ)
鷹丸→少しは男として意識されてる……のかなぁ?


一夏、まさかの『俺の黒乃』発言。
ですが、意味合いとしては家族としてのニュアンスが強めと解釈していただきたい。
これが恋愛感情になるかは、様子を見ながらと思っていますので。

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