静かな満月の夜、暗い道を歩く衛宮士郎と織斑千冬は無意識ながらも静かなこの時間を楽しんでいた。しかし、衛宮士郎はふと思い出した。公園での織斑千冬の行動を。責めている訳ではない。弟のために一生懸命になろうとしたことだ。一体誰が責めることが出来ようか。たとえそれが他人に冷たい目で見られるだろうとも、織斑千冬は弟の織斑一夏の為に女性にとって一番の辱めとなる売春ですら躊躇なくやる。その覚悟はあるだろうと衛宮士郎は感づいていた。
あんなに孤高のような美しさを持つ一本の赤いバラの様な織斑千冬が汚される。衛宮士郎の心の中で怒りが満ちる。今はまだ気が付いてないのだろう。まるで子供が大切なオモチャを壊された時と同じような想い、まるで『壊されて悲しい』という想いが『壊された』という怒りで塗りつぶされていることに。
すでに衛宮士郎の心の中に織斑千冬という存在は無視できない程になっている事に頭(想い)では気が付いていても、己の中にある心(想い)は気が付いていないのだ。誰しも強い想いによって清い想いは気が付かないのと同じだ。
今衛宮士郎の心の中では『織斑をあんな顔をさせる奴がむかつく』『織斑にあんな顔をさせたく無い』という気持ちが一番大きい。
『正義の味方になる』―――。
それは衛宮士郎にとって最も綺麗で、憧れで、夢で、養父である衛宮切嗣から受け継いだただ一つの『希望』。
しかし中学生の衛宮士郎に出来ることなど無いに等しい。否、出来ないと言った方がいいだろう。そして自分もまた保護者が必要な年齢である。出来ることがない自分に腹が立って仕方なかった。
けれど、何かしらしなければ織斑千冬は確実に今日のように雑誌を見て、探し、体を汚すだろう。それだけは絶対に嫌だ! させない! 静かな夜とは違い衛宮士郎の心の中は強い想いで一杯であった。
気が付くと一軒の家に着いた、表札には『織斑』と書かれており、ここが織斑姉弟の家なのだなとわかる。
「今日はすまなかったな、衛宮。ありがとう、助かった」
「気にしなくていいさ、もし織斑さえよかったら、また来てくれ。俺が腕によりをかけるぞ」
「ククク、そうか、ありがとう。その時はまた行こう」
「ああ、それじゃあまた明日、学校でな」
「ああ」
織斑千冬は衛宮士郎がおんぶで背をっていた織斑一夏をゆっくりと抱っこする。そして、家の中へ入っていき、衛宮士郎の視界から消えた。
次の日、何時ものように藤村大河(虎)に料理(エサ)をあげて、学校へ来た。のだが、何時もより30分早く教室へ来てしまったようだ。その事に自分で自分に苦笑し、余った時間で織斑千冬に何ができるかを考え始めた。
しかしどう考えても最大の問題点がどうにも出来ない。そう生活するうえで最も必要で大切なモノ、お金の問題である。織斑千冬は昨日100万の貯金通帳はあると言っていた。しかし100万で1年生活するとしても8万程しか使えない。他にも水道、ガス、電気はもちろん電話の通信料や食費がある。1人暮らしなら約7万で生活できるが、これ以外にもあの一軒家に家賃が必要ならばさらに掛かるだろう。
衛宮士郎が出来る事と言えば共に食事をして少しでも食費を抑えるということぐらいしかできない。あとは織斑千冬次第であるが、共に暮らす事で電気、水道、ガス、通信、家賃の問題はかなり抑えられるが、そこは男と女だ。
恥ずかしいという気持ちからこの事を切り出すことなどできない。
しばらくして、他のクラスメートが教室へやってくる。軽い挨拶をしながら衛宮士郎は織斑千冬が来るのを待っていた。授業開始30分前になるといつもの凛とした孤高の美しさを醸し出す織斑千冬が教室へやってきた。
その様子に安堵しながら、この日1日の授業を迎える。
学校が終わる頃にようやく衛宮士郎は1つ案が出来た。それは「衛宮士郎」にしては珍しい「他人を頼る」という答えだった。そう、衛宮士郎は織斑千冬の問題は解決策が思いつかなかった。そしてふと自分の保護者の役割をしてくれている「藤村雷画」のことを思い出したのだ。
そして藤村雷画を頼るという解決策とは言えないが解決できるかもしれない案であった。
即行動、衛宮士郎は学校が終わり次第に藤村組へと直行した。
「で? 話ってのはなんでぇい、士郎」
藤村組へ直行した士郎は顔見知りの人に案内してもらい、話そこそこに本題を切り出した。
「俺のクラスメートに昨日いきなり両親がいなくなったんだ」
「まぁ、よくある話だな」
「ソイツには弟がいて、昨日お金を稼ごうと、その、ふ、風俗の、バイトを、見てたんだ」
「いい嬢ちゃんじゃねぇーか。で? 士郎はソイツを助けてくれと言いに来たってわけか?」
「俺が出来る事を考えた、けど出来るとすれば一緒に住んで生活費を抑える位だ。お金の問題は解決できない。だから! お願いがあるんだ!」
「……フゥー。 なるほどなぁ、金を貸してくれってことかい」
「ああ、無論。少しずつ返していく。だから! お願いだ! 貸してくれ!」
衛宮士郎はそう言って、頭を畳にぶつける勢いで下げた。その体はよく見ると震えている。藤村雷画はその様子をじっと見つめる。
無言の時間が流れる。そしてふぅと藤村雷画はため息を吐いた。
「いいだろう」
「っ! 本当か!?」
「ただし条件がある」
「条件……」
「士郎、おめぇの夢を、「正義の味方」を諦めな」
この時、衛宮士郎は自分自身の時が止まった様な感覚がした。何を言われたのかわからない。頭が真っ白になる感覚。それは中学生の衛宮士郎を谷底へ落とすような感覚だっただろう、しかし藤村雷画はそれを躊躇なく言った。
「な、」
「もう一度言うぜ、夢を、「正義の味方」を諦めな。そうすりゃあその嬢ちゃんたちの生活費ぐれぇは面倒見てやらぁ」
「な、え……」
「その嬢ちゃんたちを選べば、おめぇは「正義の味方」っつー夢を諦めるんだ。だが、嬢ちゃんたちを諦めりゃあ、「正義の味方」にでもなんでもなって、たくさんの人を救えばええ。
言い換えりゃあ。今救える嬢ちゃんたちを諦めるか。未来で嬢ちゃんたち以上の不幸なやつを救うか。どっちか選べ」
重い。体がまるで石になったかのように衛宮士郎は自分の体が重くなるのを感じた。その状態で藤村雷画の言葉を聞いて、耳を塞ぎたくなるが、出来なかった。それは藤村雷画の真剣な瞳がそれを許さなかったからだ。
考えが付かない。今衛宮士郎の頭の中は真っ白で何を考えようとしても何も出てこない。まるで真っ白の紙に黒が塗りつぶされた事で黒の鉛筆、又はシャーペン、ボールペンで何を書こうとも読めないという具合だ。
「流石に今答えを出せなんて言わねぇが、よく考えときな」
それが藤村組を出た後の衛宮士郎が聞いた最後の言葉だった。
すこし暗いですかね? 衛宮士郎のよくある話
1を捨て、9を救う話を意地悪のように書きました。
中学生に夢を諦めろとか雷画さん鬼畜過ぎる。
(ごめんなさい)
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