艦これ外伝〜Memory of Crossroads 〜   作:えいえいむん太郎

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第二章日本、不知火編
4.Yokosuka to Tel Aviv


***

A man's note(ある男の手記)

 

その男は、天才的な頭脳の持ち主だった。天才、というのは曖昧で陳腐な表現かもしれないが、ノーベル賞や、数学のフィールズ賞を受賞したりする人物はみな天才と言えるだろう。ハーバード大学を出た人物は、秀才でこそあれど、優秀な人材であれど、全員が天才というわけではない。そもそも天才とは、たった一つの発明や技術で、世の中をひっくり返すほどの革命をもたらす存在なのである。また、天才はなにも理系だけに限った話ではない。ゲーテ、ニーチェ、ベートべン、モーツァルト、トルストイ、芥川龍之介、三島由紀夫、ヘミングウェイ・・・。彼らは偉大だ。その男は、日本政府、アメリカ政府、ロシア政府を始めとする10以上の政府と国際機関に危険人物指定、要するにテロリストや独裁者などと同列に扱われていると同時に、彼の頭脳、技術力を各国は欲しがっていた。

彼はよく大言壮語だ、と言われているが、彼にかかれば現在の世界のパワーバランスを滅茶苦茶にすることも可能であった。彼の一言にはそれだけの重みと、奇妙な説得力があった(were persuasive) のだ。・・あった、というのは、彼はもう彼の研究、仕事からは一線を退き、アメリカののどかな郊外の田舎で、ひっそりと暮らしている。私の知り合いのCIA職員は、その男のことをこう呼んだ。

 

 

「アメリカ合衆国を震え上がらせた悪魔の東洋人(The devilish oriental who sent shivers up American's back)」と。

 

一時は彼の暗殺計画も政府内部で持ち上がったが、彼の能力は殺すには惜しい、いやむしろ損になるということで、強制的にアメリカ合衆国に忠誠を誓わせ、アメリカ海軍に特別招聘技術協力員として研究活動に従事させた。私はその男と二度あったことがある。一回目は、アメリカのとある収容所の独房で、二回目は、モナコの高級リゾートで、会話を交わした。

彼については、またどこかで述べる機会もあるだろう。人類を破滅に追い込んだかもしれない「あの化け物」を創り出した、あの日本人のことをーー。

 

***

 

提督ーー彼はどこにでもいる普通の提督だ。部下に優しく、仲間思いの上官として知られている。階級は大佐。

 

「それでは、失礼します」

 

彼は上官である海軍大将に敬礼すると、静かにドアを閉めた。そして、部屋の外で待っていた秘書艦に声を掛ける。

 

「待たせたな、叢雲。さあ、帰ろうか」

 

叢雲は、彼に気付くと、髪をいじるのをやめて、二人は長い廊下を歩き出す。

 

「随分長かったみたいだけど。また、『例の話』?」

 

「いや、今回は違ったんだが、また色々と面倒くさいことになりそうでな。主に、準備とか」

 

彼女はジト目で提督を見て言った。

 

「何よ、はっきり言いなさいな。今度は何なのよ」

 

「・・・今、聞きたいか?」

 

「・・・じれったいわね、秘書艦に言えないことなの?機密?ならいいけど」

 

「いや、別に機密じゃあないが、凄いビックイベントだ。観艦式をやるんだと」

 

「ふーん・・・観艦式ねえ・・・このご時勢に、そんなことやってる暇と予算があるのかしら。今じゃ原子力空母も、ただ金のかかるデカブツで、何の出番も無いっていうのに」

 

叢雲は皮肉っぽく言う。事実、深海棲艦に制海権を奪われ、各国のライフライン、輸送路が破壊され経済バランス、軍事バランスが滅茶苦茶になったこの世界で、各国の軍事予算はいつ起こるかも分からない核戦争や、突発的な過激派によるテロリズムへの対策ではなく、破壊されたインフラの復旧、復興、深海棲艦から民間船舶を守るための新技術の研究、より対深海棲艦に特化した新兵器の開発に割かれることになった。深海棲艦は人類共通の敵であり、各国は互いにいがみ合うより、この緊急事態に共存の道を選んだ。この不安定な世界情勢で、いつ、どの国が暴走し、軍事衝突が起きるかという懸念もあり、人類間での戦争、紛争が一時的に停戦状態にあるとはいえ、やはり世界最強のアメリカ軍の原子力空母、というのは抑止力となる。東アジアで、本格的に即時運用可能な艦娘の育成システムと設備、施設、そしてその準備が出来ているのは日本だけだ。経済成長著しい東南アジアで、艦娘を持たない、ある大国が起こすアクションは、たった一つ、海底資源、漁業権の独占だ。深海棲艦による海上の大虐殺の混乱に乗じて、その大国は独自に、そして一方的に線引きをし、領海侵犯・領空侵犯を繰り返した。さらに不法漁業に武装船による脅迫まがいの示威的行動など、大問題を引き起こしている。ASEAN各国は名指しで某国を非難した。第7艦隊及び海上保安庁、そして日本海軍は警戒を強めている。ちなみに日本国憲法は既に改正され、自衛隊は国防軍となり、元々旧日本海軍色が色濃く残っていた海上自衛隊は現代の大日本帝國海軍風に少しずつ感化されていった。昔の艦の名前を引き継ぐ艦娘が現れ始めたので、当然といえば当然かもしれないが。

 

「あー叢雲?念のため言っておくが、普通の観艦式じゃないぞ。『艦娘』の観艦式だそうだ」

 

叢雲は一瞬歩く足を止め、まじまじと提督の顔を見た。

 

「えっ・・・?どういうこと?」

 

「そのまんまの意味だ。しかも相模湾じゃなく、アメリカでやるらしいぞ」

 

「はあ!?アメリカ!?ちょっとそれ、どういうことよ!?聞いたことないんだけど」

 

普段は冷静な彼女も、自分の声が大きくなっていることに気づかないほど驚愕したらしい。

 

「なぜこの時期なのかは分からないけどなあ。急な話だが、アメリカ海軍直々のオファーだそうだ。日本だけじゃなく、ドイツ、イタリア、イギリスの艦娘も来るらしいぞ。まあ、詳しい話はまた鎮守府に帰ってからするよ」

 

「艦娘の観艦式って、一体どういうことなのかしら・・・」

 

その時、廊下の曲がり角から、身長が2メートルはあるかという髭面の大男が、我が物顔で闊歩してくるのが見えた。彼の横には、陽炎型の制服を着た艦娘が控えている。その大男は、提督を見つけるなり、ドスンドスンと大股で彼の元に歩み寄ってきた。

 

「よう!大佐じゃねえか!」

 

その巨漢は提督の肩をバンバン叩き、

 

「おうおう、久しぶりだな、元気してるか、半年ぶりか?ん?そこにいんのは叢雲の嬢ちゃん・・・か?なんだよ、スッゴイ綺麗になっちまって、ええ?すげぇ色っぽいじゃねえかよ」

 

叢雲は、顔を引きつらせながら、「あ、ありがとうございます」と軽く頭を下げる。

 

提督は叢雲の前に出るようにしながら、「先月彼女も無事改ニを迎えましてね。お久しぶりです、宮元少将」と挨拶した。

 

「そりゃめでたいな。うちの不知火にゃぁ、まだまだ改ニは来そうにねえなぁ。まあ、艦娘によって艤装の調和周期も、適切な改修時期も違うしよ、こればかりは大本営のジジイどもの決定と技術局のインテリ共の腕次第だがな」

 

宮元はガハハと豪快に笑う。彼の隣に無表情で佇む不知火は、弁解するように静かに口を開いた。

 

「そもそも、不知火達陽炎型自体には、誰一人として第二次改造のゴーサインが未だ出ていません。我我は他の駆逐艦と比べて高性能な新鋭駆逐艦として設計されました。第一次改造のみでも十分前線で戦えるだけの能力を有しています。・・・艦娘の戦力は、その元元の性能や装備以上に、日頃の訓練や演習で培われる基本的な技術と体力、そして何より場数を踏むことで向上する練度によって左右されます。改ニが来れば、それに越したことはありませんが」

 

それを聞いた宮元は、目を丸くして、意外そうに、「不知火よ、今日はよく喋るじゃねえか。でもそりゃぁ嫉妬にしか聞こえねえぞ、おい」と不知火をからかうが、

 

「事実を述べたまでです。司令が一番よくご存知のはずですが?」と不知火は淡々と返す。

 

「まあな」と目を反らす宮元。

 

「ところで、少将達は本日は何の御用で本部に?」と提督が聞く。

 

「ああ、まあ、あれだ。帰国したからその報告みたいなもんよ。相変わらず、いけすかねえ場所だぜここは。一応公務ということで飛んでるからな、書類も書かねえといけねぇ。長時間フライトするだけの価値はあったがな」

 

「外国に行かれてたんですか?するとアメリカですか?」

 

「いや、イスラエルだ。日以友好交流って名目でな、俺が代表団の顧問でな、不知火連れて国際親善試合やるついでにクラヴマガの黒帯更新してきたよ。いややっぱ本場の選手は強え。」

 

「不知火も、クラウマガは初体験でしたが、とても興味深い格闘術でしたね。日本でも訓練したいものです」とどこか恍惚とした表情で不知火が言う。

 

宮元勝哉少将は、身長192cm、体重110キロの巨漢である。空手二段、柔道三段、剣道ニ段、クラウマガ黒帯。海軍の中では一番喧嘩が強いと言われており、性格は大胆不敵にして豪快、気性が荒い。しかし、よくある脳筋タイプではなく、時に慎重に時に大胆にその場に応じた適切な判断を下すことの出来る人物でもある。「現在の」彼自身の信条として、「一人でも中破したら即作戦中止」がある。アラブ人のような髭を生やし、色黒で、日本人離れした体格の為、よく外国人に間違われるが(大して彫りは深くないのだが)、彼はれっきとした純日本人である。幼い頃、外交官兼諜報員だった父親の仕事の都合でイスラエルで過ごす。現地のクラウマガ(=イスラエルの軍隊式格闘術)道場で練習を重ね、ヘブライ語を不完全ながら習得。クラウマガを通してイスラエル軍や現地有力者に独自のコネクションを持つ為、日本政府から様々な名目で支援金を与えられ、ヘブライ語通訳や訪問団親善大使として日本ーイスラエル関係を良きものにし続ける為海軍の提督としての業務の他外交官としての側面も合わせ持つ。髭は、現地アラブ人やユダヤ人に警戒心を与えない為に彼らの習慣を真似している。帰国後、日本海軍(当時は海上自衛隊)に入隊。五年前の深海棲艦に対する大反抗作戦にて、横須賀鎮守府付き統合戦略作戦室副室長を務め、日本海軍の総力を持って敵勢力の棲地を完全撃滅する「撃・9X号作戦」「Operation ・SIKISIMA」と呼ばれる大規模作戦を多数の損害と犠牲を出しながらも成功に終わらせ、敵該当勢力の弱体化並びに極東地域の制海権、制空権を奪取、東アジアの海に安定を取り戻した功績から、少将に昇進。現在、横須賀鎮守府第二艦隊の提督を務める。通称、「鬼の宮元(by海軍同期生)」、「ジャガーノート(byイスラエル人)」、「カチ割り勝哉(by空手道場同期生)」。

 

不知火。陽炎型二番艦。体格は一般の女子中学生ほど。性格は冷静、冷徹、冷酷、無愛想、皮肉屋。7年前より宮元の初期艦、秘書艦、ボディーガード、通訳、秘書艦総代を務める。宮元より武術指導を受けており、一般の武道大会や海軍内の道場で鍛錬し、艦娘ながら段位を取得。国際的に軍服を脱いで名前を名乗る時は、「椎羅(シーラ)・Shelia(不知火から二文字を取って)」の名前を用いる。プライベートでは宮元の姪ということになっている。宮元とはケッコン済み。アメリカ滞在経験がある為、英語が堪能。横須賀鎮守府内の秘書艦連絡会議の中でも有名であり、その眼光は大の大人をも萎縮させる。駆逐艦としても兵士としても実戦経験が豊富で戦果も多い。元から戦闘マニアであり、宮元の影響からか格闘マニアでもある。通称「Killing machine(殺人機械) 」、「Scary Shelia(恐ろシーラ)」、「Monster(化け物)」。座右の銘は「Born to kill(殺すために生まれた)」。

 

この二人が歩いていて、道を譲らない者はいないと言われる程、威圧感がとんでもない。

海軍大将でさえ、立場は上とはいえ宮元と話をする時は少し緊張すると言う。

 

「日本じゃ、まだまだ知名度は低いがな。道場はないことは無いが、しばらくは俺が相手になってやるよ、不知火。お前や叢雲の嬢ちゃんも、どうだ?護身術としても、クラヴマガは使えるぜ」

 

「私は武道の科目の柔道で少将にぶん投げられてからもう格闘技はこりごりですよ・・・何より痛いのは苦手でして」

 

「私も、遠慮しておきます・・・」と提督の後ろから小さく叢雲が手を挙げる。

 

「そうか?まあ人それぞれだから強制はしないが。しかし艦娘も自衛の手段は覚えておいて損はないと思うぜ、俺は。特に駆逐艦は体が小せえ。艤装を外しゃ、そこらの小学生と身体能力は変わらねえし、いざという時の為に自分をきちんと守る、ってのは大事だ。一回上に艦娘の武術訓練を必修化すべきだって意見具申したんだが、ジジイ共は全く取り合わねえ。未だに艦娘は人間じゃねえとかいう古臭え固定概念から切り替えられねえのさ」

 

「いざという時、というのは、具体的にどういう状況ですか?」と提督が質問する。

 

「一言で言えば、自分の上官、つまりは提督に襲われた時だろう。性的にな」

 

「・・・・・・ッ」それを聞いて叢雲は嫌な顔をする。

 

「・・・・・・・・・」不知火は無表情のまま。

 

「俺が可愛がってた部下の一人に駆逐艦に手を出して憲兵にしょっぴかれた奴がいた。奴の部下は全員奴を信用しなくなり、度重なる命令違反、命令無視を経て、遂には戦艦にクーデター紛いに捕らえられ、その艦娘らは本部に提督を通報し、大本営は奴を解任し、営倉にぶち込んだが」

 

宮元はバツが悪そうに続ける。

 

「心に傷を負ったその駆逐艦娘はどうなる?何の保証もねえ、アフターケアもねえ。彼女は男性恐怖症になり、誰も信じられなくなり、姉妹艦にすら別人のように振る舞い始めたと。最終的に、その娘は自ら解体を望んで、艦娘を辞めたよ」

 

「酷い話ですね・・・」

 

「全く胸糞悪いよ。奥井中将の呼びかけが無きゃ、今みたいに各鎮守府に艦娘専用の女医がいるなんてことはあり得なかったろうな」

 

「ええ、今まで誰もが考えながらも誰も実行に移さなかったことでしたからね。奥井中将の功績は大きいです」

 

「ところでよ、丁度良い、お前五分だけ時間ねえか?今更だけどよ。ちょっと話したいことがあるんだが」

 

「ええ、構いませんが」

 

「不知火、ちょっと待ってろ。叢雲の嬢ちゃん、悪いな、少し王子様を借りてくぜ」

 

「了解です。」と不知火は一言。

 

「な、な、だ、誰が王子様なんですか!!早く連れてってください!」と顔を真っ赤にして言う叢雲。

 

ガハハハ、と豪快に笑う宮元、苦笑する提督は、人気の無い屋外階段の踊り場の方に消えて言った。

 

**

「あーもう、私、アンタの司令官苦手だわ・・・」げんなりして叢雲が言う。

 

「司令は貴女のことがとてもお気に入りのようですね。不知火が知る限り、叢雲以外の他所の艦娘に、あのような喋り方をしているのは見たことがありません」

 

「それ、私だけがからかいの対象になってるってことじゃないの?」口を尖らせて言う叢雲。

 

「司令は貴女のことを評価しているのですよ。不知火は何度か、司令が貴女の上官と貴女を褒めている言葉を口にするのを聞いています」

 

「ふーん、そう・・・なら、いいんだけど・・・あのさ、ちょっと聞きたいんだけれど」

 

「なんですか?」

 

「それ、指輪・・・」と叢雲が不知火の薬指を指差す。

 

「ああ、これですか?ケッコン指輪です。それが何か?」

 

「いや、その・・・アンタ、いつケッコンしたの?」

 

「丁度半年前ですね。叢雲達と最後に会って、その次の週くらいに練度99を迎えましたので。そう言えば、言っていませんでしたね」

 

「そ、そうなんだ。お、おめでと。・・・ふーん」

 

「・・・・・・どうも。」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

二人の間に沈黙が訪れる。

 

「あ、あのさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」と叢雲が切り出す。

 

「どうぞ」

 

「その、アンタは、アンタの司令官から指輪を貰って、ケッコンを迎えた時、どんな気持ちだったの?」

 

「・・・・・・」不知火は、意外そうな表情で叢雲を見た。

 

「え?・・・あ、ごめん、ちょっと気になっただけで、プライベートな質問だったわよね、無視して、ホントに少し気になっただけだから」叢雲は慌てて弁明する。

 

ふむ、と不知火は腕組みして、「それは今まで考えたこともありませんでしたね、改めて客観的に自分自身の心情を分析するというのは・・・」

 

「そうですね、具体的に言葉にするのは難しいですが、司令から指輪を頂いた時、不知火は、少し幼稚な言い方ですが、『ワクワク』していましたね。ケッコンカッコカリを果たした艦娘は、さらに強くなることが出来ます。潜在能力をさらに引き出して、限界値を超えてーーそれは通常の訓練や演習では身に付かない、特別な戦力です。不知火は自分が強くなる瞬間がとても好きなのです。足柄さんではありませんがねーー」

 

にこりともせず不知火は淡々と言い、

 

「次に感じたのは、『期待』ですかね。つまり、不知火は司令から戦力として期待されているので、それに応えなけえばならない、より精進しなければならないという『使命感』です。そして、何より『感謝』です。司令からはたくさんのことを教わりました。今の不知火は司令無しでは存在していないも同然です。私を育てて下さった司令を裏切らない為にも、不知火は深海棲艦を全力で狩り続けます」

 

「そっか・・・アンタ、司令官のこと信頼してるのね。なんか、すっごい忠誠心ね。私には真似出来なさそう」

 

「忠誠心も行き過ぎると盲目的な崇拝と変わりありません。全く、その人物に対して警戒心を持たなくなりますからね。信頼しているからこそ、身近な人間であっても疑うことはやめてはなりません」

 

不知火は真っ直ぐ、叢雲を見て。「この際ですから、同期のよしみとして言わせて貰いましょうか」

 

「叢雲は、大佐の事が好きではないのですか。信頼しているのではないですか。一緒にいて安心するのではありませんか」

 

「えっ・・・?えっと・・・好きってどういう・・・勿論、アイツの事は・・・信、じてるけど・・・」叢雲は歯切れ悪く、もじもじし始める。

 

「不知火は司令のことが好きですよ。司令が不知火のことをどう思っているかは分かりませんが、少なくとも不知火は、司令の為に死ねます」

 

 

叢雲がそれを聞いて、何か言おうとしたその瞬間、

 

 

不知火は叢雲がこれまでに見たことのないような冷たい目で、

 

 

「そして不知火はーー司令の為に司令を『殺せます』」

 

 

そう言い切った。

 

瞬間、時間が凍りついてしまったかのような錯覚を叢雲は覚えた。

 

「アンタ、それどういう意味ーー」叢雲が問いただす前に、

 

不知火が先に口を開いた。

 

「そのままの意味ですよ、叢雲。あなたは幸せなんです。自分が、司令官のことを好きなのか、嫌いなのか、答えを出せない、曖昧な状態。尊敬はしているし、決して嫌いではないのだけれど、言葉として、自分の口から好きとは言い出し辛い。それでいいんです。何故なら、上官に対して理由も無しに面と向かって好きと言える艦娘は危険です。先に述べたように、無条件に上官を崇拝する可能性があるからです。そして、面と向かって、理由も無しに上官を嫌いと言ってのける艦娘もいけません。ただの反乱分子ですから。叢雲、不知火と司令の関係というのは、貴方が一般的に思い浮かべるものとは全く違う異質なものです」

 

不知火は、一歩、叢雲に近づく。

 

「何故なら、不知火は司令のことを好きだと言い切りました。そう、不知火は司令を盲目的に崇拝している危険性があるのです。というか、不知火は普通の艦娘ですらありません。不知火は艦娘にしては考えすぎる節がありまして、多くを喋り過ぎたし、知り過ぎたし、聞き過ぎました。叢雲、不知火は貴女が好きです。・・・勿論、友人として、という意味ですよ?」

 

もう一歩、近づく。叢雲は動けない。「圧されて」、動くことが出来ない。

 

「だからね、叢雲。貴女は、『幸せになりなさい』。不知火の様に歪な異常な愛ではなく、純粋な、心からの、自分に正直な愛を大切になさい。大佐は良い方です。若く、有能です。そして仲間を大切にし、協力して、日本を守っていくのです」

 

「何の話を、してるのよ、アンタは。意味わかんないわよ、不知火。」

 

「不知火が言葉にしたそのままの意味ですよ。貴女には不知火の様になって欲しくはありませんから。今は分からないかもしれませんが、その時が来たら分かります。それと、これを」

 

不知火は、紙片の様なものを叢雲に渡した。

 

「何これ?」

 

叢雲は、紙片に何か文字列が書かれているのを発見した。アルファベットが丁寧な字体で走り書きされている。英文の様に見えた。

 

「一応、貴女に渡しておきます。必ず役に立つ時が来る筈です。今はその意味がわからないかもしれませんが、点と点が繋がれば、線がはっきりと浮かび上がり、全体図が見えてくるでしょう。」

 

叢雲はまるで不知火の言っていることが理解出来なかった。しかし彼女の真剣な目を見て、鬼気迫る何かを感じた叢雲は、しっかりと頷き返した。

 

「分かったわよ。正直混乱してるけど。アンタが冗談でこんな風に話す奴じゃないのも知ってるし。

覚えておくわ。でもさ、不知火、アンタ何か隠してるんじゃないの?遠回しじゃなく、直接、私に教えてくれたっていいじゃない・・・まるで、アンタ、何かの最終回みたいな雰囲気じゃない」

 

不知火は、それを聞いて、微笑した。彼女の笑みを、叢雲は半年ぶりに見た。

だが、その意味深な微苦笑は、なぜか優しさを孕んでいるようで。いつもの不知火の皮肉っぽさや冷たさが感じられないものだった。

 

「最終回。ふふ。そうですね、ピリオドを打つ、という点では、間違ってはいませんね。ただこれは、終わりではあると同時に、始まりでもあるのですが」

 

「始まり・・・?どういうことよ」

 

「叢雲。一つヒントを出しましょうか。聡明な貴女なら、すぐに分かる筈です。それは、」

 

 

「"History repeats itself"・・・ローマの政治家、クルチュウス=ルーフスの言葉です。」

 

「・・・歴史は繰り返す・・・」

 

「Exactly(その通り)。結局人類は同じことの繰り返しです。戦争、貧困、侵略、憎悪、捏造、不正、対立、差別・・・我我は学んでいるようで学んでいない。プロイセンの鉄血宰相に言わせれば、我我は愚者ということでしょうかね」

 

「学ぶ歴史がその有様じゃ、人類はいつまでたっても愚者のままね」

 

「叢雲。不知火の親友。不知火は、アメリカに行きます。いや、帰るという方が正しいですかね。貴女も大佐と共に来るでしょう。今から二カ月と二週間後、ニューヨークでお会いしましょう。その時まで、健康に気をつけて。またお会いしましょう」

 

「アンタも、観艦式に来るってことね。少将からは詳しく聞かされてあるの?私はまだよくわからないんだけれど」

 

「ええ。よく聞かされています。自らの役割と、責務について。不知火が果たすべき、義務についてね」

 

「フン。大仰な話ね。なら、私が果たすべき義務ってのは、何になるのかしら」

 

 

不知火は、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認すると、

 

 

叢雲に背を向け、一歩、一歩と歩き出す。

 

 

 

 

 

「義務?そんなことは分かりきってるじゃないですか。」

 

 

 

不知火は、

 

 

 

 

 

ゆっくりと叢雲の方を降り向き、

 

 

 

 

 

「私達艦娘にとっての義務とは、」

 

 

 

 

 

にぃぃぃっと楽しそうな笑みを浮かべて、

 

 

 

 

 

「不知火達の司令をお守りすることに決まってるじゃないですか」

 

 

 

 

そう言うと、

 

 

 

くるりと、ダンスのように再び背を向けて、

 

 

 

「では、ご機嫌よう」と右手を挙げて、廊下の曲がり角に消えていった。

 

 

叢雲は、思わずその場にへたり込んでしまった。

 

 

「なんなのよ、アイツ・・・意味わからないわよ」

 

 

ぽつりと、壁を背にして呟く。

 

 

「あれ?そういえば不知火って、いつも手袋してなかったかしら?・・・」

 

 

 

**

 

「観艦式の話は聞いたか?」

 

宮元は開口一番そう聞いた。

 

「ええ。海軍大将閣下から先ほど。」

 

「そうかい。なら話は早えわな。・・・よっと」

 

宮元は長方形の、小さい精密機械のようなものを取り出し、地面に置いた。

 

「なんですか、それ。スピーカー?みたいですね」

 

「こいつか?こいつはな、イスラエル旅行の土産もんさ。小型電子妨害装置・・・ミニ・ジャマーってやつだ。半径30mの盗聴やスパイ・ドローンを無効化するのさ。一応、この話は大声で話せるもんじゃないんでね」

 

「すごいですね・・・イスラエルはこんなものを開発しているんですか?」

 

「あの国のドローン技術は超一流だ。最近じゃ対深海棲艦用の無人機を開発中なんだとよ。日本人の技術者と神道関係者が何人か向こうに行ってんだろ。テクノロジーとレリジョンの融合って奴さ」

 

「神道?なんで神道関係者がイスラエルへ?」

 

「・・・大佐よ、艦娘ってのはどう生まれてくるか知らないのか?神道の理論なしじゃ艦娘の建造も、ケッコンも、深海棲艦と戦うことすらできねーだろ」

 

「・・・それはそうですが・・・イスラエルは一体何をしようとしているんですか?」

 

「さあな。ただ一つ言えるのはーー戦争の形は変わったってことさ。侵略戦争から防衛戦争へーー核ミサイルから艦娘へーー俺ら軍人も時代に適応しねえとな」

 

宮元はジャマーを起動した。

 

「さて、観艦式だが・・・こいつはただの観艦式じゃねえな。艦娘の観艦式と来りゃ、その内容や準備は全く通常のそれとは違ってくる。予算も、人員も、その宣伝効果も、全部な」

 

「宮元さん、艦娘の観艦式というのは、具体的にはどういうことをするんですかね?まさか、ただ彼女達を浮かべて並べるって訳でもないでしょう。」

 

「俺が聞いた話じゃ、陣形組んで航行したり、空母の艦載機飛ばして航空ショー的なことやったり、実弾で火力演習みたいなことをやるんだとさ。・・・相模湾じゃ絶対無理だな」

 

「なるほど。ドイツやイギリス、イタリアの船も来ると聞いたんですが・・・どれくらいの規模なんでしょうか」

 

「まあ、通常艦艇も参加するにゃ参加するが、艦娘自体は100人は集まるんじゃねえか?こっちからも40人くらいは行くからな。とっくにリストは仕上がってるぜ」

 

宮元は指を折って数えながら、

 

「まずは戦艦。日本の誇り大和を筆頭に、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡、扶桑、ビスマルク、ローマ、イタリア。次に空母は赤城、加賀、瑞鶴、翔鶴、大鳳、グラーフツェッペリン、隼鷹、龍驤。重巡は、足柄、プリンツオイゲン。軽巡は大淀、多摩、酒匂。北上は・・・雷巡か。練巡の鹿島。工作艦の明石。駆逐艦は、吹雪、陽炎、不知火、雪風、叢雲、ヴェルーヌイ、島風、Z1、Z3、リベッチオ。水母は瑞穂。潜水艦だが、伊58、伊401、呂500。計40名だ。・・・多いな」

 

「なんか色々気になる組み合わせですね・・・一貫性があるようでない・・・。ひとつ気になったんですが、ビスマルクやイタリアなどの海外艦は我々日本国の艦として参加するんですか?」

 

「そうらしいぜ。日独伊三国協定の上でも、国際法の上でも、国内の艦娘関連法案の上でも、ビスマルク達は俺ら日本国所属の、日本海軍の艦だ」

 

「そうなんですか。まあ彼女達は確かに日本の海を守る同志ですからね。仲間外れには出来ません」

 

「ああ。そういう訳だが、これにはもう一つ、めんどくせえ複雑な裏話があんのよ。政治的事情が絡んだドロドロしたのがな。」

 

 

ーー俺がイスラエルにいた時の話だが、テルアビブのイスラエル軍本部で、向こうの高官?が俺に話しかけてきたんだ。

 

そん時、俺は新聞を読んでた。勿論隣には不知火もいてな。一人の男が、俺らに話しかけてきやがった。

 

「もし。ミスター・ミヤモトでいらっしゃいますか?」そうイスラエル訛りの英語で奴は聞いた。

 

不知火が即座に俺の前を塞ぐ。

 

「・・・そうですが」俺は新聞から目を離さず日本語で答えた。不知火がイエスと答える。

 

 

「私はオスカー・エイゼンコットと申しまして、イスラエル国防海軍の中佐です。少しお話したいことがあるのですが、よろしいですかな?」

 

「・・・そんな話は聞いてませんね。アポイントメントは?私はこの後お宅のお偉いさんと会談があるんでね。時間がないのですよ」

 

不知火がそれを英語に訳し伝えると、そのオスカーとかいう野郎はとぼけたような顔をして、

 

「アポイントメント?アポイントメントですか。それは今この瞬間、貴方が頷いてくれればアポイントメントになりますね。貴方の了解をこの場で得たい。どうか、10分だけでもお話出来ませんか?」

 

「無理ですね。もうそろそろ迎えが来るはずなので。貴方、私に用があるなら先にアポを取るっていうのが礼儀でしょう。だいたい貴方、身分を証明するものを最初に見せていませんよね?末端の兵士であろうと、司令官であろうと、まずは自らの身を明かして、信用を得るべきだ。・・・アンタらイスラエル人が最も注意することでしょう、それは。とにかく事前の約束をお願いしますよ。では、失礼」

 

俺が、新聞を折り畳んで立ち上がり、立ち去ろうとした瞬間、俺は不知火に襟を掴まれ、頭から地面に叩きつけられ、文句を言おうと上を見上げると、奴のスパッツが目に入りこんできた。・・・だからどうしたって話だが。不知火はいつの間にか近くのテーブルを盾代わりにして、俺らを隠す様に設置していた。

 

「司令、銃の所持は?」不知火が淡々と聞く。

 

「持ってる訳ねえだろ・・・いてて」俺らは日本人だ。つか、日本人じゃなかろうが外国の親善訪問に銃なんざ携帯するバカがどこにいんだ。

 

「不知火が時間を稼ぎます。司令はその間に逃げて下さい。近くの人物に助けを求めて、日本大使館と警察になんとか連絡を・・・」

 

俺らと不審者野郎の距離は5メートルくらい離れていた。後で聞いたところによると、不知火は俺が後ろを向いた瞬間オスカーがスーツの内側から銃のようなものを抜くのを確認すると、近くのテーブルを蹴飛ばし、盾にして、俺の襟を引っ張り、地面に伏せさせたらしい。なんつー馬鹿力だ。俺ぁ100キロ以上あるんだぜ。オスカー野郎も驚いて少し距離を取った。

 

「ちょっと待って下さいよ、お嬢さん、私はただ身分証明をしようとしただけででしてねーー」

 

奴がひらひらと指でつまんで振っているのは、イスラエル軍の身分証だった。

 

「不知火、おまえ、とんでもねえ早とちりしてねえか?勘違いじゃ・・・」

 

不知火は珍しく焦ったように、「いえ、あれは確実に銃です。あの形、色は確実に銃でした。司令、不知火は動体視力には自信があります。もし間違っていたら、後で不知火をお好きなように罰して下さい。司令をお守りします」

 

 

「Stay away!!!!!!!!!!!!(近付くな!)」不知火が怒鳴る。

 

こいつは俺相手にキレる、ということは滅多にないんだが、敵意を感じた相手には俺でもドン引くようなブチ切れ方をする。無論こいつを止められない、ということはないんだが、五年前、大反攻作戦が終わり、当時俺の作戦に反対だった上官が俺を侮辱し、何か物を投げて寄越したんだがーー俺もムカついたがなんとか我慢したーーが、俺の隣にいた不知火が鬼の形相でブチ切れ、気付いたら上官をボコボコにしていた。勿論、武術にも多少心得のある海軍人が、女子中学生くらいの小娘に一方的に殴られる訳がねえ。そう思うだろ?だが思い出して欲しいのは、彼女は艦娘だ。しかも普通の艦娘じゃねえ。体をどういじられたのか知らんが、とにかく子供じゃありえねえような腕力を持ってやがる。奇襲に近いこともあり、上官は不知火に重症を負わされた。すぐに不知火は逮捕、俺も軍法会議に掛けられた。だが、様々な要因と政治的事情が影響して、俺は二カ月の謹慎、不知火は半年の営倉行きになった。本来なら俺はクビ、不知火は解体の上刑務所行きだ。別れの時、こいつは泣いてやがった。柄にもなくな。俺がバカにされたのが悔しかった、と供述したそうだが、泣きてえのはこっちだ馬鹿野郎って感じでな。余計なことをしやがって。だがこいつを見捨てる気にはならなかった。こいつ以外はありえなかった。許すとか許さないとか以前に、俺はこいつをコントロールしなくちゃいけない義務があると思ったね。まるでロボット扱いだって?わかってねえな、普通の艦娘(おんなのこ)扱いがどれだけあいつにとって辛いか、想像出来るのか? ・・・再び相見えた時にゃ、いきなり土下座よ。「自分のせいで司令の名前に泥を塗るような真似をして申し訳ない、と。償っても償い切れない。自分のはどうしようもない欠陥品で、失敗作である、と」そう言いやがった。瞬間、俺はすんでのところでこの秘書艦をぶん殴るところだったが、こいつが女で、なおかつ俺以上に有能で、優秀で、役に立つ存在であること、人類の救世主であること、そして何より俺を支えてきた秘書艦であることを思い出し、自分の拳をてめえの頬に持ってきて、自分をぶんなぐった。そして、唖然とする不知火に俺はこう言ったのさ。「それはギャグで言ってんのか?誰よりも賢くて誰よりも強いお前が欠陥品なら、俺は鉄くず以下だぜ。何より、自分を物扱いしてるのが気に食わん。お前、自分が人間であることから逃げてんじゃねえぞ」、と。あいつは自分自身を兵器だと本気で思ってる節がある。俺は別にそれを咎めはしなかった。それは奴の誇りだったからだ。俺自身はそれを認めも否定もしなかったがーー

あいつが人間にも兵器にもなれない中途半端な存在になることが俺にとっての心配だった。あいつがどんだけ冷酷を気取ろうが、言動の細かい節々に、隠しきれない人間臭さが滲み出ているのを俺は知っていた。「償いをしてぇっつうなら、一生俺の隣にいて俺をサポートしやがれ。それでチャラにしてやる。お前の謝罪は受け入れない。なぜなら、俺は謹慎を喰らおうがなんとも思わんし、お前がしたことに対し怒っても恨んでも喜んでもいないからな。お前のせいとも言わんし、せいじゃないとも言わん。不知火、面上げろ。俺の目を見ろ。いつかお前が俺に言った言葉ーー深海棲艦を」

 

 

「「一匹残らず殲滅し、撃滅し、絶滅させる」」俺と不知火は同時に言った。

 

「この一点に置いて、俺はお前に強く共感する。不知火、不知火、陽炎型二番艦不知火よ、この目標を達成する為、お前は俺とともに海の平和を守りたいと思ってるが、どうだ?」

 

「・・・大日本帝國海軍陽炎型二番艦不知火、宮元少将の御為、この命尽きるまで戦い、その御身をお守りします。奴らをこの世から一匹残らず駆逐する、その日まで・・・宮本少将の為・・・」

 

自覚してんのかしてないのか、こいつは結局「俺」しか見ていない。艦娘は本来「国」に忠誠を誓うべきで、「守るべき」は「人類」ではないとならない。どこか、狂ってんだよな。俺も、こいつも。

 

 

 

「誤解ですよ、ミス・シーラ。私は銃なんて危険なものは持っていません。身分証明はここにあります。安心して、その物陰から出てきて下さい。話をしましょう」

 

「貴様と話すことなどない」不知火はそう吐き捨てる。

 

「司令、どうしますか。奴の正体が不明、そして銃を所持している以上、これ以上ここにいるのは危険です」

 

「・・・話だけでも聞いてみねえか?」俺は言う。

 

「司令!?」

 

「不知火よ、妙だと思わないか?あれだけ派手にテーブルをひっくり返してお前が怒鳴ってもよ、人っ子一人駆けつけやしねぇ」

 

「そう言われればそうですね・・・」不知火は数秒考え込み、

 

「分かりました。不知火が奴とコンタクトを試みます。司令はそのままで。頭を決して上げないで下さい。

一応、防弾ベストは着てきてるので・・・まあ、頭を撃ち抜かれない限りは大丈夫でしょう」

 

恐ろしいことをさも当然かのように言いやがる。死ぬのは許さんぞ。俺が一人になるだろが。

 

「安心して下さい、司令ーーこの距離ならば、不知火の方が『疾い』。」

 

そう言うと、不知火はテーブルの陰からちらと向こうを覗き、

 

「我々と話がしたいというならば、敵意がないことを示せ。そのスーツの内側にある銃器を地面に落とせ。・・・いや、上着を脱ぎなさい。そして、両手を上げて、後ろを向け」

 

念のため言っておくが、こちらは銃で撃たれるかもしれない側である。完全に台詞が逆転している。

しかし、奴さんもなんだってこんなしつこいのかね?要するにアポイントメントが必要だって話で、俺はこの後大事な会談があるから、どうしても行かなくちゃならない。

 

オスカー野郎は不知火の言う通り、スーツの上着を脱ぎ、その場に落とした。ゴトンと、鈍い音がした。くそったれ、不知火は正しかったって訳か。不知火は野郎が両手を上げたのを確認すると、素早く飛び出し、スーツを手に取ると、まずは投げ技で野郎を地面に組み伏せ、完全に両手を膝で固め、手に持ったスーツから銃を取り出し、スーツで奴の頭を包んでその上から銃を突き付けた。

 

「動くな」

 

戦艦のような眼光と、ドスの利いた声でそう言われりゃ、戦意も喪失するだろう。俺でさえ時々ビビるからな。もっとも今奴は目隠しされてるが。・・・つーか、こんな状況で話もクソもないと思うんだが。

 

俺は不知火が完全にその男を無力化したのを確認すると、慎重に近付き、不知火の握る銃を一瞥した。唐突な違和感。その銃、何かおかしいーー

 

「・・・!不知火、そいつは偽物だ!」俺は思わず叫んだ。

 

 

「!?・・・確かに」不知火も気付いたようだ。

 

 

その時にはもう遅かった。

 

 

偽物の銃に気を取られ、俺ら二人は、ーー不知火の反射神経でさえ捉えきれなかったーー近くの物陰に潜んでいたもう一つの影に気がつけなかった。床に転がった即効性のスモーク・グレネードが煙を噴出し、俺らの視界を奪う。突如体が宙に浮かんだ。そのまま床に強打。頭に硬いものが突き付けられる。

 

 

銃口だった。

 

 

煙が徐々に消え、周りの状況がクリアに。

 

 

 

אַל תָּזוּז. לא היית רוצה למות?(動かないで下さい。死にたくはないでしょう?)

 

 

俺の頭上から、ぞっとするほど美しい声で、流暢なヘブライ語が飛んできた。

 

 

מי אתה ?(誰だ、お前は?)

 

 

俺もヘブライ語で応答する。

 

 

「ほう。ヘブライ語が分かるんですか。日本人にしては珍しいですね。私の大嫌いな英語を話す手間が省けました」

 

「・・・・・・同感だな。俺も英語は嫌いだ。それに、俺はイスラエル育ちなんでね」

 

「それは、興味深いですね」

 

 

「司令!!!大丈夫ですか!?司令!」

 

不知火が叫ぶ。俺は大丈夫ではないことを言おうとしたが、

 

 

「俺はここにモガッ」

 

 

「余計な事をするな」と銃口を口の中に突っ込まれた。口の中が何箇所か切れた。鉄の味がする。やべえ。死ぬ。

 

 

煙が完全に晴れ、俺の上に馬乗りになっている女?の顔を観察することが出来るようになった。

 

俺に銃口を突きつけているこの少女は、目元以外をバラクラバで隠していた。服装は全身黒っぽかったが、イスラエル軍の特殊部隊のそれに似ていた。俺を冷徹に見つめる二つの瞳の色が違う。オッドアイだった。

 

 

「司令!!!貴様、司令から離れろ!!!!」

 

 

「何を言っている?ここはイスラエルなのですよ。ヘブライ語で話して頂けます?」

 

「ヘブライ語か・・・クソ・・・」

 

 

不知火は、ヘブライ語が話せない。英語は堪能だが、さすがに無理だ。

 

 

「私の、司令を、離せ。そうすれば、こいつを私は離す」

 

 

驚いた。たどたどしい発音と文法ではあったが、確かに不知火はヘブライ語を話している。いつの間に勉強したんだろうか?常に俺の隣にいるこいつが、語学をやっている所なんざ見た事がなかったが。とは言っても、不知火の持つ銃は偽物なので、状況は完全にこちらが劣勢だ。

 

 

「ほう、よくできました、と褒めてさしあげましょう。いいでしょう、ゲームセットです」

 

 

その少女は銃を俺の口から引き抜き、俺の服で銃口を拭くと、腰のホルスターに仕舞った。

 

不知火も野郎の拘束を解く。

 

少女、オスカー野郎、不知火、俺の四人が立ち上がる。

 

 

全く訳がわからねえ。こいつらが何者で、何がしたいのか全く意味不明だ。

 

 

「何がしたいんだ、あんたらは?」

 

俺は苛々を抑えながら、ヘブライ語でオスカーと少女に聞く。

 

 

「申し訳ありません、手荒な真似をしてしまって。これはあなた方を試すテストだったのです。

日本から来た客人が、果たして戦える方なのか、そうでないのかをね。長老達から頼まれましてね。ミスターミヤモト、あなたなら分かるでしょう、これは言わばマサダ要塞ですよ」

 

全く申し訳なくなさそうにオスカーは言った。

 

 

「貴方ではなく、シーラ嬢のね」

 

「司令、申し訳ありません。司令をお守り出来ませんでした。全くの不覚、油断でした。・・・奴等は、何と?」

 

「気にすんな。・・・お前のテストだったとさ。お前を試したかったんだと」

 

「不知火を試す・・・?不知火を・・・?」

 

一気に不知火の表情が暗く陰ってゆく。

 

長老というのはイスラエル政府上層部の有力者を表す隠語で、マサダ要塞はイスラエル国防軍の新兵入隊式が行われる場所だ。そしてシーラは不知火の別名。

 

 

「改めて自己紹介を。私はISC(イスラエル海軍)のオスカー・エイゼンコット中佐。第13艦隊所属です」

 

「俺は宮元勝哉。階級は少将。日本海軍横須賀鎮守府第二艦隊提督。今回の訪問団の顧問を務める。」

 

「日本海軍所属、陽炎型駆逐艦二番艦、不知火。横須賀鎮守府所属、宮元少将の秘書艦です」

 

 

そして、俺を組み伏せ銃を突き付けた目元をバラクラバで隠した少女。

 

 

 

「イスラエル海軍所属、Z級駆逐艦、エイラート、またの名をマツペン。オスカー中佐の秘書艦にして、イスラエル初の艦娘です」

 

 

俺と不知火は驚愕した。こいつ、今艦娘と言ったか? 俺が知る限り、今世界で艦娘を保有するのは、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、トルコ、だけのはずだ。

国際艦娘条約(トーキョー・ネイヴァル・コンベンション)によって、日本とアメリカを中心とした全世界連携しての対深海棲艦包囲網が組織され、集団的自衛権をコンセプトに連合軍を構成している。

例えばアメリカが深海棲艦による攻撃を受けた場合、改正日米同盟及び国際艦娘条約により、日本海軍は世界とともに反撃を行う。これを世界艦娘防衛条約機構(World Ship Girls Defence Treaty Organization)、WSGDTOまたはDTO(デトー)と呼ぶ。同条約は艦娘の保有制限及び艦娘の装備に至るまで細かい規定がある。そもそも艦娘はそんなポンポン人工的に生み出せない。現在、世界最大の艦娘保有国は日本だ。ついでアメリカ、イギリス、ドイツと並ぶ。時代は核兵器から艦娘へ。どれだけ多くの艦娘を保有するかが、そのまま他国への脅威となる。そしてイスラエルは条約に批准していないから、早急に国連とDTO本部がある東京へ艦娘の保有を報告しなければならない。そうでなければ国際法違反だ。

 

 

そしてエイラート、と名乗ったこの少女。エイラートは確かにイスラエル海軍の駆逐艦だが、1967年にエジプト海軍のミサイルによって撃沈された筈だ。いくら何でも転生が早すぎはしないか?不知火は1944年早霜の乗員を救助中、米軍の攻撃を受け、真っ二つになって爆発し、轟沈した。

 

 

「イスラエルに艦娘がいたとは、知らなかったですよ。東京はまだ報告を受けてないようですがね」

 

「報告?何の報告です?確かに、条約機構に我々は加入していませんが、これからもするつもりもありません」

 

「それは、イスラエル政府の意思なのか?それともアンタ個人の意見なのか?」

 

「誰の意見、方針という訳ではありませんよ。事実を考慮して、する必要がないという自然に行き着く結論です」

 

「ふん・・・アンタらがこのエイラート嬢をどう呼ぼうが勝手だが、艦娘というのは国際条約機構で艦娘と承認された少女兵士をそう呼ぶのですよ。世界は認めていない」

 

「まあ、文学方面はよくわかりませんね。ただ一つ言えることは、この娘は強力な軍事力を秘めている。エイラートは我がイスラエルの最終兵器です」

 

オスカーは不敵に笑う。こいつは、「艦娘」を「兵器」扱いするタイプの人間ということだ。

 

「この女が、不知火と同じ艦娘だと言うのですか?信じられませんね。何か違和感を覚えます」

 

不知火が日本語で呟く。その双眸は訝しげにエイラートを睨みつけていた。

 

「・・・まあいい。で、アンタらのテストってのに、不知火は合格なのか?」

 

「はい、それはもう。シーラ嬢は噂に違わぬ有能な秘書艦ですね。何よりも上官の命を優先して守ろうとする。その忠誠心は賞賛されるべきものでしょう。戦士に必要な素質を全て備えている。貴方は優秀な部下をお持ちだ」

 

 

「よかったな不知火、合格だとよ」

 

「全く嬉しくないのですが」本当に嬉しくなさそうだった。

 

「これから場所を改めますが、その前に医務室に行きましょう。宮元少将も怪我をされているようですし」

 

いらねーよ、とは流石に言いづらかったので、

 

「んなもん舐めときゃ治る」と断った。

 

「そうですか?ならいいのですが。実は、貴方がこれから会う予定の我が政府の高官も、迎えの車も全て来ません。正確には、ここではなく、違う場所で待っています」

 

「そ、そうかい・・・わかった・・・」

 

俺らは場所を移した。道中のエレベーターで、不知火が俺に耳打ちしてきた。

 

「司令・・・あのエイラートとかいう女・・・怪しいです。少なくとも普通の艦娘ではないかと思います。気をつけてください」

 

「ああ、俺もそう思うが・・・銃の扱いにやけに長けてやがる…まあ、俺を組み伏せやがったんだ、そこそこのやり手だろう」

 

「何かあったら不知火が司令を必ずお守りしますよ・・・今度はしくじりません」

 

「ああ・・・まあ警戒は怠るな・・・つーか、俺はもうイスラエルが嫌いになりかけてきたんだが・・・」

 

「不知火は・・・好きな国はありませんね。日本国にこそ、忠誠を誓ってはいますが」

 

「日本が一番ってのは真理だと思うがなぁ・・・陳腐なフレーズだけどよ」

 

「まあ、今は世界のどこを見ても"安全な国"などはありませんがね・・・」

 

「言えてるぜ」

 

エレベーターを降りると、応接間のような所に通された。

 

そこに座っていたのは、立派な顎髭を蓄えた、杖をついたじいさんだった。そして、メガネをかけた若いスーツの男と、バッジを胸元につけた中年が何人か俺らを見てきた。軍服を着てるのもいる。

 

「ここにいらっしゃる方達はイスラエル国会の議員達です。そしてイスラエル海軍のジョエル・ブルシュティン中将であらせられます。」

 

階級章や勲章をこれでもかと身につけたその中将は、こちらを一瞥し、軽く会釈した。

 

「こちらはモサドのエゼル・オズ氏です」

 

メガネをかけた利発そうな男が「どうも」と挨拶した。

 

「モサド・・・?モサドだと・・・?」

 

なんでモサドがここにいやがる。聞いてねえぞ。

 

「ミスター・ミヤモト。どうされましたかな?」

 

オスカーがニヤニヤしながらこちらを覗き込む。

 

「いや・・・なんでもねえ」

 

平静を装った。正直、かなり焦った。モサドはイスラエルの諜報機関だ。アメリカでいうCIAみたいな存在だが、その諜報技術、スパイ活動においては世界最強と言われる。南米に亡命し身を隠していたナチスドイツ戦犯アドルフアイヒマンを拉致し、裁判にかけて絞首台に送ったのもモサドの功績の一つだ。俺自身もモサドにマークされてたことがある。・・・思い出したくもねえ。恐怖そのものだ。

 

「司令・・・・・・」

 

不知火が柄にもなく不安そうに俺を呼ぶ。

 

・・・いったいどうなってやがる。

 

「そして、この方が、ヨーゼフ長老です」

 

お伽話に出てきそうな、魔法使いのような風貌のじいさんだ。「長老」ーー。イスラエル有力者の間でも、相当の地位と権力を持っている人物の比喩だ。

 

「そして私、改めまして、イスラエル海軍中佐、オスカー・エイゼンコットと申します。」

 

「イスラエル海軍所属、駆逐艦エイラートです」

 

総勢八人のイスラエル人が、俺と不知火を取り囲んだ。で、まあこっから先は会合の要点だけ述べるがなーー。

 

 

「我々イスラエル政府としては、かつてナチスドイツの艦が、アメリカの観艦式に参加することは、極めて好ましからざる懸念事項であります」

 

議員の一人はそう淡々と言った。

 

「おいおい・・・あんたらまさか、艦娘に転生した彼女らをナチスの戦犯と同列と語ってんじゃないだろうな!?彼女らに罪はねえ!悪いのはいつだって人間だ!今じゃ戦勝国も敗戦国も、関係なく一致団結して深海棲艦と戦わなきゃならねえ事態だぜ、わかってんだろ!」

 

「まあまあ落ち着いて・・・ミスター・ミヤモト、ですからね、一つ提案があります」

 

 

 

アメリカで観艦式が行われる折には、ビスマルクを始めとするかつてのナチスドイツの艦娘は、ドイツ国籍ではなく、日本海軍所属艦として、ドイツ国旗及び軍旗を外し、日本海軍のルールに則り、軍装を整え、完全に日本海軍の指揮下に入る。

 

 

「これで誰も傷つかない、そうでしょう?」

 

議員の一人はそう言って、笑った。

 

「・・・これは彼女らの祖国に対する忠誠心の侮辱だ。彼女らはナチスドイツとはもうなんの関係もないとは言わん。だが、彼女らが誇りにしているドイツのフラッグまで、我々は奪い取るわけにはいかない」

 

「ミスター・ミヤモト、これは我々が譲歩できる最大限の配慮だ。日本とは友好的な関係を築いていきたい、イスラエル政府は日本政府との間に問題を起こしたくはない」

 

ジョエル中将は真剣な面持ちで言う。

 

 

 

「中将閣下、日本海軍としても、全くあなた方と同じ意見です。ですがね、これは誇りの問題なんだ。それは価値あるものなんです。誰にもそれは否定出来ない」

 

「しかし、あれはナチの艦だ!それは動かぬ事実!観艦式にナチスの標章を付けたままドイツ軍として参加することは許されない」

 

「あんたらはいつまで過去に固執するんだ!第二次大戦で数百万もの罪なきあなた方の国の民族がナチスによって殺された悲劇には同情するが、彼女らは最早ヒトラーの名前すら知らないのだぞ!次世代に責任を押し付けるな!」

 

その時、長老がスッと立ち上がり、杖で俺と議員たちを制した。

 

 

「そこまでにしましょう、皆さん、ミスター・ミヤモト。このままでは不毛な終着点の見えない議論が続くだけです」

 

「長老・・・しかし」

 

「あなた方はミスター・ミヤモトと言い争う為にここに来たのですか?違うでしょう。落ち着きなさい。」

 

「は、申し訳ありません・・・」

 

「オズ、ミスター・ミヤモトに例の書類を」

 

長老がモサドの職員に命ずると、俺にホチキスで留められた数枚の書類を渡して来た。

 

 

それはヘブライ語で書かれてあった。もちろん俺にはそこに何が書いてあるか理解できた。

だが最後のページは、英文が書かれていた。

 

**

 

「これがそれだ」

宮元は提督に一枚のA4用紙を渡して見せた。英文が綺麗なフォントでタイプされてあった。

 

 

Hello rotten world, I am returning and was reborn. I AM RE WHO REWRITE HISTORY.

 

"Re" dosen't mean its comeback. it is beginning of everything.

 

That flash in the summer suffering you will be fade away. Because I, "Re"', will come and show up.

 

My salute for hypocrite. My smile for injustice. My torpedo for buffers. My shell for evils.

 

Tom hate sneak attack? I will remind you of PH. Without Ultimatum, We declare with

 

you. For all souls asking relief, I am your savior. Now the time to liberation.

 

First target: VG, XZMAQLMVB

 

We don't forget 12/8. Remember what they've done us.

 

Second target: GZPQOUPQP

 

Good hell, Good heaven, Good bye.

 

By "Re ".

 

「・・・・・英文ですか。なんだか詩みたいですね」

 

「だろ?不知火にも訳させたが、まるで意味が通らねえ。抽象的な表現や暗喩だらけでな。英語としても不自然だ」

 

「これ・・・誰が書いたんですか?そのイスラエル政府の議員ですか?」

 

「・・・・大佐。これはお前を俺の部下として、お前を信頼して、お前だけに言うんだが。決して驚くな。疑うのはいい、訝しむのもいい、だが現実から目を背けるな。」

 

「少将、どうしたんですか。あなたらしくもない。一体、これはーー」

 

 

 

「モサドとCIAはこの怪文書を、深海棲艦側から人類に対し発せられた宣戦布告だと判断した」

 

 

**

 

 

「不知火、待たせたな。叢雲の嬢ちゃんに例の物は渡したか?」

 

 

「ええ。"誘導"も成功しました。叢雲に不知火の指輪について質問させ、ケッコンカッコカリについて話題を転換し、"X day"についてそれとなく意識させました」

 

 

「よくやった。回りくどいやり方だが、俺らの後任は奴らしかいねえ。あいつらには未来があり、希望があり、夢がある。次世代にバトンパスしてよ、俺らはこれにてステージより降板だ。ハッ、長かったぜ、なあ不知火、いろんなことがあったよな」

 

「ええ。本当に、いろんなことがありました。楽しかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと、辛かったことーーその全てが今迄の布石だとしたら、司令、貴方は自らの幕引きに何か思うところはありますか?」

 

「ねえな。ねえよ。あるわけねえ。ねえけど、言葉にするなら、これにて万々歳、て感じかね」

 

「ふふ、司令にとっては喜ばしいことなのですか?」

 

「さあな。ただ、ガキの頃、世界をひっくり返すほどの大きな男になり、大きな仕事を成し遂げてみたいと常々思ってたぜ。気がつきゃもうこんなオッサンだ。この幕引きが俺の夢の集大成だとしたら、クソみたいな、見るに堪えねえ醜悪な造形品だな・・・お前はどうなんだよ」

 

「不知火は、不知火は、不知火はですね、もしこの最終ステージを一言で表すなら、我が人生においての最高傑作、ですね。それが成功に終わろうが失敗に終わろうが、ここまで到達できたことが、司令とともにここまで来れたことが、不知火にとって大きな意味があります。ふふ、そうです、生きる意味、やっと見つけられたかもしれませんね。不知火の、人生の意味を・・・」

 

「もうこんだけ長く付き合ってるから言うけどよ、俺はお前が満足ならそれでいいよ。お前が幸せで、納得してるんだったらな。・・・不知火、まあ、なんだ、生きる意味なんざこれからいくらでも見つける機会があるさ。お前がそこで見つけた、って言い張るんなら別にいいけどな。・・・ありがとよ、不知火。お前は俺の人生で最も信頼出来る人間だったよ。・・・地獄でも一緒だぜ、俺たちは」

 

「お礼を言うのは不知火の方です。・・・宮元少将、不知火は貴方の下で戦えて、貴方の側にいられて最高に幸福でした。そして、もう一度言っておきますが、不知火は司令が好きですよ。司令はどうですか?教えて下さい。司令は不知火のことがーー」

 

「好きだろうが嫌いだろうが、俺の秘書艦はお前以外ありえねえ。明言しとくぜ、お前を気に入ってる」

 

「ふふ。ふふふ。我ながら、感情的になってしまいましたね。失礼。不知火と司令の関係は、言葉で表せない関係だと言うのに。司令にそれを言わせようとするとはーー」

 

 

「不知火は艦娘として終わりかもしれませんね」

 

「ケッ、お前は無表情だとか無感情だとか言われるけどよ、お前もそう振舞ってる節があるけどよ。俺に言わせりゃ、お前ほど人間くせえ艦娘はいねえよ」

 

「それは最高の褒め言葉で最高の侮辱ですね。全く司令らしい。いやはや、全くもって・・・素晴らしい。司令だからこそのアイロニーです」

 

「今日は本当によく喋るな不知火。何か嬉しいことでもあったかよ?」

 

「嬉しい?そんな稚拙な言葉では片付けられない慶びですよこれは。矜持です。不知火にとっては体が震えるほどの価値がある」

 

 

 

「結局俺たちは、めんどくせえ人間だよな。素直に物事を喜べず、穿った見方しか出来ねえんだからよ。言わば人間不適合者だよ。人間の持つ純粋な感情ってのを純粋に表現出来ないんだからな」

 

「偏った人間、壊れた人間でなければこの仕事は行えませんよ。それに一般人から見て我々は変人でも、我々から見れば彼らこそが普通を気取っている異常者だ」

 

「全く下らねえ。」

 

「ええ、全く下らない。」

 

「不知火、お前は俺と一緒に地獄まで行く覚悟はあるか?言葉にして返事を聞かせろ」

 

 

「大アリですよ。地獄だろうとどこだろうと不知火は司令をお守りする義務がある。ただ、司令、我々が死ぬのは今ではない」

 

「ほう、言うじゃねえか。その心は?」

 

 

 

 

 

「我々が死ぬのは、少なくとも深海棲艦どもを全て狩り終えた後です」

 

 

「そいつは何年後の話だ?」

 

 

「不知火の予測では最低でもあと30年はかかるでしょう」

 

 

「じゃあ、俺は少なくとも定年までは生きられんのか、そりゃ安心だな」

 

「保証は出来ませんが。ふふ。」

 

「お前がその保証になってくれんじゃねえのかよ?」

 

「もちろん。全力を尽くしますよ。司令のボディーガードも、深海棲艦狩りも、どちらもね」

 

「・・・期待してるぜ。いくか、不知火、そろそろ上演の時間だぜ」

 

「ええ、主役を食うくらい思い切り目立ってやりましょう」

 

俺らの関係は、友情というには軽々しく、絆と言うには毒毒し過ぎ、尊敬と言うには重すぎて、恋というには純粋さを欠き、愛というには愛しさが足りず、師弟というには馴れ馴れしく、上官と部下というには関係を越え、男と女というには性別に意味はない。

 

だから俺は、不知火に「好き」とは決して言葉にして言わないのさ。

 

だから不知火は、司令に「好き」と言葉にして言うのです。

 

全く、下らない、

 

 

愛だ。

 

愛です。

 

「我々は死にに行くのではない、世界を変えに行くのです」

 

**

 

「叢雲、帰ろうか」

 

「あら、アンタ、話は終わったの?」

 

「ああ。今度こそ終わったよ」

 

「そう・・・了解」

 

「・・・なあ叢雲」

 

「何よ」

 

「今、練度いくつだっけ?」

 

「・・・98よ」

 

「そうか・・・もうそんなにか」

 

「ええ。そうね。やっとという感じね」

 

「ああ・・・ほんとにな」

 

「・・・不知火から、なんか渡されたんだけど」

 

「それ・・・ああ、なるほど」

 

「アンタ、英語できるの?」

 

「いや、あまり得意じゃないね。金剛に教えて貰わないとな」

 

「少しくらいは喋れるようにしておかないといけないわね」

 

「ああ、そうだな。少しくらいは喋れないと、恥ずかしい」

 

「・・・アンタ、なんかおかしくない?」

 

「ん?何がだ?」

 

「・・・なんでずっとニヤニヤしてるのよ」

 

「・・・ああ。そうか、気がつかないうちに。笑ってたか」

 

「なんか、キモいんだけど」

 

「キモい、とは酷いな。まあ、仕方ない」

 

「仕方ない?」

 

「叢雲、これから世界は、とんでもない方向に向かおうとしてるぞ」

 

「・・・どういう意味よ」

 

「・・・いずれにしても、俺の専属秘書艦はお前以外あり得ないよ。」

 

「はぁ?・・・話が見えてこないわね。ほんとに、訳が分か・・・ッ」

 

「・・・・・・・・叢雲」

 

「ちょ・・・アンタ・・・何いきなりしてんのよ・・・苦しいから離し・・・」

 

「叢雲、いつもありがとう。お前が居なければ、俺はここまでやってこれなかった」

 

「・・・何よ、いきなり・・・アンタ、おかしいわよ?」

 

「おかしくてもいい、とにかくこれだけは言いたかった・・・お前なしには、俺は・・・」

 

「はぁ・・・暑苦しいから一回離してくれないかしら?大佐殿?」

 

「・・・ああ。」

 

「あのねえ・・・アンタも不知火も、宮元少将も訳がわからないわよ。どうしてこうみんな最終回みたいな雰囲気で喋るのかしら。素直に、普通に会話しなさいな。それと、アンタ、この際だから言っておくけど・・・感謝してるのは、私も同じだから・・・ッ・・・バカみたい、もう、最後まで付き合ってあげるわよ」

 

「ありがとう、叢雲。さあ、帰ろうか。俺たちの鎮守府へ」

 

「ええ。そうね。」

 

**

 

横須賀鎮守府、第二艦隊施設、とある部屋

 

「そうそう、ここでくるっと。右に二歩、三歩。私に合わせて。ターン。ターン。後ろに下がるよ」

 

「うん、いち、に、さん、あら、ちょっとずれたかしら、いち、に。さん」

 

「のわっち、なかなかやるねぇ!のってきたよ!いえー!」

 

「あ、あぶな」

 

舞風と野分は、クラシック音楽に合わせてダンスしていた。だが足がもつれ、二人は転倒してしまう。

 

「い、いたた・・・舞風、だいじょう・・・!」

 

「んー・・・大丈夫だよー・・・!」

 

その瞬間、二人は野分が舞風を押し倒しているかのような体勢になっているのに気付いた。二人は硬直する。

 

「・・・の、のわっち」

 

「ま、舞風・・・」

 

「何をしているんですか、あなた達は」

 

「うわああああああ!?ししし不知火姉さん!?いやこれはその」

 

「あ、不知火姉ぇだ。ヤッホー」

 

「ククク、ほんとにお前らは仲がいいな、おい、提督としては見てて安心できるぜ」

 

「しししし司令!お帰りなさい!ど、どうでしたか?」

 

「提督、おかえりー!」

 

「ああ。ただいま。俺は先に執務室へ行ってるぜ」

 

「分かりました。後でいきます」

 

「あ、そーだ提督ゥ!後で踊らない?この前約束したでしょ?」

 

「ああ、踊ろう。もう一時間だけ待ってくれ」

 

「じゃあ、待ってるね!」

 

くるくると舞風は回る。

 

「・・・司令、少し舞風を甘やかし過ぎでは?この後も書類仕事があるでしょう」

 

不知火が咎めるように聞く。

 

「甘やかしてるつもりはねえよ。俺が舞風と踊りてえんだ。俺の趣味さ」

 

「そうですか?ならいいのですが・・・ただ仕事はきちんと終わらせてくださいよ」

 

「わかってるさ・・・お前も今日は休め、疲れたろ」

 

「いえ、不知火は・・・まあ、ご命令とあらば。司令、それなら演習場と五連装酸素魚雷の使用許可を下さい」

 

「別にいいが。何するつもりなんだ?」

 

「訓練ですよ。久しく魚雷発射訓練をしていないので」

 

「・・・そうかい。まあ、頑張れや。一人でか?」

 

「陽炎にでも、相手をしてもらいましょうかね。どうせ暇でしょう」

 

「どうせって、ひでえな」

 

「今頃寮でゴロゴロしてますよ」

 

「ふん。好きにやれや」

 

「さて、仕事、仕事だ」

 

**

数年前

 

「早く担架を!運べ!医務班どうなってやがる!!急げ!急げってんだクソッタレ!」

 

「少将ォォォッ!!血が、血が止まりません!」

 

「止血措置を!!!!明石を呼べ!!鎮守府内の病院にも連絡を!!!」

 

「ちんたらやってんじゃねえ!!死んじまうぞ」

 

 

「舞風・・・・舞風・・・・・いやだ・・・死んじゃやだよ・・・」

 

 

「野分ィ・・・おい野分!こっちを見ろ!大丈夫か、おい!・・・野分、俺を見ろ。舞風はぜってぇ助ける。だから落ちつけ。何があった・・・?何を見た・・・?」

 

 

「悪魔・・・・悪魔・・・・・嫌だ、こっちに来るな!うわああああああ!!」

 

「野分!落ち着け!俺だ!分かるか!クソ、おい、どうなってやがる・・・・」

 

 

「奇跡的に、一命は取りとめましたが、艤装はほぼ大破し、修復は難しいです。艦娘としての機能は、喪失したと言っても過言ではないでしょう・・・」

 

 

「宮元君、最早艦娘として戦力にならないあの娘を君の配下に置くことになんの意味があるのかね?

解体してあげたまえ。それが彼女にとって為になる」

 

「司令・・・舞風は・・・一体どうなってしまうのですか?」

 

「司令、舞風のことなんだけど。姉として、覚悟は出来てるから」

 

「・・・司令。不知火は、司令についていきますよ。どんな命令を司令が出そうとも・・・」

 

 

「舞風は解体しねえ。俺の配下に置く。」

 

 

「舞風、調子はどうだ・・・・」

 

「ああ、提督。だいぶ楽になったよ。早く、みんなに会いたいな」

 

「・・・そうだな。早く退院出来るといいな。不知火も、陽炎も、野分も、全員がお前の帰りを待ってるさ」

 

「・・・ねえ、提督・・・」

 

「・・・どうした?」

 

「提督、提督、また・・・舞風と・・・踊ってくれますか・・・?」

 

「・・・・馬鹿野郎・・・・何回でも・・・何時間でも・・・気の済むまで踊ってやるよ・・・。

だからもう・・・今は休め。な?回復したら、またみんなで踊ろう・・・」

 

「そっか、良かった・・・舞風は、まだ踊ってくれる人がいるんだね・・・まだ、生きててもいいんだね・・・」

 

「俺は、ここにいるからよ。ゆっくり休め・・・」

 

「ありがとう・・・・提督」

 

**

 

「プリンツ、長門を見なかったか?」

 

「わわ、びっくりした!アトミラルさん、帰ってきてたんだね。ナガトなら埠頭の方にいたよ」

 

「おう、サンキュな・・・。プリンツ、お前はどこの船だ、言ってみろ」

 

「え・・・ドイツの船だけど」

 

「それでいい。忘れるなよ、お前のルーツを」

 

「・・・? 変なアトミラルさん・・・」

 

**

 

「こんなとこにいやがったか。探したぜ」

 

 

「む。提督か。帰ってきてたのだな。向こうはどうだった」

 

 

「変わらねえな。まあ、『これから変わるんだがな』。」

 

 

「・・・? 提督、それで、何の用だ?」

 

 

「長門、アメリカに行くぞ。プリンツと酒匂も一緒だ」

 

 

「・・・・・・・・提督。貴方は私に何を望んでいる?」

 

 

「俺が望んでるんじゃねえ。アメリカ様がお前を呼んでるのさ。・・・長門よ」

 

 

「・・・・・・・・私は貴方の部下だ。貴方の命令ならば、どこへとも行こう。しかし、アメリカがどうとか、それは私の関するところではない」

 

 

「そうかい。じゃあ、命令だ長門。俺と一緒にニューヨークに飛んで貰うぜ。自慢の火力をヤンキー共に見せてやれよ」

 

 

「・・・了解だ。」

 

 

「それとよ、お前、ネヴァダって名前に聞き覚えはあるか?」

 

 

「・・・・・・・・」

 

 

 

「さあな。聞いたこともない」

 

 

「そうか。ならいいんだが」

 

 

「そうだ提督。アメリカへ行くならば英語を勉強しないとな、金剛の所へ習いに行こう」

 

 

「俺は行かねーぞ」

 

「?何故だ。ある程度練習しておいて損はあるまい?数ヶ国の船が集まるんだ、国際共通語の英語くらい話せなければ帝国海軍として恥ずかしいではないか」

 

 

「俺は英語が嫌いなんだよ。通訳なら多摩も不知火もいる。それにプリンツも英語が多少は話せる。俺はせいぜい社交儀礼程度が出来ればいいのさ」

 

 

「・・・多摩・・・・?多摩は英語話せるのか?」

 

 

「一応な」

 

**

 

「あーークソ、不知火がいねーから英語の書類が書けねえ。金剛を奥井中将のとこから借りてくるか・・・?あーーめんどくせえな」

 

 

「にゃ。提督。何してるにゃ?多摩も手伝えることあるかにゃ?」

 

 

「ん?多摩か。いやな、このアメリカ宛の書類なんだが、俺ぁ英語が出来ねえからよ・・・」

 

「じゃあ多摩が見てあげるにゃ。貸してにゃ」

 

「ん?」

 

「にゃ?」

 

「英語だぞ?」

 

「にゃ。わかってるにゃ」

 

「英語出来るのか?」

 

「まあ不知火ほどではないけど、校正くらいなら出来るにゃ。一応、多摩はアメリカに行ったことがあるにゃ。」

 

「・・・・いつだ」

 

「大正14年に、日本で亡くなった米国大使の遺体をアメリカまで運んだにゃ」

 

 

「・・・そうか。それは知らなかったぜ。じゃあ任せるかな。間違ってる所があれば教えてくれ」

 

「多摩にお任せにゃ!」

 

 

 

観艦式まで、後2カ月。




提督(大佐) 英語は喋れない。比叡が通訳を務める。

宮元少将 英語は高校生レベル。不知火が通訳を務めているため、話す必要がないというスタンス。
ヘブライ語に堪能。

奥井中将(後に登場、女性) 金剛が通訳を務めるため、話さない。英語は不得意だがドイツ語とイタリア語に堪能。

不知火 アメリカで生まれアメリカで育ったためネイティヴレベル。シカゴ訛り。

プリンツ ドイツ語訛りの英語を話す。日常会話は普通にこなせるレベル。

多摩 アメリカに行った経験がある為大抵のことは出来る。

不知火は日本艦だがアメリカのある施設にいた。その後、日本に帰国。宮元少将と出会う。

叢雲と不知火は艦娘学校時代の同期。 不知火と宮元少将の出会いは番外編で執筆予定。

一応主人公は提督、宮元少将、奥井中将、そしてルークの四人。

イスラエルも観艦式に参加予定。

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