エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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19話 その3《シイと冬月》

 シイの入院という名の謹慎と、トウジの訓練という名の地獄が始まってから数日が過ぎた夜。リツコと加持、そしてミサトは第三新東京市の一角にあるバーに集まっていた。

 以前結婚式の二次会で訪れた店に、あの時と同じメンバーが揃う。ただ三人の関係は、あれから少しだけ変化していたが。

「随分とご機嫌な様だが、訓練は順調なのかい?」

「てか、無事なんでしょうね」

「……生きてはいるわ」

 ミサト達の問いかけに、カクテルを飲みながら事も無げに答えるリツコ。加持とミサトは顔を見合わせると、今頃地獄を見ているトウジを思い冷や汗を流した。

「心配しなくても良いわ。彼、割と見所あるもの」

「へぇ。人の評価に厳しいリッちゃんがそこまで言うとは」

「センスが良いって事?」

「……頑丈なの。それに煽れば煽るだけ反骨心で立ち上がるし……ふふ、面白い子だわ」

(ドS……)

(いやはや、彼も大変だな)

 怪しく微笑むリツコに二人は呆れながら酒を傾ける。

 

「そういや初号機はどうなんだい? 左腕を破棄したと聞いたが」

「ええ。汚染の可能性があるから処分したわ。碇司令の判断でね」

「……どーもそこが引っかかるのよね」

 ミサトはグラスをテーブルに置くと鋭い目つきで呟く。

「一度は完全に使徒に乗っ取られた参号機は再利用するのに、初号機の左腕は破棄した。変じゃない?」

「まあ、そうだな」

 侵食の影響を心配するのは分かる。だがそれなら参号機の対応に違和感を覚えてしまう。初号機の処分に準ずるなら、全身パーツの交換か破棄をするべきなのだから。

「何か碇司令は初号機を特別扱いしてる様に感じるのよ」

「それは……」

「妻と娘を特別扱いするのは当然、だろ?」

 自分の答えを先読みした加持の言葉に、リツコは驚き目を見開く。だが直ぐさま平静を取り戻し、納得の表情を浮かべて頷いた。

「アスカから聞いたのね」

「流石リッちゃん」

「私がこの話をした中で、リョウちゃんと繋がりを持ちそうなのはあの子だけだもの」

「え、え、え? ちょっと二人で何分かり合ってるのよ!」

 すっかり置いてきぼりだったミサトが、自分を挟んで会話する二人に強引に割り込む。

「あら、ミサトにはまだ?」

「タイミングが悪かったし、直接君から話した方が良いと思ってね」

 ミサトとリツコの間がギクシャクしているのは、友人である加持も気づいていた。だからこそリツコが直接全てを吐き出す事で、二人の関係を改善しようと考えた。

「余計なお世話だったかな?」

「……いいえ、感謝するわ」

 リツコは加持に小さく頭を下げると、隣に座るミサトへ向き直る。

「松代での約束、今果たすわ」

 カクテルの追加オーダーをしてからリツコは静かに語り始めた。

 

 

 

 ネルフ中央病院の特別病室にはお風呂やトイレの設備も完備されており、そこから一歩も外に出る事無く生活が出来る空間だった。ある種の隔離施設と考えれば当然とも言えるのだが。

 当初は普段と違う病室と、ゲンドウによる無期限入院に戸惑いを覚えたシイだが、数日が過ぎた今では大分ここの生活に慣れ始めていた。

(入院は嫌だけど……今のままじゃ、みんなに迷惑かけちゃうもんね)

 シイは現状を受け入れ少しでも左腕を動かす努力をしていた。

 

 湯船での左腕マッサージもシイの日課となっていた。感覚のない左腕を右手で優しく揉みほぐす。触っている感覚すら無いのだが、それでも効果が出る事を信じてシイは根気よく続けている。

 そんな時、不意に病室のドアが開く音が聞こえた。

(あれ、こんな時間に誰だろ?)

 面会時間が過ぎている為、病院関係者が来たのかと思ったシイは急いで湯船からあがる。脱衣所で軽く身体を拭くと、身体にバスタオルを巻いた格好で病室へと姿を見せた。

「ごめんなさい。ちょっとお風呂に入ってまして」

「おや、それは済まない事をしたね」

「冬月先生?」

 病室で待っていたのは制服姿の冬月だった。

「遅くに迷惑だと思ったのだが、少々伝えておきたい事が…………」

 振り返った冬月は脱衣所の入り口に立つシイの姿を見て、完全に沈黙した。口を半開きにしたまま、目を大きく見開いて微動だにしない。

「わざわざすいません。……あれ、冬月先生。どうしたんですか?」

「……い、いや……何でも……」

 動揺を悟られないよう必死で平静を装う冬月。だがそんな彼の目の前で、シイが身体に巻いたバスタオルがさらりと落ちてしまえば、もう我慢出来るはずが無い。

(ぬぉぅ!?)

 一糸まとわぬシイの姿を見た瞬間、冬月の鼻から大量の血液が噴き出した。噴水を思わせるそれは、仰向けに倒れた冬月の身体だけでなく白い病室をも赤く染め上げる。

「冬月先生、冬月先生!?」

 突然鼻血を吹き出し倒れた冬月に、シイは慌てて駆け寄って必死に呼びかける。だが冬月は何処か満ち足りた表情を浮かべたまま、完全に意識を失っていた。

 

 

 

 リツコの話を全て聞き終えたミサトは、無言のままじっと瞳を閉じていた。その胸中に何が渦巻いているのか、加持とリツコには分からない

 誰もが言葉を発せず時間だけが流れていく。その沈黙を破ったのはミサトだった。

「……まさかシイちゃん達も知ってたとはね」

「寧ろ逆ね」

「ああ。あの子達が中心さ」

 全ての発端はシイ達。それはリツコと加持の共通認識だ。独自に調査していた加持も、偶然にも情報を得てしまった時田も、そしてリツコもみんなシイ達を中心に繋がっていた。

「はぁ。何も知らず、何一つ相談されず、頼りにもされない。これじゃ保護者失格ね」

「それは違うぞ葛城。あの子達は君を巻き込まないよう配慮してたんだ」

「大事な存在として認識されてるのよ。貴方は」

「……だからよ。そんな思いをさせてたってのに、私は気にする事すら出来なかったわ」

 グイッと酒をあおる。既に顔が赤く染まっているが、ミサトの意識はハッキリとしていた。

 

「シイちゃんには、父の話をした事があるの。だから余計に言い辛かったんでしょうね」

「その優しさを受け入れるのも、保護者の役割じゃなくて?」

「だな。受け入れた上でどうするかは……君次第だ」

「決まってんでしょ。あの子達だけに背負わせる訳にはいかないわ」

 答えるミサトの言葉には一切の迷いは無かった。

「碇司令と副司令が何を隠して何を企んでるのか。絶対暴いてやるんだから」

「気負いすぎるなよ。碇司令は狡猾だ。隙を見せれば逆に食い付かれるからな」

「……やはり副司令が狙い目ね。司令との関係は深いけど、シイさんファンクラブ会長だし」

 ポツリと呟くリツコにミサトと加持はぎょっと目を向ける。

「あ、あんた……それ本当?」

「知らなかったの? そもそもファンクラブを設立したのは副司令よ」

 今やネルフ職員の過半数が在籍している『碇シイファンクラブ』の創設者が副司令である冬月と知らされて、ミサトと加持は複雑な表情を浮かべる。

「そりゃ……何と言うか……」

「あのスケベ爺。歳を考えろっつうの」

「男は幾つになっても男か……い、いや、何でもない」

 ミサトにじろりと睨まれ加持は慌てて発言を撤回する。男性が一人のこの場で迂闊な発言をするは、危険だと察したのだ。

「とにかく。シイさんが居る以上、副司令にアプローチを掛けるのが妥当ね」

「でもシイちゃんは軟禁状態じゃない。ガードの保安諜報部は副司令の直轄だし」

「手は幾らでもあるさ。後はタイミングだけだが」

「鈴原君の訓練と初号機の修復が終わった時が良いでしょうね」

 リツコの提案に二人は頷く。人間同士の問題で使徒を蔑ろになど出来ない。備えを万全にして憂いを断ってから、冬月に挑むべきだと判断したからだ。

「さ、難しい話はここまでだ。また三人で酒を飲める機会に恵まれた事を、素直に喜ぼう」

「あんたね……」

「最後の機会かも知れないしね」

「あ、あんたも……」

「では変わらぬ友情と、愛すべき子供達の成長を祝して」

 加持が差し出したグラスに二つのグラスが重なり合う。大人達の夜はまだ終わらない。

 

 

「冬月先生、大丈夫ですか?」

「はは、もう平気だよ」

 心配するシイに、両方の鼻にティッシュを詰めた冬月が笑いかける。大量出血で一時は危ない状態に陥った冬月だったが、現場が病院と言う幸運もあって、どうにか川を渡る前に帰ってくる事が出来た。

 輸血用のパックを右腕に繋いだままで、だが。

「体調が悪かったんでしょうか?」

「ん、あ、ああ。そうかもしれんね。最近は働きづめだったから」

 まさかシイの裸を見て鼻血を吹き出したなど言える訳もなく、冬月は曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。しかしシイは冬月が激務の合間を縫って来てくれたと信じ込んでしまう。

「そんなお疲れなのに、私のお見舞いに来てくださったんですね」

「……は、はは、気にしないで欲しい。良い物を見……もとい、君の元気な顔が見られたからね」

「ふふ、ありがとうございます」

 全く疑いを持たないシイの笑顔に、冬月は罪悪感と必死に戦っていた。

「そう言えば冬月先生。私に何か伝えたいことがあるって」

「ああ、そうだった。歳は取りたくないな。どうも忘れっぽくていけない」

「リツコさんみたいですね」

「ははは、彼女のは歳のせいだけでは無いがね」

 

「はっくしゅん、はっくしゅん」

「あら、風邪?」

「……なんか、無性に副司令を殴りたくなったわ」

 

「それは置いて置いて、実は君に伝えなければならない事があるんだよ」

「はい、何でしょう」

「……碇シイ君。君に怪我が完治するまでの無期限入院、及び初号機への搭乗禁止が本日正式に命令として下った。発令は正式な物で撤回は無いと思って欲しい」

 冬月は副司令の顔でシイに宣告した。既に知っている事だったが、シイはアスカに言われた通りショックを受けた演技をする。

「ど、どうしてですか?」

「君の為だ。もし今使徒が現れたら君はどうする?」

「勿論戦います」

 即答するシイに冬月は悲しそうにため息をつく。

「それが理由だよ。片腕を失った状態で出撃すれば、今度は命さえ失いかねない」

「で、でも」

「シイ君、ハッキリ言っておこう。君は自分の命を軽く見過ぎている」

 あえて厳しい口調で断言する冬月に、シイは思わず言葉に詰まる。

「悲しい思いをさせない為に、人を守ろうとする君の意思は素晴らしい。だがシイ君が傷つく事で悲しむ者達も居るのだ。勿論私もその一人だがね」

「冬月先生……」

「頼むからもっと自分を大切にして欲しい。これはネルフスタッフ全員の気持ちだよ」

「……分かり、ました」

 冬月が真に自分の事を思い話している事が分かる。分かるからこそシイは頷くしか無かった。

 

「伝えたかったのはそれだけだよ。夜分にすまなかったね」

「いえ……ありがとうございました」

 少し気落ちしているシイに冬月は寂しそうに頷いて、病室を出ていこうとする。だがドアの手前で立ち止まると、思い出したように声をかける。

「……一つ、聞いても良いかね?」

「何でしょう」

「君はフォースチルドレン救出の代償として、左腕に障害を負った。後悔はしていないのかね?」

「してません。だって……私も鈴原君も生きてるんですから」

 冬月の問いかけにシイは即答する。それは強がりではなくシイの本心からの言葉だった。

「片手なのは確かに不便ですけど、生きている事が何より大切で幸せな事ですから」

「ユイ……君?」

 優しい笑顔を向けるシイに、冬月は在りし日の碇ユイの面影を見た。

「冬月先生?」

「い、いや、何でもない。つまらない事を聞いて済まなかったね」

 動揺を隠すように冬月は手を振ると、そそくさと病室から出ていってしまう。残されたシイは不思議そうな顔でその後ろ姿を見送るのだった。

 




エヴァも使徒も出ない、戦いの合間のひと時です。

これまで子供達に良い所を取られっぱなしだった大人組。ボチボチ活躍する時が近づいてきました。
冬月はもう……ねえ。何も言えません。

平和な時は長く続きません。次はチート使徒の登場となります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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