エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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19話 その1《覚悟の代償》

 

 ネルフ本部司令室ではゲンドウと冬月が、リツコから今回の一件について事のあらましと、事後処理の報告を受けていた。

「……ふむ。ではやはりあの使徒は輸送中に寄生したと?」

「恐らくは。米国第二支部も松代第二実験場も、使徒の探知設備がありますので」

「それしか考えられない、か」

 MAGIの分析によると、使徒は輸送機が空輸中に通過した積乱雲で、参号機に寄生した可能性が高いと出ていた。そのまま参号機の中で休眠状態だった使徒は、探知設備に引っかかる事無く松代に到着。エヴァの起動にあわせて活動を開始したと見られていた。

「参号機はどうだ?」

「損傷自体は軽微ですので、精密調査が終了次第、再起動実験が可能です」

「……任せる。初号機が使えぬ今、少しでも戦力が必要だ」

 ゲンドウは先の破棄命令を撤回し、再びエヴァンゲリオン参号機を本部管轄とした。委員会は寄生の影響を危惧したが、精密調査の実施を条件にどうにか承認を得る事が出来た。

 

「パイロットの方は使えるのかね?」

「身体的外傷、精神汚染も問題ないので、引き続きフォースチルドレンとして使えるかと」

 救出されたトウジは幸いにも大きな負傷も精神汚染も無く、本人に再びエヴァに乗る意思があるのなら、まだ彼はパイロットとして戦う事が可能だった。

「一安心だな。万が一があればシイ君達に与える影響は、計り知れない物があるからな」

「そのシイさんですが……」

「あいつの事は報告の必要は無い」

 リツコの言葉を遮りゲンドウは不機嫌そうに告げた。

「命令違反にエヴァの独断使用及び破損。当面サードチルドレンを初号機に搭乗させるつもりは無い」

「しかし」

「幸い都合良く負傷している。病院に話をつけて退院を先延ばしにしろ」

「……分かりました」

 あまりに酷いゲンドウの物言いに、リツコは不快感を覚えながらも素直に了承して見せた。あまり食い下がると、シイ達との繋がりを疑われかねないと判断したからだ。

「では参号機の起動実験と初号機の左腕修復を進めます」

「……頼む」

「はい。それでは失礼します」

 リツコは一礼すると、二人に背を向けて司令室から出ていった。

 

 彼女の姿が見えなくなるのを確認してから、冬月はそっとゲンドウに声を掛ける。

「嫌われ者は辛いな」

「……何の話だ?」

「今もし次の使徒が襲来すれば、シイ君は片腕でも出撃しようとするだろう。それを阻止するのに入院中と言うのは実に都合が良い」

 ゲンドウの本心を察して苦笑する冬月に、ゲンドウは無言のまま否定もしなかった。

 碇シイはあまりに自分を大切にしな過ぎる。何かを、誰かを守る為なら自己犠牲を厭わない。それはシイの短所とも言えた。だからこそ、せめて初号機が万全の状態になるまで出撃を止める必要があった。

「命令違反の叱責を理由に、お見舞いに行っても良いのだぞ?」

「……必要ない」

(やれやれ、本当に素直じゃない男だ)

 それっきり口を閉ざすゲンドウに、冬月は心の中でため息をつくのだった。

 

 

 ネルフ中央病院。トウジが入院している病室に、ケンスケ達がお見舞いにやってきた。

「おぉ、ケンスケに委員長、それに惣流と綾波もか」

「聞いたよトウジ。大変だった見たいだな」

「鈴原……身体は大丈夫?」

「怪我一つ無いわ。暴走したっちゅう話やけど、わしは何も覚えてへんけどな」

 心配そうに見つめるヒカリに、トウジは頭を掻きながら答えた。

 ケンスケ達の前にリツコがお見舞いと謝罪に訪れ、トウジに事の次第を話した。実験中に参号機が暴走してしまい、それをシイ達がくい止めたのだと。

「迷惑かけてすまん」

「はん、別に。あんたがすんなり乗れるなんて、最初から思って無かったわよ」

「……気にしないで」

 トウジへの精神的配慮から二人は、真相を隠し単なる実験事故と処理しようと言うリツコの提案に同意した。無事だったとは言え、使徒に乗っ取られたと聞かされればヒカリ達もショックだろうと。

「にしても事故なんて……やっぱエヴァに乗るのは難しいんだな」

「鈴原はもう乗らなくて良いの?」

「……もういっぺんチャンス貰えたわ。再起動実験ちゅうのをやる事になったんや」

「そう、なんだ……」

 ひょっとしたらと期待したヒカリは落胆の色を隠せずに俯く。

「すまんな、委員長。心配掛けてしもうて」

「ううん。鈴原が決めた事なら、私は何も言わないから」

「もうドジは踏まへん。ばっちし決めて、シイ達と一緒にみんな守ったる」

「自分も守ってね。無茶だけはしないで……」

「分かっとる。委員長の弁当、あれっきりで終いじゃ堪らんからな」

「あっ、うん……ちゃんと作るから、きっと食べてね」

 病室で見つめ合う二人の間に何とも言えぬ甘い空気が漂う。アスカ達はその空気に当てられる前に、病室の外へと戦略的撤退を図っていた。

 病室のドアを閉めると、三人は一斉に大きく息を吐く。

「はぁ~。何なのよあの雰囲気は」

「トウジが危険な目にあって、委員長が積極的になったんじゃないか?」

 失うかもしれない状況になって、初めて大切さに気づくこともある。今回の事故はヒカリにとって、トウジがどれだけ大切な存在なのかを再確認させたのだろう。

「ま、ヒカリが幸せなら良いけどね」

「思わず出て来ちゃったけど、入りにくいな」

「……馬に蹴られるわ」

「良いんじゃない? どーせあの馬鹿は今日一杯入院だし、二人きりにしてあげれば」

 アスカ達は頷き合うと病室の前からそっと離れる事にした。

 

「そう言えばさ、碇はどうしたんだ? トウジのお見舞いに来ないなんて、あいつらしく無いけど」

「シイは……ちょっと熱だしてるわ。あの馬鹿の事で精神的に堪えたみたい」

「そうなのか? 心配だな」

 トウジを助けて欲しいと言う自分の頼みに、見事応えてくれた少女。直接お礼を言いたいと思っていたのだが、無理をさせては本末転倒だ。

「疲れもあるから少し休んでるけど、大したこと無いわよ」

「そっか。じゃあ僕は帰るけど、碇にお大事にって言っといてくれよ」

 アスカとレイが頷いたのを確認すると、ケンスケは二人と別れて病院を後にした。彼の姿が完全に見えなくなると、二人はそっと呟く。

「言える訳無いじゃない」

「……嘘は言ってないわ」

 シイが熱を出しているのは本当だ。精神的に堪えたことも、疲れがあるのも嘘じゃない。ただ、ある事を言わなかっただけ。

 二人は暗い顔で病院の最上階へと向かった。

 

 

 ネルフ中央病院最上階は、特別病棟と呼ばれる病室が並ぶ特殊施設だった。完全個室の病室は外部からしか開けることが出来ない、一種の監獄とも言える。

 その一室、保安諜報部員が立ち塞がる病室の前にアスカとレイは近づく。

「面会よ」

「……赤木博士から許可が出てるわ」

「……ファーストチルドレン、セカンドチルドレン両名。面会時間は十分です」

 あらかじめ連絡が通っていたのか、保安諜報部員は頷くとカードキーで病室のドアを開けて道を開ける。まるで囚人との面会の様な対応にアスカは嫌悪感を抱いたが、何も言わずに男の隣を通り過ぎ病室へと入った。

 ベッドに寝ていたシイは、二人の姿を見ると嬉しそうに笑いかける。

「あ、アスカと綾波さん。来てくれたんだ」

「まあね」

「……身体の具合はどう?」

「うん。元気だよ」

 自動ベッドの角度を変えて上半身を起こしたシイは、右手を胸の前でギュッと握り微笑む。だがそんなシイの姿にアスカとレイは表情を曇らせてしまう。

 二人の視線は右手とは対照的に、力無くベッドに乗せられたシイの左腕に向けられる。

「やっぱ、駄目なの?」

「……うん。動かないや」

 シンクロ中の左腕切断はシイの肉体に深い爪痕を残した。外傷は左腕神経への軽い障害なのだが、脳が左腕は切られてしまい存在しないと認識してしまったのだ。

 その結果シイの左腕は、自分の意志で指一本動かす事が出来なくなってしまった。

「リツコさんは、時間が経てば元通りになるかもって言ってたけど」

「ならあの髭親父の命令は、案外と好都合かもね」

 謹慎代わりの無期限入院。リツコから聞かされたときは、アスカとレイはゲンドウに強い怒りを感じた。だがシイの状態を考慮すれば、外部に負傷を知られる事の無いこの状況は寧ろ都合が良いと言えるだろう。

 

「さっきあの馬鹿にも会ったけど、もうすっかり元気だったわ」

「うん。リツコさんも言ってた。……明後日、参号機の再起動実験をやるとも」

「……大丈夫。今度は上手く行くわ」

「本部でやるみたいだし、その辺抜かりないわよ」

 不安に表情を曇らせるシイに、アスカとレイは元気づけるように声を掛ける。ネルフ本部の使徒探知設備は、米国や松代の比ではない。使徒一匹見逃さないと、リツコから聞いた話をそのまま告げる。

「お見舞いがてら、その辺の情報も伝えに来るから」

「……碇さんは休んでて。時には休息も必要よ」

 レイは自動ベッドを操作してシイの身体を再び仰向けに寝かせる。こっちの事は気にせずに休めと言う、彼女の無言の主張だった。

 丁度その時、病室のドアが開かれ保安諜報部の男が口を開く。

「……面会時間は終わりだ」

「ちっ、空気の読めない奴ね」

「……また来るから」

「うん。待ってる」

 保安諜報部員に促され病室から出ていく二人を、シイは右手を振って見送った。

 

 病院の通路を歩きながら、アスカとレイは険しい顔をつくる。

「あの馬鹿への扱い。ダミープラグとか言う最低の代物。あの髭の企み、もう我慢ならないわ」

「……そうね」

 拳を握りしめるアスカにレイも同意する。彼女にとって碇ゲンドウと言う人物は、もはや絶対の存在では無くなっていたのだ。

「こうなったらあいつの悪巧みを暴いて、台無しにしてやるんだから」

「……徹底的にやるわ」

 今回の一件でゲンドウへの不信感は更に高まった。シイの負傷すらもゲンドウのせいにして、二人は使徒との戦いだけでなく、司令への戦いへの決意を一層強く固めるのだった。

 




ネルフ中央病院って、民間人がお見舞いに来られる所なんでしょうか? 原作でヒカリがトウジを見舞っているので、大丈夫そうですけども……。

シイの左腕不全など全体に暗いムードですが、未来を切り開く為には、産みの苦しみを味わうのも止む無しでしょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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