エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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シリアスクラッシャーのアホタイムです。

時間軸はやはり、17話開始前となっています。


小話《女の戦い?》

 

~自業自得~

 

 それはシイとアスカ、ミサトが揃って夕食を摂っている時の事だった。

「……ごちそうさま」

「あらシイちゃん。もう食べないの?」

「は、はい。ちょっと……食欲が無くて……」

 ミサトの言葉にシイは愛想笑いをしながら答えると、まだご飯が半分以上残っている自分の食器を、そそくさと流しへと持って行く。

 決してご飯が不味いわけでは無い。寧ろ今日のハンバーグは絶品と言って良い出来で、事実ミサトとアスカは既に完食しているのだから。

「ちょっとシイ。あんた調子でも悪いの?」

「ううん……ただ食欲が無いだけ」

 困ったように愛想笑いするシイをアスカは更に問い詰める。

「だから、それは具合が悪いからじゃ無いの?」

「ち、違うってば。私は元気だよ」

 アスカの追求に何故かシイは焦った様子で、両拳を握って元気をアピールする。そのあからさまに怪しい態度に、アスカとミサトはシイが何か隠していると確信した。

「ぐびぐび……シイちゃん、ちょっとそこに座って」

「はい」

 シイは食器を水に浸すとミサトとアスカの正面へ座る。ミサトは手にした缶ビールを飲み干すと、単刀直入にシイへと問いかけた。

 

「何か、隠してるわね?」

「!?」

「で、何を隠してるの?」

「べべべ、別に何も……隠して無い……もん」

 もはや自白と言って良いレベルだった。冷や汗を掻きながら目線を逸らすシイに、アスカとミサトはジッと疑いの眼差しを向ける。

「あっ、宿題が残ってるんだった。部屋に戻るね」

「まあ待ちなさいって」

 逃げようとするシイの手を、アスカがすかさず掴んで離さない。力勝負でシイに勝ち目がある筈もなく、あっさりと席へと戻されてしまう。

「今日はあんたの好きなハンバーグ。それを半分も残すなんて……変よね?」

「た、たまにはそう言う時もある……かな?」

「へぇ~。献立を決めてる人間には、流石に厳しい言い訳ね」

「それは……そう、アスカもハンバーグ好きだから、変えるのは悪いな~って……」

 シイも必死に言い訳をするのだが、ジト目のアスカに真っ直ぐ見つめられてしまうと、弁解の言葉は尻つぼみになって消えていく。

「ど~も変ね。そう言えば今日のあんたは、朝からちょっと様子がおかしかったわ」

「べ、別に普通だよ」

「いつもは必ず飲む牛乳も飲まなかったし、ご飯もさり気なく残してたわね」

「だから食欲が……」

「昼ご飯もほとんど食べてなかったわ。授業も頬杖ついて上の空だったし」

 次々に不審な点を列挙するアスカに、シイは俯いて黙り込んでしまう。そんなシイにアスカはため息をつくと、肩に手を置いて語りかけた。

「……ねえ、本当に病気とかじゃ無いんでしょうね?」

 アスカの声はからかうような物ではなく、真剣にシイの身体を心配している様だった。それが分かるからこそ、シイは困ったように眉を八の字にして言葉に詰まってしまう。

 

(一度メディカルチェックを受けさせるべきかしらね……ん?)

 二人のやり取りをビールを飲みながら見つめていたミサトは、ふとある事に気づく。

「ねえシイちゃん。左の頬、少し腫れてない?」

「え゛……」

「あ、本当だわ」

 ミサトの指摘に、間近で見たアスカが間違いないと頷く。シイの左頬は僅かにではあるが、赤みを帯びて膨らんでいた。慌てて頬を手で隠すシイだが時既に遅し。ミサトは全てを察した。

「な~る。……シイちゃん、ちょっと口を開けなさい」

「そ、それはちょっと……」

「アスカ、やりなさい」

「口? あ、そう言うこと。OK」

 ミサトに遅れて事情を理解したアスカは、シイの口を指で摘んで強引に開かせる。

「ひ、ひひゃひ。ひゃひゅひゃ、ひゃひぇひぇひょ」

「……ビンゴね。バッチリあるわよ、シイの隠し事が」

「やれやれ。シイちゃん、いつから出来たの? その虫歯」

 ミサトはビールをテーブルに置くと、ため息をつきながら呆れたように尋ねた。

 

「……三日くらい前から水を飲むと少し痛くて……今朝起きたら何もしてないのに痛くて……」

「進行したのね」

「ほっんと馬鹿ね。早く治療しておけばそこまで酷くならなかったのに」

 自白したシイにアスカは肩をすくめて言った。本気で病気じゃ無いかと心配していた分、真相を知った時の落胆と呆れは一層強い。

「とにかく食事も満足に食べられないんじゃ、学校も仕事も支障が出るわ」

「……はい」

「明日の朝一で予約を取ってあげるから、ちゃっちゃと治療して来なさい」

「嫌です」

 まさに即答だった。一切の迷い無く治療を拒否したシイに、ミサトもアスカも思わず言葉を失う。

「い、嫌って……だって、治療しなきゃずっと痛いままよ?」

「ちゃんと歯磨きしてるから、その内治ります」

「あ、あんた馬鹿ぁ? 一度虫歯になったら、削らないと治らないのよ!」

「治るの! 治るんだってば!」

 駄々っ子のように両手を激しく振るシイに、アスカ達は呆然と視線を送りやがて気づく。この少女は歯医者が苦手なのだと。

 

「分かったわ。でも保護者としてこのまま放置する訳には行かない。悪いけど……」

「力ずくでも連れて行くわよ」

「嫌ったら嫌! 絶対に歯医者なんか行かないもん!」

 椅子を倒しながら立ち上がると、一目散に玄関へと駆け出すシイ。慌ててアスカが捕まえようとするのだが、伸ばした手は僅かに届かず虚しく空を切る。

 バランスを崩したアスカが追いかける前に、シイはパジャマのまま外へと飛び出して行ってしまった。

「アスカ、追いかけるわよ!」

「分かってるって。でも着替えてからね」

「……そうね」

 後は寝るだけと言う状況だった為、ミサトもアスカも半袖短パンのラフな格好をしていた。流石にこのまま外へ出る程、二人の羞恥心は薄くない。

「ったく、変な所で子供なんだから」

「……あ~私。サードチルドレンが外に出たから追跡して。……ええ、監視だけ。手は出さないで」

 ミサトは手早く保安諜報部員へ連絡を取ると、大急ぎで着替えを済ませてアスカと共に、シイを捕まえる為に夜の第三新東京市へと向かうのだった。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 限界まで走ったシイは、ネオンが眩しい繁華街の裏路地に身を隠して、壁を背に呼吸を整える。

「……うん。二人とも着いてきて無い」

 無事アスカ達から逃げ切れた事に、安堵して胸をなで下ろした。安心は心の余裕を産み、余裕は思考能力を復活させる。

「でもこれからどうしよう……家には戻れないし」

 パジャマ姿で逃げ出した為、今のシイはお金はおろか携帯電話も何も持っていなかった。ホテルに泊まるにしてもお金は必要なので、シイの選択肢は一気に限られてしまう。

「本部は……ううん、駄目。きっとミサトさんが連絡しちゃってるもん。なら……」

 数少ない選択肢を吟味して、シイはパジャマで夜の街を移動し始めた。

 

 

『……こちら保安諜報部第六班。サードは移動を再開。住宅地区へ向かっています』

「読み通りね。じゃ、予定通りよろしく」

 ミサトはルノーを走らせながら諜報部員へ指示を出す。

「はぁ。ホント考え無しなんだから。チルドレンがマークされてるなんて常識じゃない」

「まあそれがシイちゃんだからね」

「……居場所が分かってる鬼ごっこなんて、絶対勝てるはず無いのに」

 追いかけている立場のアスカだったが、シイに絶対不利なこの状況に何処か不機嫌そうに呟いた。

 

 

 シイが逃げ場所に選んだのはヒカリの家だった。レイの家も選択肢にあったのだが、ネルフ関係者はリスクが高いと判断して、ミサトの手が回りにくいヒカリを選んだ。

 周囲を警戒しながら小走りで路地を進んでいると、

「……あっ!?」

 ヒカリの家の前に見覚えのある青いルノーが停車している事に気づき、慌てて路地の角に身を隠した。鼓動を早める心臓を抑えながら、そっと壁から様子を窺う。

「ミサトさん……私の動きはお見通しなんだ……」

 唇を噛みしめながら、行動を予測された事に悔しさを滲ませる。だがまだ発見されていないんだと、気持ちを切り替えこの場から離れようと身を翻す。

(綾波さんの家にお邪魔させて貰うしか……!?)

 来た道を引き返そうとしてシイは気づく。路地の先に複数の黒服が待ちかまえている事に。

(保安諜報部さん? ミサトさんが呼んだの?)

 進路を変更して複雑に入り組んだ路地を走り出す。だが行く先々に黒服の姿を見つけ、レイの家に向かう事はおろか繁華街に戻ることすら出来ない。

 作戦部長葛城ミサトの包囲網に一切の隙は無く、シイは完全に封殺されてしまった。

 

(うぅぅ……何処にも行けないよ)

 逃げ場を失い呆然と立ち尽くすシイに、ゆっくりと人影が迫る。

「シイちゃん。もう鬼ごっこは終わりよ」

「ミサトさん……」

「観念しなさい。あたしとミサト、それに保安諜報部から逃げるのは不可能なんだから」

「アスカ……」

 前後から迫るミサトとアスカ。左右両側には高い壁がそびえ、シイではとても乗り越えられそうに無い。二人の背後には黒服が逃げ道を塞ぐように立っており、もはや万策尽きた。

「良い子だから、大人しくしててね」

「あんたの負けよ」

「い、いや……いやぁぁぁぁ!!」

 歯医者へと連行される敗者の悲鳴が、夜の住宅街に響き渡った。

 

 

 シイが歯医者に連行されてから数十分後、ネルフ本部発令所はかつて無い緊張感に包まれていた。司令と副司令を始め主要スタッフが全員持ち場に着いており、最大級の警戒態勢を取っている。

「初号機との連動回路、カットされました」

「プラグを強制射出しろ」

「駄目です。プラグ側から拒否されており、受信しません」

 マヤのある意味何時も通りの報告に、冬月は眉をひそめる。発令所のスタッフ達も一様に困惑した表情を浮かべ、主モニターに映るシイの姿を見つめていた。

「電源は?」

「外部電源は既に切ってあります。現在、内蔵電源にて起動中」

「活動限界まで、後4分25秒」

「これは……どうしたものか」

 オペレーター達からの報告を受けて、心底困ったように冬月はため息をついた。

 

 ミサトとアスカによって強制的に身柄を拘束されたシイは、そのままネルフ中央病院の歯科へと連行された。泣き叫ぶ彼女だったが、大人の力に勝てるはずもなく、無理矢理治療を受ける事になった。

 これで一安心とミサトが胸をなで下ろしたのも束の間、シイは治療の合間に病院を泣きながら逃げ出すと、ケージの初号機に搭乗。そのまま中に閉じこもってしまったのだ。

 

「止めるんだシイちゃん! 虫歯のまま放置すれば、君が辛い思いをしたんだ!」

『……そんなの関係無いもん』

「だがそれも事実だ」

『……それ以上言うと怒りますよ』

 日向の必死な説得にもモニター越しのシイは聞く耳を持たない。真っ赤に腫れた目は完全に据わっており、不機嫌ここに極まれりと言った様子だった。

『……初号機に残ってる後240秒。これだけあれば、あの歯医者さんは壊せます』

「い、今の彼女なら、やりかねませんね」

 狂気に支配されたシイの迫力に、青葉は気圧されたように呟きを漏らす。普段なら可愛らしいパジャマ姿なのだが、今の言動とのミスマッチが余計に怖かった。

「シイちゃん話を聞いて! 葛城三佐の判断が無ければ、虫歯はもっと酷くなっていたのよ!」

『そんなの関係無いもん!! 凄い痛かったのに……左手あげたのに……止めてくれなかったの!』

 マヤの説得も効果は無く、高ぶる感情そのままにシイはレバーを思い切り叩く。

「あ~あるよな」

「痛かったら手を挙げてとか言う癖に、結局止めないんだよ」

 歯医者ではわりと良くある話だった。止めたら治療にならないのは分かるが、ならば最初から希望を持たせないで欲しい物だと、スタッフ達はついシイに同意してしまう。

「どうする碇?」

「……LCL圧縮濃度を限界まで上げろ。子供の駄々に付き――」

「エヴァに拒否されました」

「…………」

 父親として、司令として、威厳を込めて告げた指令をあっさりキャンセルされて、ゲンドウは無言で少し落ち込んだ。

 

「やれやれだな。……シイ君、知っているかな? 実は虫歯は命を奪いかねない危険な物だと」

『冬月先生も……私を虐めるんですか?』

「そんなつもりは無いよ。ただ私は君に死んで欲しくない。それはここにいる皆が同じだろう」

 何処までも優しく穏やかな冬月の語り口に、シイは少しだけ冷静さを取り戻す。

「治療中の歯と言うのは無防備で危ない状態だ。再び虫歯になる危険性は高い」

『で、でも……』

「私が君の親なら、娘に嫌われようとも、身の安全を優先するがね」

 冬月が最後に告げた言葉はシイに対してではなく、初号機に向けた物だった。将を射んと欲すればまず馬を射よ。果たしてそれは効果を発揮する。

 突然初号機がシイとのシンクロをカット。勝手にエントリープラグを排出すると、拘束具を引きちぎった右腕でプラグを掴んでケージの通路に置いたのだ。

 あまりに唐突、あまりにあり得ない光景に、発令所の面々は言葉を失う。

「……甘やかすだけが愛情では無いと言うことだな。ユイ君、ありがとう」

 冬月の感謝の言葉に初号機がゆっくりと頷いて見せた。

「待機中の医療班に連絡。シイ君を歯医者に連れて行くんだ。極力刺激しない様にな」

「りょ、了解」

 かくして冬月のファインプレーによって、シイの初号機籠城事件及び虫歯の治療は解決した。

 

 

 シイの一件が片づいて直ぐ、ゲンドウは人類補完委員会に緊急招集を受けた。呼び出された理由は勿論、先のシイの行動についてだ。

「どういう事かな、碇君」

「サードチルドレンによる初号機の私的占有、これは由々しき事だ」

「左様。君の管理能力を疑わざるを得ないね」

「納得のいく説明を聞かせて貰おうか」

 委員会の面々がゲンドウへと詰め寄るのだが、ゲンドウは全く動じない。

「先日、サードチルドレンの元に大量のチョコレートが送られて来ました」

「そ、それが……なんだね?」

「世界各国より大量に、それこそトン単位で送られてきたチョコレート。それが全ての原因です」

「「…………」」

 お前達の送ったチョコが原因で今回の事件は起こった。暗にそう告げるゲンドウの報告に、そっと視線を逸らす委員達。その頬には一筋の汗が流れていた。

「現在MAGIが元凶となったチョコレートの贈り主を、全力を挙げて特定しております」

「ば、馬鹿な事は止めろ!」

「そうだ。MAGIシステムをそんな些事で用いるのは……流石に、なぁ?」

「さ、左様。あまりに下らないね」

「……しかし、今回の件を正確に報告するには、必要な事です」

 完全に攻守は逆転していた。主導権を握られた委員達は冷や汗を流しながら、諦めたようにため息をつく。

「やむを得ないな。今回の一件、不問としよう」

「イレギュラーな事件だ。計画に支障は出ないだろう」

「左様。気にする事もあるまい」

「話は以上だ。下がって良いぞ」

「……はい。全てはゼーレのシナリオ通りに…………ふっ」

 勝ち誇った様な笑みを浮かべて、ゲンドウは会議場から姿を消した。

 

 残された委員達は、それぞれ顔を見合わせると深いため息をつく。

「……まさか、全員が贈るとはな」

「仕方あるまい」

「左様。これは避けられない事だったのだよ」

「碇に弱みを見せてしまった」

「キールに知られたら……大目玉だぞ」

「どうだね、ここは一つ、何もなかったと言うことで」

 一人の提案に委員達全員が頷き、事件は完全に闇へと葬られた。

 全てはゼーレのシナリオ……とは関係無かったが。

 




歯の治療が痛くてついやってしまいました。反省はしていません。

もう初号機が動くことに、誰も驚かないネルフスタッフ。人の順応力は素晴らしいものです。

さて、次はいよいよ「最強の使徒」の呼び声高い、あの使徒の出番となります。果たしてどんなやられ方……もとい強さを見せてくれるのでしょうか。

物語もいよいよ後半戦突入です。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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