エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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18話 その5《命の選択をする覚悟》

 

「必要ないって……どういう事なの、お父さん!?」

『あれは使徒だ。余計な行動をせずに、直ちに殲滅作戦を行え』

 ゲンドウの冷たい声に、シイは信じられないと言った様子で、モニター越しの父親を見つめる。

「だって鈴原君が乗ってるんだよ。使徒を倒すのは助けてからでも……」

『これは命令だ。目標を殲滅しろ』

 トウジを無視したゲンドウの物言いを聞いて、次第にシイの表情が強張っていく。あまりに理不尽な命令に対して、心の奥底から怒りが沸き上がってきた。

「じゃあお父さんは、鈴原君がどうなっても良いって言うの!?」

『フォースチルドレンの生死は問わん。優先すべきは使徒の殲滅。フォースの救出では無い』

「嫌! 私は鈴原君を助ける! そう約束したんだもん!!」

 トウジの事を助けてくれと頼んだ、ケンスケとヒカリの姿がシイの脳裏に浮かぶ。トウジを含めた六人で楽しく過ごした日々が思い起こされる。

 大切な友人を見殺しにすることなど、シイには考えることすら出来なかった。

 

 発令所の主モニターには、険しい表情でゲンドウを睨み付けるシイの顔が映し出されていた。迫力などまるで無いのだが、普段の笑顔とのギャップにスタッフ達は辛そうに目を背ける。

(そりゃシイちゃんが怒るのも無理ないって)

(だよな。友達見捨てろなんて、親の台詞じゃ無いぜ)

(アスカの作戦。どうして駄目なの?)

 オペレーター三人組は疑惑の視線をゲンドウへ向ける。しかしゲンドウは自分に向けられるあらゆる感情を無視して、静かにシイへと声を掛けた。

「……シイ。この使徒は対象に浸食するタイプだ」

『だから何?』

「接触すれば、初号機も浸食される可能性がある」

『だけど……』

「初号機だけでは無い。零号機、弐号機も浸食されれば、人類は使徒への対抗策を失うのだ」

 ゲンドウは諭すようにシイへと語りかける。だがそれは優しさからではなく、シイに命令を聞かせる為の最善策と判断したからに過ぎない。

「お前は人類の命運を背負って戦っているのだ。分かれ、シイ」

『そんなの……そんなの、分かんない!!』

 迷いを吹っ切るようにシイは思いきり叫んだ。

『友達を、鈴原君を見捨てるなんて、私には出来ないよ!』

「……それがお前の答えか」

 シイとゲンドウの視線が真っ向からぶつかり合う。互いに譲らぬ、譲れぬ主張。両者の睨み合いを破ったのは、ため息をつくゲンドウだった。

「初号機パイロットのシンクロを、全面カットしろ」

「えっ!?」

「全面カット……ですか?」

「そうだ。回路をダミープラグへ切り替えろ」

 ゲンドウから下された信じられない指示に、日向達は思わず振り返って司令席を見てしまう。だがゲンドウは普段と変わらぬ様子で、自分の指示が実行されるのを待っていた。

「碇……」

「子供の我が儘で、初号機を失うわけにはいかん」

 友人を思うシイの気持ちを、子供の我が儘と切って捨てるゲンドウ。司令としては正しい姿なのかも知れないが、彼に対するスタッフ達の反感は高まっていく。

「し、しかし碇司令。ダミーシステムにはまだ問題点も多く、赤木博士不在の今使用するのは……」

「私が許可する。やれ」

「……了解」

 強い口調でゲンドウに指示され、マヤは仕方なく作業に取りかかった。

 

「……駄目です。シイちゃんと初号機のシンクロがカット出来ません」

「馬鹿な!?」

 マヤの報告にゲンドウは動揺の余り立ち上がってしまう。そんなゲンドウに代わって、冬月が冷静に状況の確認を求める。

「それはプラグ側から拒否されたのか?」

「いえ、エヴァが拒否しています」

「……そうか。ユイ君、やはり君は……」

 冬月は一人で納得したように小さく呟きながら頷く。ゲンドウと違い冬月には、この事態がある程度予測出来ていた様だった。

「目標、迎撃ポイントへ到達します」

「やむを得んな。パイロット各員へ通達、フォースチルドレン救出作戦を承認する。ただし救出が困難とこちらが判断した場合、直ぐ殲滅作戦に移行するのが条件だ」

 動揺しているゲンドウに代わり毅然と指示を下す冬月。そんな彼にシイ達だけでなく、発令所のスタッフ達からも敬意の籠もった視線が向けられた。

『冬月先生……はい!』

『はん、最初っからそう言えば良いのよ』

『……了解』

 再びモチベーションを高めたシイ達は、力強く頷いて救出作戦へと挑むのだった。

 

 

 使徒に乗っ取られた参号機は、トリッキーな動きでアスカ達を翻弄する。あり得ない角度に動く手足に、伸縮自在の両腕。人の常識から外れた変則動作は、全てが予測不可能だった。

 アスカとレイは必死に攻撃を回避しながら、動きを止めるチャンスを辛抱強く待っていた。

「っっ~。動きが読み辛いったらありゃしない」

「……でもパターンはあるはずよ」

「こりゃ根比べね」

 防戦一方のアスカとレイだが、やられっぱなしでは無い。攻撃を回避しながら、参号機の行動パターンを分析して、動きを止める隙を伺っているのだ。

「二人とも! 私も一緒に……」

「良いからあんたは自分の出番を待ってなさいって」

 参戦しようとするシイを、アスカは不敵な笑みを浮かべて止めた。自分でも苦戦している参号機の動きに、接近戦を特に苦手としているシイは対応出来ないだろう。

「あたし達が必ず動きを止めるわ。あんたはそのチャンスを、必ず生かしなさい」

「……私達を信じて」

「あ、うん。分かったよ」

 再び参号機と激しく交戦するエヴァ両機を、シイは物陰から見守っていた。二人が作ってくれるチャンスを無駄にしない様、その一瞬に備えて集中力を極限まで高めて行く。

(大丈夫……私にはお母さんが着いていてくれる。きっと……助けられる)

 レバーを強く握りしめながら、シイはその時を待っていた。

 

 

「零号機、弐号機、共に参号機と近接戦闘を展開中」

「損傷は軽微。戦闘続行に支障はありません」

「アスカはともかく、レイも凄いな」

 発令所の主モニターには、激しく動くエヴァの姿が映し出されていた。変則的な参号機の動きを、アスカとレイは互いにフォローをし合いながら、的確に対応していく。

「ふむ……コンビネーションを鍛えておいて正解だったな」

 分裂使徒との戦いに備えて行ったアスカとレイの協調訓練。困難を極めた訓練だったが、その成果はこの戦闘に置いても如何なく発揮されていた。

「シイ君はどうだ?」

「戦闘地点より、300離れた位置にて待機中」

「参号機の注意は完全に二機にある、か。さて……上手く行くかな」

 夕日が沈み始めた野辺山で繰り広げられるエヴァ同士の死闘。発令所のスタッフ達は三人の必死な思いを感じ、作戦の成功を祈らずにはいられなかった。

 

 

「はぁ、はぁ……気づいた?」

「……ええ。腕を伸ばした後、僅かに硬直時間があるわ」

 参号機の攻撃を回避しながらも分析を続けていた二人は、特定動作の直後に生まれる隙を見つけた。

「掴まったらやばいけど、接近しながら回避出来ればチャンスね」

「……これ以上長引けばこっちが不利よ」

 エヴァでの戦闘はパイロットの体力を容赦なく奪う。無尽蔵のスタミナを誇る相手に長期戦は不利と判断した二人は、軽く頷きあって覚悟を決める。

「シイ! これから勝負かけるから、しっかり準備してなさいよ」

「……鈴原君を、よろしく」

「うん。二人とも、気を付けて」

 シイ、アスカ、レイの三人は最後の勝負に挑むべく、力強くレバーを握りしめた。

 

 

 アスカには訓練によって培われた勘があった。どの距離にどの体勢でいれば、相手がどの攻撃をしてくるのか、それを感覚で理解して処理出来る才能も備わっていた。

 これによりアスカは参号機に腕伸ばし攻撃を自然と誘導する。

「来たわ!」

「んっ!」

 高速で向かってくる参号機の腕。アスカとレイは相手に接近しながら、それを紙一重で回避してみせる。伸びた手が収縮する際に出来る僅かな隙を逃さず、零号機と弐号機は参号機の身体を取り押させた。

「今よシイ!」

「碇さん!」

「うん! 行けぇぇぇぇ!」

 初号機の目に一際強い眼光が宿ると同時に、全速力で参号機へと駆け出す。もがくように暴れる参号機の背後に辿り着くと、白い菌糸がまとわりついたエントリープラグを左手で掴む。

「このぉぉ」

 グッとプラグを引き抜こうとするが、ゴムのように菌糸が伸びてしまいなかなか抜くことが出来ない。右手で後頭部を、右足で肩を押さえ付けて、力任せにとにかく引っ張る。

 徐々にエントリープラグが外部へと露出して来て、後一息と思われた時、異変が起こった。

「っっっ!!」

 プラグを掴む初号機の左手に白い菌糸が浸食を始めたのだ。まるで皮膚の中を虫が這うように、初号機の装甲板に血管状の筋が走った。

「ぅぅぅ……」

 神経を直に刺激される様な激痛にシイは顔を歪める。手の平から始まった浸食は、徐々に侵食範囲を伸ばしていき、肘の位置まで達した。

「シイ!」

「碇さん!」

『『シイちゃん!!』』

 悲鳴のような仲間の叫びが脂汗を浮かべるシイの耳に届く。

「うぅぅぅ……助け……るんだ」

 シイは瞳に涙を溜めながらも、決してプラグを握る手を離さない。侵食を受けた左手はほとんど自由が利かない為、シイは初号機の両足を参号機の両肩に乗せて思い切り背伸びをした。

 屈伸運動の要領で手で引っ張る以上の力を得て、遂にエントリープラグの排出に成功する。

 

 プラグが排出されると同時に参号機は活動を停止した。だがそれが切っ掛けとなったのか、使徒の初号機への浸食は一層速度を増していく。

「っっぅぅ……」

 初号機の肘から二の腕にかけて無数の筋が走り、それに比例してシイが受ける痛みは増加していく。シイの危機に発令所の冬月が即座に指示を下す。

『いかん! 神経接続をカット。初号機の左腕を切断しろ!』

『駄目です! カットが間に合いません!』

『むぅ……』

 シンクロ状態のまま左腕を切断すれば、シイの身体に大きなダメージを与えてしまう。その事実が冬月の判断を鈍らせてしまった。

 だが使徒は神経接続のカットを待ってはくれない。進行する侵食にシイはある決断を下す。

「……アスカ……綾波さん……お願い」

「くっ! 分かったわ」

「……ごめんなさい」

 シイの言葉の意図を察したアスカ達は、弐号機と零号機にプログレッシブナイフを握らせる。そして使徒の侵食が胴体に到達する前に、初号機の左腕を肩口からナイフで切断した。

「っっっっっっ~~~~!!!!」

 左肩から腕を切り落とされる激痛に、シイは声にならない悲鳴を上げる。ユイの存在を理解しシンクロ率が向上した結果、フィードバックダメージも以前と比較にならない程、強くなっていたのだ。

『神経接続のカットを急げ!』

 冬月の叫び声を聞きながら、激しい痛みに限界を超えたシイの意識は白い闇へと落ちていった。

 

 

 松代第二実験場跡。すっかり日が暮れた爆発の現場付近は、騒然とした空気に包まれていた。

「生存者だ! 直ぐに救助班を回してくれ!」

「こっちにも居たぞ! まだ息がある。急いでくれ」

「……ああ、そうだ。全ての資料は焼却処分しろ」

「全ての道路は封鎖だよ。政府も戦自も出入りを許すな」

 生存者の救出を行う救助班と、情報規制を行うネルフ職員が入り乱れたここも一種の戦場と言えた。

 

「葛城、葛城」

「……あ、れ。加持?」

「良かった。無事みたいだな」

 ストレッチャーに寝かせられたミサトが呼びかけに反応した事に、傍らに寄り添っていた加持は安堵のため息をつく。

「大きな外傷は左腕の骨折だけだ。ただ頭を強く打ってるから、検査が必要らしいが……」

「……リツコは?」

「安心しろ。君より軽傷だ。もう現場で指揮を執ってる」

 加持が親指で指す先には頭に包帯を巻きながらも、スタッフに指示を出す白衣のリツコが見える。そのタフさにミサトは安心と同時に呆れも感じていた。

「ホント、こう言うとき位休めば良いのに」

「そうも言ってられないんだろうな。何せリッちゃんは現場責任者だから」

「……はっ!! そう、参号機は……鈴原君は……」

 頭部への衝撃からか一時的に記憶の混濁があったミサトは、加持の言葉で状況を完全に把握すると、上半身を起こして興奮気味に加持へと問いかける。

「葛城、落ち着いて聞いてくれ。まず先の事故は、第十三使徒によるものと結論づけられた」

「じゃあ……まさか」

「使徒はエヴァ三機によって……処理されたよ」

 加持の言葉にミサトは目の前が真っ暗になった。処理されたと言うことは、参号機はシイ達の手によって殲滅されたのだろう。それは友人が乗るエヴァを、彼女たちの手にかけさせてしまった事を意味する。

 あまりに残酷で救いようのない結末に、ミサトの心は酷く痛めつけられた。

「私は……あの子達に何て謝れば……」

「ただし参号機は無事だ。エヴァとの戦闘で小破したが……修復可能らしい」

「え!?」

「参号機を使徒と断定して殲滅命令を下した碇司令に逆らって、シイ君達は強引にプラグを回収。使徒の本体はプラグに寄生していたらしく、最後には焼かれて殲滅されたよ」

 加持はその後の出来事をミサトへと話す。

「フォースチルドレンはプラグから救出後に病院へ搬送。今のところ身体に異常は無いみたいだ」

「…………」

「お、おい。いい歳して泣くなよ」

 安堵からかポロポロと涙を流すミサトに、加持は慌ててハンカチを差し出す。それを受け取ったミサトは涙をふき取ると、チーンッと鼻をかんでからハンカチを返す。

「少し落ち着いたわ」

「……何よりだ」

 紛らわしい言い方をした加持へ、せめてもの意趣返しなのだろう。加持は苦笑しながら丸まったハンカチをポケットへ突っ込んだ。

 

「とにかく、今日はこのまま病院で休め」

「ええ。でもこれだけは聞かせて。シイちゃん達は無事なの?」

「……アスカとレイは負傷無しだ。相当疲労していた見たいだがな」

「そう。それでシイちゃんは?」

 ミサトの問いかけに加持は言いづらそうに目を逸らす。それがミサトの不安を余計にかき立てる。

「ちょっと、悪ふざけは止めてよ。シイちゃんはどうしたの? まさか負傷したの?」

「……神経接続中に初号機の左腕を切断した」

「なっ!?」

「本人は作戦終了後に痛みによる失神。病院に搬送されたが……後遺症が残るかもしれないそうだ」

 まだ十四才の少女が一生物の障害を背負うかもしれない。トウジを救い出す為とは言え、あまりに重い代償にミサトの顔が歪む。

「あくまで可能性の話だ。完治する可能性だって、大分あるらしい」

「……そう」

「大丈夫だ。あの子は愛されている。運命の女神だって味方にしてしまうさ」

 加持なりの励ましにミサトは硬い表情のまま頷くと、救急車で病院へと搬送されていった。

 

 去っていく救急車を見送りながら、加持は煙草を口にくわえて火を点ける。

(命令違反……司令への明確な叛意……ただじゃ済まないだろうな)

 これから起こりうる事態を考え、加持は顔をしかめた。あれだけあからさまに命令を拒否したシイに、ゲンドウが何の処罰も与えないとは考えられない。

(……だがこれを逆手に取れば、あるいは……)

 吐き出される紫煙がいつもと変わらぬ星空へと消えていった。

 




バルディエルですが、勝手な妄想で寄生型、しかもプラグ経由でエヴァを乗っ取ったと設定してしまいました。
プラグを抜いたら活動停止……ご都合主義ですいません。

シリアス的な山場は19話で大体ピークかと。山頂を超えれば、後はのらりくらり面白おかしく下るだけですので。

トウジが無事で参号機も健在。恐らくこれまでで一番原作を大きく外れた出来事かと。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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