アスカの携帯に連絡が入ったのは、午後の授業の休憩時間だった。予定では丁度起動実験が終わった位の時間だったので、実験終了の報告だろうとアスカはヒカリにウインクをしてから電話に出る。
「はい、アスカよ。やっと終わったの?」
『アスカ! シイちゃんとレイも一緒に居る?』
電話の相手はマヤだった。番号を確認していなかった為、ミサトからの電話だと思っていたアスカは少し驚きつつも、僅かに眉をひそめただけで動揺を外に見せない。
自分の問いに答えず慌てた様子で話すマヤに、僅かな不安を抱きつつも平静を装って返答する。
「居るわよ。全員教室に集まってるわ」
『今そっちに迎えが向かってるから、全員本部に集合して』
「使徒なの?」
『落ち着いて聞いてね。……松代第二実験場が起動実験中に、謎の大爆発を起こしたの』
マヤの言葉を聞いてアスカの顔が一瞬で青ざめた。それは周りに居たシイ達にも直ぐさま伝わり、一同は不安げにアスカへ視線を向ける。
『葛城三佐も赤木博士も連絡が取れないの。とにかく直ぐ本部に来て』
「……分かったわ」
トウジはどうなったのかと聞きたかった。だが聞けなかった。もしここでトウジの名前を出せば、彼の身に何かが起きたことをヒカリに知られてしまう。
それを恐れたアスカは、喉から出かかった言葉を必死に飲み込んだ。
「アスカ、何かあったの?」
「非常招集よ。あたし達全員、本部に集合しろってさ」
アスカの言葉にシイ達の表情が強張る。このタイミングでの非常招集が、トウジと無関係とは到底思えなかったからだ。
「あの馬鹿に関係あるかはまだ分からないわ。使徒かも知れないし」
「そう……だよな」
「……うん」
同意するケンスケとヒカリだが、それがアスカの思いやりだと気づいていた。でなければアスカが、あんな青ざめた表情を見せる筈が無いのだから。
「何にせよ急いで本部へ行くわよ。ほら、ボサッとしてないで」
「あ、うん」
「……分かったわ」
呆然としているシイの背中を叩き、アスカは鞄を手に取り教室から飛び出していく。未だ状況を理解出来ていないシイとレイも急いで後を追おうとするが、その背後からケンスケが声を掛けて呼び止める。
「碇、頼む! あいつを……トウジを助けてやってくれ」
「相田君……」
「トウジに何かあったってのは、俺にだって分かる。だから……助けてくれ。頼むよ」
ケンスケは深々と頭を下げてシイに懇願した。クラスメイト達が、何事かと訝しげな視線を向けるが、それでもケンスケは姿勢を崩さない。
「シイちゃん、綾波さん。お願い……鈴原を……」
ケンスケの隣に並んでヒカリも頭を下げて頼み込む。シイは何が起きたのかまだアスカから聞いていない。だがそれでも友人達の頼みを無視出来なかった。
「うん。私が出来る事、全部やってみる」
「……ベストを尽くすわ」
シイとレイは二人に頷いてみせると、教室を走って出ていった。
※
松代第二実験場の爆発は、ネルフ本部に衝撃を持って伝えられた。米国第二支部での事故を受けて、細心の注意を払っていた中での出来事なのだから、彼らも動揺を隠せない。
「連絡は完全に途絶えました。被害状況は不明です」
「生存者の救助が最優先だ。それと第三部隊を派遣して現場を管轄下に置け。戦自の介入前に処理するんだ」
「了解」
慌ただしい発令所に冬月の怒声混じりの指示が飛ぶ。四号機に続き参号機も事故を起こすと言う信じられない事態に、彼も内心困惑していた。
「事故現場に謎の移動物体を確認!」
「使徒か!?」
「いえ、パターンオレンジ。使徒とは確認できません」
日向の返答に冬月の眉間に一層シワが深く刻まれる。ただでさえ情報が錯綜している現状で、これ以上未確認の情報が増える事は好ましくなかった。
「……総員、第一種戦闘配置」
「了解。地、対地迎撃戦用意」
ゲンドウの指示に日向が直ぐさま対応する。
「日本政府各省、並びに委員会から情報の要求が来ていますが」
「適当にあしらっておけ。今はそれどころでは無い」
「はい。広報パターンCで対処します」
冬月から直接指示を受けた青葉は手早く端末と操作する。この非常時に余計な仕事をする時間など無いのだが、付け入る隙を見せる事は避ける必要があった。
「葛城三佐に代わり私が直接指揮を執る。エヴァの発進準備はどうだ?」
「パイロット三名は本部に到着済み。現在、搭乗準備に入っています」
「完了次第発進させろ」
「了解。エヴァ三機、迎撃地点へ発進準備」
マヤは射出ルートの設定を行い、謎の移動物体の迎撃に備える。誰もが何が起こっているのか分からぬまま、ただ戦闘準備だけが進められていった。
※
「爆発事故……みんな無事なのかな」
発進準備を行うシイは、突然起きた悲劇に不安を隠せなかった。
「……分からない。情報が混乱している見たいだから」
「あのミサトとリツコが、そう簡単にやられる訳無いじゃない。あいつにしてもそうよ。ヒカリのお弁当食べるって約束したんだから、死ぬなんて許されないわ」
アスカの言葉は自分に言い聞かせる様にも聞こえた。今回の事故で一番ショックを受けているのは、実は彼女なのかも知れない。
「私達も救助に行っちゃ駄目なのかな?」
「戦闘配置って言われたでしょ。謎の移動物体が、こっちに向かって来てるらしいし」
アスカも状況が許せば直ぐにでも現場へ駆けつけたいと思っている。だが謎の移動物体が使徒であるなら、自分達の役目を放棄するわけにはいかないと、必死で気持ちを抑えつけていた。
「……現場には救助班が向かってるわ」
「移動物体……使徒かな」
「さ~てね。ま、あの碇司令が直々に指揮を執ってる位だし、ただ事じゃ無いと思うけど」
副司令である冬月が指揮を執る事はあったが、ゲンドウが直接指揮を執る事は極めて珍しい。ミサトが不在であったとしても、今起きている事態が余程大事なのだろうとアスカは推察した。
「何にせよ情報が足りないわ。迎撃地点に出たら状況把握が最優先ね。通信は開きっぱなしで行くわよ」
「うん」
「……分かったわ」
三人が搭乗したエヴァは、迎撃地点である野辺山へと向かった。
※
「目標の姿を、野辺山でモニターに捉えました」
「映像を主モニターへ回します」
夕暮れの野辺山が発令所の巨大モニターへ映し出される。そこに巨大な人影が、夕日を背にゆっくりと歩行する様子がハッキリと確認出来た。
恐れとも何ともつかぬ声がスタッフ達から漏れる。歩みを進める巨大な人影。それは見間違うはずも無く、漆黒のエヴァンゲリオン参号機だった。
「やはりか……」
苦々しげに冬月が呟いた。現状で一番可能性の高いケースと覚悟はしていたが、それでも実際に自分の目で確認するとやり切れない気持ちになる。
「強制停止信号を送れ」
「……駄目です。反応ありません」
「エントリープラグを強制排出」
「……排出できません」
プラグの保護装甲板は吹き飛んだが、プラグの周囲にまとわりつく白い菌糸が、まるで蜘蛛の糸の様にエントリープラグを捉えて離さない。
「あれが使徒の本体か……」
「恐らく寄生するタイプなのだろう」
「厄介だな。パイロットはどうだ?」
「脈拍と体温、生命反応は確認できています。ですが……」
マヤは辛そうに報告する。プラグ内のパイロットはエヴァと神経接続をしている。それが使徒に浸食されたとすれば、精神汚染などのリスクが高く、無事では済まないだろう。
重苦しい空気が発令所を包む中、ゲンドウが静かに口を開く。
「……エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄する」
「碇……」
「同時に目標を第十三使徒と識別する。総員戦闘準備に移れ」
まだ生きているパイロットが……子供が乗っている。それを知った上でゲンドウは、参号機を使徒として処理する事を決断した。それはスタッフ達にとって、到底受け入れられぬ命令だった。
「しかし……」
「まだフォースチルドレンが」
「予定通り野辺山にて迎撃戦を開始する。パイロット各位にもそう伝えろ」
「……了解」
不服な態度を隠そうともしないスタッフに、しかしゲンドウは断固として命令を曲げない。司令の命令を撤回出来る筈もなく、マヤは暗い表情でシイ達へ命令を伝えるのだった。
※
「あれが参号機。鈴原君が乗ってる……」
「あの馬鹿……。使徒に乗っ取られるなんて、初っ端からドジってんじゃ無いわよ」
「……プラグを確認。乗ってるわ、彼」
猫背のような前傾姿勢で歩行を続ける参号機。その首筋に白い糸のような物に絡め取られている、エントリープラグの存在を確認し、レイは小さく呟いた。
「じゃあエントリープラグを抜けば、鈴原君を助けられるよね」
「二機が動きを止めて、残る一機でプラグを抜き取る。これがベターかしら」
シイの提案をアスカが即座に具体案へ変える。
「……担当は?」
「あたしが右、レイが左から接近して動きを止めるから、シイはその隙にプラグを抜きなさい」
相手の動きを止めると言う行動は訓練をしていないと難しい。アスカはそれぞれの力量を考慮して、的確な役割分担を決めた。
「で、プラグ回収後に参号機がまだ抵抗を続けるなら遠慮はいらないわ。徹底的に殲滅するわよ」
「うん。分かったよ」
「……良いわ。それで行きましょう」
トウジを救出する。その明確な目的が、三人のモチベーションを高めていく。
『その必要は無い』
だがそんな彼女たちに水を差すように、ゲンドウから冷たい声で通信が入った。
作では戦力を分散した結果、各個撃破されてしまいました。ゲンドウが専門ではないとは言え、あまりに下手を打ちすぎだなと感じたので、今回は三機固まっています。
ケンスケが察し良すぎるかと思いますが、父親のPCからデータを抜き出せる程、要領が良く頭の回転が速い少年なので、この位はやるかと。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。