第一中学校の屋上で昼食を食べるシイ達。普段と変わらぬ光景なのだが、ただそこに賑やかなムードメーカーであるトウジの姿は無い。
「ねえアスカ。鈴原はもう……」
「予定通りなら、ぼちぼちじゃないかしら」
不安げに尋ねるヒカリにアスカは、リツコから聞き出したスケジュールを思い出して答える。実験が予定通り進んでいるのなら、間もなくパイロットの搭乗が始まる時間の筈だ。
「そんな心配いらないって。あいつがドジっても、ちゃんとフォローできる体制整ってるし」
先程から空を見上げてばかり居るヒカリを、アスカは明るく励ます。
「松代にはミサトさんとリツコさんがいるもんね」
「そうそう。作戦部長の葛城三佐と、高名な赤木博士がついてるなんて、トウジは幸せ者だよ」
「……赤木博士が呆けなければ平気」
昨日の出来事でヒカリがトウジに恋心を抱いている事は、皆の知るところとなった。その翌日にトウジが起動実験に挑む。不安で無いはずがない。
だからこそシイ達は少しでも安心させようと、あえて軽い口調でヒカリを励ました。
「大体シイですらエヴァに乗ってんのよ。あいつにだって出来るわよ」
「酷いよアスカ~」
「でもさ、碇はエヴァで戦うってイメージが無いよな。寧ろトウジの方が向いてるかも」
パイロットとシンクロするエヴァは搭乗者のイメージが大切だ。その為戦う事が苦手で嫌いなシイは、シンクロ率はさておき、パイロットとしての技量は決して高くは無い。
その点ではケンスケの指摘通り、トウジの方がシイよりもパイロットの適正はあるのだろう。
「シイの場合、エヴァに助けて貰ってるもんね」
「うぅぅ、それはそうだけど……」
「……心を開いているから、エヴァが応えてくれている。それは良いことだと思うわ」
「まあそう言う訳だし、余程の事が無い限り起動実験は問題無いわよ」
レイの事故についてはあえて語らない。不安がらせる必要は無いし、何よりプロトタイプの零号機とプロダクションモデルの参号機では、安定性が段違いだからだ。
「ありがとうアスカ、みんな。ごめんね、心配させちゃって」
「気にしないで。鈴原君もヒカリちゃんも、大切なお友達だもん」
「そう言う事。友達の心配するのは当然ってね」
シイとケンスケの言葉に、ヒカリは少しだけ肩の力が抜けた様に僅かに微笑んで見せた。
※
松代のネルフ第二実験場。その地下には輸送されてきた参号機がケージに固定され、起動実験開始の時を静かに待っていた。
「参号機、起動実験開始まで後30分です」
「主電源問題なし」
「第二アポトーシス異常なし」
「各部冷却システム、順調に稼動」
順調に進められる起動実験の準備報告を、ミサトとリツコは地上の管制車両で受けていた。地下の実験場は無人施設の為、作業は全て地上からの遠隔操作で行われている。
「今のところ順調みたいね?」
「ええ。何しろ三機分のデータがあるもの。それに新型だけあって参号機も安定しているわ」
零号機から弐号機まで、全てのエヴァの実験に立ち会ってきたリツコは、改めて参号機のスペックとポテンシャルに感心している様だった。
「プロダクションモデルか。そりゃ安定してなきゃ困るわね」
「弐号機の稼動データもあるから、起動後に直ぐ実戦も可能よ」
「そう……」
稼動するエヴァが四機に増えれば、それだけ作戦の幅も広がる。それはシイ達のリスクを減らす事も含め、ネルフにとって非常に大きな意味を持っていた。
「エヴァを四機も独占、か。あまりいい顔はされないでしょうね」
「当然ね。既に五号機以降の建造権を各国が主張してるわ」
「人間同士で揉めてる余裕なんて無いのに……」
使徒と言う人類共通の敵が出現しても尚、それぞれの利害や思惑から一致団結出来ない人間。ミサトは歯がゆい思いで一杯だった。
『フォースチルドレンが到着しました』
管制車両に若い職員から通信が入り、トウジがこの場所に姿を見せたと報告する。
「定刻よりも幾分早いわね」
「……ちょっち話をしてきても良い?」
「タイムシフトに影響が出なければ問題ないわ。ただくれぐれも、彼の心を乱す事は言わないでね」
念を押すリツコに頷くと、ミサトは管制車両を出てトウジの元へと向かった。
管制車両から少し離れた位置にある、フォースチルドレンの待機車両。ミサトが声を掛けてから中に入ると、既に黒色のプラグスーツに着替え終わったトウジが、難しい顔をして一人椅子に座っていた。
「鈴原君」
「あ、ミサトさん。はは、このプラグスーツっちゅう奴は、着てみると恥ずかしいもんですな」
トウジは身に纏ったスーツを触って照れたように笑う。普段のトウジとはまるで違う硬い笑顔に、ミサトは彼の緊張を察した。
「良く……似合っているわ」
「ミサトさんにそう言って貰えると、ちっとは気が楽になりますわ」
トウジの隣に腰掛けるとミサトは深々と頭を下げた。
「……鈴原君、ごめんなさい。貴方がエヴァの乗るのに抵抗があるのを知っていて、それでも私は……」
「ちょい待って下さい。わしは自分で決めました。ミサトさんが謝る事なんて、何もありまへん」
トウジの言葉を聞いて、ミサトは驚いたように顔を上げる。例えシイ達と仲良くなっていても、トウジは妹を傷つけたネルフとエヴァに、良い感情を抱いていないと思っていたからだ。
「難しい話はようけ分かりません。ただわしに出来る事があるなら、それがシイ達の為になって、委員長やケンスケ達、それに妹を守る事になるなら……わしは何だってやります」
拳を握りしめるトウジの顔からは緊張だけでなく、強い決意が明確に感じられた。
ゲンドウの企みやネルフの闇も知らない。ただ純粋に誰かの為に戦いたい。そんなトウジの真っ直ぐな気持ちに、ミサトは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
「ありがとう……鈴原君」
「礼を言われる事なんか、何もありゃせんです。当分はみんなに迷惑かけるでしょうし」
「ふふ、ビシバシ鍛えるから、覚悟しててね」
「そりゃ怖い。精々頑張らせてもらいますわ」
ミサトと話していて少し落ち着いたのか、トウジの表情が少し和らぐ。未知の世界へ足を踏み入れた彼にとって、顔見知りであるミサトが居る事は心の支えになった。
『フォースチルドレンは、実験場へ向かって下さい。繰り返します……』
二人の会話を遮る様に、トウジを招集するアナウンスが車両に聞こえてきた。トウジは大きく深呼吸すると、両手で頬を軽く張ってから立ち上がる。
「ぼちぼち出番みたいですわ」
「ええ。落ち着いて挑んでくれれば、きっと上手く行くわ。頑張ってね」
「じゃあミサトさん。また後で」
トウジは会釈すると、車両の外で待機していたスタッフに案内されて、実験場へと向かっていった。
「どうだった、彼?」
「覚悟は充分だったわ。真っ直ぐに他人を守りたいって思ってる」
「……そう」
ミサトの言葉の意図を察したのか、リツコは僅かに眉をひそめた。そんな純粋な想いを持つ子供を、自分達は利用しなくてはならないのだから。
『フォースチルドレン、エントリー完了』
『エントリープラグ挿入』
「了解。ではこれより、エヴァンゲリオン参号機の起動実験を始めます」
リツコの宣言にスタッフ達は、一様に緊張した面もちで作業を進めていく。米国での悲劇を知っている為、それも致し方ない反応とも言えた。
『第一次接続開始』
『パルス送信。グラフ位置正常。初期コンタクト問題なし』
「……第二フェーズへ移行」
『了解。第二次接続スタート。ハーモニクス、全て正常位置』
管制車両に表示されているグラフが、次々に問題無しを意味するグリーンへと変わっていく。全てが順調に進んでいく中、遂に起動ポイントまで到達した。
『神経接続異常なし。絶対境界線、突破します』
パイロットとエヴァがシンクロし、起動しようとするその瞬間、参号機に異変が起こった。
ケージに固定された参号機の目が突然赤く輝きだした。それと同時にまだ起動完了していないにも関わらず、身を捩るように身体が動き出す。
想定外の事態にリツコはスタッフに状況の確認を求める。
「一体何!?」
「詳細不明! シンクログラフ反転、プラグ内モニター出来ません!」
以前にも起動実験でエヴァが暴走した事はある。レイの初起動実験と、シイの機体相互互換試験での暴走。だが今回のケースは、それとは明らかに様子が違っていた。
「実験中断。回路を切って」
「了解…………これは……参号機の体内に、高エネルギー反応があります」
けたたましく警報が鳴り響く中、参号機は拘束具を引きちぎろうと、一層激しく身体を動かしている。最悪のケースを回避しようと、リツコは叫ぶように指示を下す。
「パイロット保護を最優先。プラグを強制射出して」
「反応しません!」
「参号機、完全に制御不能!」
オペレーターが叫ぶと同時に、エントリープラグ挿入部を保護する装甲板の隙間から、白い菌糸の様な物体が覗いているのをミサトとリツコは目撃した。
これまで数多くの実戦を経験してきた二人は、それが何であるのかを本能的に理解する。
「あれは……まさか」
「使徒!?」
そんな二人の言葉が聞こえた訳では無いだろうが、参号機はそれに応えるように顎の拘束具を引きちぎり、大きく口を開いて咆哮する。
次の瞬間、松代第二実験場は閃光に包まれた。
使徒がエヴァに寄生したのは輸送中らしいですね。だとすればどれだけシイ達が頑張ろうが、トウジの意思が強かろうが、必ず事故は起きてしまいます。
※ゲーム版では回避出来る可能性がありました。本小説での展開では厳しいですが、事故が起こらない未来もありるので、追記させて頂きます。
使徒に乗っ取られた参号機。原作通り無惨な姿となるのか、それとも……。
この話の展開上ぶつ切りは好ましくないので、18話は本日中に全て投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。