エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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18話 その2《実験前夜》

 

 シイ達が屋上で昼食を食べている頃、松代ではミサトとリツコが米国から輸送されてきた参号機を、遠くから見つめていた。

「遅れる事二時間か。やっぱ米国人って時間にルーズなのかしら」

「あら、ミサトほどじゃ無いんじゃない?」

「ぐっ……」

「慎重に輸送したんでしょ? 相当神経質になっている様だし」

 二人の視線の先では、十字架に身体を固定された参号機が、実験場へと降ろされていく。その姿はまるで処刑場へ移動させられた罪人に見えた。

「あれが参号機か……」

「カタログスペックを鵜呑みに出来ないけど、現状では最高の性能を誇っている最新鋭機よ」

 弐号機までのデータをフィードバックさせているので、参号機の基本スペックは既存のエヴァを上回っていた。喜ばしい情報なのだが、ミサトの表情は険しさを増していく。

「それを新人に預ける神経を疑うわね」

「技量の未熟さは、性能でカバー出来るわ。一々突っかからないで」

 何処か棘のあるミサトの言葉をリツコは相手にしないで受け流す。フォースチルドレン選出以来、ミサトとリツコの間には僅かな溝が出来ていた。

「隠し事をされて、穏やかで居られる訳ないでしょ?」

「何の事?」

「マルドゥック機関……存在しないのよね?」

 探る様なミサトの言葉にリツコは眉をひそめる。一瞬自分が失言していたのかと疑ったが、直ぐさま一人の男の存在を思い出して、納得しながら呟く。

「そう……リョウちゃんね」

「第一中学校二年A組の生徒全員が候補者。そりゃ直ぐにチルドレンが選抜出来る訳だわ」

「……こんな場所でする話じゃ無いわね」

 二人の周りには本部から同行した技術局のスタッフ達と、松代勤務のスタッフ達が大勢居た。最重要機密の話をおいそれと出来る環境では無い。

「この実験が終わったら話すわ」

「信じて良いんでしょうね?」

「約束は守るわ」

 ジッとリツコの顔を見つめるミサト。その視線を真っ直ぐに受け止めるリツコ。暫し無言で見つめ合っていたが、やがてミサトは納得したように小さく頷くと視線を外した。

「場所はあのバーが良いわ。加持も同席させるけど?」

「勿論そのつもりよ。あれだけ忠告しても懲りないリョウちゃんには、少し怒ってやらないと」

「無駄よ無駄。あいつはそう言う男だもの」

 まるで夫婦のようなミサトの物言いに、リツコは苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 その日の夜、加持はミサトに頼まれて葛城家へとやって来た。不在のミサトに替わって、シイ達の面倒を見て欲しいと言われていたのだが、何故か客として持て成されてしまった。

「いやはや、保護者役とは言ったものの、何もする事が無いな」

「そんな事無いわよ。加持さんが居てくれるだけであたしは嬉しいわ。ね、シイ?」

「え? あ、うん。やっぱり大人の人が居ないと不安ですし」

 ミサトの家があるマンションは、万全なセキュリティーが敷かれている。だが、それでも子供二人だけで過ごすと言うのは、シイにとって不安な事だった。

 実際ミサトが加持に期待しているのは、いざという時の護衛役なのだから。

「ま、頼りにして貰えるなら、俺としても助かるがな」

「ねえねえ加持さん」

「ん、何だ?」

「ミサトの何処に惚れたの?」

「ごほ、ごほ、ごほ」

 いきなりアスカが切り出した問いかけに、加持は食後のお茶で思い切りむせてしまった。

「と、突然何を言い出すんだ」

「え~だって~、ミサトってずぼらでがさつだし、一体何処を好きになったのかなって」

「失礼だよアスカ」

「でもあんただって、そう思ってるでしょ?」

「…………ちょっと」

 否定したい流れだったが、シイを持ってしても否定出来なかった。葛城ミサトは仕事を離れてしまえば、ずぼらでがさつと言う言葉が本当にピッタリな女性だからだ。

「ねえ加持さん。ミサトの何処が好きなの?」

「……言葉で伝えるのは無理さ。男女の仲ってのは理屈じゃ無いからな」

「それって、運命の相手とかそう言う事?」

「どうだろうな……。ま、俺は葛城だから好きになったんであって、葛城の何処が好きとかじゃ無いよ」

「ぶ~。何か上手く誤魔化された気がするわね」

 大人びているアスカだが実は恋愛経験が無い。加持は珍しく本心で答えたのだが、それを素直に理解する程、彼女は成熟してはいなかった。

 

 

「……ふぁぁ」

「あんた、眠いんでしょ?」

 夕食とお風呂を済ませリビングでくつろいでいた三人。そんな中シイの瞼がうとうとし始め、控えめな欠伸をしているのをアスカは見逃さなかった。

「おっと、もうこんな時間か」

 時計の針は既に夜の十時を回っている。普段のシイならもう眠る時間なのだが、今日は加持が居るためになかなか眠たいと言い出せずにいた。

「でも加持さんが……」

「俺は葛城の替わりだよ。客じゃ無いから、気にする事は無いさ」

 シイが遠慮しているのを察して、加持は優しく声を掛ける。

「そう言う事よ。さっさと寝ちゃいなさい」

「うん……じゃあ、お休みなさい」

 シイは二人に挨拶をして自分の部屋へ戻っていった。

 

「はぁ、全く世話が焼けるんだから」

「葛城が彼女の事を、小さなお母さんと言っていたよ」

「……まあ家事の腕は認めてあげるけど、見ての通りまだまだ子供よ」

 やれやれと、アスカは肩をすくめる仕草を見せる。高い家事能力と比べて精神的に幼いシイは、母親と言うにはあまりにアンバランスな存在だった。

「だが人の痛みを分かってやれる子でもある。彼の事を大分悩んでいた様だよ」

「誰彼構わず優しくするから、色々悩む事になるのよ」

 余計な苦労を背負い込むシイに対して、アスカは少しだけ苛立ちを覚えていた。ただそれはシイを心配しているからこその感情なのだが。

「他人に傷つけられる辛さを知っているからさ。そう言う人は、他人に優しく出来るものだ」

「貴方に優しくします。だから私にも優しくして下さいって?」

「悪いことじゃ無い。傷つけられる事を恐れて他人を遠ざけたり、逆に傷つけるよりはな」

 加持は煙草を吸おうとするが、アスカにジト目で睨まれて渋々手を引っ込めた。そして苦笑しながら立ち上がると、窓からベランダに出て星空の元で一服する。

 

「ふぅ~。俺もリッちゃんも吸うのに、葛城はどれだけ勧められてもこいつはやらなかったな」

「その点だけは、ミサトを尊敬するわ。加持さんも、煙草吸わなきゃもっと素敵なのに」

「薬みたいなものさ。嫌な事を一時忘れさせてくれるし……頭も冴える」

 ビールの空き缶を灰皿代わりにして、加持は煙草の灰を落とす。開いた窓を挟んで、加持とアスカは無言で向き合った。

「……綾波レイはシイ君の母親、碇ユイのクローンだ」

「魂をエヴァに取り込まれた後、サルベージされた遺伝情報を元に造られた、でしょ?」

 スラスラと答えるアスカに、加持は思わず煙草を口から落としてしまう。自分が手に入れた極秘情報を、目の前の少女が既に知っていたことに内心動揺していた。

「アスカ。誰から何を聞いた?」

「大した事じゃないわ。あたし達も真実を求めていて、リツコがそれに協力してるだけ」

「リッちゃんか……」

 自分には警告をしたリツコが、アスカ達に情報を与えたことに加持は小さく苦笑する。

「多分あたしは、加持さんの知らない情報を持ってる」

「聞かせてくれるのかな?」

「加持さんが味方になってくれるなら、喜んで話すわ」

「おいおい、俺はアスカの味方のつもりだぞ」

 戯ける様に加持は両手を上げるが、アスカは違うと言った様子で首を横に振る。

「あたしのじゃ無くて、あたし達の味方になって欲しいの」

「…………」

「どんな事があっても、真実が何であってもシイとレイを見捨てない。約束してくれる?」

 アスカの知る加持は現実主義者だった。もしゲンドウの企みが分かり、それを阻止すると決意したのならば、企みを潰すためにはどんな手段も厭わないだろう。例えシイやレイの命を奪う事さえも。

 だからこそアスカはここで、加持に約束させる必要があった。彼女にとって二人の存在は、無視できない程大きなものになっているのだから。

「……良いだろう。約束する」

「なら話すわ。あたしが知った全てを」

 加持の真剣な表情に、アスカも顔を引き締めて話し始めた。

 

 

 アスカの話を聞き終えた加持は、もう何本目になるか分からない煙草に火を点けた。

「……なるほど。全ての鍵は碇司令が握っている、か」

「リツコも司令の考えは知らなかったわ。加持さんは何か知らない?」

「表向きの目的は知っている。だが碇司令にはそれ以外に、何か目的がありそうだ」

 人類補完計画。その実現の為にゲンドウは動いている筈だった。だがゼーレのスパイとして見れば、ゲンドウの行動には不審な点が多い。

 今思えばそれこそが、彼が本当の目的を果たすための行動なのだろう。

「表向きの目的って何?」

「人類補完計画と呼ばれる極秘計画だ。俺にも詳細は分からないが、使徒殲滅はこの目的を果たす為の手段に過ぎないらしい」

「何よそれ……」

 自分達が命懸けで戦っている事が他の計画の手段に過ぎない。そう言われてアスカはやり場のない怒りを感じていた。

「……アスカ。一度状況の整理をしないか?」

「え?」

「俺達と同じく真実を求める者。誰が味方で誰が敵なのか。ハッキリさせた方が良い」

「そりゃそうだけど」

「アスカとシイ君、レイのチルドレン全員。俺と葛城、そしてリッちゃん。この六人は互いに情報を共有する味方と言う認識で良いだろう」

 名前を挙げていく加持にアスカは頷いて答える。

「そして全てを知っている碇司令と、恐らく同等の情報を持っている副司令。この二人に対して、俺達は迫らなければならない」

「……そうね」

「攻めるとしたら副司令が良いだろう。副司令はシイ君の母親に、少なからぬ好意を抱いていた様だからな。シイ君が居るなら上手くやれば味方に出来るかもしれない」

 京都で得た情報等を元に加持は話を進めていく。

「ただ危険な事に変わりはない。本気で命を賭ける覚悟が無いなら、ここで引くのも……」

「冗談言わないで。ここまで知って、今更何も無かった事になんて出来ないわ」

 全く引くつもりの無いアスカに、加持は小さく頷くと真剣な声色で忠告する。

「ならくれぐれも慎重に行動するんだ。本部内では余計な事を一切喋るな」

「そんなの分かってるって。時田の奴に散々言われたんだから」

「時田?」

 不意に告げられた名前に、加持は思わず問い返す。

「あ、忘れてたわ。一応時田ってのもあたし達の味方だから」

「確か……技術局第七課の課長だったな。元JA開発責任者の」

「そこそこ役に立つ奴よ。冴えない中年って感じだけど、シイのファンみたいだし」

(真に恐るべきはシイ君か……。彼女が居ればあるいはネルフすらも……)

 本人に自覚が無いままに周囲に味方を作っていく。加持はあどけない少女を思い浮かべ、うっすらと冷や汗を掻いた。

 

「全ては、参号機の起動実験が終わってからだな。リッちゃん達とも情報交換をしたい」

「そうね。あの馬鹿にも、事情は説明しなきゃならないだろうし」

「明日……無事に終わると良いが」

 加持は満点の星空を見上げ、誰に向けるでもなく小さく呟いた。

 




ミサトはリツコ、加持はアスカを介して、謎に迫る面々に繋がりが産まれつつあります。まあ、時田は置いておきますが。

もう待ったなし。次はフォースチルドレンの登場です。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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