エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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18話 その1《友人》

 

 青空を飛行するエヴァ専用輸送機。その下部には巨大な十字架がワイヤーで吊されており、十字架には漆黒の巨人が身体を固定されていた。

『エクタ64より、ネオパン400。前方航路上に積乱雲を確認した』

『……ネオパン400確認。気圧状態に異常は無し。航路変更せず、到着時刻を遵守せよ』

『エクタ64了解』

 輸送機のパイロットは管制からの指示に従い、前方に広がる積乱雲へと突入していく。

 漆黒の巨人、エヴァンゲリオン参号機はまるで罪人の様な姿で、日本へ向けて輸送されていた。

 

 

 トウジがリツコにスカウトを受けた翌日、葛城家では珍しく早起きしているミサトが、アスカとシイに出張する事を話していた。

「今日松代に入って、多分四日くらい留守にするわ」

「参号機の機動実験ですね」

「知ってたの?」

「あったりまえじゃない。今じゃ本部は、その話で持ちきりだもの」

 アスカがさりげなくシイの失言をフォローする。リツコから情報を得ていることは、ミサトにはまだ秘密。二人は何も知らないふりを続けなければならないのだ。

「そっか……そうよね。米国から今日、エヴァンゲリオン参号機が松代に到着するの。明日の機動実験が無事に終われば、本部直轄のエヴァは全部で四体になるわ」

「はん、足手まといにならなければ良いけど」

「参号機のパイロットは……新たに選出されたフォースチルドレンが担当するわ」

「はい……」

 シイはただ頷くだけにとどめる。

「それで、そのフォースチルドレンなんだけど……」

「何よ。言いにくそうね」

「……あなた達の友達、鈴原君が選ばれたわ」

 辛そうにミサトは二人へ告げた。シイを気遣っての事だが、当の本人は意外と平静だった。予想外のシイの態度に、ミサトの目が細められる。

「ひょっとして、知ってたの?」

「えっと……その……」

「あ~それは、あれよ。リツコが学校に来たから、その時問いつめたのよ」

 口ごもるシイを再びアスカがカバーする。そもそもリツコから聞いたのは本当の話だ。状況は少し異なるが。

 様子のおかしいシイにミサトは少し疑惑の視線を向けるが、直ぐに気持ちを切り替える。

「ごめんね、シイちゃん。辛い思いをさせて」

「いいえ、辛いのは鈴原君です。私の事は気にしないで下さい」

 首を振って自分は平気だとミサトに告げる。これはシイの本心でもあった。

「ミサトが思ってる以上にシイも成長してるって事よ」

「そう、ね」

 友人であるトウジがエヴァのパイロットに選出され、使徒との戦いに巻き込まれる事を、シイが気に病まない筈がない。だがそれを気遣わせないシイの態度は、彼女の精神的成長を伺わせた。

 

「一応留守の間は加持の奴に世話を任せてるわ。家の事は心配無いけど、それでも子供だけじゃ物騒だしね」

「加持さんが来るんですか?」

「余裕ねミサト。あたしと加持さんを一つ屋根の下にするなんて」

「シイちゃんが居るもの」

 微笑みながら告げたミサトの言葉が全てだった。葛城家の小さなお母さん、碇シイが居る限り、この家は平穏無事だろう。色々な意味を含めて。

「やれやれね。で、起動試験はミサトとリツコが行くの?」

「ええ。リツコと私は今日、鈴原君は明日松代に入る予定よ」

「ならあの馬鹿、今日は学校に来るのね。ま、一発檄でも入れてやろうかしら」

 訓練をしていたアスカですら起動実験の時は緊張した。ならば全くの素人であるトウジは、それ以上に不安を抱えているだろう。

 不器用ではあるが、アスカなりにトウジの事を気にしていたのだ。

「あらら、アスカにしては珍しいわね」

「はん。あの馬鹿がミスるとこっちが迷惑するのよ。それにヒカリの事もあるしね」

 先日、シイが一人でジオフロントに居た頃、アスカはヒカリから相談を受けていた。内容は勿論トウジに関しての事。いわゆる恋話だった。

 トウジへの好意をどう伝えるか悩むヒカリに、アスカは得意な料理で攻めたらどうかとアドバイスをした。その結果ヒカリは、トウジへお弁当を作る事を決意した。

「ヒカリの為にも、あいつには何が何でも、無事に実験を終えて貰う必要があるのよ」

「私達も細心の注意を払って実験を行うわ」

 改めて責任の重さを実感し、ミサトは真剣な表情で約束した。

 

「じゃあ、行って来るわね」

「はい、気をつけて下さい。それと鈴原君の事、お願いします」

「リツコがミスらないよう、しっかり見張ってなさいよ」

「あはは……伝えておくわ」

 シイとアスカに見送られてミサトが玄関のドアを開く。すると、

「おはようございます、葛城三佐!」

 そこには深々とお辞儀をしているケンスケが待ち構えていた。

「相田……君?」

「あんた、何やってんのよ?」

「えっと……私に何かご用かしら?」

 戸惑う三人にケンスケは力強く頷くと、びしっと背筋を伸ばす。

「はい。本日は葛城三佐にお願いがあって参りました」

「はぁ……」

「自分を、自分を…………エヴァンゲリオン参号機のパイロットにして下さい!!」

 大声で叫ぶケンスケに、

「空気、読みなさいよ!!」

 アスカは思い切り回し蹴りを打ち込んだ。

 土手っ腹に蹴りを受けて吹き飛ばされるケンスケを、シイとミサトは呆然と見つめる事しか出来なかった。

 

 

「痛たた……惣流の奴、本気で蹴るんだもんな」

 二年A組の教室でケンスケは痛む腹をさすりながら、ヒカリと談笑しているアスカに恨みがましい視線を向ける。勿論その視線は当然のように無視されてしまうのだが。

「ごめんね相田君。アスカちょっとピリピリしてて」

「ま、そうだろうね」

 代わりに謝罪するシイにケンスケは眼鏡を直しながら答えると、不意にシリアスな表情へ変わる。

「トウジがエヴァのパイロットに選ばれたなんて、あの惣流には耐えられない事の筈さ」

「えっ!? どうして知ってるの……」

「はぁ。碇はもう少し、ポーカーフェイスを勉強すべきだね」

 あっさりとカマ掛けに引っかかるシイに、ケンスケは呆れ混じりに苦笑した。転校初日に自分がエヴァのパイロットだとバレた時から、全くこの少女は変わっていない。

「騙したの?」

「それは心外だな。一応確信はあったんだよ。パパのPCから一連の流れは知ってたからね」

 第二支部の消滅とエヴァ参号機が日本へ輸送される事を、ケンスケは独自のルートで調べていた。そしてそれにその後の出来事を加味すれば、自然と答えは出てくる。

「碇達の不自然な態度と、突然呼び出されてそのまま帰ってこなかったトウジ。で、今朝珍しくミサトさんが正装していて惣流のアレ。気づかない方がおかしいって」

「相田君凄い……探偵さんみたい」

「はは、ありがと。でもまさかトウジが選ばれるなんてな……」

 ケンスケにとってトウジは一番仲の良い友達だった。ある意味正反対の二人だが不思議と気があって、悪いことも含めて色々な事を共に行った。

 実の所トウジが選ばれてケンスケは、シイ達以上にショックを受けていたのかも知れない。

 

 始業のチャイムが鳴っても、トウジは教室に姿を現さなかった。そのまま二限、三限と授業は進み、ヒカリとアスカに焦りの色が出始めた四限目の授業中に、ようやく黒いジャージ姿のトウジが登校してきた。

「……すんません。遅れましたわ」

「ああ、聞いているよ。席に着きなさい」

 老教師に促されトウジは自分の席へと座る。明らかに元気の無い様子に、彼が悩んでいることをシイ達は直ぐさま察した。

 淡々と進んだ授業が終わり昼休みのチャイムが鳴ると、アスカは真っ先にトウジへと近づいていった。

「ちょっと付き合いなさい」

「ま、言われると思っとったわ」

 仁王立ちするアスカに、トウジは苦笑しながら頷く。

「何処がええ? 校舎裏か?」

「あんた馬鹿ぁ? 屋上に決まってんじゃない」

 アスカの言葉にトウジは眉をひそめる。自分を責める為の呼び出しならば、普段シイ達が昼食をとる屋上は不適当だと思ったからだ。

「あんた、ご飯用意して無いわよね?」

「ん、ああ。ちょっとバタバタしとったからな」

「なら良いわ。じゃあ行くわよ。ほら、シイ、レイ、あんた達も早くしなさい」

 アスカに引っ張られる形で、いつもの面々はいつもの場所へと向かった。

 

 和解したとは言え一度はシイを傷つけた。八つ当たりで殴ると言う最低の行動をとった。そんな自分がエヴァに乗る事を、エヴァに乗ることにプライドを持っているアスカが許すはずも無い。

 だからトウジはアスカに責められる覚悟をしていた。のだが。

「「いただきます」」

 屋上で始まったのは何時も通りの昼食だった。まるで自分がエヴァのパイロットに選ばれた事を、知らないかの様な振る舞いにトウジは戸惑う。

「あんた、何変な顔してんのよ」

「いや、なんちゅうか……色々予想と違うてな」

 アスカの言葉にトウジは頬を掻きながら答える。このままうやむやにしてしまい、普段通りの時間を過ごしたいという気持ちもあったが、それを彼の一本気な気性が許さない。

 トウジは意を決してアスカ達へ問いかけた。

「わしの事……知っとんやろ?」

「あったり前でしょ。で、それがどうしたのよ」

「……は?」

「ただでさえ三人もパイロットが居るんだから、一人増えた所で何も変わらないわよ」

 あっさりと言い放つアスカにトウジが驚いた顔で周りを見回すと、シイとレイだけでなくケンスケとヒカリも微笑みながら頷いていた。

「ケンスケに委員長もか?」

「うん。今朝アスカに教えて貰ったの」

「僕は直接聞いては居ないけど、碇にカマを掛けてね」

「さよか……」

 知られた事は複雑な気分だが、友人に隠し事をせずに済んだ事に安堵も感じていた。

 

「……わしはエヴァのパイロットに選ばれた。明日、参号機の起動実験っちゅうのをやる」

 トウジは立ち上がると全員の前で話し始めた。

「シイにあんな事したわしが、エヴァのパイロットになるちゅうのは、酷い事やと分かっとる」

「鈴原君。私はもう」

「言わせなさいよ」

 割り込もうとしたシイをアスカが制する。トウジの言葉が自分自身を納得させるために、心を整理するために必要な物だと分かっていたのだ。

「最低やと罵って貰って構わへん。けどそれでもわしはエヴァの乗ることを選んだ。軽い気持ちや無い。前にシイが戦っとる所を見てるさかい、命懸けやと理解しとる」

 一同は黙ってトウジの言葉に耳を傾ける。友人が自分が選んだ道に対する決意を語っているのだ。それに口を挟むのはあまりに野暮だろう。

「正直怖い。でもな、シイ達はそんな思いをしてそれでも戦こうてくれとる。だからわしも戦う。役立たずかも知れへんけど、戦う事を決めたんや。大切なもんを守りたい。それがわしの気持ちや」

 全てを吐き出したトウジは、今まで見せた事の無い凛々しい表情で全員の視線を受け止めた。

 

「鈴原君、一緒に頑張ろう」

「……心を開けば、エヴァは答えてくれるわ」

「言っとくけど、リーダーはあたしよ。あんたは使いっ走りだから、そこんとこ忘れないでよ」

「良いネタ提供してくれよ。参号機の話、たっぷり聞かせて貰うからな」

 シイ達は口々にトウジを受け入れる言葉を掛ける。パイロットになることを知っても、変わらない友人達の反応に、トウジは深々と頭を下げた。

 そんな彼に今まで黙っていたヒカリが、少し緊張した様子で声を掛ける。

「ねえ鈴原。今日はご飯、食べてないでしょ」

「あ、ああ、朝から準備でバタバタしとったからな」

「……これ、食べて」

 ヒカリは大きなお弁当箱をトウジへと差し出した。ヒカリが食べるにしてはあまりに大きなそれは、一目でトウジの為に作られた物だと分かる。

「これ、委員長が作ったんか?」

「お腹空いてたら、ちゃんと仕事出来ないでしょ。だからしっかり食べて」

「お、おう」

 戸惑いながらもトウジはヒカリから弁当を受け取る。その何とも初々しい様子に、アスカとケンスケは軽く微笑みながら頷く。シイは単純に嬉しそうに、レイは無表情で見守っていた。

「精々味わって食べなさいよ。ヒカリ渾身のお弁当なんだから」

「あ、アスカ、別にそんな事無いってば」

 頬を赤くして否定するヒカリだが、トウジが蓋を開けた弁当箱には、色とりどりのおかずがバランス良く詰め込まれていた。相当の手間と時間を掛けたことは想像に難くない。

「うわ~凄いね。とっても美味しそう」

「……でも、お肉が多いわ」

「そりゃそうだろ。だって、トウジはお肉大好きだからな」

「「あぁ~」」

 ケンスケの一言でみんな納得してしまう。このお弁当は本当にトウジの為だけに作られたのだと。

「ち、違うって。ただお肉が安かったから買いすぎちゃって」

「はいはい、分かってるわよ。じゃ、いい加減食べましょ」

 アスカとレイはシイの作った弁当を、ケンスケは購買のパンをそれぞれ取り出して、青空の下のどかな食事を始めるのだった。

 

「はぁ~食った。委員長、ごっそさん。美味かったわ」

「そ、そう? なら良かった……」

 大盛りの弁当をぺろりと平らげたトウジに、ヒカリは嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「あ~あ。もうご馳走様って感じね」

「え? アスカお腹一杯なの?」

「……なら、卵焼き貰うわ」

 一瞬の隙を突いてアスカの弁当箱から、レイはシイ特製卵焼きを奪い取る。

「あぁ~、あたしの卵焼き食べんじゃないわよ! 言葉の綾に決まってんでしょ!」

「平和だね~」

 二人きりの空気を醸し出すトウジとヒカリ、何時も通り賑やかな三人。ケンスケはコーヒー牛乳を飲みながら、自分達の関係が何も変わっていない事を実感していた。

 

「サンキューな、委員長。久々に美味い飯食ったわ」

「……あのね、鈴原。私は何時も、お姉ちゃんと妹の分のお弁当を作ってるんだけど」

「おお、知っとるで。大変やな」

「でね。お弁当って人数が多い方が作りやすいの。だからもし良ければ……これからは鈴原の分も、お弁当作ってあげようか?」

 何気なく切り出した会話だが、ヒカリにとってはありったけの勇気を振り絞った言葉だった。後押ししたアスカ、そしてシイ達がジッと二人を見つめる。

「……そやな。作ってくれるっちゅうなら、そりゃ嬉しいわ」

「あっ、うん。じゃあこれから毎日作るから」

 頬を掻きながら少し照れたように言うトウジに、ヒカリは満面の笑顔で答えた。それは見ているシイ達も思わず微笑む程幸せな笑顔だった。

 

「で、あんたが次登校するのは何時なのよ?」

「えっと、明日から松代に行って……四日後やな」

 トウジは教えられていたスケジュールを思い出して答えた。搭乗者であるトウジは現地での準備が無い為、ミサト達よりも一日遅れて松代に入る。

「ヒカリのお弁当が待ってるんだから、ドジして実験延長するんじゃ無いわよ」

「酷いよアスカ。大丈夫だよ鈴原君。リツコさんとミサトさんがついてるから」

「……落ち着いて」

「土産話を楽しみにしてるよ」

「無事に帰って来てね」

 シイ達からの励ましにトウジはグッと拳を握りしめて、力強く頷いた。

 




原作ではミサトがトウジの事を、結局シンジに言えなかったんですよね。それがあの悲劇の一因を担ったと思います。
今回はシイ達とケンスケとヒカリ、友人達が全員知りました。それが吉と出るのか凶と出るか……。

悲劇か喜劇か。ターニングポイントストーリーの開始となります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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