エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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シリアスな流れなどお構いなしのアホタイムです。

時間軸は17話開始前となっています。


小話《シイ、侵入》

 

~アルコールパニック~

 

「駄目です! 進行を阻止できません!!」

「本部警備部隊第七班、突破されました!」

「行動に不確定要素が多すぎて、目標地点を推察出来ません!」

 緊迫した空気の発令所に、日向達の切迫した報告が響き渡る。圧倒的不利な状況に、指揮を執っていた冬月の表情が一層曇っていく。

「……対人装備の薄さが、ここに来て露呈した訳か」

「ああ。委員会に追加予算の承認をさせるべきだな」

 冬月の呟きにゲンドウは、苦虫を噛みつぶした様な表情で答えた。彼らの視線はメインモニターに映し出された侵入者へと注がれている。

「どうする碇?」

「……総員第一種戦闘配置だ」

「碇!?」

 ゲンドウの命令に冬月は戸惑うように目を開く。それは発令所のスタッフも同じらしく、一様に困惑した表情を浮かべていた。

「戦闘配置……相手は使徒じゃ無いのよ」

「てか、敵ですら無いけどな」

「ある意味それ以上に手強い相手なのは確かだが」

 呆然とするマヤに日向と青葉が素早く突っ込む。そう、彼らの言うとおり侵入者は敵ではない。ただこれも彼らの言う通り、果てしなく厄介な相手だったが。

 

「目標はB区画でくい止めろ。最悪の場合、住居区画を犠牲にしても構わん」

「りょ、了解!」

「保安諜報部と警備隊で包囲網を形成。ただし決して手荒な事はするなよ」

「了解です」

「……まあ、言うまでも無いか。もし傷一つでも付けたら、ただでは済まないだろうからな」

 冬月は苦笑しながら主モニターに映る侵入者……碇シイを見つめて呟いた。

 

 

「ふんふふ~ん」

 ネルフ本部B区画を、シイは鼻歌を歌いながらご機嫌で歩いていた。ただフラフラとおぼつかない足取りと、真っ赤に染まった顔が、彼女が普通の状態で無いことを雄弁に語っている。

「あれれ~ろっちらっけ~」

 焦点の定まっていない瞳を左右に向ける。慣れたはずの本部で迷う程、彼女の思考能力は低下しているらしい。呂律も回っていない様子は酔っぱらいそのものだった。

 

『こちら保安諜報部十五班。目標を確認。現在後方にて待機』

『同じく二十二班。目標の前方で待機中』

『本部警備部隊第五班。右翼に位置』

『同三班。左翼に配置完了』

 フラフラと歩くシイを屈強な男達が影から見つめる。流石に銃器は手にしていないが、いずれも格闘技の有段者。徒手空拳でシイに遅れを取る事はあり得なかった。

『……目標を捕縛しろ』

『『了解!!』』

 ゲンドウの指示を切っ掛けに、男達は一斉にシイの周囲を取り囲んだ。

 

「はぇ~」

 突然四方を囲むように姿を現した男達に、シイは呑気な声を出す。普段の彼女なら驚き怯える状況なのだが、今の彼女は何処か楽しそうですらある。

「サードチルドレン。君の身柄拘束指示が出ている」

「大人しく従って貰おう」

「……頼むから、言うことを聞いてくれ」

「今ならまだ間に合う。な?」

 力ずくでの捕縛も許可されているが、彼らも出来れば穏便に済ませたかった。無防備な少女を取り囲んでいるだけでも、相当辛い思いをしているのだ。

 何よりシイを強引に捉えるなど、ファンクラブ会員にとって耐え難い苦行だった。

「んんん~?」

 だがシイは男達の言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げる。

「しい、悪いころしたの~?」

「えっ!?」

「いや……別に悪いと言うほどの事は……」

「無い、よな?」

「……よく考えればこの子は正式な職員だし、何も問題無いんじゃ……」

 シイの一言で男達に迷いが産まれる。たとえ挙動不審であろうとも、ネルフ職員が本部内を歩いているだけで、捕縛命令が下るのはおかしいと思ってしまったのだ。

「なら~い~よね~」

「良い……のかな?」

『駄目に決まっているだろう!!』

 そんなやり取りにしびれを切らしたのか、館内スピーカーからゲンドウの怒声が響き渡った。

 

「あれれ~おと~さん。ろこにいるの~?」

『……酔っぱらいの戯れ言だ。早く捕らえろ。これは司令としての命令だ』

「おと~さん、ひろいよ~。しい、酔っぱらって無いよ~」

『聞いての通りだ。早急に身柄を拘束しろ』

「むぅ~」

 冷たいゲンドウの言葉に、シイは頬を膨らませて不満を表す。普段以上に幼く見える少女の仕草に、男達は思わず頬を緩める。

『……未成年の飲酒は身体に害を及ぼす。早く治療を受けて貰う為にも、捕まえて欲しい』

「あ~ふゆつきせんせ~だ~」

『シイ君。良い子だから、大人しくしてくれないか? これは君の為なんだよ』

 刺激しないよう、出来うる限り優しく語りかける冬月。だがシイは首を大きく横に振る。

「やら~」

『ど、どうしてかね?』

「しいはね~。おか~さんに会いに行くの~」

『っっっ!?』

 冬月とゲンドウは思わず息をのんだ。ユイの魂が初号機に宿っているのは最重要機密。それをシイが知っている事に、そしてそれを本部中に向かって言ったことに、戸惑いを隠せなかった。

「らから~邪魔しないで~」

『……シイ君は正気を失っている。脳に障害が出るかもしれない。急ぎ捕縛しろ』

「「りょ、了解」」

 動揺している男達だったが、シイが明らかに正気で無いことは一目で分かる。治療を受けさせる為にも、心苦しいが身柄を取り押さえるべく徐々に距離を詰めていく。

 

「済まないが……これも君の為だ」

 男達のリーダーがシイの身体をがっしりと捕まえる。圧倒的な体格差と腕力からは、シイが逃れる術は無い。これで終わったと誰もが思ったのだが。

「ん~? 抱っこ? 良いよ~ぎゅぅ~~」

「……ぐはっ!」

 逃げるどころか、両手を男の首に回してギュッと抱きつくシイ。ただそれだけで男は落ちた。シイの身体を捕らえる手は解かれ、男は力無く廊下へと倒れた。

「は、班長!?」

「きょ、距離を取れ。迂闊に近づくと、迎撃されるぞ!」

 目の前で見たシイの圧倒的な破壊力に、男達は慌ててシイから離れる。

「行って良いの~? じゃあ、まらね~」

 シイは男達に元気良く手を振ると、再び千鳥足で進行を始めた。

 

 

「……あ、目標と言いますか、シイちゃんは進行を再開しました」

 モニターに目を奪われていた日向が、思い出したかのように報告を行う。

「ありゃ、反則だろ」

「ですよね。耐えられる筈、無いですよ」

 青葉の呟きにマヤも同意する。それに発令所の全スタッフも一斉に首を縦に振る。シイに思い切り抱きしめられて、耐えられる者など居るはずが無いのだ。

「……目的は初号機か……。不味いぞ碇」

「ああ。万が一、ユイがシイの飲酒を知ったら……」

「内部電源だけでも、本部の半分は覚悟する必要があるな」

 冷や汗を流すゲンドウと冬月。碇ユイは非常に子煩悩な母親だった。娘の飲酒を知れば、ゲンドウの管理不行き届きを怒るに違いない。

「しょ、初号機のエントリープラグを強制排除。シイが搭乗出来ない様にしろ!」

「了解…………駄目です。排出信号を受け付けません!」

 マヤの報告にゲンドウの顔色が見る見る青ざめていく。初号機はシイを待っている。それはつまり、この事実を既に知っていると言うことだ。

「……どうする、碇?」

「シイに対抗できるのは……そうだ! 葛城三佐はどうした!?」

 保護責任者であり、シイとも普通に接する事が出来る数少ない人物。この状況を打開できる切り札として、ゲンドウはミサトに望みを託そうとした。

「非常招集を受けて、現在本部へ向かっています。到着までおよそ十分」

「到着次第シイの捕獲へ向かわせろ! それまで何としても時間を稼げ!」

 使徒との戦闘でも見せた事がない激しい口調でゲンドウは指示を下す。

「ふむ……レイとアスカ君を向かわせよう。あの子達なら上手くやれるはずだ」

「あらゆる手段を許可する。何としてもシイと初号機の接触を阻止しろ!!」

 ゲンドウの叫びはまるで悲鳴のように発令所へ響き渡るのだった。

 

 

「ん~ろっちかな~」

 千鳥足で本部を歩くシイ。身体が覚えているのか頼りない足取りとは裏腹に、確実に最短距離で初号機のケージへと歩を進めていた。するとそんな彼女の目前に二人の少女が立ちはだかる。

「シイ、あんたいい加減にしなさいよね」

「……碇さん」

「あ~あすかとれいだ~」

 険しい表情の二人にシイは心底嬉しそうに名前を呼びかける。

「……レイ……」

「あんた、喜んでる場合じゃ無いでしょ」

「……分かっているわ」

 実はシイに初めて下の名前で呼ばれたレイは、一瞬頬を弛めたが直ぐさま表情を引き締める。こうして向き合っているだけでも、シイのただならぬ状態が伝わってくる。猶予は無かった。

「シイ。悪いけど、あんたを止めるわよ」

「むぅ~ろうして? あすかはしいの友達れしょ?」

「うっ! そ、それとこれとは話が別よ! 良いから大人しく捕まりなさい」

 うるうると上目遣いで訪ねるシイに、アスカは一瞬決意がぐらつくものの、どうにか立て直す。リーダーとして、姉的立場として、これ以上シイを野放しには出来ないのだ。

「あたしはあんな男達と違って甘く無いわよ」

 腰を落として、今にも飛びかかれる姿勢をとるアスカ。幼い頃から訓練を受けている彼女と、非力なシイの体力差は歴然としている。シイの暴走もここまでかと思われたが……。

「れい~あすかがいじめるよ~」

「えっ!?」

「れいはしいの味方らよね」

 シイに上目遣いで見つめられ、レイは思い切り戸惑う。視線をアスカとシイへ交互に移し、どうするべきかと迷っていた。

「あんた馬鹿ぁ? 何悩んでるのよ! 良いからこの子捕まえるのを手伝いなさい!」

「しいはおか~さんに、会いたいらけなろに……れい~」

 アスカとシイ。二人から向けられる視線に、レイは小さく頷くと決断を下した。

「っっ!? あ、あんた……」

「……碇さん、ここは私が。行って」

「ありがと~れい~」

 アスカを背後から羽交い締めにし、シイの為に道を開くレイ。まさかの裏切りに驚きを隠せないアスカは、必死に脱出しようともがくが、レイのホールドは鉄壁だった。

「自分が何してるか分かってんの!?」

「……ええ」

「上等じゃない。良いわ。ここであんたとの決着を着けてやる」

「……碇さんは私が守るもの」

 激しい攻防を繰り広げるアスカとレイの横を、シイは千鳥足で通り過ぎていく。そして廊下の曲がり角で立ち止まるとくるりと後ろを振り返る。

「れい~ありらと~。だ~いすきらよ~」

「!!!!」

「い、痛、痛ぁぁぁ! あんたテンション上がりすぎ……ギブギブギブぅぅ!」

 シイの声援にかつて無い力を得たレイは、見事な関節技でアスカを封殺した。

 

 

「え~シイちゃんはB区画を突破。まもなく、初号機のケージへと到達します」

「……レイ」

 信頼していた少女の裏切りにゲンドウは落胆の色を隠せず、がっくりと肩を落とした。

「葛城三佐の到着まで、後四分です」

「間に合わなかったか……」

「レイの裏切りがここに来て効いてますね」

「見事な関節技だったよな。まさかアスカに勝つなんて」

 発令所はすっかり諦めムードに変わっていた。そもそも彼らはシイの味方であり、今回の作戦にもいまいち乗り気ではなかったのだ。

「碇、年貢の納め時だな」

「まだだ。まだ終わってはいない」

「だがもうこちらに手は残されていないぞ?」

「……冬月先生。後を頼みます」

 ゲンドウはすっと司令席から立ち上がると、昇降機にその身を乗せる。

「まさか」

「決着を着けてくる。司令として、父親としてな」

 ゲンドウは覚悟を決めた表情で、発令所からシイの元へと大急ぎで向かうのだった。

 

 

「シイぃぃぃぃ!!!」

「あれぇ、おと~さん?」

 初号機のケージ入り口、その一歩手前でゲンドウはシイに追いついた。真っ赤な顔に大粒の汗を浮かばせ、激しい呼吸を繰り返す姿が彼の必死さを物語る。

「ぜぇ~はぁ~」

「ど~したの? おかおまっからよ?」

「も、問題……無い。全て……ぜーはー……シナリオ通りだ」

 どうにか呼吸を戻すゲンドウ。そんな父親の姿を、シイは楽しそうに見つめていた。

「シイ……ユイと、お母さんと会うのは止めてくれないか?」

「えぇ~ろーしれ~?」

 不満を隠そうともしないシイに、ゲンドウはしゃがんで視線を合わせる。

「実は今、お母さんは疲れて休んでいるんだ。シイだって、お母さんの邪魔をしたくないだろ?」

「うん……」

 優しく語りかけるゲンドウに、シイは不満げに頬を膨らませながらも素直に頷く。

(思った通りだ。今のシイは幼子と同様。とにかく優しく接すれば……やれる!)

 手応えを感じたゲンドウは、気合いを入れ直すと再びシイへ語りかけた。

「ならお父さんと一緒に行こう。ほら、抱っこしてあげるぞ」

「はぁ~い、おろ~さ~ん」

 膝を突いて両手を広げるゲンドウに、シイはふらふらしながらも抱きついた。ゲンドウに抱き上げられたシイは、幸せそうに父親の胸に顔を埋める。

「おろ~さん、あったかいれ~」

「そうかそうか」

(ふっ、計画通りだ)

 普段から少しでもこれに近い態度をとっていれば、シイとの関係改善もスムーズだったろう。正気を失っている我が子にしか、父親を演じられないゲンドウは不器用としか言いようが無かった。

 

 やがて眠りについたシイを抱っこしながら、ゲンドウは誇らしげに発令所へと舞い戻った。

「どうだ冬月。これが父親の力だ」

「…………」

 ニヤリと笑みを浮かべるゲンドウに、しかし冬月は渋い顔のまま返事をしない。

「冬月?」

「……なら、次は夫としての力を見せて貰うか」

 冬月はゲンドウからシイを抱き上げると、メインモニターをあごで示す。ゲンドウが訝しげにモニターへ視線を向けるとそこには…………初号機が指でここに来いとジェスチャーを続けていた。

 拘束具などとっくの昔に引きちぎられており、いつでも大暴れ出来る準備は完了している。

「どうやらユイ君は、お前をご希望の様だ。精々死なぬようにな」

「…………問題ある」

 再び初号機のケージへと猛ダッシュで向かったゲンドウ。そこで彼がとった行動、土下座が本部半壊の危機を救った事は、冬月の配慮によりモニターを切られていたため、誰にも知られることは無かった。

 

 

 遅れて本部に到着し、状況を説明されたミサトは、独房に入っているリツコへ面会を求めた。暗い部屋でベッドに腰掛けながら俯くリツコに、ミサトは恐る恐る声を掛ける。

「リツコ……あんた一体何やったの?」

「猫が死んだの。お婆ちゃんのところに預けていた……」

「現実逃避してんじゃ無いっ!」

 ミサトは手近にあったスリッパで、思い切りリツコの頭を引っぱたいた。

「シイちゃんにお酒飲ませたって、本当?」

「半分正解。結果を見ればそうだけど……直接お酒を飲ませてはいないわ」

「??」

 謎かけのようなリツコの言葉にミサトは首を傾げる。

「あの子はチョコレートが好きだから、贈り物の高級チョコレートをあげたの」

「まさか、それって……」

「私だって予想しなかったわよ! まさかウイスキーボンボンで酔っぱらうなんて!」

 感情を露わにして叫ぶリツコ。全ては好意の空回りが生んだ悲劇だった。

 

「そっか……。でもよく酔っぱらったシイちゃんに、手を出さなかったわね」

「いきなり抱きつかれて……気づいたらここに入れられてたわ」

 幸せすぎて意識を失った自分を悔いるように、リツコは俯いて答える。そんな彼女にかける言葉が見つからないミサトは、無言で独房を後にした。

 

 事件は無事解決した。

 リツコの減給と、ゲンドウの尊厳、シイに襲いかかる二日酔いと、深い爪痕を残して。

 




お酒は二十歳になってから……でも、ウイスキーボンボンは対象外みたいですね。
因みに作者は、奈良漬けで酔ったことがあります……。

シリアスの前の小休止が終わりました。次はTV版で非常に重要なポイントとして描かれた、あの話です。

小話ですので、本編も本日中に投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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