エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

89 / 221
17話 その4《四人目の適格者》

 

「おや、葛城。休憩か?」

 ネルフの休憩スペースでお茶を飲んでいた加持は、ミサトの姿を見かけて声を掛けた。加持の存在に気づいたミサトは、不機嫌そうに小声で尋ねる。

「……ちょっち、聞きたいことがあるんだけど」

「フォースチルドレンの事、かな?」

「さっきリツコから報告を受けたわ。参号機の起動実験はフォースチルドレンに任せるって」

 ミサトは自分も自販機でコーヒーを買うと、加持の隣でそれを飲みながら話す。監視カメラを意識している為、何気ない会話を装う必要があった。

「起動実験直前でフォースチルドレンが見つかる。あまりに都合が良すぎるわ」

「ま、普通はそう思うよな」

「リツコはマルドゥック機関からの報告前に知っていた。この裏は何?」

 当然ミサトはその場でリツコに問い質したのだが、納得のいく返答は得られなかった。隠し事をしているのは間違いないのだが、何も知らないミサトではそれ以上の追求は出来なかった。

「……マルドゥック機関は存在しない。影で操ってるのはネルフそのものだ」

「ネルフって……碇司令が?」

「コード707を調べてみろ」

「……第一中学校、シイちゃん達のクラスを?」

 長時間の接触はミサトへの印象も悪くする。自分の立場を弁えている加持は、不審がるミサトに軽く頷くと、空き缶をゴミ箱に入れて去っていった。

(フォースチルドレン、マルドゥック、地下のアダム……全てがリンクしているの?)

 加持の後ろ姿をミサトは険しい表情で見つめていた。

 

 

「なあ、トウジ。何かやったの?」

「わしも考えとったんやけど、ど~も思い当たる節が無いんや」

 二年A組の教室でケンスケに問われたトウジは、腕組みをして困り顔をする。

「だけど様子がおかしいのは確かだし、気づかない間に何かしたんじゃ無いか?」

「ん~そやけどな、昨日は全然普通やったやろ? んで今朝からあの調子や。正直心当たりなんかありゃへんで」

 トウジとケンスケが気にしているのは、朝からどうも様子が変なシイ達だった。アスカはいつも以上に機嫌が悪く、レイはいつも以上に素っ気ない。そしてシイに至っては……。

「トウジの顔見るなり逃げ出すなんて、よっぽどだと思うけど」

「言うなや。わしも結構ショックやったんやから」

 今もシイはトウジにチラチラと視線を向けては、トウジが見返すと慌てて視線を逸らすと言う、謎の行動を繰り返している。不審にも程があった。

「はぁ~。まあ昼飯の時なら、ちっとは話が出来るやろ」

「そうだね。僕としてもこの空気が改善される事を祈ってるよ」

 友人達がぎすぎすしているのは、ケンスケにとっても好ましくない。六人揃って楽しく馬鹿をやれるのが、学校生活の楽しみなのだから。

 結局シイ達は午前中一度として、トウジと目もあわせる事が無かった。

 

 四限終了のチャイムが鳴ると同時に、トウジはシイ達の元へと近づこうとする。例え食事を断られても何らかの進展があるだろうと、期待しての行動だったのだが横やりが入った。

『二年A組の鈴原君。至急校長室まで来てください』

「おいおいトウジ、本当に何もやってないんだよな?」

「あ、当たり前やろ。っ~このタイミングの悪い時に……」

 間の悪さに苛立つトウジだったが、流石に校長室への呼び出しを無視するのは不味い。トウジは少し悩んだが、やがて渋々と教室を出て校長室へと向かった。

 振り向かないトウジ。だから自分の背中にシイ達が、悲しげな視線を向けている事を気づくことは無かった。

 

 

 生徒達にとって校長室というのは近寄りがたい物があった。ここに呼ばれる時はほぼ間違いなく、お説教が待っているからだ。

(さて、どない説教やろ……写真がばれたんやらケンスケも一緒やろうし)

 トウジは記憶を探りながらドアをノックする。

「二年A組の鈴原です」

「入りたまえ」

 許可を得てからトウジは校長室へ足を踏み入れる。職務机と応接ソファーがあるだけの、シンプルな造りの部屋。壁に飾られた歴代校長の写真が、来訪者に無駄な威圧感を与えている。

「悪いね、休憩時間に」

「いえ、別に……」

 老年の校長にトウジは返事をしながらも、視線は別の所を見ていた。

 応接ソファーに腰掛けている金髪の女性。以前ミサトの家で会ったことのある女性、赤木リツコの存在が、本来ここに居てはいけない人物の存在がトウジの心を不安で彩った。

「実はこの方が君に是非会いたいと仰ってね」

「はぁ。えっと、赤木リツコさんでしたな?」

 一度きりしか会っていないので、名前があっているか不安だったが、リツコは微笑みながら頷く。

「ええ。ネルフ技術局第一課所属、赤木リツコよ。覚えていてくれて嬉しいわ」

「顔見知りでしたか。では私は席を外しますので」

 校長は入り口に立つトウジの脇を通り抜け、校長室から出ていってしまった。残されたトウジは、警戒した様子でリツコを見据える。

「わしに何の用でしょう?」

「立ち話にしては少し長くなるわ。座って」

 リツコに促されたトウジは、リツコと向き合う形でソファーに腰を掛ける。高級ソファーらしく座り心地は良かったのだが、居心地は悪かった。

 

「手短に頼んますわ。ちょいと用事があるんで」

「そう。なら単刀直入に言うわ」

 来客に対して無礼な態度のトウジに、しかしリツコは全く気にした様子を見せない。僅かに居ずまいを正すと、視線を真っ直ぐトウジへ向ける。

「鈴原トウジ君。貴方をエヴァンゲリオンの搭乗者として、ネルフにスカウトしに来たわ」

「……はっ?」

 突然のスカウト宣言に、トウジは間の抜けた声を出す事しか出来なかった。

「レイ、アスカ、シイさんに続く四人目の適格者、フォースチルドレンに貴方は選ばれたの」

「わしが……エヴァに?」

「ええ。エヴァンゲリオン参号機、その専属搭乗者としてネルフに来て貰えないかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 矢継ぎ早に言葉を発するリツコに、トウジは両手を広げて待ったをかける。混乱する頭を落ち着かせるには、少しでも時間が欲しかった。

 リツコのそれを受け入れ、暫し無言の時が二人の間に流れる。

 

 数分後、少し落ち着いたトウジが口を開く。

「……何でわしなんです? 自分で言うのもなんやけど、素行不良の悪ガキやのに」

「マルドゥック機関と呼ばれる搭乗者選出の組織があるの。貴方はそこで選ばれた。素行も成績もエヴァへ搭乗するのには関係ないわ」

 トウジの質問を予想していたのか、リツコは淀みなく即答する。

「シイ達もそうやって選ばれたんですか?」

「ええ。因みに貴方には拒否権があるわ。決めるのは貴方よ」

 リツコの言葉にトウジは悩む。強制だと言われれば反発しただろう。だが自分で決めろと言われてしまうと、返答に窮してしまう。

「待遇は他のチルドレンに準じます。あの子達みたいに学校へも通えるし、お給金も当然出るわ」

「その代わり使徒と戦えっちゅう事ですか」

「そうよ。貴方が加わればエヴァは四機。シイさん達の危険も大幅に減らせるでしょうね」

「……あんた、汚い人やな」

 トウジは苦笑しながらリツコへ厳しい言葉を掛けた。自分の気持ちを揺さぶるために、シイ達を使うリツコが、トウジには堪らなく狡く感じられたのだ。

「否定はしないわ。人類を守る名目で子供を戦わせているのは事実だもの」

「……あんたは汚い人やけど、悪い人や無さそうや」

 リツコの顔が一瞬自虐に彩られるのを見て、トウジは彼女に対しての警戒心を少し緩めた。

「買いかぶり過ぎないでね」

「……まあええ。んで、結論は今すぐとか言い出すんか?」

 尋ねるトウジだが答えはもう決まっている様だった。それを感じ取ったのか、リツコは僅かに表情を引き締めて頷く。

「出来ればその方が有り難いわ。起動試験まであまり時間が無いから」

「さよか。ならこの話……受けたるわ。エヴァに乗ったる」

「……良いのね?」

「誘っといてそりゃ無いわ。ま、わしが何処まで役に立てるかは分からんけど……シイ達の弾よけくらいにでもなれるなら、そんで充分や」

 膝に乗せた拳が小刻みに震えている。一度シイの戦闘を間近で見たトウジには、使徒との戦いは命懸けであることが痛いほど分かっている。それでも彼は決断した。

「ありがとう」

「……よしてくれや。わしはあんた等の為に引き受けた訳や無いんやから」

「それでも、ありがとう」

 頭を下げるリツコにトウジは確信した。ネルフは好きじゃないが、この女性は信用出来ると。

 

「細かい手続きはこれから本部で行うわ。食事はこちらで用意するから」

「……ああ、そう言う事かいな」

 ポツリと呟くトウジにリツコは不思議そうに眉をひそめる。

「何かあったの?」

「気にせんといて下さい。こっちの事やから」

 突然の話で忘れていたが、食事と言われて思い出した。そして理解した。あのシイ達の態度は自分の事を知っていたからなのだろうと。

(シイを殴ったわしがエヴァに乗る……か。はは、こりゃ土下座じゃ済まされんな)

 トウジは寂しげに右拳を見つめる。あの時の感触は今でもハッキリと残っていた。

 

 

 夕暮れのジオフロントをシイは一人で歩いていた。もうすぐシンクロテストが始まってしまうが、今は少しでも一人で考える時間が欲しかったからだ。

(鈴原君……結局戻ってこなかった。リツコさんが話したんだよね)

 受けたのか。断ったのか。あれから教室に戻って来なかった事から、エヴァに乗ることを承諾したのだろうとシイは考えていた。

(みんながパイロットの候補……みんなにお母さんが居ないのはそう言う事だったんだ……)

 自分のクラスメイト全員に母親が居ない。それはシイが以前抱いていた疑問。リツコから理由を聞いた今、理解は出来たが納得は出来ない。

(お父さんがやろうとしている事が、みんなを巻き込んでるのかな)

 墓参りで近づいたと思った父親の姿が、また遠ざかっていくのを感じた。シイは暗い表情のままジオフロントを頼りなく歩き続ける。

 

 暫く歩いていると、不意に足に何かがぶつかった。

「……スイカ?」

 視線を下に向けると自分が何時の間にか、畑に足を踏み入れてしまった事に気づく。ジオフロントに誰が何の為に畑を作ったのかは分からないが、しっかり手入れされた畑には沢山のスイカが育てられていた。

「これ、誰かが育ててるのかな?」

「ああ。俺だよ」

 背後から聞こえた声にシイは慌てて振り返る。そこには水色のシャツをだらしなく着崩した加持が、微笑みを浮かべながら立っていた。

「加持さん!?」

「スイカ泥棒かと思ったら、シイ君だったのか」

 からかうような加持の言葉に、シイは慌てて両手を振って否定する。

「え? あ、ち、違います」

「分かってるよ。そんな顔じゃ泥棒どころじゃ無いだろうしな」

 加持に指摘されシイはビクッと肩を震わせる。

「ここで会ったのも何かの縁だ。どうだい、シンクロテストまでの時間つぶしに話でも」

「……はい」

 二人は畑の近くに置かれたベンチへと腰を下ろした。

 

「何か悩んでる顔だが……やっぱり彼の事かな?」

「ご存じなんですか?」

「仕事柄耳は早いんだ。ま、気持ちは分かるよ」

 加持は当然トウジの情報を入手している。だからこそシイが悩む理由も理解できた。

「シイ君は優しいな。他人の事でそこまで悩める人間はそう多くない」

「私はただ、臆病なだけです。嫌な事から逃げてるだけ……」

「怖さを、辛さを知っている人間は、それだけ他人に優しく出来る。それは、弱さとは違うさ」

 諭すように加持は語りかける。いつになく真面目な加持にシイは少しだけ心を開く。

「私はどうすれば良いんでしょう?」

「彼はエヴァに乗ることを選んだ。切っ掛けは何にせよ、だ」

「……はい」

「なら後は、君がそれを受け入れるかどうかだけさ」

 加持はシイの悩みは、友人がパイロットに選ばれた事だと思っている。だが実際シイを悩ませていたのはそれだけでなく、ゲンドウがトウジを巻き込んだ事にあった。

 論点がずれている為、加持の言葉はシイの心を晴らすに足りない。

 

「……と、思ったんだが、君の悩みは他にもあるようだな」

「えっ!?」

 観察眼に優れた加持には、シイのその反応だけで充分だった。自分の考えが正しかった事を察した彼だが、それでも無理に聞き出そうとはしない。

「話したく無い事かな?」

「……ごめんなさい」

「良いさ。誰にだって黙っていたい事はある。ただ一つだけ覚えておいてくれ」

 加持はシイを正面から見つめると、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「君は葛城の家族だ。だから困ったときは家族に頼ると良い。葛城ならきっと君の力になってくれる筈だ」

「はい……」

「そして俺も頼ってくれ。葛城の妹分なら俺の妹分でもあるからな」

 優しく語りかける加持の顔には姉代わりのミサトとは違う、父親の様な力強さが感じられた。そんな加持の優しさに触れ、シイの顔にぎこちないながらも笑顔が戻った。

 

「さて、そろそろシンクロテストの時間だな」

「あ、そうでした。私行きますね。お話に付き合って頂いて、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、シイは足早にジオフロントを走っていく。

「……どうやら、少しは役に立ったかな」

 頼りない足取りのシイを見て本気で心配していた加持は、ホッと胸をなで下ろす。それと同時にある種の疑惑が浮かび上がった。

(彼女は……何かを知っているのか? 一度アスカと話をした方が良さそうだ)

 加持の煙草の煙が夕暮れのジオフロントに広がり、静かに消えていった。

 




原作では妹さんの転院を条件に、エヴァへの搭乗を承諾したトウジですが、この小説では若干動機が異なります。
妹さんは退院直前ですし、シイ達との交流が彼の心境に変化をもたらしました。ネルフへの嫌悪感も原作に比べて柔らかいので。

シイ達が真実に迫っていても、流れは変わりません。今はまだ……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。