エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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17話 その3《真実に挑む者達》

 

 ネルフ本部内作業用ケージに姿を見せたゲンドウとリツコ。二人の視線はワイヤーで吊されているプラグへ注がれていた。それは形状こそエントリープラグそのものだったが、塗装は白では無くまるで返り血を浴びたかの様に真っ赤に染まっている。

「これがダミープラグか」

「はい。実験によって得られたレイのパーソナルを移植してあります」

「そうか」

「ただ人の心、魂を再現することは出来ません。あくまでフェイク。擬似的な物です」

「構わん。エヴァがシンクロし、動けばそれで良い」

 遠回しにダミーを否定する様なリツコの物言いだが、ゲンドウは気にしない。

「初号機と弐号機にデータを入れておけ」

「……まだ問題が残っていますが」

「エヴァが動けば良い」

「……はい」

(多分初号機は動かないわね。今の初号機がレイを受け入れる筈ないもの……)

 ゲンドウの指示に従うリツコだが、その胸中ではダミーの失敗を確信していた。

 

「それと参号機の件だが」

「正式にこちらの管轄に?」

「ああ。週末には機体が届くはずだ。起動テストの準備を進めておいてくれ」

「松代が適当かと思います。ただダミープラグでのテストは、少々リスクが高いかと」

 リツコの言葉にゲンドウは暫し考えてから決断を下す。

「……現候補者の中から四人目を選ぶ。コアの変換が可能な者はいるか?」

「一名おります」

「では任せる。交渉は君が直接行いたまえ」

「……はい。では失礼します」

 リツコは軽く一礼するとゲンドウの元から去っていった。

 

 

 その日の夕方、お馴染みのファミレスでシイ達はリツコと情報交換を行っていた。

「へぇ~。じゃあ、あんたの実験ミスが原因じゃ無かったのね」

「アスカ駄目だよ。ごめんなさいリツコさん」

「良いのよ、シイさん。今度たっぷりお返しするから」

 支部消滅の報告を聞いたアスカが嫌味たっぷりに言えば、リツコは大人の余裕で返す。協力体制にありながらも、この二人はあまり相性が良くない様だった。

「とにかく今回の事故で、エヴァンゲリオン四号機は欠番となったわ」

「えすつー機関でしたっけ? 何でそんなものを搭載しようとしたのでしょうか?」

「あんた馬鹿ぁ? ちょっと考えれば分かるでしょ?」

「攻守共に通常兵器を遙かに上回るエヴァンゲリオン。ですが一つだけ致命的な弱点があるのですよ」

 シイに助け船を出したのは、何故かこの場に同席している時田だった。

「外部からの電力供給無しでは五分が活動限界。これは兵器としてはあまりに短すぎます」

「それでも原子炉を内蔵した欠陥機よりは、よほどマシですけれども。ねえ、時田博士」

「ははは、赤木博士は手厳しい。まあ原子炉搭載は私もナンセンスだと思いましたが」

 リツコの皮肉に時田は苦笑しながら答える。本来時田が開発したJAは、N2リアクターの搭載を想定していたのだが、ネルフに対抗すべく完成を急がされた結果、原子炉を搭載せざるを得なくなったのだ。

 披露パーティーで自信満々に語っていた時田だったが、内心は不満たらたらであった。

 

「ま、そんなガラクタの話は置いといて、そのS2機関があれば、稼動限界は伸びる筈だったのね?」

「ええ。理論上はほぼ無限に稼動できるわ。結果は知っての通りだけど」

「実験に失敗は付き物とはいえ……あまりに酷い結果ですな」

 数千人の命を巻き添えにした第二支部の完全消滅。科学者として思うところがあるのか、時田の表情は悲しみに満ちていた。

「原因は分かっていないんですよね?」

「あまりに可能性が多すぎて、特定しきれていないの。S2機関もまだ未知の部分が多いし」

「はん。よく分からない物を無理して使おうとするからよ」

「……それはエヴァも同じだわ」

 レイの小さな呟きに一同の視線はリツコへと向けられる。

「そう、ね。使徒のデータを元に造られたエヴァンゲリオン。開発責任者と名乗ってはいるけど、私にも分かっていない事は多いわ。実際先の初号機の件についても、まだ解明出来ていないし」

「ったく、役に立たないわね」

「も~アスカったら。リツコさんだって、分からない事くらいあるよ」

「……仕方ないわ。呆けも来てるみたいだし」

(いや~やはりシイさんは優しくて良い子ですな~)

(ええ本当に。後の二人は…………覚えてなさい)

 優雅にコーヒーを啜るリツコだったが、小刻みに震えるカップが彼女の怒りを無言で示していた。

 

「で、無事だった参号機はこっちに来るの?」

「週末には日本に輸送されて来るわ。起動実験は松代で行う予定よ」

「……あの、リツコさん」

 あまり話についていけないシイが、恐る恐るリツコに尋ねる。

「何かしら?」

「その……起動実験って、私達の誰かがやるんでしょうか?」

「あんた馬鹿ぁ? 前に聞いたでしょ。魂云々の関係であたしは弐号機、あんたは初号機とシンクロ出来るって。ならあたし達が参号機とシンクロ出来る訳ないじゃない」

 ごもっともなアスカの言い分なのだが、シイの疑問は晴れない。

「うぅぅ、なら参号機はどうするの?」

「四人目の適格者、フォースチルドレンに担当して貰うわ」

「「えっ!?」」

 リツコからの予想外の答えにシイとアスカは目を見開いて驚く。レイと時田も表情にこそ出さないが、動きを止めてリツコをジッと見つめる。

「フォースチルドレン……居たんですか?」

「いいえ、見つかったのよ。つい先程、マルドゥック機関から報告が入ったわ」

「へぇ~そりゃ凄い偶然ね。で、本当は?」

 わざとらしい演技で驚くとアスカは眼光鋭くリツコを見据える。流石に今の言葉を素直に受け取れるほど、アスカは鈍くない。

「え、どういう事? 見つかった事が何かおかしいの?」

「あんたはウルトラ馬鹿ね。良い? 事故で第二支部が消滅、あおりを受けて参号機が本部に来る。起動実験の必要があって、丁度そのタイミングでフォースチルドレンが見つかる。あると思う?」

「それは……確かに変かも」

 改めて順序立てて説明されると、あまりに都合が良すぎる話の流れだった。偶然の可能性も否定できないが、このタイミングでは殆どゼロに近いだろう。

「そこんとこ、しっかりと聞かせて貰いましょうか?」

 まるで推理ドラマの探偵役の様に、アスカはリツコへビシッと人差し指を向けた。

 

「……マルドゥック機関が、エヴァンゲリオンの搭乗者を選出しているのは知ってるわね?」

「はい、前にアスカから聞きました」

「存在しないわ。あくまで名前だけの機関なの。実際に選出しているのはネルフそのものよ」

 全員の視線が集まる中、リツコは極秘情報を惜しげも無く披露する。

「だから必要に応じて、何時でもパイロットは補充出来るの。コアの交換は必要だけれども」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。おかしいじゃない。エヴァにはママの魂が宿っていて、だからあたし達はシンクロ出来るんでしょ? なのに替わりが居るなんて」

「コアの交換は、宿る魂の交換でもあるわ」

「…………なるほど。いやはや、外道にも程がある行為ですな」

 話を理解したのか、時田は嫌悪感を隠そうともせずにリツコを睨む。何時も穏やかな笑みを浮かべている彼からは、想像できない姿だった。

「何よ、説明しなさいよ」

「ストックしているのですよね? チルドレン候補者達の……母親の魂を」

「「っっっ!?」」

 時田の言葉にシイ達は思わず息をのむ。魂のストックと言う非科学的な言葉だが、その提供元となった母親達が無事では無いことを悟ったからだ。

 答えを求める強い視線にリツコは無言で小さく頷いた。

 

 気まずい沈黙が続く中、口を開いたのはシイだった。

「……リツコさん。フォースチルドレンは誰なんですか?」

 今でも頭は混乱している。だがそれだけはどうしても確認したかった。

「第一中学校二年A組、鈴原トウジ。彼がフォースチルドレンよ」

「鈴原君が……エヴァに……」

 友人が選ばれてしまった事。しかも寄りにも寄ってトウジがエヴァに乗るという皮肉めいた運命に、シイは大きなショックを受けていた。

「正式な通達は明日。本人へも私から伝えるから、内密にしていてね」

「っっ、言えるわけないでしょ!」

「そう、よね。ごめんなさい」

 無神経な発言だと気づき、リツコは直ぐさま謝罪した。

「……鈴原君が選ばれた理由は?」

「第一中学校二年A組の生徒は、全員チルドレンの候補者なの」

「つまり、一カ所に集めて監視・管理をしていた、と?」

「否定はしないわ。だから貴方達の友達は誰もが、チルドレンになる可能性を持っていると言えるわね。鈴原君が選ばれたのは、コアの変換が速やかに可能だからと言う理由よ」

 時田の皮肉にもリツコは表情を変えず、淡々とシイの疑問に答える。まるでそうすることが、自分の責務だと言わんばかりに。

 ネルフの闇。想像以上に暗く深いそれを垣間見たシイ達は、暗い表情で黙り込んでしまった。

 

 

「あの子達には、少々辛い話でしたな」

 意気消沈して店を出ていったシイ達を見送ると、時田はリツコへ声を掛けた。部外者に近い立場の自分でさえ、この話は精神的にきついものがある。当事者のシイ達は自分の比では無い衝撃を受けたはずだ。

「シイさん達は真実を知ることを選んだわ。そして真実とは、得てして優しくないものよ」

「確かに。しかしそれでも人は、真実を追い求めずにはいられない生き物です」

「知らない方が幸せ何て言葉は、知っている者にしか言えないし、伝わらないものね」

 リツコはコーヒーを啜りながら答える。そこには知っているが故の苦悩があった。

「それにしても、意外と平静だったわね? もう少し取り乱すかと思ったけど」

「以前貴方は仰いましたよ。人に恨まれようと人の道を外れようと、人類を守る為には何でもすると。その言葉が真実であったと言うだけです」

「そうね。人類を守る為ならば……こんなに悩まなくて済んだのに」

 絞り出すようなリツコの言葉に時田はスッと目を細める。

「碇司令、謎の多い人物です。果たしてあの方は、本当に人類を守るつもりがあるのか……」

「深入りは止めなさい。今の話を聞いただけでも、貴方は危険な立場にいるのよ」

「はっはっは、今更何を。本部地下に居る謎の巨人。ターミナルドグマにある謎の施設。私は何時殺されてもおかしく無い情報を、既に得てしまったのですから」

 笑いながら軽い口調で告げる時田だが、リツコは驚きのあまり身体を硬直させてしまう。彼が口にした情報はどれも最重要機密で、ネルフでも極一部の人間しか知らない筈だったからだ。

「貴方……一体どうして?」

「ネルフ技術局第七課、本部施設担当を侮って貰っては困りますな。私が本部の施設で知らない事など、今やほとんどありませんよ」

 誇らしげに胸を張る時田に、リツコは真剣な眼差しを向けて警告する。

「時田博士。本気で忠告するわ。今すぐ止めなさい。死んでからでは遅いのよ」

「あの赤木博士に心配して頂けるとは、光栄の極みですね。ただ、残念ながら止まりません」

 時田は食べかけのパフェにスプーンを指すと、何ともいい顔でリツコを見つめる。

「子供達が頑張っているのです。それを手助け出来なくて、何が大人でしょうか」

「…………貴方、科学者には向かないわ」

 頭が良く優秀な人物であるのは確かだが、時田は科学者として生きていくには、あまりに甘すぎる。あまりに優しすぎる。科学者として大成するには、少なからず外道の素養が必要なのだから。

「最近自分でも思っています。事が片づいたら、転職を真剣に考えますよ」

「その時まで貴方は生きていられるかしら?」

「さて、どうでしょう。ただ赤木博士が力を貸してくれるなら、勝算ありですが」

 スッとリツコに向けて右拳を差し出す時田。意図を察したリツコは逡巡していたが、やがてため息と共に自分の右拳を時田のそれにコツンと重ねた。

 

「ところでダミープラグの事を、彼女達に教えなくて良かったのですか?」

「……あ゛」

 今回の情報交換では第二支部消滅以外に、極秘裏に開発されていたダミープラグについても伝えるつもりだった。しまったと顔を歪めるリツコに、時田は不安げに尋ねる。

「赤木博士、本当に大丈夫ですか?」

「ま、まだ呆けて無いわ! ただちょっと忘れてただけよ!」

(それを呆けと言うのでは……)

 ムキになるリツコにジト目を向ける時田。それが一層リツコを苛立たせる。

「べ、別に問題ないわ。今の初号機は恐らくダミーを拒絶する筈だもの」

「ほう、それはそれは。でも弐号機は?」

「…………用事を思い出しました。これにて失礼」

 時田の突っ込みには答えず、何事も無かったかのように伝票を掴んで立ち去ろうとするリツコ。すると時田はそっとリツコの手から伝票を抜き取った。

「女性に払わせる訳にはいきませんよ」

「随分と前時代的な思考ですこと」

「……では、これからの協力への、ささやかなお礼と言うことに」

 ニヤッと笑みを浮かべる時田だったが実に似合わない。これがもし加持ならば、さぞや女性をときめかせたに違いないだろう。

 そんな時田に何とも言えぬ表情でリツコはため息をつくと、そのまま店から去っていった。

 

(強がってはみたものの、正直生き残る自信は無いですね)

 一人店内に残った時田は、パフェを食べながら思考を巡らせる。ネルフという組織はあまりに大きく、自分一人があがいても到底勝ち目は無く、生き残れる可能性は低かった。

(必要なのは味方。赤木博士の他に、信用できそうな人物と言えば……あの二人ですか)

 脳裏に浮かぶのは自分と同じく真実を求めている二人。

(接触してみますかね……。最悪の事態が起きたとしても、せめてシイさんに情報を残せるように)

 ゲンドウにとって時田シロウの存在は、居ても居なくても変わら無い程度のもの。道ばたに落ちている小石も同然。だがその小石が、大きな歯車を狂わせる切っ掛けにもなり得るだろう。

 




時田は優秀な科学者です。そんな彼がノーマークで、本部施設を任されたとすれば……ターミナルドグマやらは全て丸裸にされてしまうでしょう。
ある意味キーマンになる人物かもしれません。生き残れれば、ですが。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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