エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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17話 その2《米国第二支部消滅》

 

 ある日の夕方、シイは友人達と第三新東京市を集団で歩いていた。学校では割とよく見る光景だが、こうして揃って外出するのは珍しい事だった。

「いや~ホンマ今日はすまんかったな」

「ううん、ありがとう。妹さんに会わせてくれて」

 詫びるトウジにシイは笑顔で答える。ただその目は何故か真っ赤に腫れ上がっていたが。

「でも良かったなトウジ。妹さん、来週にも退院出来るって」

「本当に……良かったね」

「はは、サンキューや。ま、家に居たら居たで煩い奴やけどな」

 友人達からの言葉に悪態をつきながらも、トウジの顔は幸せそうににやけていた。

 

 以前からトウジは妹にあるお願いをされていた。

『自分を守ってくれた、ロボットのパイロットに会いたい』

 エヴァに関する情報は最重要機密であり、それには搭乗者であるシイ達の事も含まれている。そんな事情もあってトウジはその度、なんやかんやと理由を付けて断っていたのだが、順調に回復が進み退院が決まった事もあり、遂に折れて無理を承知でシイに面会を頼んだ。

 以前から気にしていたシイは二つ返事で了承し、それに付き合う形でアスカとレイ、ヒカリとケンスケも一緒に、妹が入院している病院へとお見舞いに行ったのだった。

 

「にしても、あんたに似てない妹ね。可愛いし素直だし、悪影響受けてなくて良かったじゃない」

「余計なお世話や。あれは猫被っとるだけで、家じゃそりゃ喧しいで」

「だ、そうよ。頑張ってね、ヒカリ」

「えっ!? や、やだ……アスカったら」

 話を振られたヒカリは言葉の真意を察してか、顔を赤くして俯いてしまう。ヒカリの反応が理解出来ないトウジ達が首を傾げる中、一人ケンスケだけがニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「どういう事なのかな?」

「……分からないわ」

「人間関係は大切って事だよ。特に、姑小姑関係はね」

 男女の機微に疎いシイとレイに、ケンスケが遠回しな表現でフォローを入れる。

「ようけ分からんが、あいつは根は良い奴や。そない心配する事無いと思うけどな」

「鈴原!?」

「ま、あいつも委員長の事気に入ったみたいやし、良ければ仲良ぅしたってや」

「……うん」

 熟れたトマトの様に真っ赤に染まったヒカリの顔。それをアスカとケンスケはやれやれと言った感じで、シイとレイは不思議そうに見つめていた。

 

「……碇さん、落ち着いたみたいね」

「あ、うん」

「全くあんたは……いきなり泣き出すなんて、あの子も驚いてたじゃない」

 呆れたようなアスカの言葉に、シイは恥ずかしそうに身体を小さくした。

 トウジの妹と対面した直後、シイは自分が傷つけてしまったと言う罪悪感と、無事な姿を見れた安堵感から人目を憚らずに涙を流してしまったのだ。

 一同が戸惑う中、トウジの妹はシイの元へと歩み寄り、自分より大きなシイの身体を抱きしめて感謝の言葉を告げた。それが一層シイの涙腺を緩め、どっちが子供か分からない姿を皆に晒してしまったのだった。

「うぅぅ、反省してるよ……」

「いや、わしは嬉しかったで。シイが本当にあいつの事を思ってくれとるって、伝わったからな」

 他人の為に涙を流せる人は少ない。トウジはシイの優しさに心から感謝していた。

「そうよシイちゃん。悪いことなんて、全然無いんだから」

「……アスカは一言余計」

「何よ! 言い出したのはあんたでしょ!?」

 一気に悪者にされたアスカは、話題を切り出したレイへと責任転嫁する。

「……私は余計な事を言わないもの」

「むきぃ~! それじゃあたしが何時も、余計な事言ってるみたいじゃない!」

「自覚無しか。こりゃ質が悪いね」

「あんた達ね~!」

 逃げるレイとケンスケをアスカが追い回す。仲良さげにじゃれ合う三人の姿を見て、シイの顔に思わず笑みがこぼれた。

「……なあ、シイ」

 友人達が騒ぐ中、そっとシイの隣にトウジが近づく。

「さっき言った事、本当やで。わしはお前に感謝しとるんや」

「鈴原君……」

「妹の事だけや無い。身体張ってわしらを守ってくれるお前達に、ホンマ感謝しとる。口には出さんが、他の奴らもそう思っとる筈や」

「……ありがとう」

 感謝をされる為にエヴァに乗っている訳では無い。褒められる為にエヴァに乗っている訳でも無い。だがそれでも自分の事を認めてくれている誰かが居る事は、シイにとって心の支えになる。

「礼を言うのはこっちや。ま、そない訳やから、何か困った事があれば何時でも言うんやで。頼りないかもしれんが、わしに出来ることやったら何でもする」

「ううん。鈴原君とヒカリちゃんに相田君、それにクラスのみんなと居ると凄く楽しいもん。それだけで充分だよ。みんなが居るから私は頑張れるの」

「さよか。なら……良かったわ」

 トウジは少しだけ寂しげに微笑むと、ポンとシイの頭を軽く叩いた。

 

 

「へぇ~、みんなで鈴原君の妹さんをお見舞いにね~」

 その夜、夕食の席でシイからお見舞いの報告を受けたミサトは、嬉しそうに相づちを打つ。最悪の出会いから、そこまでの関係を築けた事は、保護者として感慨深い物がある。

「良かったわね、シイちゃん」

「はい」

「ん~、前にシイと馬鹿が揉めたって聞いてたけど、そんな派手にやったの?」

 詳しい事情を知らないアスカは何気なく尋ねてみる。ヒカリからは妹の怪我を理由に、トウジがシイに八つ当たりをしたとしか聞いていなかったのだ。

「派手って言うか……ある意味最悪の初対面かしらね。シイちゃん殴られちゃったし」

「はぁっ!?」

「み、ミサトさん。その事は……」

「何それ。八つ当たりでシイの事殴ったって~の? ほんっと最低ね」

 アスカは眉をつり上げてトウジへの怒りを露わにする。エヴァに乗る事に誇りを持っている彼女にとって、それが原因で暴行を受けるなど考えられない出来事だった。

 それも相手がシイのような女の子なら尚更である。

「違うのアスカ。その後直ぐに鈴原君は謝ってくれたし、私も叩いちゃったし、おあいこなの」

「あんた馬鹿ぁ? 男と女じゃ、顔を殴られる意味が全然違うっつ~の」

「でもでも、今は大切なお友達になれたんだよ。私は気にしてないから」

「はぁ~。あたしには理解出来ないわね。自分を殴った奴と友達になるなんて」

 必死にトウジを弁護するシイに、アスカは肩をすくめて呆れ混じりに呟いた。

「まあ、そう言わないの。それがシイちゃんの魅力なんだし」

「博愛主義も良いとこだわ。あんたそれ自覚しないと、いつか痛い目見るわよ」

 シイを真っ直ぐ見つめてアスカは真剣な声色で警告する。誰に対しても同じように優しさを持って接する事がシイの魅力であることは、アスカも承知している。

 だがそれがいつかシイを傷つけるのではないかと、本気で危惧せずにはいられなかった。

 

 トウジの話が終わり、再びたわいない雑談をしながら食事を続ける三人。そんな時、不意にミサトの携帯電話が着信を告げた。

「あら、日向君だわ。はい、葛城…………何ですって!?」

 通話をするや否や、ミサトは顔を強張らせて声を荒げた。そのただならぬ様子に、シイとアスカも箸を止めてミサトに視線を向ける。

「確かなのね? ええ、分かってる。直ぐそっちに向かうわ」

「ミサトさん……何かあったんですか?」

「ど~せリツコが実験でもミスったんでしょ」

「……アスカ半分正解よ。ただ実験をミスったのは、リツコじゃ無いけどね」

 アスカの顔から余裕が消える。シイに遅れて彼女も気づいたのだ。目の前の女性が既に家族の顔から、ネルフ作戦部長のそれへと変わっている事に。

「ネルフの米国第二支部が実験中に…………消滅したそうよ」

「えっ!?」

「消滅って……」

「詳しい話はこれから聞いてくるわ。悪いけど今日は帰れないと思うから、先に寝てて」

 ミサトは大急ぎで自室に戻ると、直ぐさまネルフの制服に着替えて本部へと向かっていった。

 

「アスカ……」

「情けない顔するんじゃ無いわよ。まだ、何も分かってないんだから」

「そう、だよね」

「後でリツコからも情報が入るだろうし。あたし達は、何時も通りに過ごせばそれで良いの」

 動揺しているシイを落ち着かせる様に、アスカは普段通りの態度を崩さない。

「ほら、ご飯冷めちゃうわよ」

「う、うん」

 食事を再開する二人だったが、美味しかったご飯は何処か味気なく感じられた。

 

 

  

 ネルフ本部の会議室では米国第二支部消滅の現状報告と、対策会議が開かれていた。

「こりゃ凄いわね。使徒の襲来よりも大騒ぎじゃないの」

「ええ。管理部と調査部、それに総務部なんかは完全にパニくってますよ」

 ミサトの言葉に答える日向の顔にも疲れが見える。彼の所属する作戦部には直接的な影響は無かったのだが、オペレーターとして事実確認に追われていたのだ。

「支部ごと消滅、か。あんたの実験失敗なんか可愛く思えるわ」

「あら、失礼ね」

「アスカなんか、真っ先にあんたがミスったって言い出したわよ」

「……後で覚えてなさい」

 リツコは心の中でアスカへの報復を誓った。

「んで、消滅ってどういう事? 爆発じゃなくて?」

「消滅よ。監視衛星の画像から、支部が消滅した事が確認できたもの」

「はい。米国第二支部中心より半径89kmは、完全に消滅しました」

 リツコの言葉をマヤが補足する。MAGIを有する技術局がここまで断言する以上、米国第二支部が消滅したと言う事実は揺るがないだろう。

「生存者は……聞くだけ無駄か」

「報告を受けて、直ぐさま第一支部と米国政府が現場に向かったけれど、何一つ残っていなかったそうよ。正確な数は分からないけど、数千人の命は失われたわね」

 支部によって職員の数は大きく異なる。米国はネルフに全面的な協力をしており、その規模も構成人員も本部のそれを上回っていた。

「……で、原因は?」

「タイムスケジュールから推察すると、S2機関の搭載実験中の事故と考えられます」

「S2機関って、ドイツで修復してた奴よね?」

「ええ。エヴァンゲリオン四号機への搭載を、米国が強引に進めていたアレよ」

 本部と自分を通さずに独自に進められていた実験。E計画責任者であるリツコにとって、それは極めて遺憾で苛立ちを覚えるものだった。

 

「現在MAGIが原因の解明を行っていますが、想定要因が多すぎるために難航しています」

「……米国政府と第一支部の対応は?」

「貴方の予想通りよ。第一支部で建造が終了していたエヴァンゲリオン参号機を、ネルフ本部で引き取って貰いたいと、申し出てきたわ」

「そりゃまた都合良いこと言ってくるわね。強引に建造権を主張してた癖に」

 手の平を返した米国支部に、ミサトは呆れた表情を浮かべる。

「臆病にもなるわよ。この惨事の後ではね」

「で、どうするの?」

「……碇司令は承諾したわ。機体は後日運ばれてくるから、起動実験はその後ね」

 戦力が増える事は作戦部部長として歓迎だが、エヴァに関してはそう単純な話では無い。

「パイロットが居ないじゃない。例の……ダミープラグとやらを使うの?」

「まだ決めてないわ。まだ問題も多いし、全ては碇司令の判断次第よ」

 リツコの言葉が少しだけ投げやりに聞こえて、ミサトは眉をひそめた。

 

 結局第二支部消滅の原因は継続調査し、ミサト達は参号機受け入れの準備を進める事で、多くの謎と疑惑を残したまま緊急の会議は終了した。




トウジの妹は原作では重傷で、この時点では目覚めて居なかったです。ただこの小説では既に退院間近まで治っている設定にしています。

米国第二支部とエヴァ四号機消滅。そして参号機は本部へ。ここの流れは変わりません。
着実に悲劇の舞台が整う中、果たして役者のアドリブだけで、結末を変えることが出来るのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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