エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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17話 その1《特別査問会》

 

 ネルフ本部の一角にある完全防音の部屋。明かりは消されており、室内は暗闇に包まれている。そこに浮かび上がる立体映像の老人達。ここでは今から、人類補完委員会による特別査問会が開かれる予定だった。

 キール議長を中心に何時も通りの面々が顔を連ねているのだが、今回は珍しい参加者が居た。

「ではこれより、初号機パイロットへの査問会を始める」

 キールが重々しく告げると、委員達の視線はゲンドウ……の前に立つ、碇シイへと集中する。彼女は今六つの机の中心に、緊張した面もちで直立していた。

 

「まずは本人確認を行う。名乗りたまえ」

「は、はい。エヴァンゲリオン初号機パイロットの、碇シイです。歳は14才で、好きな食べ物は……」

「余計な事を言うな! 君は聞かれたことに、答えていれば良いのだ」

 自己紹介するシイに委員の一人が厳しい叱責を飛ばす。いつもの会議ではごくありふれた光景なのだが、ただでさえ緊張しているシイは、その一言で完全に萎縮してしまう。

「ひっ、ご、ごめんなさい……」

 怯えた様子で頭を下げるシイ。目には既にうっすらと涙が浮かんでいる。小さな女の子を老人達が取り囲む光景は、端から見ればいじめにしか見えないだろう。

「まあまあ、そう厳しく言うことは無いだろう」

「左様。相手はまだ子供、ムキになるのは大人げないね」

「むっ……あ、ああ、そうだな。すまない、少し言い過ぎた」

 叱責した厳つい男は、他の委員達から諭されて意外と素直に謝罪する。普段では絶対に有り得ない光景に、シイの背後から事態を見守るゲンドウは内心苦笑していた。

 

「ごほん! では査問を始める。初号機パイロットはこちらの問いかけに、嘘偽り無く真実を答えるように」

「はい」

 キールの言葉にシイは背筋を伸ばして返事をする。父親であるゲンドウが後ろで見ている以上、あまりだらしない姿は見せられないと気合いを入れ直すシイに、キールは最初の質問をぶつけた。

「先の事件、君は使徒の内部に取り込まれたと聞いているが?」

「はい……」

「それを我々は、使徒が人類にコンタクトを試みたのではないか、と疑っているのだが、どう思うかね?」

 使徒がエヴァの取り込むと言う前代未聞の事態。それを体験して帰還したシイの証言は、委員達にとって極めて重要なものだった。

「えっと……多分関係ないと思います」

「ほぅ。何故かね?」

「私が覚えている限りで、使徒は私に何もしませんでしたから」

 もし使徒の目的が人類とのコンタクトなら、取り込んだシイに対して何らかのアクションがあるはず。だが取り込まれてから約16時間。シイの意識がある間は何も起きなかったのだ。

 

「それは君の記憶が正しい事が前提の意見だな」

「半日以上の幽閉。精神と記憶に異常が起きている可能性も、充分にあると思うが?」

 委員達が早速シイへ質問を飛ばす。答えを聞いてはいそうですかでは、彼らにしても示しがつかない。しかしシイは指を口にあてて、首を傾げながら委員達に尋ねる。

「……あの~。それなら私をここに呼ぶ意味って無いのでは?」

「「…………」」

「ご、ごめんなさい。変なこと言ってしまいました」

 黙りこくってしまう委員達を見て、シイは慌てて頭を下げる。彼らの反応が自分の言葉で気分を害したのだと思ったからだ。実際は上手いこと言われてしまい、思わず言葉を失っただけなのだが。

「ご、ごほん。まあ、君の意見は参考として聞いておくとしよう」

 キールは咳払いを一つ入れ、どうにか場の空気を変えた。

 

「では次だ。使徒は人間の精神、心に興味を持っていると思うかね?」

「その……分かりません。使徒とお話した事が無いので」

 言葉だけでは馬鹿にしているように聞こえるが、当の本人は至って真剣に答えていた。それが分かるからこそ、ゲンドウになら即座に罵声を浴びせる委員達も、黙らざるを得ない。

「そ、そうか……。ならば、君は使徒に何かを感じる事はあるかな?」

「あのですね、ずっと気になっていた事があるんですけど」

 直接使徒と戦っているチルドレンの証言、一切のフィルターを通さない生の言葉は委員達には貴重なものだった。おずおずと尋ねるシイにキールは仰々しく頷いて見せる。

「発言を許可する。言いたまえ」

「どうして、使徒を使徒って言うんですか?」

 シイの何気ない発言に、委員達の表情が一斉に険しくなった。そんな彼らの変化に気づかず、シイは更に言葉を続ける。

「使徒って神様の遣いですよね。ならそれと戦う私達は、神様の敵なんでしょうか?」

「……その名はあくまで、便宜上付けたに過ぎん」

「さ、左様。個体を区別する為、それ以上の意味など無いよ」

「お、おお。そうだとも。なあ?」

「そうだ、そうだとも。君が気にする様な事は、何一つ無い」

 キール以外の委員達は、明らかに動揺した様子でシイの言葉を否定する。そしてシイの後方で素知らぬ顔をしているゲンドウへ、恨めしそうな視線を向けた。

 

「……話は以上だ。査問会はこれにて終了とする。ご苦労だった」

「あ、はい。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げシイが退室しようとすると、

「待ちたまえ。まだ一つ、聞いていない事がある」

 最初にシイを叱責した委員が呼び止めた。

 苦手意識を持ってしまったシイは、怯えた様子で委員の顔を見る。すると委員は頬をうっすらと赤く染め、それを誤魔化すように大きく咳払いをした。

「あ~何だ……その、だな。まだ君の好きな食べ物を……聞いていなかったと思ってな」

「えっ? あ、はい。私の好きな食べ物は、チョコレートです」

 一瞬キョトンとしたシイだが、最初の自己紹介の続きを聞いてくれたのだと理解して、直ぐさま笑顔で好物を答える。ここまで見せなかったいつものシイの笑顔に、他の委員達までほんわかと表情を和らげた。

「そうか……チョコレートか…………。うむ、分かった。呼び止めて悪かったな」

「いえ。では失礼します」

 素っ気なく告げる委員にシイは再度頭を下げて、今度こそ姿を消した。

 

 シイが退室した会議室は、何とも言えぬ微妙な空気に包まれていた。

「碇君……あの子は本当に君の娘なのかね?」

「仰る意味が分かりかねますが」

 今更何を言い出すのかと、ゲンドウは内心呆れながら答える。

「どう考えても君の遺伝子が、欠片も受け継がれて無いように見えたが」

「左様。その分彼女の血が色濃い様だね」

「……シイは私の娘です」

 委員達の意図を察したゲンドウは、余計な発言は火に油を注ぐと判断して、必要最小限の返答をする。だがそれでもゲンドウに対する言葉は止まらない。

「ああ、碇家に拒絶された哀れな父親だったな、君は」

「十年ぶりに会えた娘を戦わせる、非道の父親でもあるけどね」

「……あれは、サードチルドレンです。あくまでパイロットとして、扱っているだけですが」

「ふん。精々娘に嫌われぬよう、媚びを売るんだな」

「もう手遅れかもしれんが」

「そこまでだ!」

 しつこくゲンドウに嫌味をぶつける委員達をキールが一喝する。この議論は明らかに無駄であり、彼らの言葉がゲンドウへの嫉妬から生まれている事に、少し苛立っていた。

「不毛な話をする様な時間は我々には無い。そうだな、碇」

「……はい。此度の件からも、使徒は知恵をつけつつあると思われます」

 ゲンドウはサングラスを光らせながら自分の見解を伝える。

「それは不味い」

「左様。知恵は我ら人類にのみ許された特権だよ」

「もし使徒がそれを得たとすれば……」

 黙り込む委員達。険しい表情に一層深くシワが刻まれていく。

「我々に残された時間は、後僅かと言うことか」

「……はい」

「シナリオに変更は無い。引き続き計画を進めよ」

「はい。全てはゼーレのシナリオ通りに」

 ゲンドウはお決まりの文句を口にして、委員達の前から姿を消した。

 

「それにしても、少々予想外だったな」

「ああ。てっきりあれこれ理由を付けて、初号機パイロットの査問を拒否すると思っていたが」

「やはりあの男は侮れんよ」

 退出したゲンドウに委員達は警戒心を露わにする。査問拒否を口実に、ゲンドウを問い詰めようとしたのだが、あてが外れた形になった。

「人類補完計画には遅れが出ているが、アダムとE計画は順調だ」

「ダミープラグは既に、プロトタイプが完成している様だな」

「左様。ロンギヌスの回収も済んでいる。ひとまずは、シナリオ通りと言えるだろうね」

「何にせよ、我らの目的の為に今一時、碇には働いて貰わねばならぬ」

 キールの言葉に委員達も頷く。人間的にはどうであれ、碇ゲンドウと言う人物が有能であるのは、彼らも認めている。目的達成の為に重要な組織である、ネルフを任せて位なのだから。

 

「……サードチルドレン、碇シイか」

「碇とは違う意味で厄介な相手だったな」

「全くだ。あの戦績が偽装かと疑う程、何というか……」

 言いよどむ委員の一人に、他の面々も言いたいことを理解して頷く。あの少女を前にすると、偏屈な老人達ですらペースを乱されてしまう。仮にアスカやレイが相手なら、彼らも普段通りに対応出来ただろう。

「何にせよ、彼女とは直接的な接触を避けた方が無難だな」

「「え゛っ!?」」

「……諸君、我らの目的を忘れないで貰おうか」

 あからさまにガッカリする委員達に、キールは呆れ混じりに告げた。

「彼女は碇家の娘だが、我らにとってはあくまで歯車の一つに過ぎないのだ」

「わ、分かっているとも……」

「勿論……」

「承知している……」

「左様……」

 口では決定に従いながらも、一目で分かる程不服そうな表情を浮かべる委員達。それを見てキールは、深いため息をついた。

(やはり彼女の娘だな。いっそのこと、こちらに引き込めれば良いが……)

 生前の碇ユイと親交のあったキールは、シイを自分達の手中に収めるべく、思案を巡らせていった。

 




人類委員会とシイは、これが初顔合わせになります。普段見る事が出来ない委員達の姿に、ゲンドウはさぞご満悦だったでしょう。
因みにキールだけは碇家と親交があったので、幼少のシイを知っていると言う設定です。

この17話と18話は、リアルタイムで見ていて子供心に辛い物がありました。正直このエピソードの結果次第で、ハッピーエンドへの道は閉じてしまうんですよね。
この小説では果たしてどんな結末が待っているのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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