~不使用の秘密兵器~
第一中学校2年A組の教室には、ネルフ三人娘が久しぶりに勢揃いしていた。レイの件やシイの入院が続き、なかなか一緒に学校へ登校する機会に恵まれなかったのだ。
「おっ、今日は揃っとるんやな」
「やっぱ三人が並ぶと絵になるね~。んじゃ、早速一枚」
「朝から馬鹿やってないの。おはよう、シイちゃん、アスカ、綾波さん」
シイ達の元へと近づいてくるトウジ達。相変わらずの様子に苦笑しつつも、シイは何とも言えぬ居心地の良さを感じてご機嫌な笑顔を浮かべた。
朝のHRが始まるまでの時間、シイ達はたわいない雑談に興じながら授業の準備を進める。そんな中鞄を探っていたアスカが不意に呟きを漏らした。
「……あ、忘れてたわ」
「教科書忘れたの?」
「情けない奴やの~。わしは今まで忘れたことないで」
「鈴原は持ち帰ったことが無いからでしょ」
「……アスカも同じ」
教科書の現地保管、通称置き勉。真面目なシイやヒカリは例外として、実は大多数の生徒が実施していた。何せ本というのは重くて嵩張る。家で勉強しないなら、置き勉の方が効率が良いのだ。
「駄目だよアスカ……って、じゃあ何を忘れたの?」
「忘れたじゃなくて、忘れてたよ。ほら、これ」
そう言ってアスカが鞄から取り出したのは、黒いヘアバンドに耳のようなパーツが付属したファッションアイテム……有り体に言えば猫耳バンドだった。
見慣れぬ物の登場に、トウジ達は不思議そうな視線を送る。
「なんやそれ?」
「あんた馬鹿ぁ? 見れば分かるでしょ。猫耳よ、猫耳」
「んなことは分かっとるわい。わしが聞いとんのは、何でそんなもん持っとるかっちゅう事や」
何に使う物かは置いておくが、少なくとも学校鞄から出てくる物では無いだろう。
「そんなの決まってるじゃない。着けるためよ」
「アスカが着けるの?」
「え、ああ違う違う。これはシイに着けさせる為に、用意してたのよ」
首を傾げるヒカリにアスカは手を振って否定すると、シイに視線を向けて答えた。
この猫耳はリツコ対策の為に、ファンシーショップで購入していた物。しかしリツコとの対話が予想外の方向に進んでしまったので、使用する機会が無く、結局お蔵入りとなっていたのだが。
買ったまま鞄にしまっていたものが、今ようやく日の目を見た訳だ
「アスカ、本当に買ってたんだね」
「あったりまえじゃない。ま、これが無くても上手く行ったから、結局無駄だったけど」
((何に使うつもりだったんだろう……))
全く用途が思いつかないヒカリ達は、不思議そうに猫耳を見つめていた。
「……それ、どうするの?」
黙って様子を見ていたレイが、何気なくアスカに尋ねる。
「そ~ね~持ってても邪魔なだけだし……あんたにあげるわ」
「えっ、私?」
「元々あんたが着ける予定だったんだし、最後まで責任取って貰うわよ」
訳の分からない理論を展開し、アスカは手にした猫耳をシイに押しつけた。どう考えても使い道が浮かばないそれを見つめ、シイは眉を八の字にして困惑する。
「う~ん、どうしよう……」
「……なあ碇。ちょっとそれ、着けてみてくれないか?」
「え? 別に構わないけど」
何故か真剣な表情で頼むケンスケに、シイは少し気圧されながらも猫耳バンドを頭に着けみる。シイが猫耳を装着した瞬間、教室の空気が変わった。
((なっっ!?))
トウジ達だけでなく、教室のあちこちで雑談をしていた生徒達も動きを止め、全員の視線がシイに集中する。
「あれ、みんなどうしたの? あ、やっぱり似合ってないかな」
「い、いや……そない事は……無い……で。なぁ?」
「あ、ああ。似合ってる……よ。そうだよね、委員長?」
「そう、よ。凄い……可愛いわ」
何処かぎこちなく、よそよそしい反応を見せる三人。それをシイは似合っていない自分を傷つけない為に、トウジ達が優しい嘘をついてくれたのだと理解した。
「あはは、ありがとう。でも私には似合わないみたいだし……」
笑いながら猫耳を外そうと、シイが頭に伸ばした手は、ガシッとアスカに掴まれてしまう。
「ま、まあ待ちなさいって」
「アスカ?」
困惑するシイにアスカは咳払いを一つ入れると、視線を合わせずに言葉をかける。
「割と、そこそこ、それなりに……似合ってるみたいだし、もう少しそのままで良いんじゃない?」
「へ?」
「あんた達もそう思うわよね?」
アスカの問いかけに、トウジ達は音が聞こえる程激しく何度も首を縦に振ってみせた。離れてシイを見ていたクラスメイト達も同様に頷いてみせ、それを外すなとアピールを繰り返す。
「え? え? え?」
「良いから、あんたはそれを着けてなさい。レイもそう言ってるわ」
「綾波さんも?」
「……ええ、似合っていると思うわ」
口数の少ないレイだが、その言葉がシイに与える影響は大きい。母親との関係もあるのか、不思議とシイを納得させる力が込められていた。
「そう、かな。じゃあもう少しだけこのままで」
似合っていると言われると悪い気はしない。シイは笑顔で頷き猫耳を外すことを中断した。
雑談を再開するシイ達。だがシイを除く他の面々の心中は穏やかでは無かった。
(何よこれは……反則じゃない。こりゃリツコが見たら、一発でKO必至ね)
(碇さん……可愛い)
(ただの耳やないか。それなのに何で、何でわしはこない動揺しとるんや)
(売れる。これは売れる。間違いなく売れるぞ)
(シイちゃん凄い。似合ってる……ううん、猫耳があるのが自然みたいに……はぁ~)
平静を装いながらも、それぞれシイから視線を外せないでいる。恐るべき破壊力だった。
「な、なあ碇。ちょっと頼みがあるんだけど」
「うん。何かな?」
「悪いんだけど、写真を一枚撮らせて貰えるかな?」
会話が丁度途切れたタイミングを逃さずに、ケンスケが動いた。実にスムーズな動作で愛用のカメラを取り出すと、シイに撮影許可を求める。
隠し撮りをしないあたりは彼なりの良心なのかも知れない。
「写真? うぅぅ、ちょっと恥ずかしいかも……」
「いやいや、そんな難しく考えないでさ。まあ、ちょっとした記念だと思って」
強引なケンスケの言葉に普段は突っ込みを入れるアスカも、今回に限っては味方だった。
「良いんじゃない? それ着ける機会なんて、これからあんまり無いだろうし」
「……思い出は大切」
アスカとレイに勧められると、シイはそうなのかなと思ってしまう。依存という訳では無いが、シイにとって二人の少女はかなり大きな存在になっているのだ。
「……うん。そうだよね。じゃあ、お願いします」
「OK、ありがとう。なら早速……」
ケンスケはプロのカメラマンのように、シイの姿をあらゆる角度からカメラに収めていく。担任教師が教室にやってくるまでの僅かな時間で、彼のカメラのメモリは限界値に達した。
「いい絵が撮れたよ。これ現像できたら、碇にもちゃんと渡すから」
「うん、相田君ありがとう」
素直にお礼を返すシイ。この写真が後日全校生徒の九割以上に購入され、ケンスケの懐を多いに潤す事を、今の彼女は知るよしもなかった。
結局使われなかった猫耳。本編に登場すると雰囲気ぶち壊しになりそうだったので、小話に直行しました。
これさえあれば、多分リツコもイチコロだったのかなと。
冬月も……いえ、先生は白衣の方が効果的かもですね。
さて、次はいよいよ話の大きな分岐点です。原作も彼のエピソードから、完全に修復不可能な流れになってしまったので、極めて重要なポイントですね。
小話ですので、本編も本日中に投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。