エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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16話 その5《真実の一端、そして》

 

 

 第十二使徒殲滅の翌日、チルドレン三人は葛城家のリビングに集まっていた。ミサトは事後処理に終われている為、家の中にはシイ達だけしか居らず、秘密の相談には絶好の環境と言えるだろう。

「いよいよ今日『リツコ追求大作戦』を実施するんだけど」

「そ、そんな名前だったんだ……」

「……趣味が悪いわ」

「うっさいわね。こう言うのは気分よ、気分。とにかく、今日やるわよ」

 シイとレイを強引に押し切りアスカは宣言した。使徒襲来のせいで延期せざるを得なかったが、リツコに真実を問い詰めると言う目的は忘れていない。

 寧ろ今回の件で聞きたい事が増えて、モチベーションが上がっている位だった。

「もう下準備は済んでるわ。今夜リツコはここに来る。そこを三人で問い詰めるのよ」

「凄いねアスカ。どうやってリツコさんを呼んだの?」

「ふふん、簡単よ。あんたが『手料理を振る舞いたいから、是非来て欲しい』って言ってるのって伝えたら、二つ返事でOKだったわ」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるアスカ。リツコの弱点を的確に突いた誘いだった。

「うぅぅ、何だか騙したみたいで悪いよ」

「あんた馬鹿ぁ? これから問い詰めようって相手に、情けなんか無用よ」

「だけど……」

 アスカの言う事も分かるのだが、根が素直なシイはどうしてもリツコに気が引けてしまう。そんなシイの様子を見て、レイが静かに助け船を出す。

「……なら、本当に手料理を作れば良いと思う」

「え?」

「……食事の席で自然と話を切り出せば、嘘を付いたことにはならないもの」

 物は言いようだが、レイの提案はシイのジレンマを解消するに充分な効果をあげた。

「そっか~。綾波さん頭良いね」

「はん、食い意地の張ったあんたの事だし、単にシイの手料理が食べたいだけなんじゃ無いの?」

「……和食が良いわ」

「否定しなさいよ……」

 さり気なく欲望に忠実なレイに、アスカは呆れたように肩を落とした。正直先行き不安であったが、自分だけでもしっかりしなくてはと気合いを入れ直す。

「まあ良いわ。ミサトが居ると厄介だったけど、今夜は遅くなるって言ってたから、問題無いわね」

「そうなんだ……」

 エヴァが使徒に飲み込まれると言う前代未聞の事態。責任者だったミサトには、作戦時よりも多くの仕事が次から次へと押し寄せていたのだ。

「問題は全てクリアされたわ。後は……あたし達が上手くやれるかだけよ」

「うん」

「……ええ」

「リツコは今夜八時に来る予定よ。それまでに、精々心の準備をしておきなさい」

 三人は互いに頷きあうと、リツコとの対面に備えるのだった。

 

 活動限界を超えての再起動に、不可能と思われたディラックの海の破壊。先の初号機の行動はネルフに、特に技術局のスタッフに大きな衝撃を与えた。

 原因の追及。それが技術局の緊急課題となっていた。

「とにかく一度、最深度レベルでの検査と調査が必要ね」

「はい。ですが実施するとなると、当面初号機の出撃は不可能になりますが」

「それも止む無しよ。上からの圧力もあるけど、何よりシイさんの安全確保が最優先だわ」

 リツコの言葉に迷いは欠片も無かった。そしてそれに同意する技術局の面々も同様に、何度も首を縦に振り頷いてみせる。

「では作業は明日より予定通りに行うわよ」

 その場にいたスタッフを見回しながら、リツコは宣言し会議は終了となった。

 

「……なあ、今日の赤木博士、様子がおかしく無かったか?」

「やっぱりお前も思ったか。俺もずっと変だな~って感じてたよ」

 会議終了後、真っ先に席を外したリツコにスタッフ達は首を傾げる。表面上は普段通りなのだが、明らかに様子が違っていた。

「伊吹二尉もそう思いますよね?」

「はい。いつもの先輩なら『明日? 冗談言わないで。今すぐに始めるわよ』とか言いますし」

「あはは、似てる似てる」

 マヤのモノマネにスタッフ達から笑い声が洩れる。彼らにとってリツコは、自分にも他人にも厳しく仕事一筋と言う上司であり、畏怖の対象でもあるのだ。

 そんな彼女がこの異常事態に仕事を先延ばしする。疑問を抱くのも当然だろう。

「何かあったのかな? 今も直ぐに帰っちゃったし」

「男でも出来たとか?」

「そりゃあり得ないだろ。あの赤木博士だぜ」

「だよな。仕事が恋人って本気で言う人だし」

 好き勝手言い放題のスタッフ達に、マヤは愛想笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

 私服に着替えたリツコは、愛車のハンドルを握って夜の第三新東京市を車で走り抜ける。普段の凜々しい姿は何処へやら、その表情はすっかり浮かれきっていた。

(ふふふ、シイさんからのお誘いなんて……僥倖とはこの事だわ)

 鼻歌でも歌い出しそうな程上機嫌なリツコ。今の彼女にはシイとレイのテスト結果や、初号機の異常な行動など頭の片隅にも存在していなかった。

 あるのはただ一つ。あの愛くるしい少女の事だけだ。

(ミサトは遅くなるみたいだし、アスカさえ何とか出来れば……)

 危ない思考を巡らせつつ、リツコの車はミサトのマンションへと一直線に向かっていった。

 

 最初におかしいと思ったのは、何故かミサトの家にレイが居たことだ。しかもレイは自分と視線を合わそうとせずに、どうも落ち着かない様子を見せている。

 次に違和感を覚えたのはアスカの態度だった。個人的な親交がほとんど無く、特に親密とも言えない筈の自分に、何故か今日に限ってやけに親しげに接してくる。

 とどめはシイ。豪華な食事で出迎えてくれたのだが、明らかに挙動不審だった。視線が落ち着き無くあちこちを彷徨い、何度も言葉を噛む。隠し事をしているのは誰の目にも明らかである。

 これらの情報を纏めたリツコは、ある可能性へと辿り着いた。

「貴方達、食事をエサに私を釣ったわね」

 

 四人が食卓に着き、さあ食事を始めようとした瞬間にリツコから告げられた一言。それはシイ達の動揺を誘うに充分な先制パンチだった。

「な、何言ってんのよ。そんな事あるわけ無いじゃない。ねえ」

「……ええ」

「そ、そうですよリツコさん」

「悪いけど、私は貴方達の倍生きてるのよ。ハッキリ言って、貴方達は隠し事に向かないわ」

 リツコはため息をつきながら三人に告げる。歳もそうだが人生経験があまりに違い過ぎた為、リツコにとってはシイ達の隠し事など児戯に等しかった。

「……折角の食事が冷めては勿体ないわ。話があるなら食事をしながらにしましょう」

 シイ達とリツコの対話は、リツコの圧倒的有利から始まるのだった。

 

 異様な空気の中、四人は無言で食事を始める。シイが腕を振るったご馳走なのだが、それを堪能する余裕はチルドレン達には無かった。

 そんな雰囲気を破ったのは予想外にもリツコからだった。

「あら、このおダシは鰹節ね。ひょっとして」

「分かりますか? リツコさんに頂いた物を使ったんです。あんな良い物、ありがとうございます」

「ふふ、良いのよ。私が持っていても使わないし、ちゃんと料理して貰えれば私も嬉しいわ」

 リツコはミサトの様に料理が下手な訳ではないが、多忙な為に食事はほとんどネルフの食堂で済ませてしまう。食べ慣れた人工ダシとの味の違いに満足したリツコは、上機嫌で料理を食べ進める。

「……不思議よね。同じ物でも、人によってその価値は大きく変わる」

「えっ?」

「レイの事でしょ。わざわざ私を呼び出してまで聞きたかった事は」

 リツコの発言にシイ達の身体が強張る。その態度でリツコには充分だった。薄々感づいていたリツコに驚きは無く、確認をするように淡々とシイ達へ問いかける。

「切っ掛けはあの実験かしら」

「……はい。教えて下さいリツコさん。お父さんは綾波さんに、何をさせるつもりなんですか?」

 シイは真っ直ぐにリツコを見つめる。アスカとレイも同じ。三人の視線を受けたリツコは、箸を置いて何かを考える様に暫し目を閉じた。

 

 長く続いた沈黙。時計の針が動く音がリビングに響く中、リツコがそっと目を開いた。

「まず誤解を解いて置くけど、私は碇司令の考えを知らないわ」

「えっ!?」

「ちょっと、この期に及んでまだそんな……」

「残念だけど本当よ。私は司令にとってただの駒。……貴方達と同じね」

 食って掛かるアスカにも動じず、自嘲気味にリツコは告げる。その寂しげな表情が、彼女の言葉が真実であることを物語っていた。

「それでも良いなら、私の知っている事を教えるわ。貴方達には……知る権利があるもの」

「教えて下さい」

「少し期待はずれだけど、ま、あたし達よりは詳しいでしょうし。聞いてあげるわ」

「……お願いします」

 頭を下げるシイとレイ。偉そうなアスカ。そんな三人にリツコは小さく頷くと、静かに言葉を紡ぐ。

「レイの事を話すには、先にエヴァの話をしなくてはならないわね」

「エヴァ……ですか?」

「ええ。エヴァにはそれぞれ、魂が宿っているの」

 いきなり告げられるオカルト的な話にアスカは眉をひそめるが、口を挟まずに続きを聞く。

「貴方達がエヴァを動かせるのは、その魂を介してエヴァとシンクロしているからよ」

「じゃあシイがエヴァの中に、誰かが居るって言ってたのは」

「その魂を感じ取ったのね」

 アスカの問いにリツコは即座に答える。

「あの、リツコさん。その魂と言うのはエヴァとは違うんですか?」

「……ええ、別の存在よ」

「えっと、なら私がお話してた魂は……何なのでしょう」

 シイの真っ直ぐな瞳に、リツコは表情を曇らせて言葉に詰まる。何か言いにくい事を言おうとしている。そんな空気を感じ取り三人は身構えて言葉を待った。

「……ある所に、一人の科学者が居たわ」

 やがてリツコは覚悟を決めたように、シイ達へ真実を語り始めた。

 

「その科学者、彼女はゲヒルンと言う組織に所属して、類い希な才能を発揮したわ。そして優秀な仲間達と共に、ある兵器の開発に成功したの」

「それが、エヴァ?」

 アスカの呟きにリツコは頷いて答える。

「プロトタイプの零号機を経て、初号機が完成した。その搭乗試験に被験者として彼女が選ばれた。自ら志願したと聞いているわ」

 淡々と語るリツコにアスカとレイは聞き入っている。ただシイだけは、何故か胸の奥から沸き上がる不安に、身体を小さく震わせていた。

「そしてその試験で……事故が起きたの。暴走した初号機に彼女は取り込まれてしまった。当然サルベージが行われたけど結果は失敗。彼女は帰らぬ人となったわ」

 シイの心臓が痛いほど鼓動を早める。冷や汗が次から次へと吹き出し、顔色は蒼白に変わっていた。

「初号機の中にある魂は彼女のもの。……シイさんは、思い出したみたいね」

「シイ、あんたどうしたのよ? 顔色真っ青じゃない」

「……私……知ってる……だって……見てたから……」

「そうよ。貴方はその搭乗試験の時に管制室に居たの。彼女の強い要望でね」

 リツコの言葉にアスカとレイはハッと目を見開く。これまでの話の流れから、ある可能性に辿り着いたのだ。そんな二人に答え合わせをするかのように、リツコは隠されていた真実を告げる。

「彼女の名は碇ユイ。シイさんのお母さんよ」

 リツコの言葉を耳にした瞬間、シイの脳裏に記憶が奔流の様に蘇った。

 白衣の大人達が一杯の部屋。少し若い冬月と、まだ眼鏡をかけていたゲンドウ。ウエーブの掛かったショートヘアの女性と、傍らに立つ今より幼く見えるリツコ。

 そしてスピーカーから聞こえる、優しい母の声。

『大丈夫よシイ。だから、ちゃんと見ていてね』 

 そう、シイは知っていた。自分の目の前で母親が消えてしまった事を。

 

 

「……ぃ……シ……シイ!」

 放心状態だったシイの耳にアスカの声が届く。我に返ったシイが目をパチパチさせて周りを見回すと、リツコ達が心配そうに自分を見つめていた。

「……あれ、私」

「ったく、心配させないでよ。いきなり目が虚ろになるから、焦っちゃったじゃない」

「……大丈夫?」

「う、うん。ごめんね」

「無理も無いわ。いえ、私の話し方が悪かったのね。ごめんなさい」

 頭を下げるリツコにシイは慌てて両手を左右に振る。リツコは自分の頼みに応えて、真実を語ってくれただけなのだから。

「違います。ちょっと驚いただけで……だって、私は知ってたんですから」

 リツコに笑いかけるシイ。だがそれが無理をしていることは、誰の目にも明らかだった。

「続けるけど、大丈夫?」

「はい。お願いします」

「ユイさんのサルベージは失敗したけど、遺伝情報の回収は出来たの。そしてそれを元に産み出されたのが……レイよ。誤解を恐れずに言うならば、レイはユイさんのクローンに近い存在だわ」

 衝撃的なリツコの言葉だが、シイ達に驚きは少なかった。ユイと酷似した容姿にヒトでは無い存在。可能性として彼女達も考えていた真実だったからだ。

 

「レイを産み出したのは私の母。私はそれを引き継いで、レイの管理を任されたわ」

「リツコさんのお母さん……」

「赤木ナオコでしょ。結構名の知れた科学者だったみたいね。大学でも聞いた事あるし」

「ええ。良くも悪くも天才だったわ。私は今でも母さんに遠く及ばないと思っている」

 母親を語るリツコの表情は、誇らしさと寂しさが入り交じった複雑なものだった。

「でも母さんは死んだ。交通事故だったと聞いているわ」

「聞いている?」

 奇妙な言い方をするリツコに、シイは不思議そうに首を傾げる。

「燃料を積んだトラックとの事故だったらしくて、遺体の損壊が激しく一部しか見つからなかったそうよ。DNA鑑定で母さんと特定できたらしいけど、私には死亡したという書類が渡されただけだから」

 何処か人ごとの様な口ぶりは実際に母親の遺体を見る事も出来ずに、ただ死亡したという事実を突きつけられたせいだったのだろう。

「母さんが事故で亡くなって私が仕事を引き継いだ。だからレイが産み出された目的……碇司令の目的は、私には分からないの。力になれなくてごめんなさい」

「……いいえ、ありがとうございます。教えてくれて」

 リツコの話は本来であれば最重要機密なのだろう。リスクを承知でそれを話してくれたリツコに、シイは本心からお礼を言った。

 

 

「……リツコ、エヴァは魂を介して操縦するのよね」

 不意にアスカが問いかける。何かを覚悟しているかの様な深刻な表情に、シイとレイも思わずアスカを見つめてしまう。

「ええ、そうよ」

「なら当然、あたしの弐号機にも魂があるのよね」

「……ええ」

 アスカの言わんとしている事を理解したのか、リツコは辛そうに答えた。

「だったら弐号機の魂……誰のもの?」

「魂とのシンクロはその肉親……子供が最も適切と検証されているわ」

「え、じゃあ……」

「弐号機の魂は、惣流・キョウコ・ツッェペリン博士。アスカの母親よ」

 リツコの言葉にシイとレイは思わず息をのむ。それはつまりアスカの母親もユイと同様に、エヴァに取り込まれた事を意味するからだ。

「……やっぱり、そうだったのね。だからママは……」

「ドイツ第二支部で行われた弐号機の起動試験。結果は失敗。暴走した弐号機にツッェペリン博士は魂の大部分を取り込まれてしまった。肉体は無事だったけど……」

 アスカの母親はユイと違い肉体は生還した。だが魂の大部分を失った肉体は、抜け殻に近い状態だったとリツコは話した。

 シイは沈痛な表情で隣に座るアスカに視線を向ける。そして驚きに目を見開いた。

「アスカ……」

 あの強気な少女が、人前にも関わらず涙を流していたのだ。初めて見せる姿にリツコも、あのレイも驚きを隠せない。

「そっか……ママは……エヴァに居たんだ……私の……側に居たんだ」

 アスカの事情を知らないシイとレイはただ戸惑うばかり。ただ一人、アスカの涙の理由を知るリツコだけは、小さく頷いていた。

 

 その後落ち着いたアスカは、シイ達に母親について初めて語った。

 彼女曰くキョウコはユイと同じく、ゲヒルンでエヴァの開発に携わっていた優秀な科学者だったらしい。完成した弐号機の搭乗被験者として起動試験に挑み失敗。魂の大部分を失った彼女は精神を病んでしまい、人形をアスカと誤認識して今も精神病院に入院している事をシイとレイは知った。

 母親に見向きもされなくなったアスカが、どれだけ辛い思いをしたのか想像するに難くない。だからこそ彼女は自分の価値に拘っていたのだろう。全ては母親の愛情を取り戻す。その為だけに。

 話し終えたアスカを、シイは優しく抱きしめた。

「……何のつもりよ?」

「分からないけど、何となく」

「……ふん、余計なお世話ね。あんたの薄い胸じゃ、ママの替わりには全然ならないもの」

「うん。だけど、何となく」

 シイの胸に抱きしめられるアスカ。悪態をついていたが、その表情が穏やかなものに変わっていくのを、リツコとレイは微笑ましそうに見つめていた。

 

 ミサトと会うと話がややこしいため、リツコは帰宅時間の前に葛城家を後にする。

「立場上積極的に協力は出来ないけど……何か分かったら貴方達に教えるわ」

 最大の目的であるリツコの協力を得たシイ達。ネルフの中枢に居る彼女を味方につけたシイ達は、改めて決意を固くする。碇ゲンドウ。彼の目的を知り、もしそれがレイに危険を強いるものならば、必ず阻止すると。




ひとまずシイ達とリツコの対話は決着です。原作リツコと違いこの小説では、ゲンドウとリツコが深い関係に無いため、あまり障害は無かったのかなと。
その分このリツコに与えられている情報は、大分制限されていますが。

中盤の山の一つでしたので、一気に投稿させて頂きました。
物語はこれからさらなる山場へと突入して参ります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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