エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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16話 その2《影の使徒》

 

 第一種戦闘配置。使徒の出現か、それに類する緊急状況下において下される指令。ネルフにおいて最も緊急度と重要度の高いそれが発令されたのは、朝も早い時間だった。

 突然の戦闘配置を受けてネルフスタッフが、慌ただしく持ち場についていく。その中には呼び出しを受けて自宅から大急ぎで駆けつけた、作戦部長のミサトの姿もあった。

「ごめん、遅れた」

「分かっているわ。市民の避難も混乱してるもの」

 詫びるミサトにリツコは状況を冷静に分析して答える。既に非常事態宣言は発令されているが、丁度出勤時間と重なったこともあり、第三新東京市の交通網は大混乱に陥っていたのだ。

「西地区の避難、後五分は掛かりそうです」

「南地区は終了。東地区は現場に近いこともあり、大幅な遅れが見られます。完了まで、後十分」

「委員会と日本政府より、状況確認を求める連絡が入っています」

 オペレーター席の日向達も、市民の避難指示と状況把握に追われている。

「んで、この騒ぎの元凶は……あれか」

 メインモニターに映し出されている、正体不明の物体をミサトは睨み付けた。

 

 第三新東京市の直上を浮遊する球体。黒と白の縞々模様のそれは、戦自と国連軍の警戒網に掛かることなく、突然その場に現れた。

 避難が遅れているのは時間帯だけのせいでは無く、それの出現に何の予兆も無かったからだ。

「富士の電波観測所は何やってたの?」

「感知していません。直上に突然現れました」

 青葉の返答にミサトは眉をひそめる。

「瞬間移動でもしたのかしら……」

「分からないわ。それにまだあれが使徒だとは確認出来てないの」

「はい。パターンはオレンジ。ATフィールドの反応もありません」

 対象の波長パターンを分析してネルフは使徒と判断を下す。だが球体の波長パターンは使徒と一致せず、使徒特有のATフィールドも存在を確認出来ていない。

「どういう事……使徒じゃ無い?」

「MAGIは判断を保留しています」

「司令と副司令は不在。責任者は貴方よ、ミサト」

「……エヴァ三機の発進準備を。それと市民の避難が完了次第、使徒のデータ解析を実施」

「「了解」」

 突如現れた未知の敵にミサトは嫌な予感を覚えながら、責任者として指示を下していった。

 

 市民の避難が完了した第三新東京市。射出された三機のエヴァは兵装ビルの陰に身を隠しながら、離れた位置から使徒の様子を窺っていた。

『三人とも、ひとまず解析データを送ったわ。今分かってるのはそれだけよ』

「結局、何一つ分かって無いじゃない」

 プラグ内に表示されたデータを一瞥して、アスカは呆れたように肩をすくめる。何も分かっていない事が分かった。そんなレベルの情報では文句の一つも言いたくなるのだろう。

「ATフィールドは確認されず……ですか」

『ええ。通常兵器の攻撃は全て効果無し。命中も確認出来ずよ』

 今までの使徒はたとえ効果が無くても、攻撃自体は命中していた。だが今回の球体には、攻撃そのものが命中しなかった。雨霰と降り注ぐ砲撃が一つもだ。

「……おかしいわ」

「うん。変だよね」

『流石にここでN2兵器を使うわけにも行かないわ。悪いけど貴方達に出て貰うわよ』

 第五使徒の事もあり、不確定要素の多い相手との戦闘にミサトは慎重な姿勢を示していた。だが現状ではこれ以上の情報収集は難しく、エヴァに頼らざるを得ない。

「はんっ、何言ってんの。最初からあたしに任せて置けば良いのよ」

「……駄目だよアスカ。ミサトさんは、私達を心配してくれてるんだから」

 シイは胸に手を当ててアスカを戒める。傷は癒えているが今でもあの時の恐怖は忘れた事は無い。

「分かってるって。それで、どうやって攻めるの?」

『慎重に相手の反応を見ながら接近して、可能であれば市街地上空外へ誘導して』

「……了解」

 砲撃が無力である以上、第三新東京市で戦闘を行うメリットは無い。寧ろ戦闘による設備の破損など、デメリットの方が多いのだ。

『先行する一機を、他の二機で援護するフォーメーションで行くわよ』

「ま、妥当ね。じゃああたしが先行するけど、異議無いでしょ?」

 直ぐさま立候補するアスカにシイとレイも頷いて答える。それは以前の様な自己顕示ではなく、三人の特性を把握た上で、最も適当だと判断した結果と分かっていたからだ。

『では弐号機が先行。シイちゃんは中間距離、レイは長距離からの援護担当で良いわね?』

「任せときなさい」

「はい」

「……了解」

『それでは、全機行動開始』

 ミサトの指示でシイ達はビル群の中を移動し始めた。

 

 使徒に気づかれず接近するため、ビル群の間をぬうように進行するエヴァ。アンビリカルケーブルを繋げての移動は、予想以上に手間取るものだった。

「うぅぅ、引っかかっちゃった……」

『一度切断して。前方に電力供給ビルがあるから、そこでケーブルを繋ぎ直すのよ』

「は、はい」

『全く鈍くさいわね』

 スムーズに移動出来ないシイとは対照的に、アスカは手際よく使徒へ接近していく。レイは移動距離が短かった事もあり、既に所定の位置に到達していた。

『……碇さん、落ち着いて』

「うん、ごめんね」

『今のとこあいつは動く気配が無いし、焦らなくて良いから急ぎなさいよ』

「ありがとうアスカ」

 二人の励ましを受けたシイは、不器用な動きながらもどうにか目的地へと辿り着いた。

 

「こちら弐号機。所定ポイントに到達。相手に動きは無いわ」

「……零号機も同じく。狙撃準備完了しています」

「初号機、準備出来ました」

 三機のエヴァがそれぞれ持ち場に着く。弐号機は斧型の近接戦闘用武器、スマッシュホークを、初号機はマステマを、零号機はスナイパーライフルを構えて指示を待つ。

『敵さんに動きは無いわね。気づいて無いのか、それとも誘ってるのか……』

「どうするのミサト? あたしが斬り込む?」

『……いえ、まずは射撃で様子を見ましょう』

 出現してから全く動きを見せない敵に、ミサトは底知れぬ不気味さを感じていた。取り返しのつかない事態を避けるべく、リスクの低い安全策を選ぶ。

『まずシイちゃんが牽制の射撃。アスカは反応を見ながら、可能であれば攻撃を仕掛けて』

「……私は?」

『敵は瞬間移動する可能性があるわ。レイはその場所から相手の動きを常に把握して』

 ミサトの指示にシイ達は揃って首を傾げる。

「はぁ? 何言ってんのよ」

『可能性の話よ。だけど備えはしておくに限るわ』

 あらゆる警戒網に掛かることなく、突如姿を現した敵。ミサトは自分の直感を信じて、最悪の事態を防ぐべく作戦を立てていた。

『では三十秒後に射撃開始よ。くれぐれも油断しないでね』

「はい!」

「分かってるって」

「……了解」

 通信を終えるとシイはマステマを球体に向けて構える。

(大丈夫……みんなが居るもん。きっと大丈夫)

 何度も深呼吸をして心を落ち着ける。集中力を高めながらレバーを力強く握ると、ガトリング砲の照準を球体に合わせて作戦開始の時を待つ。

 

「すぅ~はぁ~……行きます!」

 回転するガトリング砲から無数の銃弾が球体に向かって放たれた刹那、球体の姿がまるで幻の様に虚空へと消えた。銃弾は何も無い空間を空しく通過していく。

「えっ!?」

『『消えた!?』』

 今まで見せなかった球体の反応に全員が一様に戸惑う。全てのセンサーが反応出来ない速度での移動。それは理論上あり得ない事で、それこそミサトの予想通り瞬間移動を疑うレベルだった。

「本当に……瞬間移動したの?」

『捕捉急いで!』

 焦るミサトの声と同時に発令所に警報が鳴り響いた。

『一体何事?』

『パターン青、使徒を捕捉しました。座標は……初号機の直下です!』

「下?」

 マヤの叫びにシイは慌てて足下に視線を向ける。そこにアスファルトの道路は無く、ただ真っ黒な影が自分を中心に広がっていた。

「な、何これ……きゃぁぁ!」

 突如足に感じる異変。眼下に広がる影に初号機の足が、飲み込まれ始めていたのだ。まるで底なし沼のような影に、みるみる初号機の身体が沈んでいく。

『シイちゃん逃げて!』

「嫌っ、嫌っ!!」

 パニックに陥ったシイは、ガトリング砲を影に向けて放つ。だが銃弾は虚しく影へと吸い込まれていった。

「どうして……あっ」

 頭上に気配を感じてシイが視線を上に向けると、そこには縞々模様の球体がシイを威圧するかのように、真上に出現していた。

「あ……あぁ……」

 恐怖に硬直するシイ。初号機は既に身体の大部分を影に飲み込まれていた。

 

『シイちゃん! アスカ、レイ、援護を急いで!』

「もう向かってるわ!」

 ミサトの指示よりも先にアスカはスマッシュホークを握りしめ、シイの元へと駆けだしていた。アンビリカルケーブルを切断した弐号機は、ビルの上を飛び跳ねて初号機の救出に向かう。

「……っ!」

 レイが初号機直上の球体に向けてライフルで狙撃を行う。だが着弾の直前で再び使徒の姿は消えてしまう。銃弾が再び何もない空間を通り抜けた。

『また消えた!?』

『アスカ、レイ、影に気を付けて!』

「ちっ」

 ビルの上を跳躍していたアスカだが足場のビルが、広がる影に飲まれてしまいバランスを崩す。影に落下する寸前で手にしたスマッシュホークをビルに突き刺し、どうにか落下を免れた。

 零号機の元にも影は広がる。レイはナイフを足場にビルへとよじ登り、全てを飲み込む影から逃れようとする。

 どちらも影から逃げるのが精一杯で、初号機の援護を行える状態では無かった。

 

「やだ……やだよ……助けて……誰か助けてっ!!」

 肩口まで影に飲まれている初号機。シイの悲痛な叫びにミサトは唇を噛みしめる。それは他のスタッフも同様で、全員が己の無力さに苛立ちを感じていた。

『パイロット保護を最優先。プラグを強制射出して!』

『駄目です、信号を受け付けません!』

『そんな……シイちゃん、シイちゃん!!』

「綾波さん、アスカ、ミサトさん、綾――」

 必死に仲間の名を叫び続けるシイ。だが影は容赦なく初号機を飲み込み続け、最後に残った頭部の角が消えると同時に、シイの声も闇に飲まれるように消えていった。

 

「そんな……ちょっとシイ! 返事しなさいよ! 聞いてんの!」

 影に飲まれた初号機にアスカは大声で呼びかける。だがどれだけ待っても返事は無い。プラグ内に表示されている初号機のシグナルも、ロストへと変わっていた。

『……二人とも、撤退して』

「何言ってんのよ!」

「碇さんの救出を行います」

 アスカとレイは揃ってミサトに反論する。

『命令よ。撤退しなさい』

 冷徹な指示を下すミサト。噛みしめた唇から流れる血が、彼女の心情を語るに余りあった。それを見たアスカとレイは眼下に広がる影を睨み付け、撤退という苦渋の決断をした。

 




リツコとの対話を前に使徒と対峙したシイ達ですが、シイが飲み込まれてしまいました。
原作では増長したシンジの行動が原因ですが、まともに戦っていても、恐らく飲み込まれたのでは無いかと思います。それこそ、転生でもして事前に使徒の情報を得ていない限りは。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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