「……あれ」
シイが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
(ここは何処? 何で私はここに居るの?)
目覚めたばかりのせいか、どうも記憶がハッキリしない。覚えているのは、葛城ミサトと言う女性に出会い、ネルフという組織に連れて行かれて……。
「はっ!」
弾かれたようにシイはベッドの上で、上半身をはね起こす。キョロキョロと周囲を見回すが、病室と思われる白い部屋には、無音の空間が広がっているだけ。
(あれは夢……? ロボットに乗って、見たこともない怪獣と戦って……)
背筋が凍るような恐怖が蘇り、シイは震える自分の身体を強く抱きしめる。途切れ途切れの記憶だったが、あの恐ろしい光景は脳裏に焼き付いていた。
身体を丸めて震えるシイの元に、
「……何だろう?」
消毒液の臭いに混じって、甘く優しい香りが届く。もう一度周囲を見回して見つけた香りの正体は、ベッドサイトへ大量に飾られた花だった。
『シイちゃん江。早く元気になってね♪ ネルフスタッフ一同』
花についていたメッセージカードを見て、シイは思わず微笑む。彩り豊かな花と暖かなお見舞の言葉は、シイの恐怖を和らげてくれた。
「ありがとうございます」
顔も知らぬネルフの職員に向けてぺこりとお辞儀をすると、シイはひとまず病室を出ることにした。
病室のドアを開けて外に出ようとしたシイは、
「きゃっ」
何かにぶつかり尻餅をついた。
「痛たた~」
「おや、すまない。大丈夫かね」
ドアの向こうには、ネルフの制服に身を包んだ老年の男性、冬月コウゾウが立っていた。
「へ、平気です。すいません、前をよく見ていなくて」
「手を貸そう」
冬月は穏和な笑みを浮かべると、そっとシイに手を差し伸べる。
「あ、すいません。ありがとうございます」
(むぅ、可憐だ。幼い頃のユイ君はこんな感じかもしれん)
少し照れながら立ち上がるシイに、冬月は心の中で密やかな喜びを感じていた。
「あの、失礼ですけど……」
「おおそうだった。君とは直接会うのは初めてだったね。これはすまなかった」
冬月は軽く頭を下げる。
「私は冬月コウゾウ。特務機関ネルフの副司令を務めている」
「は、初めまして。碇シイと……副司令?」
「どうしたのかね?」
「その、副司令って……偉い人ですよね?」
シイのストレートな物言いに、冬月は苦笑しながらも頷く。
「まあ君のお父さんの次には、だがね」
「そんな偉い人が、どうして私の所に?」
「君がそれだけ大切な存在だと言うことだよ。本来なら君のお父さんが来るべきだが……」
「あんな人来なくて良いです」
怒った様に口を尖らせるシイ。真剣に怒っているのだろうが、その仕草すらどこか幼く可愛らしい。
「私は冬月副司令が来てくれて嬉しいです」
「そ、そうかね……そう言ってくれると嬉しいよ」
パッと表情を変えて笑顔を浮かべるシイに、冬月は思わず赤面する。
(いかん……危うく陥落するところだった)
「それで、冬月副しりぇい……」
盛大に名前を噛んでしまい、シイは恥ずかしそうに頬を染める。
「呼びにくい様だね。ふむ、それならば私のことは、冬月先生とでも呼んでくれ」
「冬月先生、ですか?」
(むぅぅ、これは予想以上にくるな)
表情に出さないあたりは、流石は副司令と言うべきか。
「呼びやすいですけど、どうして先生なんです?」
「いや、私は昔教師をしていてね。呼ばれ慣れて居るんだよ」
「そうだったんですか。でも分かります。冬月先生、頭良さそうで優しいし」
「ははは、お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃ無いです。私、冬月先生だったら勉強もっと頑張るのにな~」
シイは冬月に尊敬の眼差しを向けて微笑む。
「ありがとう。さて、来て早々で申し訳ないが、私はもう行かなくてはならない」
「そうですか……」
「また今度、ゆっくりと話そう」
しょぼくれたシイに冬月は優しく語りかけると、一礼して病室を後にした。後ろ姿を見送るシイの中で、冬月株はストップ高で取引を終えるのだった。
「冬月先生いい人だな~。お父さんとは大違い」
短い時間のやり取りだったが、優しく理知的なイメージの冬月は、父親の悪いイメージも相まって、頼りがいのある大人として印象づけられていた。
シイは笑顔でベッドへと寝っ転がり、シーツをかけようとして、
「って違う~。私は部屋から出ようとしてたの!」
セルフ突っ込みをして跳ね起きる。危うくこのまま二度寝するところだった。
「あ~冬月先生に、これからどうすれば良いか聞けば良かった」
後悔は先に立たない。シイは気持ちを切り替え、再び病室から出ようとする。
ドアを開けて、今度こそと第一歩を踏み出したシイは、
「きゃっ」
再び何かに行く手を阻まれた。急に視界が真っ暗になり、柔らかな何かに顔を包まれる。
(何、これ?)
「あらシイちゃん、意外と大胆ね」
(この声ミサトさん!? じゃあこれは……!!)
シイは顔を真っ赤に染めながら、慌てて後ろへと飛び下がる。
「み、ミサトさん。ごめんなさい、私その……」
「良いのよ気にしないで」
入り口に立つミサトは、笑いながら手を振る。
「何ならもう一度やる?」
「け、け、結構ですから」
(ウブな子ね。ちょっちからかいたい所だけど、時間もアレだし)
シイをからかうのを止めると、ミサトは仕事モードに頭を切り換える。
「体の具合はどう?」
「あ、はい、元気です」
「良かったわ。それじゃ、いきなりだけど、昨日の事とか簡単に説明しちゃうわね」
シイと並んでベッドに座り、ミサトは話し始めた。
あの後使徒は初号機によって倒されたこと。しかしシイは意識を失っていたため、検査をかねてここに入院していたこと。今後については、これからネルフ本部で説明があること。
本当に簡単な説明だけだったが、シイは納得したように頷いた。
「てな感じよ。どう?」
「ありがとうございます。お陰で大分スッキリしました」
「んじゃ早速本部に行くけど、その格好じゃアレだし、着替えちゃってね」
シイが着ているのは水色の病衣。流石に外を出歩く格好では無い。
「これ持ってきたから」
ミサトは紙袋から、シイが着ていた制服を取り出す。洗濯してくれていたのか、LCLに漬かった制服は綺麗にアイロンが掛けられていた。
シイは礼を言って受け取ると、
「…………」
「…………」
無言で二人は見つめ合った。
「あの、ミサトさん」
「何かしら?」
「その……着替えるので……外に出ていて貰えると」
「あら良いじゃない。女同士だし、減るもんじゃないし」
ニヤニヤとからかうミサトに、シイは恥ずかしげに自分とミサトへ、交互に視線を動かす。
(ん…………あ~そう言うこと)
シイの視線が、お互いの胸を行き来していることに気づき、ミサトは納得する。
(シイちゃんも女の子ね。そろそろマジで時間やばいし)
「分かったわ。外に出てるから、着替え終わったら出てきてね」
軽く手を振り、ミサトは病室から出ていった。
シイとミサトは、一階へ下りるためエレベーターを待っていた。
「ふふふ、シイちゃん綺麗な肌してるのね」
「……鍵を掛けておくべきだったと、反省してます」
「はぁ~若いってのは良いわね~。私も昔はちょっち自信あったんだけど」
「昔って……ミサトさん幾つ何ですか?」
さりげなく尋ねたシイの言葉に、ぴくっとミサトのこめかみに筋が走る。
「い、幾つに見えるかしら?」
「…………三、うわぁぁぁぁん」
「良いことシイちゃん。女性に年齢を聞くのはマナー違反だしぃ」
わしゃわしゃと、ミサトはシイの頭を乱暴に撫でる。表情こそ笑顔を浮かべているが、こめかみに血管が浮かんでいるあたり、相当お怒りのようだ。
「幾つに見えるって聞かれたときは、思った年齢からマイナス五するのが礼儀よ」
「わ、分かりましたから。撫でるの止めて~」
「んじゃリテイクよん。幾つに見える?」
「……に、二十台……前半です」
「んふふ~よろしい♪」
ミサトは満足げな顔で、ようやくシイの頭から手を離した。
「うう、髪が」
シイがあちこち飛び跳ねた髪を直そうとしていると、エレベーターが到着した。
ゆっくりと左右に開かれるドア。
その奥に立っていたのは、黒い制服とサングラスに髭面の男。一度見たら二度と忘れない風貌は、ネルフ司令の碇ゲンドウその人だった。
「お父さん……」
「碇司令」
無言で見つめ合う親子。沈黙を破ったのは、ゲンドウだった。
「……の、乗るのなら早くしろ。でなければ――」
「(ぷい)」
頬を膨らませ、シイは拒否する様に顔を背ける。
(あちゃ~。こりゃ碇司令、相当嫌われちゃったわね)
(……ぐすん)
何とも言えない気まずい空気は、自動で閉まるエレベーターのファインプレイで終わりを告げた。
「あの、ね、シイちゃん」
「……さあミサトさん、ネルフ本部に行きましょう」
不機嫌を隠そうともせずに、続いてやってきた別のエレベーターに乗り込むシイ。
(まだまだ子供、か。変に心を隠されるよりは良いけどね)
「ミサトさん?」
「あ、ごめんごめん。今行くわ」
二人はそのまま病院を出て、ネルフ本部へと向かった。
原作では、冬月はシンジとほとんど絡んでいません。立場の問題もあると思いますが、冬月からすれば接しづらかったのかとも思えます。
ただ今回は彼女の面影を強く残す娘ですので、心に忠実に行動してますね。性転換は冬月に大きな影響を与えました。
※ここ暫く、サーバーが大変な状態だったようですね。その方面には疎いため詳しい事は分かりませんが、管理者様は大変な苦労をされたと思います。
サイト休止中にある程度ストックが出来ていますが、サーバーに負担を掛けないように、投稿は一日一話を守っていきます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。